充電器(バッテリー)の取り出し口 ~出口、確定~
「結局掘るの辞めたトコから二m離れてなかったんだ……。華ちゃん。万年筆、見た?」
「えぇ。ハンカチに巻かれた上で、キッチン用の気密ビニール袋の空気をキッチリ抜いたものを大小三重にして、その上からゴミ袋が二重に被せてあった」
私は大葉さんの“発掘作業”に立ち合ったから、こう言う細かいディテールまで知って居るという次第。
その梱包状況から亡くなった彼への想いがひしひしと伝わってくるようで、つい。
――戻した方が良いのでは?
などと。口に出しそうになったものだ。
「完璧だね。……この学校に、居て欲しかったのかな?」
「多分ね。私も先週。一部の先輩方とお話しする事が出来たのだけれど、――こんなに楽しいのは生まれて初めてだ! が、口癖だったと、みんなが異口同音に」
「ホントに、楽しかったんだ。……学校」
そしてもう一人の立会人、カエサル・オルドリッジ。
彼は“兄”の遺品を自身のハンカチでくるむと、自分で持ってきたものを再度綺麗にハンカチで巻き、ビニールの中に再度封入し、多重の梱包を大事に一工程ずつ時間をかけて終わらせ、そして自分で穴を埋め。
最後、スコップを地面に置くと。胸に手を当て、目を閉じて頭を垂れた。
「カエサル先輩は代わりになにを入れたの?」
「本宅で、イラストを描くのに使っていたペンだそうよ」
――あれは兄が一番気に入って使っていたペンなのだ。日本に発つ日の朝、いきなり手渡されてね。そう言って特殊部隊ピクチャーズ隊長。ダイヤキング・シーザーは俯いた。
「お前に、兄らしいことを何一つしていない僕を軽蔑するだろうが、それで良い。お前は家に潰されたりするんじゃないぞ。お前が家の風を変えるんだ。ここに戻って来れたなら、きっとその時は。僕もお前を手伝ってやれるようになりたいと思う」
――日本製で、ジャパニメーション風イラストの練習に使っていたらしい。とても大切にしていたのだ。俯いたまま、更に彼の独白は彼の兄の台詞をなぞる。
「これはお前にやる。いつでも買えるところへ行く以上もう要らない。僕だと思ってたたき折ってくれて良い。――お前のことは好きじゃなかったが、嫌いと言うのともすこし違う。だって、仲良くしていると父がうるさいだろう? お前が困る。……お前さえ良ければ。今度会った時は、俺も頑張る。もう少し兄弟らしくしようぜ。お互い、な」
「な、……ぐずっ。華ちゃん、不意打ち卑怯!」
「え? なんの……」
「……泣ける話なら、最初に! そう言って……!」
実は最近わかってきたのだが。桜は泣けるお話は嫌いじゃない。
だが、周りに人が居ると恥ずかしくて、リアクションに困るのである。
まぁ。良い話だとは思うけれども、そこまででは無いような気が……
人が良いというか。見た目通りに可愛いというか。
「可哀想だよ! ひっく、うぅ……。カエサル先輩も、お。お兄さんも」
「立派な家柄、っつーのも大変なもんだな。そこ行くと俺達は気軽で良かったな、桜」
彼女の背中を、ぽん。と叩いて仁史君。
「先日、桜の実家に伺ったとき偶然お会いしたけれど、お父さんもお母さんもご立派な方でしょうに。……仁史君!?」
「ご立派かどうかはおいても家柄は普通で良かった、って言う話だよサフラン。そんなに怒んなくたって。――あぁ、カエサル先輩を腐すように聞こえたんなら、それは謝る。そういうつもりは一切ない」
「わ、私も別にそういうつもりでは……」
桜と。そして、話に割って入ってきた通りに仁史君。私は今二人に挟まるようにして歩いている。
そしてその後ろにはお姉様と、なぜか戦場乙女。
なぜか、などと言うほど理由は難しくないのだが。
見つけた万年筆。
その深さと向きから、諜報課では本来分析担当の富良野君と絵札部隊内で、ほぼ彼と役割の被る円君が約一週間。
