校舎裏の魔力変換器(マジカルコンバータ)(下)
「ふむ、やはりここが入り口。そう言うことなのか……」
「良く、……気が付いたものですね。――百合さん、良かったのですか? あなたまで」
オルドリッジ先輩の隣に立つお姉様、がスマホの画面を睨んで難しい顔の百合先輩に声をかける。
「もうなりふり構ってる場合じゃないわ、一応人払いはかけてあるのだし」
「あなたが良いというならば、後はなにも言うことはないのですけれど」
「諜報課からフィールドワークを取ったらなにも残らないでしょうに。――ふむ。考え方は間違っていないと思うのだけど。富良野君、どう?」
本来、魔道具と電子機器は相性が悪い。
でもそれは一般論なのであって。
高度な技を持つ職人さんがじっくり手がければ何とかならないことも無い。
とは言え。弊害ゼロとは言えなくて、今、百合先輩の持つスマホは通話とメッセージ関連のやりとりができなくなった。
どう言う理屈なのか、作った職人さんでさえ首をひねっているらしいが。
いずれにしろ、電話はおろか、メールも無料通話アプリもSNSも起動不能になったらしい。インターネットには繋がるのに。
授業で使うタブレットだって、インターネットには繋がらないまでも、学校のパソコン(と言って良いのかどうか私にはよくわからないが、とにかくそれ)とは繋がり、教壇に立つ先生方とは個別にメッセージのやりとりさえ出来るというのに。
もはやそれはスマートなのかも知れないが“フォン”とはいえない。
――だからといってスマ。だけではなんだか良くわからないので、使えないスマホ。と言う表現になるのだよ。……当然、そんなことを言っているのは私では無く桜だが。
なので百合先輩は、普段使いのものと調査用の二台を持ち歩いている。と言う事になる
「先輩。見ての通り、コンバートしている場所と入り口の特定はかなり困難です。数値がぶれて一定しません」
掃除機、もしくはテレビでたまに見る地雷探知機のような棒を左右に振りながら富良野君。
「たったこれだけしか探査していないのに、確率六割以上の候補場所がもう十二箇所目。やはり自然発生回路だというの……?」
「イメージとしては数字が逃げ回ってる感じです。むしろ僕は人為的なものを感じます」
「戦場、そっちはどうだ?」
百合先輩達とは逆方向に向いたオルドリッジ先輩の視線の先には、しゃがみ込んで右の手のひらを地面に向ける、戦場乙女。
「ほぼ富良野君の印象通りね。……なんだろう、一定しない、つかめない。彼の言う逃げ回る、と言う表現はまさにそのままなの。変換術式や入り口自体が、自発移動結界の様な感じなのかしら?」
「あやめさん、大葉さんはどうしたの? こう言う作業のプロでしょうに」
「今日は締め日なのでもう本部に居ますわ。火急の事態。とまでは言えないと思いましたので、今のところ呼び戻しては居ませんが」
「わ、忘れていたわ。……は! いけない、経費が!」
――最終的には私達も、今日中に行かないといけませんけれど。と言うお姉様の言葉を受けて百合先輩の顔色があからさまに悪くなる。
各部課の長は経費精算書を持って、月に一度、経理部長であるアイリスとやり合うのだ。
それは例え百合先輩であっても心穏やかには居られないだろう。
私は肩書きこそ執行部統括課長になっているが、事実上は執行部長の直属実行部隊、しかも部下はいない。つまり締め日の前日までにお姉様に提出すればそれでお終いである。
毎月思う。……必要以上にエラくならなくて良かったと。
「ねぇ華ちゃん?」
「なに?」
「ちょっと経緯の確認」
「え? 経費はちゃんと昨日……」
「けいひ違う。……け、い、い」
「ごめんなさい」
――まぁいいや。締め日付近はみんな、大葉さんでさえナーバスだもんね。そう言うと桜はちょっとため息。
「でも今更なにか確認することが?」
「では改めて。――ここには魔力が零れている、今この時も」
「……? うん、多分」
「無限コンビニのキモオタ野良クラフタはここで充電してた」
「調書は大葉さんが取ったから間違い無い」
「そしてあのアイテムは彼が自分で作った」
「そうね」
――むぅ。そこなんだよなぁ。珍しく桜が腕組みで考え込む。
「どうしたの?」
「華ちゃん。師匠があのタクト、舶来品。って言ってたの、覚えてる?」
「でもまぁ、いくらマエストロが腕が良いとは言え、専門分野は作る方だから。その辺の鑑定違いも偶には……」
「何で師匠は舶来品って思ったのか」
「元にした指揮棒が外国製だったり、と言うのは……?」
あまり気にしたことは無いのだが、楽器や文房具には結構外国製品があると聞く。
タクトだって楽器のような物、と思えなくは無い。
「でもそこはちょっと。今は思うところがあるんだな、私には。――まぁおいといて。……そして委員長や戦場先輩の言う逃げ回る気配。でもこれはなんかわかるんだ」
「……ちょっと待って桜さん、わかるってそれはどう言うこと?」
スマホから顔を上げて百合先輩。
「百合さん、私。こないだ、使用者限定の魔道具を作ろうと思ったんです」
……? 突然なんの話だろう。
まぁ、持ち主しか発動出来ない機能を持ったアイテムと言うならば。
そんなものを持つことができるのはごく限られた人達だろう。
それはちょっと魔法使いとしては憧れる。
「いきなりなんの話を……。まぁ、その類のアイテムはそこまで珍しいわけでは無いし、――サフランさんにあげようと思ったのよね? そこは私でもなんとなく」
「そうです」
なんと、私用だった……!
