うつくしが丘中央公園噴水前のベンチ
「それで。こんなところにまで連れてきて、一体何の用なんですか?」
「あら。ジェラートおごってあげたのに冷たいの……。うん、ジェラートだけにっ!」
「つい本気で鬱陶しいと思ってしまったのですが、ご本人にもそう伝えても?」
「割と本気で冷たいっ!!」
中央公園の噴水前に設置されたベンチ。
なぜか私は部活の先輩、戦場乙女と二人、ジェラートをなめながら噴水を眺めている。
日よけも何も無いベンチは結構暑い。冷たいジェラートが体にしみるようだ。
結局、あの後。
私は二日にわたって眠り続けた。
そして起きたその日の午後から。
危険なことをした。という理由でお姉様から二時間にわたってお説教を喰らい、その後一時間。目の前で泣かれた。
さらに桜の部屋に帰ってから一時間、桜にも泣かれた。
この二人に心配をかけた。というのは事実だけれど、しかし。
……正直に言えば、あの場面。
どうするのが最善だったのか。今でも私にはよくわかっていない。
ちなみにあのキモオタテイカーがどうなったのか、“処理班”の班長になったはずの大場さんに聞いて見たところ。
「……うむ、十八禁的な処理内容になったのでお前には話さない」
という答えが返ってきた。
個人的には、彼がどうなろうとさしたる興味も無いのでそれ以上は聞いていない。
すでにあれから二週間。まもなく夏休みになろうという放課後。
うつくしが丘中央公園に車を止めたいつものジェラートの屋台は大繁盛。
列ができたりはしないまでも、お客さんの途切れるときは無く、うつくしが丘の制服が小銭とジェラートを引き換えている。
そしてつい先ほど。
目の前の戦場先輩もジェラートを二つ購入してきた。ということだ。
ちなみに今日は、桜はお姉様を伴ってマエストロの工房へ。
仁史君は古道具愛好会男子チームで部室に籠もって課題制作をやっている、
だから帰りは柊先輩が面倒を見ることで話が付いている。
その二人のほか富良野君と円君、さらにはオルドリッジ先輩までがそこに加わっている。
意外にも男子同士が簡単に仲良くなっていた。
当然仲が悪いよりは良いのだが。
そのほか百合先輩は仕事でどこかにお出かけ。なので部室は男子陣にお任せ。
私は話がある、という戦場先輩に連れられて、部活を堂々とサボってここに来た。
「あのさ。――んとね、サフランちゃん。その後は、……どうよ?」
「どう、とは?」
「あなたのか、ら、だ。……あんな無茶してさ。理論上できなくは無いって知ってたけど、私も初めて見たよ。あんな強引なことする人」
「そちらは、もうすっかり……」
「後遺症とか無い? 振興会のお医者さんも大丈夫って言ってる?」
なぜそこでモジモジする必要があるのか、非常に謎ではあるが。
どうやら意外にも、私の身をそれなりに案じてくれていたものらしい。
「えぇ、まぁ。――あの、もしかすると先輩の用事って……」
「人の居るとこだと聞きにくいのよね、……キャラじゃ無いというか」
「前にも思ったのですが。無理にキャラを作る必要性、無いのでは……?」
「それは自分でも思うんだけどねぇ、私の素の性格だとそれはそれで話しづらいというか」
「素の先輩は、実際には普段のような性格では無い、とでも?」
「実際の私は、うーん。 Shyness-inspired girl ……みたいな」
そんなわけがあるか! という感想しか無いのだけれど。
「ピンを盗むものはいずれ牛をも盗むだろう……。日本語の格言で何というか知っていますか?」
「それは知ってる。……うそ付きは泥棒の始まり、ってね。――泥棒、の部分を強調したいのかな?」
「は? そういうつもりは。……な、何を、盗むつもりなんですかっ!?」
「あら、言わないとわかんない?」
「え!? ……あの」
自分でわかる。顔が赤くなっている。
「誰かさんはさ、サフランちゃんのもの。というわけでは無いだろうけどね。でも現状の感触は悪くない、でしょ?」
「かかか、感触って! どどどういう意味ですか!?」
「公園で大声を出さなーい。……エッチな意味では無いわよ。だってそれは私もわかんないもーん。私は今んとこ、名前の通りに乙女だしぃ」
「わ、私だってもちろんそうです!」
「そこで涙目になんなくたって。……ふむ、ならば。手応え、としたらどーお?」
誰のことを言っているのか言わずもがな。
感触というなら、初めて会って数ヶ月。ここ最近、やっと普通にしゃべれるようになったところである。
「そして見た目としてはあなたと私。……今後成長の余地があるとしても、これ以上はある程度しか、おっぱいおっきくなんないだろうし、意味も無く背も高い、変に筋肉質だし、その上明らかに日本人じゃない。……ね? 二人とも、ほぼ同じカテゴリに属していると思うわけよ」
――もちろん見たこと無いけどさぁ。サフランちゃんも腹筋、割れてない? あからさまだと“そういう時”に服脱いだだけでヒカれるって聞いたよ? そう言いながら制服の上からでもわかるくびれた細いおなかに手をやる。