パソコンの前で電卓を叩き、地図にマークをし、私には理解のできない表を作り、机を挟んでつばを飛ばして激論を交わした。
その様にして、当初の話通りに計算で導き出された“吐き出し口”。
私達はそこへ向かうところである。
現地の確認は私とお姉様の他、絵札部隊から、実はこう見えて三人の中では情報管理を担い、歩くデータベースの異名を取るほどなのだ。と言う戦場乙女。
「円から聞いた話では、想像ほどには効率よく変換しているわけではなかった、と言っていたけど……」
やはり自然発生回路では効率が悪い。
「それでも既に今月初めには満タンになっているはずだ、とは円君だけでなく、ウチの富良野君も言っているわけですが、ならば溢れたであろう分。それはいったい何処へ行ってしまったものやら」
では、溢れた魔力。それは何処に行ったのか。
だから先ずは吹出口を。振興会と協会、双方で直接確認してみよう。
となった次第である。
「と言う話を聞いたので。急遽こんな物を師匠に作って貰ったんだけど。……使えるかな?」
桜が指をさすのは、仁史君が右手にぶら下げる真っ赤なガソリンタンク。
中身はどうやって入れたのか、厚紙を細かく折った様に見えるものがびっしり詰まっている。
実はこれ一個で軽く敷地二杯分の魔力を貯めることができるとのこと。
そしてマエストロ曰く、――坊主はテイカーの才能があるかも知れねぇな。とのことで使い方は仁史君が聞いてきたらしい。
「状況が合えば使える。見た目と違って高性能だぞ、これ」
そして右手にまとめて持っている灯油用の赤いポンプ。……それは何に使うものなの?
そしてこの二人。桜と仁史君は、またしても会長から、――帯同するように。と言う指示がお姉様の元にあったらしい。
なぜわざわざ、危険があるかも知れない。と思われる場所にこの二人を連れて行かないといけないのか。
いつもながら納得の行かない部分ではある。
「でも、サフランちゃんは知ってるだろうけどさ。ここ、私。前にも来たことあるけれど。そん時はなんにも感じなかったよ?」
戦場乙女にちゃん付けで呼ばれるいわれはないが、拒否する理由も無い。一応今や部活の先輩ではある。
「確かに以前、わたくしも来ましたが……」
桜以外は私も含め。実は全員一度、ここへ来ているのである。
「第二屋体の裏なんて、初めて来たよ。用事ないもんねぇ。……意外にも広い。――戦場先輩は何しに来たんですか? あやめさんも」
桜の何気ない一言で彼女以外全員が凍り付く。
「……え? えーと、基礎調査。的ななにか。みたいな?」
「あぁ、わたくしは校内における魔力分布の見取り図を作っていた時に来たのですわ」
ばたついている割りには普段通りに聞こえる戦場乙女、そして流石の返しはお姉様。
「……」
当然、私は来たとも来ないとも言わずだんまりを決め込み、偶然目のあった仁史君にも目配せを送る。
彼は上を見上げてため息を吐くと、後は視線を地面におとした。ついでに肩もおとした。
彼の気持ちをもてあそんだ戦場乙女を……! と思うのはもう何度目になるだろう。
彼女との直接戦闘は現状起こりえないので、考えても疲れるだけ。
頭ではわかっているのだけれど。
「みんな見えないところで色々やってるんですねぇ。まぁ、二人共。そう言う意味じゃ本当に見えないんだけど」
「あなたにはマルバレなのよね? 桜ちゃん」
「不自然じゃないとわかんないんですよ。ごく自然に立ってたら、それは別におかしくないじゃないですか」
「体育館の裏で誰かの後ろで姿を消していたら不自然、みたいな……?」
「そういう事です」
多分今、戦場乙女は隠遁術のレベルが上がった。なぜ敵に塩を送るようなことを……。
「だから立ってることに必然性があれば、それは自然なこ、と…………。華ちゃん!」
「どうしたの?」
体育館の裏。私の隣の桜が、突然。何も無い空間を指さす。
「あそこ、おかしいっ!」