充電器(バッテリー)の取り出し口 ~強制執行開始!~
桜は、おかしいこと。として魔法関連のパワーを見切る。
これは“おかしい”が確定した時点で、桜としてはおかしくないことになるからだ。
始めて会った時から一貫して彼女が言い続けている理屈はこうである。
理解がちょっとしづらくはあるけれど。
例えば。
魔力が集中する場所、空間を歪めて、それらを使って姿を隠している者が居たとして。
それが隠遁術であることを看破し、それを桜の言葉に翻訳できれば、
「おかしい」
と言う違和感だけの状態から、
「身を隠している人が居る歪んだ空間」
とか
「何らかの魔法を使ってねじ曲げられた空間」
として認識が変わる。
手段はともかくその違和を感じた空間には、魔法を使って身を隠している人が居る。
と言い換えることもできなくは無い(できるとはちょっと私は言い難い)。
つまり魔法の存在を肯定する桜なら、そのこと自体はおかしくはなくなる。
すなわち、おかしいのでは無く、そこに魔法を使っている人が居る。だけの話だ。
……と言う理論なのだと私は思う。
何回聞いてみても、その辺は私如きの理解の及ぶところではないのだが一方。
私個人もそう言う理解をしているので、桜と理解が重なった場合は。
どんなに高度な技を駆使しようと、私にも“見る”事ができるのである。
そして今回も理解が重なった結果。
「……。な、なんと言う稚拙な隠遁結界。巫山戯るにも程が……!」
一気に結界をブレイクしようとした私に、戦場乙女が押し殺した声でささやく。
「サフランちゃん、気が付いてると思うけど、魔力増幅回路? じゃないな、多分だけど、かなり強力な魔力倍力回路だね、これ。……まだ二割も動いていないから場所も特定出来ない。十分気をつけて!」
さすがは協会を代表するエリートエージェント。
私は言われるまでまるで気が付いて居なかった。
これで尊敬できる人間だったら……。
「……強制執行に移行するなら、私がバックアップにまわるわ。法規上も緊急時対処と言うことで問題ないでしょ? 月夜野ちゃん」
「えぇ、問題ありません。助かりますわ、戦場さん」
「ありがとうございます。……では戦場先輩は左を、お姉様は右と、そして桜と仁史君を」
「わかった」
「わかりました。華さん、チーフエンフォーサーをお願いします。協力者として戦場乙女さんを部長権限で承認。レコーダはわたくしが」
「はい、では。……行きます! 結界解放っ!!」
ガシャーン! お馴染みのガラスの割れるような音の他に、鉄の擦れるような音や木材が折れて割れるような音も混じる。
砂埃が舞い上がり、結界のあった付近は視界が遮られる。
ただの隠遁結界が、――こんなにも厚くて固い!?