普段から腹筋が割れるほどにトレーニングをしているものらしい。
あぁ言う戦闘スタイルなら当然そうもなるのだろうけど。
確かに体型も見た目も。色以外似たり寄ったり、という話はわかる。
私のこの人に対する第一印象も確かにそうだったが、……胸の話は余計だ。
そして同じカテゴリなのだとしても、……“外装”の色がまずい、彼は多分、選択肢があるなら白い方が好きだと思うし、私は黒い。
そしてお姉様への対応を見る限り、もしかすると年上が好きなのかも知れない。
まずい、勝てる要素が無い……。
「それが一体どう関係すると……」
「うん。彼に多少変わったカテゴリの人とお話しすることに慣れてもらってね、そこで私が横からいただく。という作戦を今後立てようかなぁ、なんて」
何がシャイガールだ。本当にろくでもないことしか考えていない。
「か、……変わってるって誰のことですか!」
「もちろん、あなたと私!」
「是非、一刻も早く本国へ帰って下さい……!」
この人が日本からいなくなれば、その辺の問題は無くなる。
「三人全員。振興会にレンタル移籍。卒業まで帰って来んなって言われてんの、知ってるでしょ。世界中の魔法組織で頭の善し悪しはおいて、低学歴が問題になってるらしくてね」
「……明日にでも本国のハイスクールに転校すれば問題ないのでは?」
「ハイスクールで転校するのは日本でも珍しいケースなんでしょ? ――それに彼にあえなくなっちゃうし」
「ああ、あ、あなたという人は……」
「なんていう会話をね、一度してみたかったんだぁ。……私、あまり恵まれた環境にはいなかったから。学校に通ったこと無いし、友達もいなかった。――だから男の子の話で盛り上がったり、友達をからかったり。そういう、日本語でなんだっけ? situation でそのまま通じる? そう言う|Configurationに憧れてたのよね」
一貫して日本語で話しているので忘れがちだけれど、知識と話す技術があるだけで彼女はネイティブでは無い。それに任務のこともある。
クラスに親しい友人はいないのかも知れない。
……さっき私と同じカテゴリ、とこの人は言ったが。それはどこまでを指すのだろう。
彼女は私の個人情報はほぼ知っているのだろうし。ならば彼女もパンを咥えて棒きれやホウキ、たまには拳銃などで追い回された口なのだろうか?
「友達と同じ人を好きになるってショージョマンガみたいで面白いね!」
「面白がってる場合では。――そこは設定とか言わないわけですね……」
「うん。私にそういう感情があったこと自体、自分で驚きなのよ」
そんなところまで、一緒か……。
「仁史君のことはともかく、……私は友達で良いんですか?」
先輩が突然抱きついてくると顔に頬ずりをされる。
「イヤだ。って言ってもサフランちゃんは、もう私のお友達っ♡」
私はこういうときの対処の仕方は知らないのだが。
どうすれば良いものなのだろう……。
「ライバルが仲良しなのはおかしいの? マンガでは大体こんな感じだったけれど」
体を離すと、ジェラートの残りを口の中に放り込んでにっこり笑う。
先輩なのにかわいい、と思ってしまう。
「……人と関係によりけり、でしょうね」
この人の日本の常識は、全て少女マンガがベースになっているものらしい。
同じマンガでもレディースコミックなんか、必要以上にドロドロしているが。
そっちは読んでないのだろうか……。
まぁ私だって常識をアイリスの持っている恋愛小説ベースで考えているわけで。
その時点で人になにかをいえた義理では無い、ともいえるが。
「よ、サフラン。こんなところで何してんの? 一人で」
「ひ、仁史君! ――え? 一人……?」
隣に座っていたはずの戦場先輩の姿はすでに無い。
……シャイガール、ね。全く。
「戦場先輩が一緒って聞いてたけど」
「用事が済んだらいつの間にかいなくなった。……困った人」
「そこはわからんでも無いが。……あの先輩がサフランと合う。というのが不思議と言えば不思議だ」
「合う合わない以前に、私にはあの人が良くわからないわ……。仁史君は一人で校外に出ても良かったの?」
今となってはあまり必要性を感じないが一応。振興会が護衛をつけるのが建前だ。
「委員長がそこまで一緒に来てくれたんだけど、お前の姿が見えたから百合先輩と合流するって言って……」
「ところで仁史君はいったい何をしに?」
駅は公園の反対側、部活を終えて帰るなら真逆である。
「月夜野先輩がジェラートをおごってくれるから、部員全員でここで待ってろって言われたんだけど」
「みんな……。イギリス組は?」
「夕方から会合があるんだってさ」
……突然姿を消したシャイガールも、一応用事はあったらしい。
「よっこいしょ。……例の水差し、来歴は大体作れたぞ。委員長も円も物知りだし、カエサル先輩が貴族の出みたいで、みんないろいろ詳しくて助かる」
私の隣に腰を下ろしながら、そう言うが。
助かったのは仁史君では無く柊先輩なのでは……?
