うつくしヶ丘高校特殊学習棟B二階の特別学習教室B22準備室(上)
2018.05.15 本文、台詞の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入する等調整しました。
「月夜野先輩、どっから持って来たんですか? これ」
「過去の魔法を使用した事件や事故の現場で押収され、証拠として調査研究されていた品々ですのよ?」
――けれど既に事件も解決し、各種調査鑑定、処理も終わり、あとは捨てるだけ。
――そういった状態で倉庫に放置されていたのがこれらなのです。
――とは言え廃棄するにもお金がかかりますからね。
今日もお姉様は絶好調だ……。
「そう言った物から比較的価値がありそうに見えるものを選んで、執行部技術課の保管庫から見繕ってまいりましたの」
小さな花瓶をつついていた仁史君は慌てて指を放す。
「これって、もしかしてすんげー危ない物だったりするんじゃないすか……!」
「大丈夫ですよ仁史君。全ての魔法や魔術は解除、解放、呪いの類も全て解呪、消滅処理済です」
――だから、これらはただの古ぼけた木組み細工や陶器、と言う事です。
――そして全て学校に寄贈する方向で話をしていますから、当然の帰結として廃棄費用はかかりません。
――執行部長として経費削減、そして愛好会部長代理として見栄えの良い展示品の確保、更には地球環境に配慮した資源のリサイクル。
――どうですか? 仁史君。まさに誰も損をせず、みんなが恩恵にあずかれる。素晴らしいプランでしょう?
話を聞く仁史君が、微妙にうんざりした顔になる。それはそうだろう。
「自分で言うのもちょっと気がひけるのですが、非常に良い事を考えついたものだ。とまぁ、わたくしはこうして説明するうちにも、一人密かに悦に入るところなのですけれど」
「要らない物、学校に押しつけているだけなんじゃないすか、それ……」
うつくしヶ丘高校特殊学習棟Bの二階の隅、そこに今私達が居る特別学習教室B22に付帯する準備室がある。
約八人座れる長机の上、デスクトップのパソコンが一台とインクジェット式の新しいとは言えないプリンターとコピーの複合機。
パイプ椅子が十脚、壁の一面に何処かから調達してきた大きなホワイトボード。反対側側の壁にはロッカーと書棚。
そのやや長めの部屋の奥、窓の前にはたった一台。
大きめのデスクにノートパソコンと立派な椅子が置いてあって黒地に白で“部長代理”と書かれた漆塗りの三角柱が立つ。
特別学習室B22をドア1枚隔てた準備室。古道具愛好会の部室。
期せずして振興会関係者が五名居るうつくしヶ丘高校内での集合場所として、姉代わりであり、魔法使いとしての師匠であり、更には我が敬愛するお姉様であるところの普通課二年生、月仍野あやめが、生徒会を脅したり賺したりして手に入れた部室である。
お陰で週に一回の現状報告以外、振興会の事務所には行かなくても良くなった。
電車で三駅とはいえ学校のあとで毎日通うというのは、やはりおっくうなものだったから。
……正直に言えば、電車に乗るのには今でも少し抵抗があるので、そこは素直に助かった。と言って良いだろう。
当然のように正面のデスクに座るお姉様の他、傀儡部長である三年の柊長介先輩、そして桜の従兄弟で同じく一年生、同じクラスの南光仁史君がパイプ椅子に座って木工細工や陶器の花瓶、真鍮で出来た水差しなどをいじっている。
ちなみに振興会ではお姉様が執行部長、私と柊先輩が共に執行部の所属。
桜と仁史君は東京本部長直属のアルバイト、と言う事になっている。
この二人が書類の上とはいえ、お姉様の部下では無く、振興会事実上のナンバー2、東京本部長の他、振興会内部では最強の発言力を誇る経理部長と、政治や国際問題の暗部とも直接関わる総務部長を兼ねるアイリス。彼女の直属の部下になっているところが何とも微妙な感じではある。
「柊先輩、資料の作成状況は如何でしょうか?」
「如何もなにも月夜野さん、貰った資料から魔法関連を取ったらなにも残らないよ……。水差し一つだって結構かかるってば。結局全部、ゼロから調べたりでっち上げたりしないといけないし」
「なるほど、そうでしたか。もう少し簡単に出来る腹づもりでしたが。……では、大変だとは存じますが、水差しと真鍮の花瓶については来週末までには必要になりますから、引き続き大至急で作成をお願い致しますわ?」
