校舎裏の空き地
「なぁ、サフラン」
仁史君に名前を呼ばれて話しかけられている。
普段ならこんなに嬉しいことも無いのだが、なにせ状況が状況だ。
彼が不満げな表情であるのも、まぁ理由はわかるし。
その理由を答えると私の好感度的なものは激減してしまうだろう。
ただ、知らんぷりをする。と言う選択肢も無い。
何しろあり得ないことには、彼が私のすぐ隣に居るのだ。
聞こえなかった、などと言うベタな言い訳の通じる道理が無い。
こんな時の立ち回り方を私は知らない。
……なのに、返事を返さないわけには行かないのだった。
運命は、私に対してだけは一切の妥協をしてくれる気がないらしい。
「えと、……な、なにかしら?」
ここは呪いの書事件で不届き者を捕らえた、その件の校舎裏。
桜の言に従って、私と仁史君、そして桜の三人で誰も居ないそこにやってきた。
人払いは既に展開しているので不良が寄ってきたりはしない。
つい先日。戦闘で盛大に壁が削れ、ガラスが枠ごと吹き飛び、地面がえぐれ、その上。
調査のため、として地面を半分以上大々的に掘り返し、置いてある倉庫でさえ。クレーンの付いた大きなトラックを持ってきて持ち上げ、場所を一旦移したほどである。
今や全て元通りではあるものの、雑草も生えて居なければ、石をめくっても虫が居るわけでも無く、小石も“自然に”散らばり人の歩いた後も無い。
整然としすぎて不自然な空き地。私達はそこに立っている。
「お前は国内屈指の魔法使いで振興会でもかなりエラいだろ? そして百歩譲って、桜もアイテムクラフタとして素質がある、という理由はあるだろうさ」
「な、なんの話を」
……まぁ、なにを言いたいかなど。初めからわかっているのだけれど。
「俺はなんでここに居るのかという話だ。……なんの役にも立たないぞ?」
「……そ、それは」
「仁史さぁ、アンタ莫迦じゃ無いの? 華ちゃんの護衛に決まってるでしょ! 華ちゃんは優しいもん。そんな事、アンタに自分で直接なんて言えるわけ無いと思わない?」
「お前なぁ! ……だいたい、俺じゃサフランを守るどころか、仕事の邪魔にしかならないじゃ無いか」
「例の相殺の力、アレを期待してるに決まってるじゃんか。……華ちゃんがケガでもしたら大変だし、私だって実は結構大事な感じらしいから。だから私らのこと、キッチリ身を挺して守ってよね?」
「アレは自分だって、なにがどうなってるんだかわかんねぇんだぞ。死ねってのか……」
「でも過去二回は生きてるじゃん」
「お前。それ、マジで言ってんのかよ。――えーと。あの、サフラン様?」
「あの。……ごめんなさい」
「はぁ、…………もう、良いよ」
事前の予測通りに好感度は下がった模様だ。
私に上手く誤魔化せる話術があれば、それなら暢気に校内をお散歩しているのだ。
と言う建前を前面に押し出しても良かったのに……。
いや、努力を辞めるべきでは無い。話力がなければ誠意、諦めてはいけない。
下がった好感度は、今ここで取り戻さなければ。
後に引きずれば、こういったものは取り返しが付かなくなるものだと、本には書いてあった。
「い、一応。言い訳の様だけれど。仁史君……?」
「うん?」
……実際のところ。
危険はない、と判断したのであえて仁史君に同行してもらえる様に段取りを組んだ側面も大きい。
仕事の一環とは言え。桜と私、そして仁史君。三人でのんびり居られたら。
などと不謹慎にも仕事であるのに思ってしまったことは事実。
「なんだ?」
「あの、桜の話はともかくとして……」
ただ彼には、有事の際の護衛の意味合いが強いと言うのもまた否定しがたい。
桜はそれ程までに得がたい人材だ、と言うことである。
……護衛だというなら、それはもちろん私では無い。
とは言え。会長とアイリスに説明した建前をご披露したところで、そんな話。
何処まで納得してもらえると言うんだろう。
「魔法使い、道具職人、そして一般人。三重のチェックが出来れば、と思って。なのでわざわざ付き合ってもらって要る部分が大きい、という風に思ってはもらえないだろうかと……」
「意味も無く楯を持って歩いても重いだけだしねぇ、多少は役に立たないと」
うん、桜は多分正しい。間違ったことを言っているわけではないのだけれど。
……でも、話がこじれるから。今だけちょっと口をふさいでいて欲しい。
