噴水前のベンチ
2017.07.23 本文の一部を修正。
私が、桜や仁史君と初めて会った公園のベンチ。
「ね、アレって外車なんでしょ? もしかするとイギリスのクルマだったりする?」
ジェラートを舐めながら桜が仁史君に問う。
「ん? ――カングー、いや、ジェラートの移動販売車な? 前に教えたろ? ルノー、つってフランスのメーカーだ。イギリスのクルマは日本じゃほぼ走ってないよ」
「一口に外車と言っても奥が深いんだねえ」
「とは言え。日本では外車と言えば基本的にはドイツとその他、くらいなもんだけどな」
場所を変える。とは言ったもののオルドリッジ先輩には具体的に場所の心当たりが有ったわけでは無かったようで。
結果、桜の提案で学校の近所の公園まで.
急遽呼び出された他のメンバーも含め、絵札部隊と“古道具愛好会”が全員この場に居る、と言う次第。
現状噴水を正面に見るベンチには全員がジェラートを持って、オルドリッジ先輩、桜、仁史君の順で座り、私はその後ろに立っている。
ちなみに他のメンバーはごく近所にいるはずだが、最後にジェラートを受け取った柊先輩が見えない手に捕まれ引っ張られた次の瞬間、姿がかき消えて以来、誰一人見えない。
「これ多分、戦場先輩だね。ここまで超ピンポイントで隙間がない気配は初めて」
私は一切なにも感じないが、桜がそう言うからには、戦場先輩が人払い結界を展開しているのだろう。
相変わらず結界師としては超一流だ。人間としてはもう一つ信じられないが……。
そしてそれすら気が付いてしまう桜はどうなのか、と言う話でもある。
「……戦場、良いのか?」
その声に反応して一瞬だけ。
なんの前触れも無しに制服の右手が目の前に現れると、親指をあげて、その後出てきたときと同じく唐突に消える。
「校外で制服が目立たないところ。と言うことで、ここまで来てみたのですが……」
「あぁ、ミスサフラン。わかっている。――どこから話したものか、いずれ身内の恥をさらすことにはなるのだが」
「恥。……ですか?」
「あぁそうだ、さくらさん。私個人は、しかし恥だとは思って居ない。むしろ誇りに思っているよ」
「あの、エラく矛盾した感じがするんですが、……それはどういった」
「話は至極簡単なのだがね。――さくらさんには、魔法使いにもクラス分けがある。と言う説明は不要なのだね?」
素人に近い桜に全てを説明することで、後の面倒を減らす。とここへの道すがらに彼は言ったが。
実際はお姉様や百合先輩と膝をつめて話すのがイヤだっただけなのかも知れない。
……個人的に気持ちは理解出来ないでも無いが。
「ある程度は知ってます」
「イングランドでは協会の歴史は二百年。当然有名な家系、と言うのも出てくる」
――家系、ですか? 不思議そうな桜にオルドリッジ先輩は、うむ。と頷いてみせる。
「例えば。その家の長男は必ず強力なハイランカー魔法使いかハイグレーダー結界師の血を受ける、などと言う家系が。ね」
そんな話は聞いた事も無い。
その話が成立しないぐらいに魔法使いの発現率は異常に低いのだ。
以前、監理課とその話をしたときも、大葉さんは超劣性遺伝なのかも知れない。と言っていたぐらいに。
魔法使い同士が結婚しても子供がアンクラスド、と言う事例は普通なのである。
家系や血筋、家柄。それは魔法使いにはほぼ関係がないはずだ。
「いったい、何のマンガの設定なんですか……?」
「マンガね、なるほど。――私もそう思う。但し偶然も三回続けば当然となるが、幸運はそうそう続くものでは無い。当然となってしまったその偶然を顧みることをしなかったが故、四代目が生まれたところで非常事態と相成った」
「それはつまり……」
「そう、彼には魔法使いや結界師はおろか、クラフタやテイカーの才能さえなかった。魔法的な意味では完全な無能であったのだ」
「それで無能呼ばわりは、……ちょっと非道くないですかっ!?」
この類の話になれば桜に“スイッチ”が入ってしまうのは仕方が無い。
そして話が極端に脱線するならば修正するために、私と仁史君が姿を現したままここに居る。
逆に言えば、話が本筋から大きく外れない限りは。私も仁史君も口出しはしない。
特に約束は無いが、暗黙の……。と言うヤツだろう。
いずれ、今はまだ口を出すべきタイミングではない。
きっとこう言うところまで込みで、お姉様は桜に話を聞くように言ったのだろうから。
「そこは私もさくらさんに同意見だ。……ただ彼への風当たりは日に々々強くなった。魔法使いの才能を持った弟が生まれたことも。それに、輪をかけた……!」
彼はジェラートの入っていた紙の筒をくしゃ。と握りつぶす。
