充電器(バッテリー)の取り出し口 ~魔道具使いは地球に厳しい~
「無能が粋がるもんじゃないぜ!」
――仁史君! やめてっ……!
「俺も道具使いだっ! あんただけ特別と思うな!!」
そう言って仁史君が右手を上に上げるのと、キモオタテイカーがタクトを振るったのはほぼ同時。
タクトから放たれた火球は仁史君のお腹付近、そこへの直撃コース。
だったはずだが。彼の直前でほぼ直角に曲がると、掲げた右腕へと行き先を変え。
スパーン! 何かが弾け飛ぶ音がして、仁史君は紙吹雪に包まれる。……これは。
「な、どう言う、ことだ! ……僕のタクトが!」
「やり! 身代わりトランプ、利いた! アイテム経由の魔法でもいけるんだね!」
「ちょっと待て! なんで俺がっ、命がけでっ! 実験しなくちゃいけないんだよ! 柊先輩の時は月夜野先輩の魔導結界があったのに!」
三角形に残ったトランプの切れ端を、地面に叩き付けながら仁史君。
「華ちゃん守るためだ! 仁史一人くらいはしょうがないだろ!?」
「こんの腐れ外道女っ! これが終わったら話あるからな!?」
これでタクトの在庫VS身代わりトランプの在庫の勝負になった。
意外にも余裕に見える桜の態度から見れば、多分一セットまるまる位は持っているのだろう。
「ふっふっふ、百合さんへの納品用に今日は二箱持ってきてあったのだ。しかもベースは高級手品用トランプだぞ」
……在庫は思った寄りも多かった。
「なんか違うのか?」
「凄く高い。……でもその分シャッフルしやすいし、扇に開きやすい!」
「全部いらねぇ情報だよ!!」
クラフタとして能力は異常なほど伸びている桜。
そしてあのマエストロが、テイカーの見込みあり。と見なした仁史君が、その桜の作ったアイテムを使うなら。
「そう簡単に行くか! なら、方針変更! この場の全員、皆殺しだっ!!」
今度は、右手にまとめて三本タクトを握ったキモオタテイカーが右腕を振り切る。
……風の刃。火球、無数の小さな水玉。各々が私、お姉様、そして戦場乙女へと向かうが。
「完全に使い方わかったぜ。……無駄だよ、センパイ」
三つ全てが急角度で軌道をねじ曲げると、仁史君が左手に掲げた三枚のカードに吸い込まれ、時間差で三回、カードが弾け飛ぶ。
更に胸元からタクトを引っ張り出すキモオタテイカーと、余裕の笑みでカードを扇形に広げてみせる仁史君。
マエストロの言うように、二発撃てるようになっていれば仁史君も危ういが、タクトを振り回す男は当然そのようなセオリーは知らない。
仁史君が、取っ組み合いのケンカを始めるか。と言う事はおいて。
この二人が指揮棒とトランプそれ以外を使おうとしない限り。
アイテムテイカー同士の戦いは、これはほぼ実力伯仲、バランスしてしまった。と言って良いかも知れない。
「さ、ふらんちゃ、……ん?」
地面に突っ伏したまま動けないでいる、隣の戦場乙女から声がかかる。
「い、戦場先輩。……大丈夫、なんですか?」
最もこちらも膝立ちのまま首さえ動かせないのだが。
「むぐ、ぷっ! こんなん、……だいじょぶ、なわけ、ない。……れしょ?」
首が動かないので間接視野でしか見えないが、地面に顔からおちた彼女だ。
額が割れたのか、鼻血か。流血しているらしいのは見えた。
「サーボの位置、わか、……った。アイツ、の。まうしろ、……やくに、ふぃーと」
完全に動けない上、地面に突っ伏して視覚を遮断されてもなお、アイテムの位置を探っていたらしい。執念としか言い様が無い。
まさにあるべきハイグレーダー、諜報員としての理想の姿がそこにあった。
「後ろ2フィート? あいつのすぐ後ろだけど。……どう、したら」
「ごべん、わかんな、……い」
確かに言われればわかった。稚拙な隠遁結界を張っては居るが、私の目には段ボール箱がコンクリートの基礎に乗っているのが見える。
桜流のものの見方を実践していたから見えるのだ、多分私にしか見えない。
「ぁ、ふ、らんちゃん。……ごめん、ね」
考えろ、私! 一体この状況は何だ……!