「あ、あの。仁史君……?」
「もう良い。わかった、わかった。……いずれ会長さんから俺を連れて歩けって言われたんだろ? あの人が言うなら、なんかの意味はあるんだろうさ」
結局、納得はしてくれたものの。
私が頑張って説得したこと自体はあまり意味がないのであった……。
「なぁ桜、だいたいなんでここなんだ?」
桜がここを調べたい。と言ったのでここに来たのだから、当然の疑問である。
「一応理由はあるよ」
なぜ、この場所に拘ったのか。確かに本人からは聞いていない。
「一応ってなんだよ……。こないだの騒ぎでこの辺りは、みんな調べつくしちゃったんじゃ無いのか?」
「倉庫の辺りは仁史君の言う通り。……でも入り口側は手付かずなんだよね? 華ちゃん」
「うん、そうね」
「全部ほっくり返した、ってわけでは無いのか」
確かに掘り返して、土を一粒づつふるいにかける勢いで調べた。
倉庫付近、呪いの書を中心に魔導の落とし穴を形成した部分については。
「ねぇ仁史、クラフタとしていろいろする中で一つ気が付いたことがあるんだ。……魔法って魔力をつかうじゃん?」
「そりゃそうなんだろうけど……、それがなにか?」
「別に魔法が悪い力、ってわけでも無いけれど。例えば“じゃま"って漢字で書いてみ?」
「ん? 邪魔、だよな? ――“魔”の字、か?」
「そう。あと誤魔化す、なんてのも魔の字が入る。逢魔が時。なんて言葉もあるよね」
「あまり良い意味で無いのはわかるが、……なにが言いたい?」
「相変わらず鈍いなぁ、魔の力の集まるところ。そこに居ると多分、なんか悪い事したくなるんだよ」
魔法使いなら最低級でも理解が出来る概念ではある。
当然魔法を行使するためには魔力が必要なのだが但し。魔力はエネルギーの一種ではあるだろうが電気の様に持ち歩いたり貯めたり。というようなことは、これは基本的には出来ない。
魔力自体は実際には人の意思、魔法使いはそれをリアルタイムで“吸い上げる"ことで魔法を行使する。
“ストック”の様に見えるのは、それは“自分の意思”なのである。
魔道の書を使って悪さをしていた連中は、自分に魔法使いの素養があまり無い事をわかった上で、魔道書を外付けバッテリーのようにして使っていた。
魔力を吸い上げることがほとんど出来ないからだ
ちなみに。いかにも意志薄弱な私は、一般的に言うストックに相当する魔力を、だからほぼ持っていない。
「マエストロから聞いたの?」
不自然に魔力の貯まった場所、そこには今、桜の言った様なリスクが発生する。
悪意の様なものは普通の意思より“貯まりやすい”上に具現化しやすい。
簡単に言うと精神を悪意に引っ張られるからだ。
しかもコンロやストーブで言うところの火力が高い。
魔力の中身を選り分けることが出来ない以上、魔道具に封入された魔力は須く悪意が主になっている。と思って良いだろう。
なので職人の作る魔道具は、魔力が漏れない様に細心の注意が払われる。
見習いとは言え、桜は魔法道具職人。
それを知っているのは不思議では無いのだけれど。
「ううん、なんかそうじゃ無いかなって。……実際。そうなんでしょ?」
「自分で気が付いたの? ……まぁ、そうなのだけれど」
「そんでね、柊先輩からも聞いたんだよ。――ここは去年まで、悪いヤツらのたまり場とかそう言う場所じゃなかったって。夏の暑い日なんかには風が通って日陰になるから、だからみんな、柊先輩もお弁当食べに来てたんだって」
「おかしくなった原因は、こないだの呪いの書じゃないのか?」
「不良が集まりだしたのは春先とは言え去年度の3学期後半から。アイツ等がウジャボードで倉庫を魔導充電器にしたの、ゴールデンウィークの前でしょ? 時期が合わない」
「なるほど。つまり桜は、ここに魔導充電器を置きたくなった理由がそれでは無いか。と思ったわけね……?」
「そう。それにさ華ちゃん。こないだの無限コンビニの人だって、タクトの充電、ここでやってたんでしょ? ――言っちゃなんだけど見るからにオタクっぽいし、そう言う人が他にもっと良い場所があるのに、不良の集まるところにわざわざ来るかな? って」
思いついた場所を適当に見繕ったわけでは無い様だ。
ただ、なにをどうやって調べたら良いものか。
そう言う意味での専門家はこの場には私しか居ないのだが……。