うつくしヶ丘高校の第二体育館裏
特殊学習棟の裏手。
かつて呪いの書が魔力電池として仕掛けて合った場所を確認しつつ抜け、更に人気のない第二体育館の裏を目指す。
人が来ない、仕掛けをしやすい、魔力も集めやすい場所。
――俺だったら、なんか仕掛けるんならあっちを使うな。
呪いの書を探すときに大葉さんはそう言っていた。ならば。
相手が魔法使いだと仮定すれば、ここに居る可能性が高いのでは無いか。
私はそう思った。
そして。常識を無視するような、強烈な人払い結界の気配。
……ビンゴ!!
「日本でただ一人の結界師グレード1を舐めるなっ! ブレイク!」
ガシャン!
盛大にガラスの割れる音をまき散らしながら結界が崩れ落ちるのを感じる。
こんな結界を張れるのは、大葉さんを優に超え、私やお姉様に匹敵するような強力な結界師、それだけは間違い無い。
そして。――居た!
「仁史君!」
「ん? さ、サフランっ!?」
彼は体育館の裏に居た。二年の女子と一緒に。
「一体ここで何を……」
「……何って、その」
蝶タイの色は二年生、明るい茶色の髪、青い瞳。
「あら? 日本では高校生が告白するときは、桜の木の下か体育館の裏。と言う決まりがあるのだと聞いているわ」
ついさっき写真で見た容姿。戦場乙女!
「あ、あのさ。サフラン」
「仁史君、こちらに来て。そしてちょっとだけ黙っていて。――告白するのに最強強度の結界を張る必要性が何処にあるんですか? 戦場先輩、いいえ。ハートクイーン、パラスアテネ!」
「うふふ……。良く誤解されるのだけれど、私は恥ずかしがり屋さんなのよ」
「そう言う人が、告白するのにどうして後輩男子を引き連れて居るのですか? ――そこに居るのはわかっています。あぶり出される前に出てきなさい! A組の円君! それともクラブジャック、あるいはランスロットと呼んだ方が良いのかしら」
建物の影からおずおずと、と言う感じで背の高い男子が出てくる。
「イングランド協会所属。パラスアテネ、ランスロット両名、国際魔法使用条約に抵触した疑いで私に同行しなさい! 抵抗するならば執行妨害と認め、国際条約の犯罪者の扱いの項に基づき日本の国内法を適用、拘束します!」
「あら、私達を拘束? あなたにできるぅ?」
「ミニマムアンチバリア!」
まずは大結界を張り直し、第三者が入って来られなくした上で。
「物魔結界……!」
目の前にも一応結界を張る。
彼女自身はグレード2の結界師、時空の魔法使いではあるが事実上の攻撃力はないはず。
だからランクCである円君を引き連れて仁史君を拉致しようとしている。
と思っていたのだが。……彼女が思いきり右腕を振りかぶって振り抜いた直後。
――がぎぃいいいいいい、ずどぉおおん!
