古道具愛好会の本教室(上)
2017.02.17
本文、台詞の一部を修正。
「あやめさん。昨日、作ったヤツ。これですっ!」
桜はトランプの束を得意げに突き出す。
まぁ、桜がトランプ自体を作った。と言う訳ではないのだけれど。
「ふむ。それで、桜さんは具体的になにを作ったのかしら……。華さん?」
「私も“身代わり結界"だとしか聞いていないのですが。……桜?」
広い部屋が良い。
と言う桜の話にしたがって、いつもの準備室では無く本教室の方に移動してきていた。
「そうです、アニメとかで良くあるような、対攻撃魔法用の身代わり結界ですよ。毎回、何かあると華ちゃんやあやめさんにカラダはって守って貰うばかりなんで」
トランプを扇のようにずらっと広げると、二枚だけぴょこんと顔を出す。
……アレはどうやってやるのだろう。相変わらず器用である。うらやましい。
「できたの、一時間でたった二枚だけですけどね」
桜は、その二枚を左手で抜き取る。
「で、効果があるかどうか検証したいなぁ、とか。おもったわけです」
「神代さん、いきなり実地でやらなくても良いのでは?」
「でもね、百合先輩。これ、今んとこ手に持ってないと効果ないんです」
桜はそう言ってトランプの束をテーブルに置くと一枚だけ。本来何も書かれていない、予備のカードを右手に掲げる。
真ん中には、マジックで多少歪んだ○と、桜の字で『←ココ』。と書かれ、カードの下には『試作ゼロ号機』の文字。
「華ちゃん、こないだの塵の弾丸って言うヤツ? アレで私を狙ってみて?」
「はぁ? ば、莫迦なことを! なにを言っているかわかっているの? アレは威力最低でもあたれば結構痛いのよ?」
目標に塵や埃をぶつける。と言うのが塵の弾丸である。
つまりは対象に砂粒をぶつけて、削り取る。と言う魔法であるので。
見た目や術の成り立ちで考えるより威力は大きい。
「なるほど、話はわかりましたわ。結界は私が張りましょう。華さん、よろしい?」
お姉様が、すぅ。といつの間にか桜の後ろに立つ。
「威力がショボいと、むしろ反応しない可能性があるもんだからさ。……華ちゃん。私の胸を狙ってね?」
「結界にあたれば、可視領域の光でピンクに輝くから直ぐにわかりますわ」
桜はカードを持った右手を出来る限り横に伸ばす。
確かに身体は結界には覆われているが、指先は無防備。
指先にあたったら、相当痛いはず。
「桜、あたったら。……かなり痛いよ?」
「だからみんながみてるトコで自分で試すのよ。だって、どう考えても、私が一番信用してないもんっ!」
そう言って桜はぎゅっと目をつぶると、身体を硬くする。
「狙うのは胸。出力は最小……お姉様、桜をお願いします!」
――すっ。私の右手。人差し指が首からぶら下がった蝶タイの下。
桜の胸、その谷間の部分を指さす。
「安心してお任せなさい、華さん。――百合さん、部屋の壁に結界を」
「了解。……魔法障壁、展開っ。――サフランさん。これで魔力が飛び散っても、ガラスや壁は大丈夫です」
部屋の空気が変わる。カードが吸収出来ない魔力は全て受け止めてくれそうだ。
「行きますっ……! 塵の弾丸!」
塵の弾丸を撃ち出した瞬間、部屋中が真っ赤に光り輝き、その光は桜の右手の持つカードへと収束していく。
光が収まり、一瞬間があって。――ぽんっ! と、軽い音とともにカードの真ん中、○が書かれた部分に穴が開いた。
「カードに直撃っ! この距離で、魔力の軌道を完全にねじ曲げた、のですか……!」
「……全て吸収した? なんてことっ!」
「桜! 無事!?」
――いえい! 上手くいったぜぃ! 桜は、穴の開いたカードを人差し指と中指で挟んでにっと笑う。
「桜さん、同じものがもう一枚あるのですわよね?」
「えぇ、まぁそうですが?」
「わたくしに、頂けないかしら?」
――構いませんけど、いったい?
