とおみノ原駅前のバス停付近(上)
2016.11.16 本文中誤字を修正、一部加筆しました。
“とおみノ原駅"と書かれた駅舎を出る。
駅前のバス停前に待ち合わせのはずだが、今回コンビを組むはずの結界師、大葉さんの姿はまだ見えない。
「今回の相手は物理障壁を使う、と言う事は物理的な攻撃が通じない。と言う事なんだよね? 石投げたって跳ね返される」
「大雑把に言えばそうだけれど。……それのなにが疑問?」
「例えば華ちゃんは基本は土使いなわけでしょ?」
――ええまぁ、知っての通りそうなのだけれど。そこに何か疑問が?
「魔法で投げつけた土の塊は、これは魔法? 物理?」
……なるほど、疑問はそういう事か。
「土のボールを魔法でぶつける、これは大雑把には魔法で土を動かしていると言う理解で良い」
「まぁ、見た目もそうだよね」
――魔法で土が包まれている、と言ったらわかりやすいかしら。実際はそれだと齟齬があるのだけれど。
「齟齬はあるんだ。その方がわかりやすいんだけどなぁ」
「だから建前上、魔法が動かしている土なのでフィジカルブロッカは無効。でも実際にはそのようにはならない」
「ならないんだ」
「魔力が通過出来ても土そのものはブロックされてしまう。威力が落ちるのは否めない」
「わかんないなぁ」
口頭で説明が付くような簡単なものでも無いのだし。聞いた本人だってそこはわかっているはず。
ならばシンプルに答えるのが良いだろう。
「ある程度は結界に引っ掛かる、と言う感じに思って貰ったら良いわ。いずれにしろ魔法が有利。フィジカルブロッカは大葉さんも得意にしているけれど、彼が結界を張ったとしてもブロックされる率は最大5%も無い。結界強度によっては99.99%通過する。けれど完全通過は無い、と言う感じ」
「むぅ、華ちゃんゴメン、もう一声」
「え、えぇっ? えぇと、ならば……。現象面だけ取り上げれば、土の塊はそのまま通過するけれど、一方土の粒子、と言うより端的に表面の土埃程度は多少、障壁の前に残されて舞い上がる、みたいな感じなのだけれど。こんなことでわかって貰えるものかしら」
「そういう事なのね、なんとなくわかった」
かなり高等な理念を概念的にあっさり理解してしまう。
本当に自分で魔法の使えない一般人なんだろうか。
魔法使いならその理解の仕方もわからないでは無いのだけれど。
「それからさ。今更なんだけど、属性ってヤツが良く分からない」
「そう言う感じ方なのね。桜らしいと言うか、なんと言うか」
普通なら簡単に、単純に考えてしまうところに引っ掛かる。
そういう子なのだ、彼女は。
「どういうこと?」
「きっと桜の思っている通りで良い」
「と、申されますと?」
「火が燃えるには酸素が必要、風が運ぶ空気の中には当然土埃も含まれ、土は水分を含んでいるし、水素は扱いを間違えれば爆発する」
――つまり。
「つまり?」
「扱いやすいように考え方を簡単にしているだけ。本来はみんな無属性、と言う事。クラスレスの人達には得意な属性が無い。と言う人も多いの」
そして力が上がれば、また得意属性以外の魔法も全て使いこなすマルチエレメンタラーへと戻るのだ。
「わかったようなわかんないような……」
そう言いながらも、多分これである程度の概念は理解してしまうのだろうけど。
「桜にも理解出来ないことはあるのね、ちょっと意外だわ」
「どっちかと言えば、私の頭の中身は残念よりだからね。……それでも、時空使いだけが別枠なのは理解出来た気がする」
自分で魔法を使うわけでは無いのにこの感じ方はすごいとしか言い様が無い。
一般人としてはあまりにも図抜けていると言って良い。
「……あ! はーい華ちゃん先生。あともう一つ」
「今度は何? 私に答えられるような事だと良いのだけれど」
「魔法や結界では、人間を直接どうこうは出来ないんだよね?」
確かにその通り。
それが出来るのは本来の最高峰、グレード1を超える、世界でただ一人のバリアマイトグレードA。
生き物の時間さえ逆行させる超絶時空使い。ウィッチの称号を持つアイリスのみ。
「そういう事になっているわね」
「そうするとさ、さっきの話で魔法でぶん投げた土のボール。これで怪我するとおかしくなんない?」
「人体を直接どうにかすることが出来ない、と考えれば良いわ」
「例えば?」
「火の魔法なら身体の近所に火をおこして、髪の毛を燃やすことは出来る。でも脳みそ本体を直接焼き潰すことは出来ない」
何故かはわからない。けれど水の魔法で血液を逆流させたり、風の魔法で肺の中を真空にしたり、土の魔法で胃の中一杯に泥を詰めたり。それは出来ない。
ウォーターカッターやサンドナイフで二つにすることは出来るだろうけれど一方。
副次効果で存在自体が消し飛んだりすることはまま有るものの、時空魔法で空間ごと直接身体を切断したり、と言うのも。やはりこれは出来ないのだ。
確かに私がそれをやろうと思った事は無いけれど。
野良狩り執行時。相手によっては脅しでそういう事を言うこともある。
でも、やろうと思ったところで。感覚でわかる、そもそもできないのだ。
「いきなりエグい例えば、だね……」
「あ、ごめんなさい。そういうつもりでは」
「皮膚はおっけーなんだ」
「え? えぇえ? ――えーと。……どうなんだろう」
考えた事も無かった、そんな事。
「遅くなったな、お二人さん。……ちょいと厄介なことになった」
突然後ろから、タブレットを持って困った顔をした大葉さんに声をかけられたところで、サフラン先生の初級魔法講座は終わった。
正直なところ、人にものを教える。と言うのは苦手である。