私は、前の見えないまま一歩踏み出し。張った声を出すべく大きく息を吸う。
「我々は政府の魔法案件対処部門、特殊産業振興会の執行部です! この場にて現状、異常かつ違法な魔力の発動を確認しています。直ちに魔力は全解放。稼働中アイテムは即時停止し封印を施した上で投降するよう勧告するものです! 勧告に従わない場合、即時強制執行を開始し、術者は実力を持って強制排除、術式も魔導的にこちらで強制解体します!」
砂煙で前の見えない空間に向かって出来る限りの大声で叫ぶ。
「繰り返します、我々は……」
「やれやれ、またキミか。僕とは相当に縁があるようだね」
砂煙の仲、いやったらしい、思わず全身総毛立つような声で返事が返る。
「この声、……まさか!」
無限コンビニ事件のキモオタ道具使い。
彼がかなり重そうな百科事典を抱いて目の前に居た。
「あ、あなたはこの間の……。記憶処理が失敗した!?」
「うん、記憶を消そうとしてると思ってね。だから道具に肩代わりさせた。身体検査くらいきちんとやるべきだね」
「そ、そんなことが……」
「できるんだなこれが。結界と同じ、注意を僕でないところに向けて貰えればそれで良い。後は記憶を操作されたフリで良いしね」
「一体ここで何をしていた!!」
「魔力集めだ。前に使っていた場所は魔力が無くなっちゃったからね。キミらだって魔力を集めに来たんだろう? キミは強いし、無用な戦闘もしたくない。だが初めから居るのは僕だ、と言うことで。話に寄っちゃ分けてやらんことも無いぜ」
前に使っていた場所。それは例の、万年筆の埋まっていた校舎裏の空き地のことだろう。
魔力の回収を意図してやっていたことは確定だ。
「私達は魔力が噴き出す異常な状況。これを収斂するために来た。回収しに来たわけではない」
――もっと言えば、この場所に魔力が噴き出すことはもう無い。
それは言わなかった。教える必要は無い。
「……華ちゃん」
静かに近寄ってきた桜が、耳元にささやく。
高位の魔法使い。多分件の彼にはバレている。だから桜をメッセンジャーに使うんだろう。
魔法使いが動いた、と見せないように。……そこまでの気の回しはお姉様か。
「あやめさんから。ケータイ圏外、応援要請不能。……あと戦場先輩がサーボ位置依然不明注意って。……それから」
「……?」
「あの本もおかしいよ。……あれ、多分だけど魔力タンク」
「……!」
彼の正体は低グレード結界師にして、アイテムテイカー。
更には作り出すアイテムの質に問題はあるが、状況によってはマエストロにも匹敵するアイテムクラフタでもある。
吹き出した魔力を回収するというなら、当然タンクも持って居て然りではある。
厚さは“呪いの書”の優に三倍、大きさなら二回りは大きい。かなりの魔力が使用可能の状態で入っている、と見て良いだろう。
「了解。……ありがとう、下がってて」
「……うん、気をつけて」
「そもそも協力の姿勢がなかったから記憶を消す判断になった、と言う経緯を忘れているようね?」
「邪魔な僕をまた捕まえる、と言う話かな?」
例えば柊先輩は私が野良狩りで捕まえたのだが、その後は振興会に入る事になった。
魔法使いや結界師は数が少ない。できれば仲間になって欲しいのが本音。
だから捕縛して後、どう言う人間であるのか見極める。
しかし捕まえるよりも、言葉通りに“排除”してしまった方が良い場合だってある。
目の前の彼は、振興会に協力するわけでも、特種なバックボーンを持つわけでもない。
そしてアイテムテイカーとしては破格の力を持つのだ。
だから。記憶を消して放逐、以後接触禁止、と言う事になったのだが。
振興会に影響がある可能性があるなら。……その場合は。
「二度目、それも前回記憶操作を避けている。……命の保証はもうできない」
両隣。お姉様と戦場乙女が戦闘態勢に入った気配がする。
ただ、この男に関して言えば。多分発動の瞬間は見切られる。
「あなたはこの場で実力を持って“排除”します!」
だからお姉様へは同時発動のサインを送る。戦場乙女も事前の打ち合わせ無しで、そのサインの意味を即座に理解したようだ。
私が土、お姉様は風。そして超攻撃的結界師、戦場乙女が結界ハンマー。各々の最強攻撃、しかも属性がここまでバラバラなら全部は弾けないし、回避も出来ない。
「まぁ、僕としてはその辺の準備も抜かりない」
そう言えば、前回も似たような台詞の後……。
「魔法戦になっては、僕には絶対勝ち目が無いからね」
パチン。彼の指が鳴ってその瞬間。
キュキュキュ……! 何かの機械のような、モータのようなものがうなりを上げ。
「……な!」
「きゃあ……! は、ぐうっ!!」
「くっ、……何ごとですの!?」
突如体中から力が抜け、かろうじて膝立ちでバランス。そして以降は動けない。
思い切り膝を打ったのであまりの激痛に涙が流れるが、それを拭くことさえできない。
戦場乙女は“ハンマー”を持っていため受け身が取れず、膝から崩れて顔から地面に突っ伏し、お姉様さえも両の手を地面につける。
一方それを不思議そうに見やる桜と仁史君。これは……。
「この空間で魔法を発動出来るのは僕の指揮棒だけだ。キミ達の魔力、そして体力も魔力に変換して僕が貰う」
「な、そんな無茶な……」
魔導集積機の変形! しかもサーボでパワーが底上げしてある。
だから私達の身体まで、魔導変換器として扱われている、と言うことか!