そう言って桜がスペードのクイーンをお姉様に手渡す。
「さて、……柊先輩?」
「あぁ、もちろんそう来ると思ってたさ! やだよっ、僕は絶対嫌だっ! 僕は自分で結界を張れないんだぞっ!」
「あら,百歩譲ってわたくしの結界が信用出来ないと言うのは、わからないでも無いのですけれど。それでも可愛い後輩である桜さん、その彼女が作ったアイテム。それも先輩の信用には足りませんか?」
こう言う状況を指して詭弁をろうする、と言うのだろう。
そしてお姉様にそう言われてしまっては。
意味合いは置いて、桜を可愛いがっていることには間違いの無い柊先輩である。
事実上、カードを受け取る以外の選択肢はその一言で封じられた。
「……う」
「わたくしがきちんと結界を張ります。もちろん、手を抜いたりはしませんからご安心を」
「もちろんそう言う意味では……」
嫌がる柊先輩にむりやりカードを手渡すと、お姉様はこちらを振り向く。
「――華さん、同じ要領でもう一回。今度は最高出力で。百合さんも対飛沫、耐衝撃をあげて再フォローをお願いします」
「了解、――うん。これで時空震も止まるわ」
「月夜野さん! 最高出力ってなんだよ! 百合さんもちょっと待った! 時空震が発生するレベルなの!? そんなのくらったら身体が真っ二つに……」
それほど甘くない。直撃すればコンクリートの壁が消し飛ぶ威力なのだ。
ただ、魔法の人体への直接行使になるのかどうか、そこは良く分からないがいけそうな気がする。
そして結界。本気で張っているのはわかるし、お姉様には悪いが、これは最大出力なら貫通出来そう!
つまり桜のアイテムに勝てれば,合法的にこの男に鉄槌を下すことが出来る。
しかも身代わりになるのはスペードのクイーン、このカードが指し示すのは戦場乙女、いやパラスアテネか。
いずれ、どちらに当たっても私としては問題ない。むしろ嬉しいくらいものだ、と言う事である。
全く最大出力を躊躇する必要性を感じない。
私は人差し指に中指も添え、右腕を真っ直ぐ伸ばすと左手で支えて。
……柊先輩のネクタイ、その結び目の若干下を狙う。
「あのぉ。サフラン、さん? 目が、……怖いんだけど、あの」
すわぁ。部屋中の埃や細かい砂が舞い上がって、私の指の前に集まる。
「みんな、先輩の後ろから離れて。……出力最大、塵の榴弾!」
「サフランさん、なんで技の名前がさっきと違うのっ!? ちょっと待った! タイムっ!」
「先輩、さようなら。――行けっ!」
ずどーん! と言う轟音と共に部屋が震える。果たして百合先輩の結界で振動は遮断できているろうか。
部屋の中は完全に赤一色でなにも見えず。その後あふれた赤い光は柊先輩の持つカードへと収束し。
またしても一瞬送れて。――ぱーん! 柊先輩、彼が手に持った角の部分以外。
スペードのクイーン、パラスアテネを示唆するカードは粉々に吹き飛び、紙吹雪のように部屋の中に舞う。
「あは、あはは……。い、生きてたよ。……僕」
「ちっ……」
「本気で殺しに来たよね? 今。舌打ちしたよね?」
「仮に命中したとしても、お姉様の結界に問題はなかったですよ」
「なんで棒読み?」
アイテムがなかったら、結界自体は抜くことは出来たはずだったのだけれど。
「……じゃあ、舌打ちは?」
「集中が乱れたのです柊先輩」
「だから棒読み止めようよ!」
「日本語がむすかしいデスね」
「嘘を吐けっ! 普段、普通に話してるだろ!」
どうでも良い会話をしている間にお姉様は、――バリアアウト。と呟くと、珍しく呆然とした様子で、カードだったものの切れ端を拾い上げる。
「ま、魔力を、あれだけの威力の魔力を、全てカードが吸収? ……本当、ですの?」
「か、神代さん。これ作るときは一時間で二枚ということ?」
「すみません、百合さん。二枚で限度でした……」
「逆よ。これほどのものを時間あたり二枚も作れるの? ……。作った分は残らず諜報で買い取るわ。むしろ出来る限りで量産をお願いしたいの。あやめさん、一枚おいくら!?」
「内部予算のやりとりだけですから、だったら桜さんにお支払いする方向で、時給から逆算の方が現実的でしょうし、そのほうが結果的に安くあがるのでは?」
「買い叩くようになっては神代さんに申し訳無いわ。いずれアイリスに予算を申請する。――富良野君、大至急経理に連絡。実用レベルの身代わり結界、価値が一枚いくらなのか、今すぐ計算してもらって! ……あやめさん、買値は六割よ!」
「あら、七割まであげてもらっても良いのではないかしら?」
「さっきと言ってることが……。あやめさん、あなた。とっさに人の足元を見るような下衆な真似を……!」
「百合さんがなにを怒っていらっしゃるのか、わたくしにはさっぱり……」
「ねぇ、華ちゃん。……私、怒られてるわけじゃ無いんだよね?」
「いきなりここまで強力かつ実用的なものが作れるなんて、桜は何者なの?」
「うーん。器用貧乏っていうよね? 私の将来、貧乏確定?」
ちょっとだけ意味が違うと思う……。