「体はもう本格的に良いのか? なんかこのところゆっくり話す時間が無かった気がするけどさ」
男子陣はここしばらく。総出で先ほどの水差しの他、二つ。
計三つの道具の来歴を、全力でねつ造していた。
データ解析担当が二人も混ざっているので、これまでの比で無く作業は進んだようだ。
一方、私も含めた女性陣は各々の所属組織への報告と連絡でてんやわんやだった。
そしてここでも異様なまでに高い実務能力を見せつけた戦場先輩、彼女を再度見直すことになったわけである。
エキセントリックなのはあくまで日常生活のみ。
なんてアンバランスで残念な人なのだろう。
美人なのも相まって、残念感が必要以上に増している気がする。
「戦場先輩にも言われたけれど、もうすっかり」
「いつもあんな無茶ばっかりしてるから、だから頭痛もちなんじゃ無いのか?」
「……え?」
――! そうだった、そういう設定にしたことを、すっかり忘れていた!
「そ、そんなことは……」
「月夜野先輩に良いとこ見せたいだけかも知れないし、俺も桜も手は出せない領域の話なのか知れないけど。……それでも極力無茶はすんなよ?」
「あ、ありがとう」
「桜にはもちろん、俺にできることなら言ってくれ。お前だけがプレッシャーかかるって間違ってるだろ?」
「そーだよ、華ちゃん! 友達じゃない!」
「……桜。――おかえり」
「華さん、今度やったら。本気でお仕置きですからね?」
「……お姉様」
「大体、格好つけるのなら私たちにも見せてもらえないと、宣伝できないわよ?」
「サフランさんが自分の活躍を、これ見よがしに触れ回るとも思えないけどね」
百合先輩に富良野君。こうしていると諜報部門の人達には見えない。
「ひどいよ! みんな集まるんだったらもっと早く教えてくれれば良いのに! 家に帰る途中から戻ってきたよ!!」
みんな、であれば当然柊先輩だって来るだろう。
「あぁ、……ね、サフランさん。こないだも言ったけど。魔法戦なら本当は僕の仕事だからね? 今度は執行部統括が最前線に出るなんて、しないでよ?」
扱いこそ非道いが、この人だって執行部の最強戦力の一人。
「この間は、その。……成り行きで」
「わかってるけどさ。――その辺りさぁ、変に気を遣ったりは無しだよ?」
「はい。ありがとうございます」
「さて、皆さんそろったようですし。アイリスさんからお小遣いはもらってきたので値段は気にせず頼んで良いですわよ」
「私は抹茶が良いわ。この間は結界に隠れながらで結局味わえなかったから」
「俺は一番高いやつ、サフランも食ってみるか? こないだ、食わなかったろ?」
「わ、私も。お姉様! 六五〇円のがいいです!」
「うふふ……。だから値段は気にしなくて良いんですのよ」
何があると言うわけでも無い噴水の前の三人掛けのベンチ。
その周りに集まって、どうでも良いことを話しながら本日二個目のジェラートを食べる。
そのどうでも良いことがこんなにもうれしい。
と、……お姉様がスマホを取り出すと、少し離れて何やら難しい顔で話し込む。
お姉様があんな顔をするときは。
「ね、華ちゃん?」
「そうね。――今日はトランプ、持ってる?」
お姉様は電話は切ったが、スマホを手にしたまま凜とした表情になる。
「全員、切り替えて。……お仕事です!」
やはりそうだ。しかもかなり複雑らしい。
「百合さん、そちらにも資料は流しました。柊先輩とこのまま現場へ。富良野君、仁史君はわたくしと、部室に戻って情報収集に当たります」
「了解。執行部長、同時多発的な事態なのね?」
「その通り。すでにカエサル君の組にも別件で協力要請が出ています」
「わかったわ。――さ、柊先輩。ついにカキツバタさん仕込みの腕を見せるときです」
「……え? 百合さん、ちょっと待った! そんな荒っぽい仕事なのっ!?」
「華さんと桜さん、二人の相手は推定クラスC相当の野良魔法使いですわよ。電車代は後で精算しますので、ひまわり新町に急行。駅前で大場さんと合流してください。……お二人ともよろしく」
普通電車で急行。そういうしゃれを思いついたが今は言うべきタイミングでは無い。
それをこの場で平然と言える人は多分、今頃ハンマーを振り回しているだろうか。
「詳細は大場さんから現地で直接聞くように。状況は悪いですが三人そろえば、そう面倒な話でもありませんわ」
「現状では面倒なんですね……?」
お姉様は何も言わずにっこり微笑む。……肯定、か。
「よし、いこう。華ちゃん!」
「うん。……ではお姉様、行って参ります!」
でも出来ることなら。あまり話が複雑で無いと良いのだけれど……。