転校
街のあちこちから蝉のけたたましい声が聞こえてくる。
何もしていなくても上がる息と体中から垂れ出てくる汗が鬱陶しくないなどと思ったことはない。
なのに今、更にそれらが鬱陶しくなる行為を自分はしている。傍から見たら自分は今どう見えているのだろうか。
そうちらっと思っては見たけれど、答えは明白だ。
自分は今周りの人からは「遅刻をしそうで焦って走っている女子高生」にしか見えないのだろう。
その答えは間違いではない。ただし、正確には「『転校初日で』遅刻しそうで焦って走っている女子高生」だ。
事の始まりは確か一ヶ月前、やっと高校生活に慣れ始め、友人と呼べる人物が出来始めた頃だった。
その日もいつもと同じように学校から家へと帰った。しかし、いつもと変わったことが一つだけあった。
それは、家がもぬけの殻になっていた事だった。
一瞬自分でも何が起こったのかが分からなかった。よく分からないまま家の奥にある自分の部屋として使っていた所に足を運んでみると、一枚の紙が置いてあった。
そこにはこの家はもう売り払ってしまうということと、荷物はもう全部送ってあるから祖母を頼れという親の置き手紙だった。
それからというもの、祖母の家を尋ね、ずっとお世話になるわけにもいかないからと学生向けのアパートを借り、学校への編入手続きをして…といったようにあれよあれよという間に転校初日の今日、アパートを出てしばらくした所で盛大にずっこけたのだ。
それだけならばこのように焦る必要はないのだが、その後にある人物と出会ってしまい、話をしているうちにこのように焦っているのである。
物語の主人公ではないのだから、転校初日に遅刻なんていうことは避けたい。自分は平穏、平和な高校生活を送りたいだけなのだから。