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誤解

 残された幌馬車の男は、迷惑そうにアナスタシアに声をかけた。


「で、結局どうするんです? 代金は先に貰ってるんで、オレとしてはどちらでも構いませんが。一度貰った金は返しませんぜ」

「もういい、行っていいぞ」


 ハワードがシッシッと追い払うような仕草で手を振って答えると、幌馬車の男はにんまり笑って会釈して、鼻歌交じりに寮の敷地を出て行った。


「アナ、親父さんに会いに行こう。役所に居るんだろう?」


 ハワードは自分の家の馬車が到着したのを確認して、唐突にアナスタシアに提案した。


「何だってアナの父親に会いに行くんだ? またアナが傷つくだけじゃないのか?」


 テッドは後継者となる事を放棄したアナスタシアが、父親から突き放されてしまう事を危惧していた。ゲルダの言っていた事が本当だとすれば、アナスタシアへの愛情が見えない。突如現れた息子かもしれない少年に心を奪われて、周りが見えなくなっているのではと不信感を抱いていた。


「俺はあの女の言葉を鵜呑みにしない方が良いと思っている。アナは親父さんからきちんと話を聞いたのか? そもそも、親父さんははっきりお前に放棄して欲しいと言ったか? 息子の可能性のある少年を跡継ぎにしたいと、その耳で聞いたのか? 今更だが、確認する時間も無く決断を迫られて、間違った判断をしたのではないかと俺は思う」


 ハワードは真剣な表情でアナスタシアに問い、アナスタシアも冷静になって昨日の状況を思い出してみる。


「お父様は私の質問に、言葉を濁してしか返事を下さらなかったわ。でも、後継者は私だと、最初にそれだけはハッキリ言っていたけど……もしかして、私が素直にお父様の言葉を聞けなかっただけ? 突然女性を紹介されて、二人の間に子供が居ると言われてから、とても不安で嫌な気持ちに……。どうしよう、私が勝手に駄目な方に受け取っただけだとしたら、私の言動で、逆にお父様を傷つけてしまったかもしれない……!」


 アナスタシアは父親を信じ切れなかった事を後悔した。弟がいると聞かされて、自分の足元が崩れるような気がした。だから父から逃げるように教室を出てしまったのだ。あの後きちんと自分の気持ちをぶつけていれば、話が拗れる事も無かったかもしれない。

 

「お父様に会って、きちんと話を聞かなくちゃ。ハワード、役所まで連れて行ってくれる?」

「おお、乗れ。お前の荷物はテッドに任せよう」


 ハワードの荷物は御者と従者の手で積み込みが終了していた。


「アナ、君はハワードと役所に向え。俺は後で行くよ」


 テッドに荷物を任せて、学園からそう遠くない場所にある、城に隣接した役所に向った。役所はアナスタシアの父の様に、王都に来たついでに用事を済ませようという卒業生の親族で溢れていた。馬車を停めてハワードと二人で役所内を探し回るが、ランスウォール伯爵の姿は見当たらなかった。ハワードは忙しそうに走り回る職員を捕まえて、伯爵を見なかったか尋ねてみる。


「ランスウォール伯爵ですか? いいえ、今日はお見えでは無いですね。先ほども女性が伯爵の行方を捜して居たようですけど、何かあったのですか?」

「いや、ここに来ていると聞いて来たんだが、まだ来ていないのかもしれない。忙しいところ呼び止めてすみませんでした」


 ハワードは役所と聞いて、子供の認知をするために来たものと思っていたが、間違いだったと気がついた。


「アナ、親父さんは子供の認知をしに来たんじゃないぞ。あの女の口から役所で手続きをしてると聞いて、こっちだと勘違いした。親父さんが居るのは多分、城の中の役所だ。お前の後継者指定の手続きをしているんじゃないのか?」


 アナスタシアはハワードの言葉を聞いて、ハッとした。個人の届けは城の外の役所が管轄だが、領地に関するものや後継者指定などは城の中にある専門の部署が請け負っている。急いでそちらの部署へ行くと、そこは人がまばらで、職員くらいしか居なかった。アナスタシアは窓口で父が来なかった聞いてみた。


「アナスタシア様、ご卒業おめでとうございます。初の女性騎士となったのですね。ランスウォール伯爵は宰相閣下に呼び止められて、どこかへ行かれましたよ。険しい表情でしたが何かあったのでしょうかね。そうそう、魔法騎士となり正式に後継者に指定されましたので、後でお送りしようと思っていたバッジを今お渡ししますね。正式な後継者の証しです。襟元に付けておいて下さい」


 それはランスウォールの紋章入りのバッジだった。アナスタシアはそれを手に取り、不思議そうに見ていると、職員が説明してくれた。


「陛下に直接後継者を放棄すると宣言されたそうですね。それを撤回するために、ランスウォール伯爵は叙任式の後すぐにここへいらしたのです。今まで保留となっていた書類は本日付けで受理されました。あなたは正式にランスウォールの後継者となったのですよ」


