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学校の魔法使い =華・サフランの人間観察=  作者: 弐逸 玖
雑居ビル一階の魔法道具職人
21/36

木工工房あかまつの一階店舗部分

そういやこう言うの、好きだよな。アイツ」

 和紙で何枚か、四角く切った木を繋いだ“ぱたぱた”と書いてあるおもちゃ。


 仁史ひとふみ君が端を持って持ち上げると名前の通りに

 『ぱたぱたぱた……』

 と木の板が気持ちの良い音を立てながら、下へと向かってくるくる廻って落ちていく。


 和紙で簡単に繋がれた様に見える木の板は、乾いた音を立てながら上から順番にくるくる回り、でもバラバラになったりはしない。

「そうなの?」

「あと、組木細工とかな」


「それはマエストロの専門分野だわ。――元々、桜には素養があったのね」

「それをアイツの素質として考えて良いのか、俺は知らないけどね」

 アイツ、こと桜はマエストロと二人、地下の工房に籠もっている。



 協会アソシエーションとの接触は昨日。

 私は仁史君と二人、マエストロの店の中に居た。


 今日こそお姉様が桜を帯同してここに来るはずだったのだが、諸般の事情によりまたもキャンセル。

 だから通常通り、桜には正規の護衛である私が同行している。


 今日は特に魔力を寄越せ、とも言われなかったので。

 桜がマエストロと共に、地下に籠もってしまえば。

 ――店番を頼む。とは言われたものの、することも特にない。

 “無料です! ご自由にどうぞ♡”と書かれた紙が貼り付けてあるポットから、お茶を注いで飲むくらいのものである。



 木工工房なのだから心が落ち着くような木の香り。それは当然初めからしているが、ドアが開く音と共にそれがいっそう強くなる。

「いよぉ、はなちゃんじゃねぇか。あやめのねぇちゃんは今日は来ねぇのか? ――いずれ、しばらくだったな、元気だったかぃ。……ん? お隣は彼氏かぃ? おとなしいんだと思ってたがやっぱり外人さんかぁ。スミに置けねぇやなぁ、おい!」


「……いえ、あの」

「俺が彼氏じゃサフランが可哀想ですよ。俺、桜の従兄弟なんです。帰りに三人でちょっと寄るところがあって」

 工房から上がってきた職人さんに冷やかされ、真っ赤になって言葉を失ってしまった私に、仁史君が助け船を出してくれる。


「桜ちゃん? あぁ先生がお弟子に取ったって女子高生かぁ。俺ぁまだ会ってねぇやな」

「アレが無理に押しかけてるだけなんでしょうけど、ね」

「そっちはともかく、おまえらはおまえらで美男美女、良いカップルだと思うんだけどなぁ。付き合っちゃえよ、もう」

 ――お茶は飲み放題だ、ゆっくりして行くと良い。四十絡みの職人さんは、がはは……と笑いながら、再び地下の工房へと降りていく。



「その,サフラン。多分悪気は無いんだと……」

「わ、わかってるっ!」

 

 そして登下校時の仁史君の護衛係であるお姉様。

 彼女が忙しくなったが故に、今日は彼も私達と一緒に行動していた。

 桜の用事が終われば振興会じむしょに顔を出してアイリスに引き渡し、彼女が自動車で送る。そう言う段取りである。




 誰も居なくなった一階店舗に仁史君と二人きり……。

 なんだろう、嬉しいような、逃げたいような。この居心地の悪さは。

 なにか言わないと収まりが悪い。

 せっかく仁史君と二人きり。会話を、しないと。


「仁史君。……昨日、どうしてあそこに居たの?」

 ――こうじゃ無い! 私の話したいことはこんなことじゃないのに! 

 しかも、なんでわざわざめそうな話題を……。私の莫迦ばか


「いや、それは。えーと、い、戦場いくさば先輩が話があると……」

「学内での完全監視は解除になっているのだから、仁史君が学校の何処で何をしようと、それは構いはしないのだけれども」

 いや。とても構ってる、非道く気にしてる、凄くひっかかってる。……私が。


「彼女は美人だし、仁史君は男の子だし。その辺はわかっているわ……」

 そうか、口に出してやっと気が付いた。私が気にしてるのはそこか!