「桜さん、それは良いのだけど」
「桜、そのアイテムはどうしたの?」
「そのヘヤピンはできあがったよ? でも、できて5分で爆発して、師匠の仕事部屋の机をに大穴を開けて。文字通りに木っ端微塵になりました……」
私用のヘヤピンは、……粉々に爆発し、分厚い木のデスクに穴を穿って灰燼に帰したらしい。
しかも桜のアイテムである以上、無意味に爆発力や破壊力が高そうだ。とは容易に想像が付く。
現に分厚い一枚板だったはずのマエストロの部屋の作業机、それに大穴を開けたらしい。
……いくら桜から貰うにしても、大爆発を起こすヘヤピンは怖すぎる。
だって一般的にヘヤピンと言うからには、多分。
作った人が誰であれ、使い方としては頭につけるのだろうから。
「あの、桜さん。……なぜ、ヘヤピンが、しかも爆発するようなことに?」
「ヘアピンが寂しくて耐えきれなくなったから、と言ってわかって貰えますか?」
どうやら桜は、寂しさに耐えかねて自爆するような。
そんなセンシティブなヘアピンをこしらえたものらしい。
「……持ち主と離れていると機能どころか形質さえ維持できない、と言うこと?」
「ヘアピンがあまりにこらえ性が無かったんですね。私の華ちゃんへの感情がはいりすぎたのかもですが」
「……あ、あの。桜?」
「うん、でね? ここでさっきの話に戻るのだよ、サフラン君」
「はい?」
「なぜ協会がここに居るのか。――それはこの場の核になったアイテムを協会の関係者が作ったから。だよね?」
「……確かに、そうは聞いているけれど」
「そして気配がつかめないのは、多分そのアイテムが、持ち主以外に触られたくないから。……だから気配が逃げ回って見えてるんじゃないかなって」
……! そうか、使用者限定で封印を張る。
持ち主と離れると爆発する、と言うのは極端にしても。
例えば見えなくする、例えば触るとつるんと逃げてつかめない。――なるほど。
逃げ回る。が比喩的表現だとしても、逆に本体の位置がつかめない現状なら。
何処にあるかを秘匿、攪乱できればそれで良いのだ。
そのように作ってあるのなら。
気配を探せば探すほど、それのある場所はわからなくなる。
探しているのがアイテム本体でなくても結果は同じ事だ。
「アイテムが、自発的に逃げ回る。……なるほど、何かしら理解はできたわ」
「表現としてはまさにそういうことなんです、百合先輩。そして師匠が舶来品と言った原因、これは簡単」
そこまで言われればもうわかった。そして仁史君もわかったようだ。
「外国産のアイテム経由の魔力だから、か?」
「おぉ、今日はさえてるな仁史。テスト、今日だったら良かったのに」
「うるせぇ!」
ただセミネイティブ程度に話せるだけの私。昨日の英語の抜き打ち小テストは、仁史君はその私如きに後塵を拝する結果になったのだ。当然気にしては居るだろう。
もっとも私としては、仁史君のことを抜きにしても初めて結果らしい結果の出た(及第点、と言うだけではあるが)、記念すべきテストなのだが。
「サフランさん。いや、執行統括。――範囲は狭いけど基礎探査のデータはだいたい揃った。ここにあると言うなら。ものさえわかれば計算で、誤差2m前後なら埋まってる場所は出せると思うよ」
富良野君が“地雷探知機”を担いでこちらを振り向く。
「別にサフランで良いわ。そう深くは埋まっていないだろうから、それなら助かるけれど。でもそうなると。――桜?」
「そういう事なんですよ、オルドリッジ先輩」
「さくらさん、で良いのだよな?」
「何ですか? オルドリッジ先輩」
「純日本人には発音しづらいだろうからカエサルで良いよ」
端正な彫りの深い顔が桜を振り向き、サラサラの銀に輝く髪が少し遅れて揺れる。
「はい、カエサル先輩」
「何処で浪費しているのか不明だが、今すぐオーバーフローで爆発するわけでも無いようだ。立ってする話でも無いうえ。私とあやめさん、百合さんが今、この場にいるのを後で色々言われてもお互い困るしな。……場所を変えよう。皆もそれで良いな?」
色々言うのは魔法絡みの組織か、はたまた校内の生徒達か。
ただ居るだけで各方面に対して無用に目立つ。
私とは真逆の、やたらにキャラの立った人達ではある。