うつくしヶ丘駅の2番線ホーム
2016.10.03 本文の一部を加筆修正しました。
2018.05.15 本文、台詞の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入する等調整しました。
桜と二人、並んで校門を出ると徒歩数分、アパートを通り越し、駅へと向かう。
「お出かけだったら、華ちゃん的には仁史と一緒の方が良かったんじゃ無い?」
「な、なんで急にそんな事を……。い、一応、遊びに行くのでは無いのだし」
桜の従兄弟でもありクラスメイト。
端から見ている限りはまるで桜とは兄弟のようで、うらやましく見える。
そして私ともクラスメイトでもある仁史君。
今のところ発動条件は不明だが、彼は属性無視、呪いも魔法も全て相殺する強力な魔道相殺能力を持つ。
魔法使いの存在を無にするかのようなそんな能力だ。
魔法でも結界でも無い。弾くでも受けるでもない。
ただ同じ規模のエネルギーを、どこからか調達した上で相殺するのだ。
私は二度、発動するところを見たが確かに魔法の波動は感じなかった。
そして二度目は、不甲斐なく力尽きた私を助けてくれた力でもある。
振興会でも調べてはいるのだが、何しろ本人さえもが、
「何があったのかわかんねぇ」
と言う能力であるので、調査はあっという間に暗礁に乗り上げて、以降現在に至る、と言う次第。
桜と同じく振興会の要監視人物で護衛対象。
同世代の男性として私が唯一存在を認め、そして生まれて初めて特別な感情を持つに至った男子。
その彼の護衛担当は私では無くお姉様であるのは、良かったのか良くないのか。
毎朝かいがいしく彼にお弁当を作り、一緒に登校してくるお姉様を見るに付け、最近は色々と微妙に感じてるところではある。
そんな“どうでも良い事"でぐずぐず考えを巡らせる程度には。多少は私が人間らしくなった。
と言えるのかも知れない。
もっとも。それが果たしてどうでも良いことなのかどうなのか。
その辺は、もう一つ確信的なことは言えないのだけれど。
一つ確実なのは、少なくともあのお弁当を私が作ることができないこと。
……などと、どうやらまた。“ぐずぐず”が頭の中で廻り始めた。
こうなると中々止まらない。
そもそも私は仁史君に対して、いったい何をどうしたいのか。それすら自分で良く分からないと言うのに意味の無い考えだけが、ただぐるぐると頭を巡る。
――エッチな事はどうでも良い、チューだって今はポイ。……その“彼”の横に立って、手をつないでお話ししながら歩く。そんなの、してみたくない?
以前、気になる男子が居る。と言った時、桜に言われた台詞が頭の中に蘇る。
彼に期待するのはそういう事、なのだろうか。
そのものだ。とも思うし、全然違う。とも思う。
そもそも彼のことは気になる、のであってそれ以上どうなのか。
と問われれば自分で良く分かっていないのだから、それこそ自分に対しても答えようが無い。
まずい、顔が熱くなってきた……。
いずれ“ぐるぐる”がここまで来ると、もう自分ではどうしようも無い。
今回は相手の力がわかっていない。何をしてくるかわからないアイテムテイカーを相手に、魔法使いではないである桜を帯同している、危険で大事な任務、こんな事で集中が乱れては……。
「まぁいいや。――だから華ちゃんなんだもんね」
その何気ない台詞を聞いて、私は冷や水を浴びせられたように我に返る。
桜は、私の気持ちに気が付いているのか居ないのか。
少なくとも態度には出ていないはずだし、気になる男子が居るという話はしたことがあるが、名前なんか絶対に出したことはない。……のではあるが。
この件については何しろ相手が、神代 桜である。
……きっと気が付かれては居ないはず。――気が付かないで居て欲しいな……。
「ん? どうかしたの」
「……いえ、何も」
「あぁ電車の改札かぁ。何で華ちゃんの時だけエラーになるんだろうね。大丈夫だって。普通に開くよ、今日は」
いつも通りに微笑む彼女の顔からは、私は何もうかがい知ることが出来ない。
絶対太刀打ち出来ない、桜の恐ろしい部分がこれだ……。
桜に続き、最近やっと躊躇しないで通れるようになった改札に、スマホを当てて通過する。
さっきの桜の話では無いが、何故だか1/10くらいで扉が開かないことがあるのは、きっとスマホが悪いのだろう。私のせいでは無いはず。