 ……なんて狭い女なんだろう、私というヤツは。


 戦場 乙女。彼女の、いかにも白人の血の入った女らしい容姿、そして理由はどうあれ二人で密会していた事実。これに嫉妬していたらしい。

 なんていやらしい女であることか。

 ――こう言うことは、口に出す前に気が付かないと。


「いや、なんかお前。……事実と違うことまでわかってないか?」

 空気が悪くなる、と表現するのだったな。

 私は今。あからさまに空気を悪くし、環境を汚染しつつある。

 空気を変える、とか。いったいどうするものやら全く見当がつかない。


「あ、あのさ、サフラン……」

「いいの。――でもね、昨日、危なかったのは本当、そして私達も心配したの。……柊先輩が、自分で作っていた容疑者リストを仁史君に公開しなかった。と言う事にそもそもの原因があるのだけれど」


 そうだ。あの人が悪いなら。それなら全てが丸く収まるじゃないか。

 私の中で、そう言うシステムがここ暫く構築されつつある。


「そう言う理由で柊先輩を虐めないでくれよ?」

「あの先輩を虐めたことなど一度もないわ」


 彼とはいつも全力でぶつかることになる。

 魔法ならともかく口ではかなり勝率が悪い。頭が良い上に弁が立つ。

 いや。柊先輩如きは。――今、この時にはどうでも良いことだった。


「でも本当にみんな、心配したのだから。そこは汲んで貰えると嬉しい」

 みんなが。……違う。

 自分を誤魔化すのは止めよう。私が、だ。


 伝わるだろうか、私なんかの言葉で。

 仁史君のことを本当に心配していたのだと。

「……私だって。心配、したのだから」



 けれど口に出してしまった後でなんだが。


 これは伝わってはいけない部分……、ではないだろうか。

 私は。の部分は伝わらない方が良いのでは無いか。

 私が好意を持っているなど、彼は知らない方が絶対に良いはず。

    

「サフランも、心配してくれたのは良くわかってるよ。……ごめん」

「別に謝ることでは無いけれど、一応アルバイトの扱いとは言え振興会に籍があるのだから、何かあれば。……お姉様に言いづらい様なことだったら私に一言で良いから。相談してくれると。その、……嬉しい」


 なんかエラく上からになってしまった。凄くイヤなヤツだ。

 嫌な女なのは否定しないが、それを宣伝する必要なんか何処にも無いと言うのに。


「あ、ありがとう」

「大事な友達なのだもの、当然でしょう?」

 そう自分で言った直後、何故だか急に泣きたくなった。意味も無く泣き出すわけにも行かず、俯く。


 変な事は言っていないし悲しくなるような事実は無い。

 むしろ大事な友達だと思って居る。と、ここ数ヶ月来、伝える事が出来なかったことを。

 ついに口に出して言えたのだ。ここは本来喜ぶべき場面。


 元々ポンコツだった私は、ついに壊れてしまったらしい。



「さ、サフラン! ……どうした? 大丈夫? どっか痛いのか? ……腹、とか」

「何でも、ない。ちょっと。頭が……」

 悪い、とは流石に言えない。本当のことだが。

 それにちょっと、では無いけれど。

 イタい、と繋げても。まぁ、合っては居るが。

 それは内緒でも良いだろう……。


「まずは座ろう。……お茶、居るか? それともジュース買ってこようか?」

「お茶を。……貰っても、良い?」

 仁史君は紙コップにお茶を注ぐと、そっと私の肩を抱き、たった四歩分の長いすまで付き添ってくれて、そのまま二人並んで座る。


「無理はするなよ? 見てる限りお前は特に、だ。――疲れてるのに、桜にも隠してるんだろ? 後で言っておいてやる。……俺から見たらお前だって大事なんだからな?」

 急に頭の上から日が差した気がして、心が一気に軽くなる。

 なんでだろう。


「ううん、誰にも。……なにも言わないで」

「いや、あの。……でも、さ」

 おかしな事は言われていない。仁史君の台詞も態度も普通だったはず。

 やっぱり私は壊れたのか。


 但しこんな心楽しい壊れ方なら、それも良い。

 ならば。言動も多少壊れようが良いのでは無いか? 

