校舎裏の魔力変換器(マジカルコンバータ)(上)
2017.07.17 本文の一部を修正、加筆
「やれやれ、結界師殺しの二つ名は伊達じゃ無いわね。――ハァイ、皆さん、お元気ぃ?」
唐突に現れた色白でスレンダー、長い手足に細い腰、胸は取り立てて大きいわけでは無く顔つきも東洋人だが、むしろそれが外見的にかえって好ましく見える。
白人とのハーフ。その良い部分のみが外見に現れたうらやましい限りの女性。
戦場乙女。
彼女は栗色のセミロングを揺らし、にっこり笑ってこちらにひらひらと手を振って見せた。
「桜、――戦場先輩はいつから居たの?」
「気が付いたのは下駄箱からだけど。――多分、部室出たトコからずっと後ろに居ましたよね?」
「あっちゃあ。全バレとか。……みっともなぁ」
全く悪びれない彼女も彼女だが、お姉様や百合先輩でさえ気が付かない隠遁術。
それをあっさり見破って見せる桜も桜だ。
「先輩、私達を尾行して何をしようとしていたのですか? なにか命令とか……?」
「ぜんぜん。……カエサルからは、むしろあなたたちに協力する様に言われてるし」
「ならばなぜ、わざわざ姿を消す必要が……」
「さっき部室で話してるのを聞いててさ。あなたたちの行動に興味はあったのね。で、なにをするのか気になって一緒に行きたいなぁ、って思ったんだけど。まぁ。なんて言うか。……私、嫌われてるかなぁ。なんて思ったし」
「別に嫌ってやしませんよ、な? 桜」
「うん、だね。その辺、全然遠慮しないで良いですよ。だって、いまやおんなじ部活の先輩じゃ無いですか。――ね、華ちゃん?」
「え? ……う、うん。わ、私は、特に拘りはないし」
これは当然口には出さないが、振興会のクロッカスとしては。と断っておく。
仁史君に色目を使ったら私個人、華・サフランがただでは置かない。
あれ? でも、仁史君個人はどう思っているのだろう。
彼女自身は有り体に言って美人ではあるし、そして彼も一度は呼出に応じている。
でも、落ち着いてよく見てみれば、髪の長さと肌の色。
それ以外のディメンジョンは、彼女と私。ほぼ同じである。人種はともかくハーフで更には髪の色まで同じ。
――色の白いは七難隠す! ってばあちゃん良く言っててさ、だいぶ隠されてるよね私。桜は良くそう言うが。
仁史君も日本人。日本人的価値観から行けば白い方が良いのかも知れない。
でも仁史君……。
それは。そこだけは。
本人の努力ではどうにもならない、ならないの……。
「えっとさ、サフラン。俺、なんかしたか?」
「……な、なぜ、急にそんなことを気にするの?」
いずれにしろ。仁史君は先日。用事の良く分からないこの人の呼出に応じて、人気のない体育館裏へと向かった。そのことだけが事実。
「いや、さっきからこっち睨んでるもんだから、知らないでなにか気に触ることしたかなって」
したことと言えば体育館の裏に行ったこと、くらいなのだし。
多分今後行く用事も、あまり無さそうではあるが。
「別に怒っては居なくて。――ごめんなさい。私、見ての通り“生まれつき"目つきが悪いものだから……っ!」
「やっぱ怒ってんじゃないか……。俺、なにしたの? 謝るから教えてくれ、次からしないようにするから。ホント、マジで……」
行為そのものでは無く、私としてはそこに至った経緯が問題なわけで……。
「……やっぱり、好かれては居ないかぁ。――ね、神代さん。こう見えて私、空気は読める。と言う自負はあるのよ?」
「ん? ――あぁ、華ちゃんと仁史だったら、そもそも二人共ちょっと変わってるんで。だからリアクションとか会話とか、気にしないで良いですよ」
言葉はあまり良くないかも知れないが、それは桜に言われたくない……!