「ねぇ華ちゃん。アイテムテイカーって聞いた事無かったけど、魔法の道具を使う人って事だよね? 普通の人でも使えるんじゃ無いの、あーいうのって。なんか違うの?」
ホームで電車を待つ。次の電車は十分後。
この時間はちょうど学校終わりと、部活終わりの間の時間帯。うつくしヶ丘の生徒が主な乗降客である以上、電車を待つ人は少ない。
二人で並んでホームのベンチに座る。
「ふむ。……例えば火の玉を出すとする。使うのは炎属性の、狙ったところへ火の玉を出すようなそう言うアイテム。満充電状態でたき火に火を付ける事が出来る。これだとライターやマッチを使った方が効率がよさそうではあるけれど」
「魔法使いで無い、普通の人が。だよね? ――条件として充電は満タンにされてる」
「そうね。条件としては魔法の充填は完全になされて、その状態で一回使える、で良いかしら」
「それで一回かぁ、確かに不便だね。それ」
前回、魔法に関する知識は薄いのに、その辺に桜が疑問を持ったお陰で、敵のウィークポイントを見抜き、私を含むハイランカー三人と柊先輩が助けられた。
だからこそ。一般人で魔法の知識もほぼ無いのにも関わらず。魔法道具職人候補として私を含め、各方面から推挙されたのだけれど。
「でもキチンと使い方を理解している人間が使えば、例え普通の人間、アンクラスドでもそれだけで。このうつくしヶ丘駅の駅舎くらいなら一撃で吹き飛ばすことが出来る」
「なにそれ!? そんなに違うの? ……じゃあ、こないだの呪いの書の時って」
「彼がアイテムテイカーだったら。……あんな回りくどい事をしなくても、手に巻き付いていた分だけで学校の敷地全部を簡単にクレーターに出来たはず」
この辺は後の分析結果を監理課から聞いたのだけれども。
正直私も、そんな相手の前に桜と仁史君を連れて行ったのだと思うと、背筋が凍る思いだった。
「マジでか……! でも、使う人によってそんなに違うんだ」
「例えばお刺身を切るとして、同じ包丁を使っても素人と職人では差が出る。魔法に限った話では無いと思うのだけれど」
――ふうむ、わからんでもない。そう言って桜は頷く。
実際に職人で無いとしても桜と私を例に取れば分かり易い。
魚を初め、お肉も野菜も。お豆腐でさえ。
同じ包丁を使っているのに、私が切ると大層悲惨なことになる。
少なくとも食欲をそそるような切り口にはなった例しがない。
「うん。私、出来るんだったらやってみたいかな、魔法道具職人。……作るのも面白そうだけど、変な呪いのアイテムみたいのを解体したいんだよね」
「どう言う事?」
「一〇〇人を呪い殺したアイテムが古本屋さんに会ったら危ないでしょ? って言うかもろ危なかったじゃない? だからそう言うのを片っ端から無力化したい。作れるんだったら壊し方もわかるはずでしょ?」
理屈ではあるけれど……。術式解体専門のアイテムクラフタなんて聞いた事が無い。
アイテムクラフタでさえ基本的には希有の存在であるのだ。
それに、言葉などこの際どうでも良い話ではあるけれど、解体専門ならクラフタでは無く、アイテムクラッシャ。と言う事になるのだろうか。
「でも、見つけなければ壊せないのでは……」
「悪用される前に華ちゃんやあやめさんが見つけて私が壊す! 悪くないでしょ? このサイクル」
でも。桜の相棒を自認する私にはわかる。この考え方こそが、桜という女の子なのだと。
「魔法って、もっとみんなの役に立つはず。壊したり、呪ったり。そう言う使い方はイヤだもん。華ちゃんみてたら誰だってそう思うよ」
「え、私……?」
『まもなく、に、番線に、東京方面、行き、の電車が参ります。危ないですから黄色い線の内側までお下がり下さい』
ちょっと虚を突かれて、どう返事をして良いか戸惑っている内に、チャイムの音と共に録音された女性の声がそう次げ、電車が目の前に滑り込んでくる。
「魔法使いは正義の味方であるべき! でしょ? ――行こ?」
「まぁ、もちろんそこに異論は無いのだけれど……」
「それに華ちゃんの役に立つ道具だって、そのうち作れるようになるかもだし」
『に、番線、東京方面、行き。まもなくの発車です。閉まるドアーに、ご注意下さい』
ぷしゅー。ごろごろごろ、どん! 鉄で出来たドアが非常にぞんざいな感じで閉まると、電車は少しずつ加速していった。