あのモーターのような音が聞こえた後、一気に力が抜けた。ならばあの音は魔導集積機の作動音で間違い無い。この空間の魔力を全部汲み上げているのだろう。恐らく今も。
私達の身体までをも変換器とみなして、無理矢理魔力を引っられた結果がこうだ。
と言うことはあくまで空間内の魔力を集めるのみで、敷地内の魔力バッテリー(大)までは効力は及ばないとみていいだろう。
地上に漂っている魔力を集める、きっとそれだけのために作ったものをパワーを上げて魔法使いの無力化に流用している。
人間としてはともかく、テイカーとしては一流。それがあの男である。
そして低グレーダーのあの男が高位結界術を使える原因。
……桜はあの百科事典がタンクだと言っていた。魔力を自分に直接供給しているとすれば。――そう、今だって仁史君と対峙しつつ、百科事典は手放さないのだ。
つまり。自分を被う低レベル魔導結界と、現状体育館裏を通常空間から切り離した 次元断裂。
その力の源泉、そして結界自体も。出所は百科事典だ。
そして戦場先輩が見つけた魔力倍力装置。
稼働を止めれば多分ポンプがここまで強烈なパワーを発揮したりしないはず。タクトの攻撃も然り。
あの男のアイテムがそこまで高性能なわけがない。
そしてそうなれば。私はもちろん、お姉様と戦場先輩も動けるようになる。
「いい加減しつこいぞお前!」
「お互い様だろ! 何本持ってるんだよアンタも! 木の棒を使い捨てなんて、地球に優しくねぇな!!」
「それこそお互い様だ! 紙くずを散らかすな!」
そこら中に散らばるタクトと紙の切れ端。確かに双方が言うように、環境にはよろしくなさそうだが。
桜は。……もしかすると。私が動けるように、仁史君に時間稼ぎをさせている!?
確かに彼女には自分から攻撃に打って出る手段は無い。
そのための相棒、そのための私だ。
もう悠長に構えて居る暇は無い。
仮定が当たりなら。……三人の中で、私だけは動ける目がある。
多分私は過負荷で、その後は動けなくなるだろうけれど。
でもその時はお姉様と戦場先輩がいる。そこに勝機があるなら、かけるべきだ……!
「お……。お、お姉様。……サーボを、止めます。後は、よろしく」
「は、華さん……! なにを、する、気ですか!」
魔法使いが魔法を行使するためには、人の意思を魔力に変換して吸い上げる必要がある。
通常、吸い上げる相手は自分の能力範囲内に居る人複数で、個人は特定しない。
その影響としては、集中している時にあくびが出るくらい。ほぼない。
一方、吸い上げる個人を特定して害をなす、と言う特種な使い方もできる。今の私達の現状もそれに準じた状況だと言って良い。
但し。キャパを超えて吸い上げてしまうと、最悪の場合“物理的に破裂”する。と言うおまけ付きだ。
振興会の人間はそれに対応する必要上、みんなやり方自体は知っている。
でもやり方を知っても。それが実践できる人間は、振興会には居なかった。
……私を除いて。
全力でポンプより多く魔力を吸い上げれば良い、ということだ。
状況は揃っている。この場所には魔力の出口があるのだから、変換の必要も無い。
他人に迷惑は一切かからない。作業的には私一人ですべて完結、お手軽だ。
そう思えば出口が何処なのかは一目瞭然。
「ぐ、が、ぁあああ……」
だからポンプに吸われるよりも私が早く吸い上げる。ただそれさえ出来れば良い!!
「お、おねえ、……さま。ぐ、ごぉ、ごべ、んなさ。い、ぎぃいいい……!」
ブラウスの襟についた魔力を制限するピンズ。それが粉になって砕ける。
「うぁあああああ……!」
まだ足りない、もっとだ! もっと!
足先に感覚が戻ってくる、腕が上がる。顔も、上がった!
最大パワーの実に1.5倍以上の魔力が身体の中に膨れ上がっている。
感覚でわかる、立ち上がって一〇秒持つかどうか。
それを超えたら多分私は“破裂”してしまう。
それは絶対、裸よりも仁史君に見せられない。だからこそ。
……ここが、勝負だ!
