さらに校舎裏の空き地
「……とは言え、一応、大葉さん初め監理課が、一度全面的に調べているわけで。ならば桜は、何処をどう調べるつもり?」
恥も外聞もそもそも私には無いし、拘っても意味は無い。
わからないものはわからない。と、素直に手を上げる。
その方がわかりやすいし手っ取り早い。
……但し。
「うん、そこはノープラン!」
「考え無しで俺やサフランを引っ張り回すな! こう言うときは、なんか屁理屈的なものを準備しとくもんなんだよ。お前はホントに……」
桜がきちんと考えをまとめているかどうか、それは話が別だった。
「……三者三様の目で“おかしなところ"。これをあぶり出していく。と言う方向で良いの?」
そう言う意味での考え無し、と言うわけでは決して無いはず。
人に話せるほどには考えが固まっていなかったんだろう。……桜だし。
きっとそこを補強するのは相棒で、そして魔法のプロでもある私の仕事だ。
「おぉ、さすが華ちゃん! それそれ、そういう事が言いたかったんだよ!」
「ウソをつけっ! たった今サフランが、アドリブで考えてくれた後付け設定だろうが。……だいたい、それこそお前の専売特許じゃ無いか」
呪いの書事件に関わった全員を驚愕させた、桜の全てを見抜く目。
後に“摂理の目"と名付けられるそれは、魔法絡みの違和感、それをおかしなこと、として看破してしてしまう。
術者以外誰も見ることさえ出来ないはずの高度な結界や魔法の発動でさえ、その存在だけに限って言えば、彼女に隠すことは不可能だ。なにしろ、
「あそこ、おかしいっ!」
と指を差されてしまうのだ。
魔法使いとしては能力、適性共に無し。一般人の彼女に、である。
そして更には、
――おかしいことが把握出来れば。それはもう、おかしくないことなんだよ。
と言う、わかった様なわからない様な理屈。
それで結界や魔法を無力化する。
見つけたのが結界ならば、どれほど高度な時空間魔法であっても、空間魔法や時空切断杖などは使わずに素手で開いて、その封印された空間へ生身で防御策も無しに普通に入り込む。
私も一度やられたが、術者本人は驚くなんてものじゃない。
これはもう始末に負えない。
なので人払い結界程度は、使えばほぼ看破される。最近はそれだけでは済まずに、知り合いであれば誰が張った結界なのか。そこまで把握することが出来る。
――結界師殺しよね、桜さんって。
先日、百合先輩がぼそっと言った一言は、私も一結界師として十二分に理解が出来る。
結界師としては一番大事な秘匿、隠蔽。それはほぼ通じないと言って良い。
彼女は、桜の前では最大強度、最高精度で結界を発動しているものらしい。
桜には結界は無効。ついでにこけおどしの魔法も無効。
結界師のみならず、魔法使いだってこんなにやりづらい相手は居ない。
幸運にして私はここまで一貫して味方なのだけれど、彼女が敵に回るとなるとかなりやりづらいはずだ
「私だって全部わかるわけじゃ無いもん。魔法使いの目から見て、実はなにげに術式が成り立ってる! ってわかる事だってあるだろうし、一般の目から見てあそこ不自然じゃね? ってことだってあるでしょ?」
あぁ、これはわかった。私が言ったことを桜の言葉に置き換えただけ。
でも、言葉に出来ないだけでなにかは頭の中にある。それもわかる。
……ただ当人が理解出来ないのに私が理解出来るわけも無く。
「言いたい事はわかるが、この辺全部。表面の土まで全部入れ替えて均しちゃってるんだぞ? 地面の中のことをどうやってわかるんだよ、一般人が」
やはりその辺の解読をサラッとやってみせるのは、付き合いの長い仁史君か。
「さすがは仁史君ね」
「……え?」
……三人寄れば文殊の知恵、とは良く言ったものだ。
ちなみに三人、は人数では無く凡人が寄り集まること。
