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学校の魔法使い =華・サフランの人間観察=  作者: 弐逸 玖
うつくしヶ丘高校の古道具愛好会
9/36

とおみノ原のコンビニ跡地 (下)

 と、一気に空気が代わり駐車場がやたらに狭くなった。いや、ただの広い駐車場に戻った。

 そしてお馴染みの大葉さんの人払いの雰囲気。

 向こうも終わったらしい。



「二キロは走ったぞ、かなり痩せた……。意外と走れるんだな、神代ちゃん」

「実はこう見えて私、持久走得意です!」

 汗だくで疲労困憊の大葉さんに比べ、桜は額にうっすら汗を浮かべたくらいで、見た目はほぼ別れた時のまま。

 もっとも彼女に関して言えば。

 不得意なものが何かあるのか。そこから考えるべきなのである。


「回路自体はたいした事が無いが、フィードバックとアクシデントブレイクが無いとんだ欠陥回路だ。しかも通した結界が術者の意思を無視してどんどん自己増殖、拡大すると言うろくでもない機能が付いてやがった。――何処で覚えた? あぁ?」


 ――ねぇねぇ大葉さん、それよりも。桜が大葉さんのシャツをツンツンと引っ張る。

「ん、なんだ? 神代ちゃん」


 なるほど、何気ないあぁ言う仕草のようなもの。それが桜と私の決定的な差になっているのだな。覚えたところで私に使い道などないけれど。

 だいたい、この私にアレを。どういったシチュエーションで、誰にやれというのか。





 クラス全員。誰も、桜さえも教科書とノートを持って居なくなってしまった教室の中。

『仁史君。読書も良いのだけれど、そろそろ行かないと教室移動が間に合わなくなってしまうのでは無いかと思うのだけれど。……ねぇ、ちょっと。私の話、聞いてる?』


 そう言って仁史君のシャツ、背中の部分を軽くつまんでちょんちょん。と、引っ張ってみる。


『……あれ、もう誰も居ねえの? 気ぃ使わせたか? サフラン』

『私はどうせ劣等生だから構わないのだけれど、仁史君は違うでしょ? それにまた桜が心配するから。だから……』

『はは……、わかったよ。付き合わせて悪ぃな、急いで行こうぜ?』



 ……。一瞬、仁史君にそれをやる自分の絵が浮かんで、それだけで顔が熱くなる。

 変な妄想でにやけつつ顔が赤くなっているとか……。なんて、みっともない。

 私の莫迦ばか! あり得ないシチュエーションを無理矢理精製するな……。


 アイリスだっ! 彼女が事務所に持ち込んでいたあの小説だっ!

 ――そう、このあと主人公とその男の子は、一気に距離を縮めて行くのだった……。


 そんなのは小説の中の話だ。

 もちろんやらない。やるわけが無い。私のキャラでは無い。

 彼にそんな事は絶対、絶対できない。できるわけない。


 自分で良く分かっている。

 そういう類の女の子らしい仕草のようなものは、決定的に似合わないのだ、私には……。





「ねぇねぇ大葉さん、まだエージェントの人が居るんでしょ……?」

「今すぐ死にはしないよ。おっちゃんはもう疲れて……。わかったよ、わかった。神代ちゃんにゃかなわねぇや」

 そう言いながらこちらに向き直る。


「クロッカス、建物に精神迷路と認知封印が張ってある。俺は疲れた、ダブルでブレイクは無理だ。頼む……。ん? 少し力使いすぎじぇねぇのか? ……顔色がおかしいな、大丈夫か?」


「な、ななななにを言っているの! も、もんだひ、ひ? もとい。問題ありません! どこからどう見ても絶好調いがいがいのなにものでもありますんでひょ! ……い、行きます、ブレイク!」

 コンビニの建物を覆っていた見えない膜は、私の声と共に粉々に砕けた。


 

 

「いや、一時はどうなることかと思ったよ。ありがとう、僕は諜報部の、……って。え?」

 “自動”。と書かれたステッカーの貼ってあるドアを手で押し開けて。

 コンビニだった建物から長身の男子が出てくる。

 スラリとした長身、うつくしヶ丘(我が校)の制服、ネクタイの色は一年生。サラサラの前髪に眼鏡の顔は……。


「……神代さん?」

「委員長!? なんでぇ!!」

「……えぇと。改めて諜報課のラベンダーこと、富良野由紀男ふらのゆきおです、よろしく」

 桜が基本的に理想の男性、として認識しているクラス委員長。彼が諜報課?


倍力回路サーボユニットの存在を確認してバラそうと思ったところで、いきなり発動時差無しのトリモチに捕まった。面目ない。……クロッカス、いやサフランさん、お陰で助かった」

「気にしないで良い、……これも、仕事だから。それに実質あなたを助けたのは私ではないし」


 これで桜と委員長の距離が縮んだ場合、桜は喜ぶのだろうか?