「う……。なんで、立てる!」
構っている暇は無い、ほんの数m、足の痛みも無視しダッシュで回り込む。
ちょうど仁史君と男の真ん中に割り込む形になる。
「こんなゴミ結界! ブレイクするまでも無い!」
右腕を最大限伸ばし親指、人差し指、中指をそろえて前へ。左手で支える。
「出力無制限! 消し飛べ! 塵の加農砲っ!!」
身体の中身を引き摺り出されたような感覚と共に、全部の魔力が砂粒や埃を伴って段ボール箱へと向かう。
そして自分で宣言した通りに、結界は当然。段ボール箱はおいてあったコンクリートの基礎ごと。ついでに裏にあったコンクリートの壁まで。跡形もなく消し飛んだ。
がくん。いきなり左の膝が意思とは関係無しに折れ、左手を地面につける。
……何とか“本体”の破裂は免れたものの。
過負荷でオーバーヒート、もう動けない。
「な、何をした!?」
男は明らかに狼狽して後じさる。
「華ちゃん!!」
「サフラン、大丈夫か!?」
上体が倒れそうになったところで、桜に抱きかかえられ、仁史君がそっと頭を撫でてくれる。……上手く行って良かった。
「サフラゥひゃん! 死んやったらろぅすんろっ!?」
「華さん! なんて無茶なことを! ……空間解放!」
私の前にはお姉様と戦場先輩が男との間に割って入ってくる。
お姉様の言葉と同時に隔離された空間が元に戻る。
「……形勢逆転ですわね、アイテムテイカーさん?」
さらにじりじり後ろへ下がる男の前、いつもの“困りましたわ。のポーズ”でお姉様。
「認識不能結界。あらひは誰があにしようと、それは勝手らって言う主義らぅらけろさぁ。女の子の、ひかもあらひの顔に傷を付けて只れ済む、らんて。それってありえないから」
結界を張り直しつつ、ちょっとフガフガしながら戦場先輩。
どうやら額が割れた上に鼻血が出ているらしい。
「更には、裸に剥かれるとこらったわけらひねぇ!」
――ふんっ! ……びしゃ!
自身のイメージを全く気にせず、彼女は手鼻で鼻血を吹き飛ばすと、鼻をぐいっとブラウスの袖で拭う。
もちろんお行儀は悪いのであるけれど。
……何かこれはこれで、悪い意味でなく格好良い気がする。男らしいというか。
「万死に値するよ、マジで。――あのね、私が人に好き勝手を許すのは、自分もそうしたいから。なのよね」
見えないフィールドハンマーを正面に構える。
「つまり、もう振興会の事情なんか関係ないってこと。アンタ、本気で殺すから……!」
と言いながら男を睨んだまま、動かない。
男は現状、無防備なのではあるが。
お姉様も戦場先輩も、百科事典のせいでむやみに近づけないのである。
例えて言えば現状は、ガソリンを全身にかぶってガソリンタンクを背負った人間。
これを捕縛しようとしているのと一緒。
迂闊に手を出して大爆発、と言うのは不味い。
「こうなりゃ存在そのものを吹っ飛ばしてやるっ!」
そう言いながら男は百科事典の表紙に腕を、“突っ込んだ”!?
「ストック分の全魔力でぶっ殺す! 魔導バズーカ!!」
「なんで変形するの? 本でしょアレ!? 華ちゃん、どうなってるのアレ!」
「事実上変わってない、本人が扱いやすいように見た目に暗示をかけてるようなものだから!」
実際どうなってるかなんて、私だって知らないのだけれど。
事実上の参謀でもある桜が慌てると、次の行動に対処が出来ない可能性があるので、これは口から出任せである。
だいたい。そうこう言って居るウチにも。百科事典だったものは、小ぶりのバズーカ砲のような形に変わっていく。
アイテムが元の形を無視して変形するなど、そんな話は私だって聞いた事も無い。
「ヤバい! 魔導結界! 月夜野ちゃんも早く重ねがけ、フルパワー!」
「え? あ、はい!」
「マイガっ! 私と月夜野ちゃんで全然足りない……? うそ……」
「くっくっく……僕を怒らせてしまったことの重大さにやっと気が付いたかな? ……もう遅いんだけどね」
どうやら戦場先輩には百科事典の魔法量が見えるらしい。
「戦場先輩、桜のトランプは……?」
「五〇〇枚同時発動しても足りない! 百科事典(あの中)に事実上校庭1/7くらい詰まってる。この角度で全解放されちゃ、私達はもちろん、学校敷地内は完全に crater だわ。もちろん個人で即、張れる規模の結界なんか意味ない」
「拡散するついでに地下の魔力と干渉して、魔導爆発が起こったりすれば、学校を中心に半径二キロの大爆発が起こる、と。――わかってやっているのですか!? ご自身も生き残れないということなのですよ!!」
「まぁしかたがない、それなら僕と心中になるだけだ。かわいい子が多くて嬉しいよ。……イヤだと言っても付き合ってもらうんだけど、ね」
極めて冷静にそう言うと、男はバズーカを私の頭に照準した。
「特にサフランさん、覚悟してもらおう」