それを見た桜はなにも言わずに鞄からコンビニ袋を取り出すと、彼の握りつぶした紙を受け取り袋へと入れる。
「良いのかい? ありがとう。――そこからその彼がどうなったか、先は言わずもがな。家に居場所をなくして、日本へと留学することを決めた」
「えーと、……なぜに日本へいらっしゃることに?」
「アニメやマンガ、そう言うものが好きだったから、だ。――そこに逃げてしまった、とは私は言いたくないな。好きなものの近くに居たかったのだろう」
――家族よりはよほど好きだっただろうしな。そう言って、噴水を真っ直ぐ見つめていたオルドリッジ先輩は目を伏せる。
「そして数ヶ月後、この制服に袖を通すことになる」
「うつくしヶ丘に、留学……」
「そういうことだ。――但し、彼の。日本語ではおじいさん、で良いのかな? ……その人は彼を自分の元へ呼ぼうとしていた。だが、離れて住んでいたが故、声は彼の元には届かなかった」
「日本行きには反対したわけですか?」
「意見の表明さえできなかったのだ。――そしてその彼が日本に渡る前日。おじいさんが彼に手渡したfountain pen。それこそが魔力変換器の核になっているアイテムだ」
「華ちゃん……?」
「構わないわ。――万年筆、と素直に訳しても良いでしょうか? ミスタオルドリッジ」
「すまない、気が付かなかった。――それで良い」
「発音がホンモノ過ぎてわかんなかった……」
「その万年筆がアイテムだった?」
「そう。彼にできうる限り不幸が降りかからないように。と言う多分に呪い的要素の強いものであったのだが、そのおじいさんは自身もランクA+でかつ腕の立つクラフタでもあった。そう言う方が自分で、強い念を込めて作ったアイテムだ。効果は覿面だった」
「と、言いますと?」
「学業はそこそこであったようだが、多数の友人に恵まれ、元々絵の才能はあったものだから、イラストレーターとして在学中には既に仕事のオファーが来るほどであったらしい」
アイテムが不運を一切遮断する!?
学業にズルは無し、であった様だが、日本へ渡って以来その彼の人生には。
ついてなかった、運がなかった。などと言うことは一切なかった、と言うことだ。
同郷の知人がいるはずもないこのうつくしヶ丘で多数の友人に恵まれ。
一介の学生でありながら、才能のあったイラストは才能通りに認められた。
彼の持つ人間的魅力や、才能については何者も邪魔をできなかったわけだ。
「だが、その後。……光の後には影がつく。と言う言葉通りになった」
「……えーと、――仁史、知ってる?」
「外国の慣用句直訳されてもわかんねぇよ。――サフラン。得意だろ?」
「うん、日本のことわざなら“好事魔多し”の様な感じでは無いかしら?」
一緒に居ることができたなら。偶にはこうして私が仁史君の役に立つこともある。
「何度もすまないな、ミスサフラン。――あくまで良い風を吹かせるだけのアイテムだ。大きな運命、そう言うものには無効だったのだろう。あるいはそれまでの反動だったのかも知れないが」
「あの、じゃあその方はどうなって……」
「突然病に倒れ。……病気が見つかってほんの二週間、入院四日で、……死んだ」
「マジっすか!」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
「彼の遺体は日本の法律に則り荼毘に付されたが、一方でアイテムは回収不能になった」
「ご遺体と一緒に焼かれちゃったんですか?」
故人の大事なものや普段使っていたもの。眼鏡や日記帳、服などを一緒に棺に納める、と言うのは私も理解ができる。
「さっきも言ったが、彼は良い友人達に恵まれた。その友人達は彼のおじいさんへの想いと、そしてその万年筆がなんであるか。もちろんそれは知らないが、彼にとってどれほど大事なものであるかは知っていた」
「つまり、今でも友人達が形見として持っているわけですか?」
「そうなら話が単純で良いのだがね。……大好きだと言っていた学校。その敷地内へ大事に埋められ、その場所を他人に話すのはタブーとされた」
――だから良い友人だと言ったのだ。去年の三年生は我々のインタビューに対して、ペンを埋めた場所については一人たりとも、コメントをしていないのだからね。
そう言うと伏せていた顔を上げ、桜と目を合わせる。
「去年三年生だったんですか!? その人!!」
「そうだ。私とは二つ違いでね」
「……? 先輩のお知り合い、なんですか?」
「あぁ、悲しいことに私は嫌われていたようだが。――もうわかったのでは無いか? 彼は、話の彼は…………私の。兄だ」