 仁史君と二人きり……。


「そういや昨日、障壁ブロッカー削られて割られたんだもんな。結構ダメージあるんだろ? あれ。前に月夜野先輩に聞いた。……ごめんな、俺のせいで」

 ――お茶、飲めるか? そう言って仁史君は紙コップを差し出してくれる。

 のどがカラカラだ。緑茶ってこんなにおいしいものだったろうか……。


「座ったらだいぶ楽になった、ありがとう。……内緒にしてね? 頭痛持ちなの」

 仁史君に嘘は吐きたくないのだが。

 頭が“イタい”女の子。大きく間違ってはいないだろう、嘘は吐いていない。


「内緒にする必要性が……。まぁ良い。わかった、誰にも。桜にも言わない」

「二人だけの秘密で」


「了解、わかった。秘密な。――それより後ろは板だし、ほれ。寄っかかって良いぞ?」

 誰かと秘密を共有するのは、こんなにも楽しいことなのだな。

 しかも仁史君は私が“イタい子”。である事を内緒にしてくれる。最高だ。

 そして彼の肩に顔を寄せる。顔が熱い。


 どうやら私は今現在、人として故障している。つまり何でもあり、なわけだ。

 そしてその原因は、いきなり横から出てきた戦場乙女。

 彼女に、大事な仁史君の気持ちをもてあそばれたことにある。


 少なくともあの様な輩が相手だというならば、それなら私の方が何倍も良いはず。

 戦場乙女が相手だというなら。それならば私の方を見て欲しい。

 

 そして、そこまで思うなら。

 なにもせずに黙ってみている法は無いのではないか。

 なんでもあり。拡大解釈は何処までなら許されるだろうか……。



「やっぱお前、熱、……あるんじゃ無いか?」

 そう言って仁史君はそっと頭を撫でてくれる。

「直ぐ、収まるから。……ごめんなさい。ちょっとだけこのままで」

 収まるどころかきっと非道くなる。考えるまでも無い。


 戦場乙女に、せめて一矢報いてやる。みたいな気持ちから始まった事ではあるが。

 それはもう、どうでも良い。

 それより、こんなチャンスはもう二度と来ない。やってみたいことは全てやるのみ!

 ぎゅっと目を閉じると彼の腕にしがみつく。


「サフラン! ちょ……む、むね、いやその、そう! 身体、身体が触ってるからっ!」

 桜ほどでは無いが一応、形だけでも胸はある。しがみつけば当然ぶつかるだろう。

 そしてそのささやかな膨らみを、仁史君は触覚を持って認識してしまった。


 恥ずかしいことこの上ないが、私はその辺を気が付かずに、どうでも良いこととしてスルーしてしまうくらいに、(設定上は)具合が悪いのだから仕方が無い。

 彼に気遣わせるだけでそこは申し訳無い限り。

 もっと大きければ、すなおに嬉しかったかも知れないけれど。


「ごめん、なさい。……でもちょっとだけ。掴まらせて」

 更に力を込める。

 細身の仁史君だが、男の子の腕と言うものは。これほど太くてたくましいのか……。

「お、お前が良いんなら、……い、良い、のか。な? あはっ、はは、は……」

 頭が痛い、と、とっさに出任せを言って良かった……。


 防犯カメラがあったはずだが、それがどうした。

 熱っぽくて頭が痛いのだから、これくらいは許容範囲内だ! ……と思う。

 これで、後で誰かになにか言われたときの言い訳。その用意は一応出来たわけだ。


 なので。そうそうこう言う機会があるとも思えないから。

 仁史君の肩口に頬を寄せ、たくましい二の腕の感触と、そしてワイシャツの匂い。

 

 しばし、堪能させて貰うことにする。




「華ちゃーん! 出来たぁ! 見て見てぇ! 私の初の魔法道具アイテムだよっ!」

 桜がそう言いながら、階段を駆け上がってくる3分ほど前まで。

 私の生まれて初めての至福の時間は続いた。


 神様は居るのかも知れない。

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