と、ものが擦れる音に続いて、重量物が地面にめり込んだ音がして。
目の前の地面が凹んだ。
「ぶ、物理結界を……、投げつける?」
そんな無茶苦茶な使い方、今まで聞いた事さえ無い。
結界同士の衝突で私の結界も削られた。そんな使い方は想定してない。
しかも球状の結界にはご丁寧に持ち手までついているらしい。
「いかがかしら、結界粉砕槌の破壊力は。グレード1がどう対抗してくれるのか。楽しみだわ」
「さ、再度勧告する! 抵抗を止め拘束されなさい!」
「同行して欲しいのはこっちも同じさ、サフランさん。キミが一緒なら僕はなお嬉しいんだけれど。――精密・爆破!」
円君は炎使いクラスCだったはずだが、いくら傷ついたとは言え、本来私の結界を破る事はできない。
だが、盛大にガラスの割れる音と共に結界は無くなった。
「ま、お仕置きが必要みたいかな? ごめんねぇ、ランスロット。……まずは、死ねっ!」
頭の上に透明な鉄球が落ちてくる。
貰ったらただじゃ済まないのはわかってはいるが、結界を叩き割られた衝撃で身体が上手く動かない。
――がっきん! その透明な鉄球は何かに行く手を阻まれ、私の頭の上、なにも無い空間にヒビが入る。
「クロッカスに攻撃を仕掛けたことは、これは明らかな国際条約違反ですから弁明を求めます。具体的な事由の説明の無い場合。……特に拘束したりは致しませんが、特殊産業振興会、いえ日本全体への侵略行為とみなし、振興会の全勢力を持って先ずはお二人を、欠片も残さず完全排除させて頂きますので、その旨。事前にご承知置きの程を願いますわ」
「事前承諾も無しに振興会のアルバイトに接触、どころかあまつさえエージェントにさえ手を出すとは。協会も、ただ看板が古いだけでチンピラの集まりなのね。正面からの喧嘩がお嫌いとは、いやはや。いくら下衆だとしても限度を超えているわ。本当に最っ低」
いつの間にか。私の後ろに“白と黒のお嬢様”が立っている。
お姉様はいつもの胸の下で両肘に手をやって、困りましたわ。のポーズで。
百合先輩は扇子で口を隠し、いかにも下銭なものを見る目つきで戦場乙女を見やる。
「我々三人は、特例条項がトップ間で締結されていてね。一般的な法規制は意味を成さないのだよ執行部長。と、そちらの彼女は諜報のトップだったかな?」
こちらもいきなりなんの前触れも無く。
戦場と円君の後ろに円君より更に背の高い、銀色の髪の男子が立っていた。
「あら、それは困りましたわね。その条項があれば他国のエージェントを問答無用で襲っても良いのでしょうか? そうだとするとわたくしどもは振興会の治安活動という大義名分を無くし、私怨のみで、あなた方と戦わざるをえなくなるのですけれど」
そう言ってお姉様はスマホを掲げる。画面には【通話録音中】の文字。
結界の気配に気が付いたところから、お姉様に電話して。そのままにしておいたのだが。
状況把握だけで無く録音もしていたらしい。
「勧告を無視した上で、事情の説明も一切なく。その上攻撃のために躊躇なく魔法を行使する様な野蛮で下劣な行為が、一体どのような条約を結ぶと認められるのか。今ここで根拠を示しなさい! 返答によっては在日本エージェント十二名は全員、即刻排除、はっきり言い直すわ。……処刑するわよ?」
「そんな事を決める権限があなた方に……」
「イングランドと日本が絶縁状態には絶対ならない、と言う自信があるようだけど、例えば私達が独断、捨て身で動いたとしたらどう? 振興会をも敵に回す覚悟、それは当然あったうえでこんな事を言っているのだとしたら?」
「後先考えずに在日エージェントの全面強制排除だけなら、わたくしと百合さんが居れば電話一本で済むのですもの、思うより簡単でしてよ? 関係者、家族等込みで二十八名。当然、強制排除の対象ですわ」
薄く微笑みを浮かべたまま、全く表情を動かさずにお姉様が続ける。
「まさか他国の管轄内で、無抵抗のエージェントに、しかも事前勧告も無しに。致死攻撃を繰り出しておいて、魔法使い以外が無事で済む……。などとそんな虫の良いことをお考えでは無いですわよね? わたくしどもは覚悟はあると認識致しましてよ」
「さぁ、約三十人の命がかかっている。可及的速やかにたった今、この場で返答なさい。……協会特殊部隊、絵札総責任者。ダイヤキング、カエサル!」
