うつくしヶ丘高校特殊学習棟B二階の特別学習教室B22準備室(下)
2016.09.20 ルビを一部修正しました。
2018.05.15 本文、台詞の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入する等調整しました。
「おだててもなにも出ませんよ、もう!」
「いや、本当の話なんだけれども」
……桜と柊先輩の話が盛り上がってしまった。
本当は話を切りたかったのに、むしろ逆効果になるとは。
人付き合いと言うのは本当に難しいものだ。
この男の一番の問題は、桜を女性として意識しているような発言が散見されること。
命がけで桜を守った仁史君は除外するとして。
男である以上は初期評価は半値八掛け二割引。
人間的評価は三十二%からスタート。そうしなければ危ない。
この男に関して言えば更にスーパーの冷凍食品のように
“レジにて四割引”
とシールを貼っておいても良いくらいだ。
計算が間違っていなければ人間性として評価出来る部分は今のところ二十%弱。
クラスDである分を上乗せしても二〇%ジャスト。
数値的には、桜と話をするなどそもそもがおこがましい。ということになる。
私からすれば当たり前の話なのであるが、当人は気が付かない。困ったものだ。
そして桜自体はこの男に対しては、特に嫌悪感などは持っていないようで非常に気さくに話しかける。
ますます困ったものである。
「部活もバイト先も同じだとバレてね、桜さんを紹介してくれとみんなから言われて、困っているところなんだよ」
「わ、私なんか華ちゃんと比較対象になんか……」
そんな事は無い、それは私が保証する。
平均よりほんの少しだけ低い身長、愛らしい頬に大きな優しい瞳。
黒く瑞々しい髪は今日は短めのポニーテールに纏められ、話をするたび気持ちを表すようにぴょんぴょん、と揺れるのが好ましい。
アイリスやお姉様程では無いにしろ、だからかえって健康的にみえる、白くつややかな肌。
胸からお腹のライン、そしてお尻。
バランスは完璧。均整の取れたいかにも女子高校生という柔らかい体つき。
「華ちゃん、なんか怒ってる……?」
そんな話は当然口には出せずに、ただ桜を睨むだけのような見た目になっていたらしい。
他人からどう見えるか。戦略的なものを除けば気にしないはずの私が、ここだけはどうしても気になってしまう。
桜にだけはそう言う意味では誤解されたくない。
「別に私は怒ってはいなくて、その……」
風呂場の鏡に映る、薄茶色の髪と青みがかった生意気そうな目、必要以上に背が高く、浅黒い肌と骨張って筋肉質な体を思い出す。
もし私が彼女の容姿で生まれたならば、もう少し素直な性格に成れたのではないか。
「それに、華ちゃんと知り合いになる口実に使われてるだけじゃないんですか?」
「そんな事は無いよ、桜ちゃん派とサフランさん派で派閥抗争が勃発すんじゃ無いかと心配なくらいだ」
「マジっすか? その話。……信じちゃいますよ?」
私の幼少期はスラム街が高級住宅地に思えるような、そんな場所の記憶しか無い。
子供だけで生きていくのは色々と面倒で、だから一緒に暮らすお姉さん達はお金を稼ぐために色々な事をしていた。
それこそ、色々なことを……。
真面目に働くよりも、屋台の売り上げをくすねるよりも、旅行者のバッグをひったくるよりも。
その“色々"は、よほどお金になった。
日本で言えば私は幼稚園、彼女たちは中学生くらいだったはずだ。
どう思おうが、お姉さん達がその“色々"で稼いでくれて、そのお陰で今の私が居る。
どう言いつくろっても事実はこうだ。
私達は彼女達のお陰で幼少期、食べ物にありついて生き延びた。
そして一人、また一人とお姉さん達は居なくなり、最期には私が一人残された。
私がその“色々"に手を染めなかったのは、あくまでたまたま。でしか無い。
お姉様、日本の振興会から“アヤメ"が私に興味を持って現地にくるのがあと少しだけ遅かったなら。
その時は自分でもその“色々"に身を染めて、餬口を凌いでいたはずだ。
男というものの本性は、だから私は幼い時からごく間近で見てきた。
だからこそ私には良く分かる、むしろわかりたくなくてもわかってしまう。
こんな形で桜を褒めるのはもの凄くイヤなのであるが、だがしかし。
そんな私だからこそ、これだけは言い切れる。
男性でありながら、桜になにも感じない。というなら。
それはきっと、俗に言う妙齢の女性。これに興味が無い性癖なのだと見て良い。
きっとその彼が嗜好するのは美少年や幼女。つまり、忌むべき変態の類なのだ。
「……ま、たださ。うかつに誰かを紹介すると、“親衛隊長”に僕までぶっ飛ばされかねないからね」
――もっとも是非サフランさんに罵倒されたい、と言うヤツだって居るんだけれど、現実がわかってないよね。そう言って柊先輩はこちらを見る。
はぁ。本当に。何処までわかって言っているの? あなたは。
「あなたが桜に何もしなければ私も何もしません。……それと、私はどう思われようと結構ですが、桜の話はキチンと間違い無く。す、べ、て。断って下さい」
「一応護衛の任務だって有るもんね、サフランさんは。……当然その辺もわかった上での冗談なんだけど」
「え、やっぱり冗談だったんですね? ……非道いですっ!」
「いや、桜ちゃん。そっちの話は冗談で無く、えーと……」
それまでノートパソコンを眺めつつ、雑談を笑みを浮かべて聞いていたお姉様。
「……」
そのお姉様の表情が曇る。あんな表情をする時は……。
「華さん、桜さん。お二人ともちょっとこれから少し、よろしいかしら?」
「はい」
「なんでしょう?」
デスクの前に二人で並ぶ。後ろでプリンターが紙の摺れる音を立て始める。
「総務から野良狩りの要請です。場所は今、プリントアウトしました。今回はレコーダーとして現地で大葉さんが合流してくれるよう、手はずも付いています」
「事務所が大葉さんをレコーダーに指定する……。厄介な相手だと言う事なのでしょうか?」
「相手は道具使いの野良結界師で、魔法使いとしてはクラスレス。所有アイテムの詳細は現状では全くわかっていません。結界は物理障壁を使う、と言うところまではわかっています」
――しかし、ならば桜は連れて行かなくてもよいのでは。と言う私にパソコンから顔を上げてお姉様が淡々と答える。
「桜さんが道具職人を目指すのだというならば、アイテムの使い方をみておくのもそれは悪くないでしょう。大葉さんはレコーダー兼任で桜さんの護衛役、これは実質、華さんが一人で全ての始末を付ける。と言うのが前提のお話しなのですけれど。それ以上は華さんならば言わずともわかるでしょう? ……では、他に質問が無ければ、速やかに現場へ移動してくださるかしら。お二人とも、交通カードのアプリは入っていますね? 電車代は明日以降にわたくしが清算致します」
既にプリンターには、プリントアウトされた地図が垂れ下がっていた。