「さ、……さく、ら! 逃げて!!」
「もう遅い、分断空間!」
「なに、……このおかしな空間? 仁史! それ以上行っちゃダメ!」
「壁や通路が、……無くなった?」
「触ったら腕がなくなる! ……かもだよ!」
「マジでか!」
「おかし……ぃ、こと。……これは」
確かにおかしいが、桜に頼らずとも普通に目で見えるのだ。即座に私にもわかった。完全にこの空間が外界から隔離されている。
目の前の彼は低グレード結界師だったはず。
なぜ次元断裂などと言う高度な技が使えるのかわからない。
そして空間を通常空間と分離されてしまった以上、動けない私達三人はもちろん、桜と仁史君も捕らわれてしまった。逃げ場はない。と言うことだ。
「動ける二人は魔法使いじゃないな。なら放っておこう。……まずは先日非道い目に会わせてくれたサフランさん。……キミだ」
私はどうなろうと良い。あの二人を……。
「まずは全裸にでもなって貰おうか。どうせ動けないだろう? 僕が脱がしてあげるよ、偉そうにしやがって、いいざまじゃないか。……ふふ、はは、あは、はっはっは……!」
ゆっくりと彼が右手にタクトを持って近づいてくる。
「おいあんた! 先輩だかなんだか知らねぇけどやめろ!」
「仁史! あのタクトはヤバいんだって!」
「だからなんだ! 黙ってろ! ――サフランを脱がす必要なんか、無いだろ!」
「こないだ非道い目に遭わされたんだ。命までは取らないがお仕置きは必要だろ? それにお前も本当は見たいんだろ? ……サフランさんのストリップをさぁ」
――前言撤回! どうなっても良い。は無し! それだけは絶対イヤだ!!
この状況下でそれだけは! 他の人間はどうでも良い! でも、仁史君の目の前でそんな事になったら……。
「……お、俺は」
「じっくり、飽きるまで、好きなだけ。見せてやるから期待して待っててよ。それに話はサフランさんだけじゃ無いしさぁ」
「ふが、……ごぐっ」
「うぅ、なんと……、ひ、卑劣な」
「タクトで吹っ飛ばされてめをまわしちゃ、……三人分だ、勿体ないよ? 夏服ってのは枚数が少なくて風情がないよねぇ、そう思わない? くっくっく……」
「や、やめろぉ!! ――桜、邪魔すんな!!」
「動くなっての! ……必要以上に熱くなるなバカ! それよりちょっとこっち来い!」
「いてて、何しやがる桜! 耳、放せ!」
そんな事になったら。
――冗談事ではなく、もう学校に来られない! もう仁史君と顔を合わせられない!
そうなったらもう、生きていくことなんか。……できない!!
「わ、私に手を、その薄汚い手を触れたら。……殺す」
そう、もう殺すしかない、殺すしか、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す……。
「やってみろよ。魔力ゼロで手も動かせねぇだろ? どうやって僕を殺すのか教えてよ」
確かに現状は。膝立ちの状態で腕を下ろし、指一本動かない。喋れることが奇跡に近い。
「……よし、他に手は無い、やってみよう! 仁史いいな!? なら、行けぇ!!」
「てんめぇ、やめろっつってんだろうがっ!!」
動かない身体、まわらない頭。
私の視界の隅。仁史君がキモオタテイカー正面に歩み出るのが見えた。