「鬼か! 鬼なのか、キミは!」
部活動としての活動実体の審査は結構厳しく、お姉様が生徒会執行部から強引に取り付けてきた条件、
『古道具の収集、整理と展示。各道具に対する資料の作成。そしてレプリカの作成、作成行程と作品の展示』
の三点。これを夏休み明けまでに成果として生徒会執行部に成果発表が出来なければ、その時点で廃部通知が出るのだと言う。
学校側も場所を提供する以上は見える成果を示せ、と言う事らしい。
だが、さすがは我がお姉様。振興会のガラクタ置き場をひっくり返しただけで、先ずは一つ目のノルマをほぼクリアしてしまったわけだ。
――当然。お姉様が自分でひっくり返すわけも無く、実際に倉庫を家捜ししたのは私と柊先輩だったが。
そして二つ目のノルマも。
振興会に残されている資料で誤魔化そうとしていたのだが、コレに関して言えばお姉様にしては珍しく、当初の目論見から考えると、それほど旨く事が運んで居るとは言えないようだ。
とは言え、今の会話を聞く限り。
資料作成担当に指名した柊先輩、彼をお姉様がいびって弄って遊んでいるだけなのかも知れないのだが。
「ねぇ、桜、ここに来た時から気になっていたのだけれど」
「なぁに?」
当然。お姉様がやることなので、部室の確保にしても一切の妥協無し。
たった五人の部員だが、特別学習室B22本教室についても、我が古道具愛好会の部室として占有許可が下りている。
――広すぎるのも、もう少し落ち着きませんわね。と言うお姉様の一言を持って当面は準備室のみを使うことにした、と言う事なのである。
……のではあるが。
「この教室、特別学習室ってなにをする部屋なの? 私達で使ってしまっても良いの?」
準備室はともかく、本教室の方は普通の教室よりも広く、一〇人は座れる大きな実験机が六つ。
たった五人で占有するには気がひける。それに何かの授業で使うはずのところだったとしたら。
何しろ書類上の部長は柊先輩だとしても実際に学校側と交渉していたのはお姉様である以上。そう言う心配が先に立つのはむしろ当然とも言える。
……そのくらいはやりかねない。
そしてそんな心配をする程度には、ここしばらくの私には常識も備わったのだ。
「単に使ってない教室ってこと。空き室、とかプレートにかけないでしょ?」
「そう言うものなの?」
「見栄えの問題もあるし、エライ人が見に来た時に、使ってない部屋なんかあったら不味いじゃない」
「それに空き室なんて書いてあったらそれこそ変な連中のたまり場になってしまうよ、サフランさん」
「……柊先輩。あなたには聞いていません!」
「もう、華ちゃーん。先輩なんだからさぁ。ね? ――毎度すいません、柊先輩」
「嫌われている自覚はあるさ。ちょっと寂しいけどね……」
私が 柊某 を名乗るこの先輩を嫌いな理由の一つには、かつての野良魔法使い狩りで、私が直接捕縛した中でも一番手こずった野良魔法使いだったから。
と言うのは、間違い無くある。
一方今は改心し、振興会でもスパルタ教育で知られるカキツバタさんの元で修行に励み、記録に残る超短期間でクラスDを取得した真面目で素養もある男でも有る。
執行部長直属の執行部統括として直接の部下は持たない私ではあるが、一応上司に当たる立場でもある以上、そこは評価もしているのだが。
「別に嫌ってるわけじゃ無いんですよ。……ね、華ちゃん?」
「……う、うん、まぁ、その。嫌っては、いない」
「ほらね。そうでしょ? そうなんですよ。……ちょっと距離感がつかめないというか。この子は男子自体が苦手な上に、男の先輩って知り合いは柊先輩の他に居ないですから。それにほら、振興会では上司になっちゃうんですよね?」
「そんなもんなのかな。まぁサフランさんも桜さんも。月夜野さんだってそうだけど、僕からすると、お話しして貰えるだけでもありがたいくらいなものなんだけどね」
「え? それ、私も混ざってるんですか? ――マジで!? いや、華ちゃんとかあやめさんと一緒というのは畏れ多いというか」
「三年でもキミらは有名だよ。常にコンビで歩いてるモデル系と妹系の一年が居るって」
――月夜野さんは不動のお嬢様でもっと有名だけどね。と言ってちら、っとお姉様の方をみるが、話を聞いていたはずのお姉様からのリアクションは全く無い。
当たり前だろうな。