「そんなことより先輩」
しかも“そんなこと"、にされてしまった。
……確かに一大事なのは私だけ。なのだけれど。
繰り返すがそれを桜には言われたくはない。
「人を変わり者扱いしておいて、そんなことってのはなんだ!?」
でも、同じことは仁史君も思った様で。
但し、桜はそこは珍しく巫山戯た様子も無しに撥ね付けた
「アンタは混ぜっ返すな、しばらく黙ってて。……あ、華ちゃんもね? ――先輩、ちょっと聞きたいんですけど。さっきの話。……どう思います?」
「どう、と言われても困っちゃうよ。もう少し具体的に聞いてもらえたらうれしいかな。私、あなたたちの様にお利口さんな質では無いから……」
「私がお利口さんかどうかは置いといて、聞きたいのはこうです。――この場所が魔力変換器と、そして魔力タンクの入り口になってる。……と言う私の推理に信憑性はあるか」
やっと質問、と言う形で桜の中で考えがまとまった様だ。
「むぅ」
戦場先輩はその桜の話を聞いて、華奢な長い指を額に当てる。
私が持つイメージがどうであろうと、この人は諜報や潜入をメインの仕事にするイングランドの特殊部隊、トランプ騎士団に所属し、かつその中でもたった12人しか選ばれないエースの一人、絵札部隊なのである。
しかもこの件に関しては振興会よりも前から調査にあたっている。
確かにこの手の相談をするなら、誰より間違いの無い人選だろう。
だから後ろに居るのに気が付いた上で、わざと放っておいたのだ。
わざわざ姿を消して付いてきている以上、間違い無く話を聞いてくれるだろうから。
適当で投げやり、そう見えて結果的に的確な判断になるのが桜である。
そして当然、彼女に行動の具体的説明など求める方が間違っている。
だって本人は、見た目通りにはっきりした方針など持っていないのだから。
ならば、説明など。できる方がおかしい。
「別に機密に 抵触し ければ、知っている事なら教えるけれど」
「さっきの件についてはどうですか?」
「ザ・ピクチャーズの見解と一致、だね。ちなみに神代さん、どうして此所が魔力の供給口だと思ったの?」
「一応、見習いですが道具職人なので……」
「ん? ……えーと」
これは戦場乙女で無くても返事に困る。ただ桜は話をやめる気は無い。言葉を探して纏めているだけだ。
なにか言われて話がそれても困るのでちょっとだけ、私如きが僭越ではあるが助け船。
「専門用語や言葉に拘る必要は無い、桜の言葉でそのまま続けて」
「うん、わかった。――魔力を取り込む部分って特に大事に作る必要があるんですよ」
「ふーん、そうなんだ。……でも、なんで?」
「私みたいに魔法使いでないクラフタにとって、魔力は自分で作れないから。です。それが充填する時に零れたら勿体ない、でしょ? ――華ちゃん、無限コンビニの野良クラフタ、事情聴取のデータって先輩に教えても平気?」
「お姉様から既に許可は頂いているわ。簡単に要約すれば……」
私は彼女の相棒を自認しているのだ。
当然なにを話したいかはわかった。
「先日の野良クラフタはグレード4最下限相当の結界師。但しタクト、結界増幅器から検出された魔力は彼の属性では無く純度も高い。自分の作った道具に関してはここで魔力充填をしていた。……桜、こんなところで良い?」
「ありがと。つまり……」
「バッテリーに入らずあふれた魔力、それを拾っていた。と神代さんは言いたい?」
「みたいな感じなんじゃ無いかなぁと」
「ほんと、頭回るわね。あなたたち。聞いてた以上だわ。……つい先日、やっと私達も同じ結論に達したところなのよ」
「充電器はこの場所、電池は学校の敷地全体。だとしたら、携帯本体は何処だと思います?」
「……? 神代さんは魔力をため込む電池だけで無く、それを消費する“携帯の本体”があると思ってるの?」
「学校の敷地がいくら大きいとは言え、多分バッテリーとして機能するのは表層三〇センチも無い。――さっき華ちゃんが地層を取りだしたの、先輩も見ましたよね?」
「確かに五センチくらいから土の種類、変わったね」
元々の地盤は固いのだ。だから重機でも掘るのに苦労したのだ。
「勘ですけど、多分。学校作るときにあとで盛った土の部分しかバッテリーになってないんじゃ無いかなって」
……なるほど。学校用に入れた土だけが結界か。
“バッテリー”を構成する結界の深さをどう定義するか、はこれで結論が付く。
土を盛って柵で囲った部分が結界である、と言うことだ。
さすがは見習いとは言えアイテムクラフタ。魔法使いにはこう言う発想は出てこない。
「今思いついたんで、別に計算とかしてないですけど。でも全校生徒約一、〇〇〇人分を毎日変換してため込んだら。……そしたら一ヶ月もあれば、簡単に溢れちゃいますよね?」
「今は溢れている様子が無い、そして次々野良魔法使いがこの地域で発生する。それはつまり……」
「お、仁史。珍しく冴えてんじゃん。――そう言うこと。使える形で魔力が噴き出す、もしくは取り出せる場所がある。……んじゃ無いかなって」
「あなたたち。すごいわ。……ちょっと待ってね」
「――あ、カエサル? 私、戦場だけど、今どこに居る? 至急話したいことがあるの」
――今、動ける? 彼女は電話を取り出すと、多少慌てた様に話し始める。
そして私も、彼女とほぼ同時にポケットから電話を取りだし、履歴から番号を呼び出す。
「――もしもし、華です。――お姉様、至急お話ししたいことが……」
 