  ……正直なところは良く分からないし、個人的にはあんなトリモチに捕まるスパイが相手では納得がいかない。

 桜に釣り合う男子という基準も、中々に設定しづらいところではあるのだが。





「先日の部課長会議ではうつくしヶ丘高校内、及びその生徒の関わる案件については執行部指揮の下、諜報課も連携して事に当たるべし。と言う事だったはずですが」

 突如、私の背中越しに良く知った声が響く。


「その後、校内での接触を計って下さらないものだから、どうしたものかと心配していたのです。……結果、最終的にこう言うことでは。正直に言わせてもらえれば、とても困るのですけれど」

 お姉様の声? いったい何処から……。

 いつの間にか私達の後ろにお姉様が胸の下で肘を抱えて

 

『困りましたわ。のポーズ』

 

 で立っている。



「あなたも諦めて出ていらしたら如何ですか、スズラン。気配が隠れていないところを見るとよほど怒っていらっしゃるのかしら?」

 と。お姉様のすぐ脇。女子生徒が立っているのが、唐突に認識出来るようになる。


「別に隠れようなどとは考えて居ないし、怒っても居ませんよ? アヤメ。……ラベンダー、富良野クンを情けなく思って居るところではありますが」

 お姉様の隣に、いきなり現れた女子生徒。蝶タイの色は同じく二年生。


「単独行動を許可した命令権者として、結果的にあなたに迷惑をかける事態となってしまった事については、自責の念に堪えがたい。……と、いっておきます」

 その彼女をさしてスズラン、とお姉様は言った。

 ならば彼女は諜報課の課長であるはず。部下の失態に怒っている、と言った具合か。



「先輩、その……」

「富良野クンには、あとでちょっとお話がありますからそのつもりで。――皆さん初めまして。諜報課のスズランです。……それともここは国際外語課二年G組、谷合百合たにあいゆりです。とご挨拶をした方が良いのかしら」


 桜が呆然としているところを見るとこの二人。

 常識を凌駕する最強の結界破りである桜、彼女が“おかしい”。と認識出来ないほど完全に、気配を消していたらしい。


 そしてお姉様ばりのとんでもセンスの偽名。

 スズランの英語名【Lily of valley(谷間の百合)】から来て居るのだろうが、もっと名前を大事にしようとか思わないのだろうか。

 委員長の富良野幸夫と言い、帰国子女の設定とセットになった私の名前、華・サフランがまだまともに思えてくる。



 桜が私の脇腹を小突いて耳元で耳打ち。

『ねぇ、華ちゃん。もしかするとこの二人。キャラがかぶってる上に仲が悪い、とか?』


 二人共まさにみどりの黒髪。と形容するのが相応しい、つややかな髪。

 お姉様の白いリボンで纏めたロングに対して、セミロングのその髪は黒のカチューシャで纏められ、スカート丈もお姉様と同じく校則ギリギリまで長い。

 お姉様の白に対して黒のストッキングがそのスカートから出た足を包む。

 学校指定の革靴が全く似合っていないのも二人共その通り。


 桜がいつも

「あやめさん、あれで扇子でも持っていたら、いかにもアニメとかに出てくるお嬢様なのに」

 と言う部分、百合先輩は高級そうなレースをあしらった、まさにいかにもな扇子を右手にたずさえている……。


『……わ、私もスズランとは初めて会うので、仲が悪いかとかは知らない』

 でもキャラが被っている。そう言った桜の言葉は理解出来た。



  

「百合さん、わたくしからお話しがあるのですけれど、これから少しばかり付き合って頂けますかしら?」

「あら、奇遇ね。私もあやめさんにお話しがあるのよ。春からの件、昨日ようやく資料がまとまったの。だからあなたの意見を聞いた上で、今後の方針を考えたいのだけれど」

「では他の方々は本日は解散と言う事で。……華さん、良ろしかったかしら?」


「お、お姉様さえよろしければ、私に異存はありません」

 なんだろう、これは。衣替えは終わったというのに、全身に寒気を感じる。

 そうか、これは恐怖だ! 


「では。桜、帰りましょう」

 ……なんか棒読みになった。

「ね、華ちゃん。いいの、かな?」



 意味はわからないが何かしらお姉様がご機嫌斜め。と言うところまではわかった。

 執行部長たるお姉様にやることがあるのであれば、執行部統括課長クロッカスとしては手伝うのが筋ではあるだろうけれど、女子高生の華としてはそれは選択しがたい。

 ……本能が全力で逃げろと言って居る。

 戻って良いというのだから、この場を立ち去るのが得策だろう。とは私でも判る。



「……大葉さんはご苦労様ですが、事後処理をよろしくお願い致しますわ」

「お,おぅ」

 大葉さんは当然空気を察した。

 ――機嫌の悪いアヤメちゃんは面倒くさい、と普段から当人にそう言ってはばからない彼は、縛り上げた結界師を連れてそそくさとその場から居なくなる。


「富良野クン、今日は戻って結構です。お話しは明日以降としましょう」

「ゆ、百合先輩がそう言うなら、当然僕に否はありません」

 既に委員長も逃げ腰である。


 委員長の反応を見るに、きっと百合さんもお姉様と“同系統”の人のようだ。

 これまたなんと恐ろしい……。


 ……お姉様一人でも面倒くさいのに、似たような人がもう一人。

 背中がぞわぞわする。こう言う場合、絶対に関わってはいけない。


 私個人は戦略家とはほど遠いが、こう言う時に使う格言は知っている。こう言う時は、

【三十六計逃げるに如かず】

 というのだ。逃げることだって戦略上重要なことはある。


 逃げるのがいけないと言うののなら戦略的退却と言い換えれば良い。

 次善の策としての一時後退なのである。

 いずれこの場にこれ以上留まる事は、きっと誰のプラスにもならない。



「華さん、仁史君は柊先輩が付いていますから心配は要りません。学校には寄らず、直接部屋に帰って結構ですよ?」

「了解いたしましたお姉様。では明日学校で。――さぁ桜、今日は帰りましょう」

 ……またしても後半が棒読みになった。

「……そ、そうだね」


「では百合さん、少々おつきあいを頂いてもよろしいですか?」

「何処に行くのかあてはあるの? あやめさん」

「この先に喫茶店があるのですが、そこで如何いかがかしら」

「よいでしょう」


 普通の会話が怖い。そう言う事実があると言うことを。

 私は今日、初めて知った。

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