 アナスタシアはバッジを握り締めて、父の気持ちを読み取れなかった自分の未熟さを恥じた。近くで見ていたハワードは、そんなアナスタシアをこの場から連れ出し、外に出てテッドの到着を待った。


「お前たち親子は言葉が足りないから誤解が生まれるんだ。今後は遠慮せず思っていることを正直に言うべきだな。親父さんからも本音を引き出せ。それにな、亡くなった弟にこだわるのはもうやめろ。弟の代わりなんかじゃない、お前はお前で頑張ってここまで来たんだろう。前代未聞の快挙を成し遂げたんだ、もっと自信を持て」


 ハワードは少し呆れた顔で、バッジを握り締めて俯くアナスタシアの背中をポンと叩き、上を向かせた。


 暫くして、遅れて来たテッドに事情を説明したハワードは、アナスタシアの事をテッドに任せ、何やら小声で耳打ちしてから軽く手を振り、その場を去った。


「テッド、ハワードは何て言っていたの?」

「ちょっと調べ物があると言っていたよ。それが済んだら領地に帰るらしい。お父上は宰相閣下と一緒だと言うし、うちの馬車はランスウォールの馬車と並べて停めてあるから、馬車で待つか? 下手な場所で待っていたら、すれ違いになりかねない」

 

 馬車の待機場所まで行くと、ランスウォールの馬車の後ろにバルシュミーデの紋章の入った馬車が停められていた。


「アナスタシア様、来ていたのですね。あのゲルダという女性は一体何者なのですか?」


 ランスウォールの馬車の前で待機する伯爵の従者が、アナスタシアを見つけて話かけて来た。その表情は少し怒っている様にも見える。


「私よりも、あなた達の方が良く知っているのではなくて?」

「いいえ。ひと月くらい前に突然男の子を連れて現れたかと思えば、その子を旦那様の子だと言い張って屋敷に居座っているのです。あの女性の子とは思えぬほど男の子は可愛いのですが、旦那様も困り果てていて、身元を調べる為に執事見習いのキールが動いています。どうやら個人の過去を調べる事は容易ではないようです」

「わざわざキールが? だって、ミューラー子爵未亡人だという事と、マクダネル男爵の娘と言う事はわかっているじゃない」


 アナスタシアは訳がわからなかった。身元を調べるも何も、マクダネル男爵家とミューラー子爵家に問い合わせれば済む事では無いのだろうか? 


「まともに身元の確認が取れないから困っているのです。マクダネル男爵は数年前に不慮の事故で亡くなっておりましたし、夫人は外国に嫁いだ友人の下に身を寄せているとかで、連絡がとれません。現男爵は遠縁の者が継いでいて、何も知らないと。それに今のミューラー子爵は半年一緒の屋敷で暮らしただけで、金遣いが荒い事以外良く知らないと言われてしまいました。あそこは亡くなられた先代がすべてを牛耳っていたらしいですから、ご家族はそれに従っていただけのようです。父親が亡くなり、未亡人となった彼女はまだ若いという事もあり、数年生活できるだけのお金を渡して離縁したそうです。他にも理由はありそうでしたが、話す気は無い様で……。それに、空白の4年間も謎のままです。彼女の言っていた事が真実か、それがはっきりするまで追い出す事も出来ないと言っておられました」

「陛下が父と男の子の親子鑑定をすると約束してくださったわ。それで無関係なら出て行ってもらえるし、本当に親子だった場合は、その可能性は、できれば考えたくはないわね」

「まさか、国王陛下までこの問題に巻き込んでしまったとは……」


 従者はどんな経緯で国王を動かしたのか気になったが、知らないほうが良い事もあると思い、口をつぐんだ。アナスタシアとトラヴィスの婚約が無くなった事は知っていても、何があったのかまでは聞いていない。伯爵の態度を見れば、相手側に問題があったのだろうと推測できたからだ。


「そう言えば、バルシュミーデで働いていたと聞いたけれど、そこから何か分からないかしら?」


 テッドはゲルダが一人で捲し立てていた内容を思い出そうとするが、ゲルダは用心深く、手掛かりになりそうな事は言っていなかった。店の名前も、住んでいた場所につながりそうな情報も伏せた上で話していたのだ。唯一分かった事は、飲食店で住み込みで働いていたという事くらいだ。こうなればバルシュミーデの飲食店を片っ端から調べなければならないだろう。今となってはバルシュミーデに居た事すらも本当なのか疑わしいが。


「領地に戻ったら、ゲルダという女の足取りを調べてみるよ。貴族は届けを出さなければ別の領地に引っ越すことは出来ないんだ。すぐにわかるだろう。届けを出さず、偽名で生活していたなら厄介だがな」

ちょっと辻褄が合わない箇所が出てきそうです。そうなったらごめんなさい。

躍起になってどこが変なのか調べたりしないでくださいね。豆腐メンタルなので辛辣なコメントは心が折れます。

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