――ちなみに私かアヤメ。どちらの心音が途絶えれば即座にメールは全国に配信される。行動の選択はそちらがすることよ。
そう言って百合先輩はスマホの画面を見せつける。表示は鼓動のグラフを示していた。
「少し待って貰おう。……こちらの認識にズレがあるようだ。パラスアテネ」
「はい」
「ミス・アヤメとミス・スズランの話は本当か?」
「あのえーと」
「イエスかノーで答えよ」
「…………。」
「わかった。後で話がある」
「勝手に話を進めて居るようだけど、どうやらまずはこの場で全面対決かしら? ……望むところよ!」
「荒事は好みませんが、致し方ありませんわね。……反逆者になる覚悟を決めましょう。公式にはわたくしからは発信できなくなりますから、本国にはそちらから顛末の報告を願いますわ」
「生きていれば、だけどね……!」
扇子を閉じて両手を降ろした百合先輩の周りには風が集まり初め、普通の腕組みの形になって、右の人差し指を顎に当てたお姉様を中心にして風が吹き出し始める。
……日本最強クラスの風使いが二人。この二人が本気になったら。コンクリート製ではあるのだが、この体育館なんか多分ひとたまりもないだろう。
お姉様の襟についた魔力封印のピンズがモゾモゾと動き、はじけ飛ぶ寸前。
「誤解だ! どうやらこちらに非があるようなので、この場はどうか許して欲しい。本国には是非内密に願いたいっ! その為に条件があるなら、私の権限の範囲内で全て飲もう」
「……はい?」
「え?」
「その上で。アヤメ部長、スズラン課長とも、友好的かつ速やかに情報共有と共同作業のための打ち合わせの席を設けたいが、……申し訳無いがこちらにも少々事情ができた」
カエサルはそう言うとパラスアテネを睨む。
「こちらとしても振興会との接点を探っていたところだったのだ。……暴走したものへのペナルティはこちらに一任して欲しい。血で血を洗う超魔法大戦の様になるのはこちらも望むところでは無い。――魔法使いは世界の何処にあっても紳士淑女でなければならない。と私は思っている。これだけは、貴女らと見解は一致すると思うのだが、どうだろうか。ミス・アヤメ」
「なるほど。……それでは」
「ああ、後日こちらからミス・アヤメに直接連絡をさせて貰う。……今日の所はこれで」
カエサルはランスロットを従え、パラスアテネの耳を引っ張りながら。体育館の影へと消えていった。
――姿が見えなくなると同時に、気配も唐突にかき消える。
あの女。パラスアテネこと戦場乙女の仕業だろう。
人間としてはともかく、結界師としては間違い無く超一流。きっとグレードⅠ相当の結界術師だ。
ともあれ、もう隠すべき対象は無い以上、人払い結界は要らない。
「バリアアウト。――お姉様、百合先輩。軽率な行動をとり、振興会全体に迷惑をかけてしまいました。どんな罰でも受けます。すみませんでした」
「今回はむしろ華さんに助けられましたわ。貸り一つ、ですわね」
「サフランさん、むしろ礼を言うべきはこちらよ? ――まさか仁史君をターゲットにしてくるとは。なんと卑劣な……!」
「……は? あの」
「ダイヤ・キング、カエサル。話には聞いていましたが、あれ程凄まじい気を放つとは思っても見ませんでした。――わたくし。もう少しで、華さんに対する先輩としての威厳と、女子高生としての尊厳を無くしてしまうところでした。実に危ういところでしたわ」
「あやめもですか……。私も、さすがに替えのパンツなんか持ちあるいていないし、どうしようかと思ったわ。――私やあなたが、無意識に恐怖を覚える相手とは。さすがは特殊部隊の隊長、と言うべきかしらね」
つまり。この二人の言が何処まで本気なのかは置いても。
正面から受けたプレッシャーは二人共思わず“漏らしちゃいそう”なくらいだったと言う事だ。
……この二人、本当は仲が良いのでは無いだろうか。
「あれ? 百合先輩? あやめ先輩も!」
「あら富良野君、こんなところで。どうしましたの?」
じゃあ、彼が追跡していたのは……。
「カエサル・オルドリッジを尾行していましたが振り切られました。多分バレては居な……」
「完っ全にバレたわね。富良野君、後で私から話があります。……多少、覚悟なさい」