そして文殊は智慧を司る菩薩であるところの文殊菩薩様。
一人で考え込んだって良い知恵なんか出てこない、と言う意味のこの言葉。
まさに今この状況のことだろう。
「仁史君は掘り返さなかった部分の土の中になにかが埋まっている、と桜が考えている。と言う様なことを言いたいのね?」
「いや、そこまで深い考えがあったわけじゃ……」
ただし凡人というなら私だけ。ここに寄り集まっているのが、私の他が桜と仁史君である以上。
凡人と言って良いものかどうか、そこは再考の余地がありそうだが。
「大葉さんの最終報告書に寄れば。……敷地のほぼ半分、倉庫の脇から校舎の継ぎ目、と言うから、――うん、この辺りまでね。そこまでは重機を使って深さ約100cmまでは掘り返して簡易ではあるけれど成分調査まで行った、とあるわ」
私は校舎の壁に手をやり、歩きながら話し続ける。
もちろん、なにかの考えがあるというわけでは無い。
なにか話しているうちに思いつくかも知れない、程度の淺知恵ではある。
「結構大掛かりにやってたよね。結界師の人とかいっぱい来てたし」
「学校の生徒や関係者に知られない様に、人やら重機やら沢山入れなければならなかったからね。だから仕切った大葉さんは大変だったと思う」
でも、その努力を無にする様に。なにも事情を教えていないはずの桜には、全て丸見えだった。と言うことなのだけれど。
「ふむ。……サフラン、深さ1mの根拠は?」
「この辺はそもそも固い地盤だったらしいの。穴掘りに慣れていない高校生がスコップで掘るならそんなものじゃないか、と言うのが理由ね」
実際。調査中に浅いのでは無いかと思って、監理課が調査をする横で自分でも穴を掘ってみたが、結果はスコップがそもそも刺さらず、表面が削れただけで、穴を掘ること自体ができなかった。
男子ならもっと力はあるかも知れないが、実はこの場所。
持ち込んだ重機でさえ、一回で掘れる限界が三〇cmだった。
単純に穴を掘ると言っても、イメージよりもよほど掘れないものなのである。
刑事ドラマなどでは、犯人が死体を埋めるためにスコップで穴を掘ったりする。
でもやってみた感想として、人一人を埋める穴。それを夜にスコップで掘るなど御免被りたい。
掘るだけで一晩かかってしまう、
当然だが掘ったら埋めなくてはいけないのだ。埋める前に朝になってしまう。
……今のところ誰かを埋める予定も無いのだが。
「なにかが埋まってるんだとして、一m以上の可能性はそれでもある、かなぁ」
「サフラン、そういやお前。基本は土使いだったよな? ……魔法で穴を掘る、ってのはできねぇのか?」
「それは可能。例えば、……こんな感じね」
私は手を地面に向け、すぅっ。引き上げる。筒状になった土がするっ。と言う感じに抜けてくる。土の種類が途中で変わるのも直接見える。
「でもその場合必ず痕跡が残る。当然ながら魔法使いが調査している以上。報告書にある成分分析は、なにも科学的なものだけでは無いわ」
手を下げるとそのまま土の筒も地面へと戻り、手を横に振ると表面も何も無かった様に均される。
「なるほど、魔法の痕跡は無かったってことか。……なぁ桜。ここに何かある、ってのは難しいんじゃ無いか?」
「だからといって何も無い、とも言い切れないかなぁ。意思と魔力の変換器。それがこの辺なんじゃ無いかなぁと思ったりするんだけど……」
桜は唐突に何も無い空間を振り返る。
「ね、……どう思います? 戦場先輩。……隠れる必要無くないですか? 別に私達、内緒で動いてるわけじゃないし。――それに、少なくても私にはバレちゃってるんだし」
……その桜の台詞を聞いて、
「魔法無しでも、気の持ちようによっては五〇cmくらいなら掘れるのではないか」
などと思ってしまったのは。
なにを埋めようかとしたのも含めて、誰にも秘密にしておこうと思う。