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女子高校生の華・サフラン

2018.05.15 本文、台詞の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入する等調整しました。

はなちゃん、今日はなに食べたい?」

「自分で作れない以上、私からは特には……」

「良し、なら今日は自分で作る? 親子丼なんかどう? ――大丈夫、簡単だから」



 アパートにほど近いスーパー。うつくしヶ丘高校の制服を着た私達は学校の帰り、カバンを持ったまま買い物に来ていた。

 私は(財)特殊産業技術振興会執行部のエージェント。組織の名前はいかにもな感じではあるが、それは日本の魔法使いを統括する秘密組織であるが故の事。


 振興会に拾われた身の上であり、戸籍は実はあるらしいのだが、本名は自分でも知らないし、興味も無い。個人情報として自分で知っているのは誕生日と年齢くらい。

 組織内でのコードネームはクロッカスというが、これも私を示す記号でしか無い。



「でも、私は料理は……」

「やらなきゃ出来ない、当たり前。じゃ今日は親子、どーん! で決まり。一緒に作ろ? 鶏肉買わなくっちゃ!」

「ちょっと、桜!」



 執行部のエージェントとしては、振興会の管理下に無い、いわゆる“野良魔法使い”の捕縛を主な仕事にしていた。

 野良を捕まえ事務所に帰り、コンビニ弁当を食べ、シャワーを浴びて、応接室のソファで寝る。それ以外に興味は無かったし、なにかを変えるつもりもなかった。

 晩ご飯のメニューで悩む、そんなことはあり得なかった。つい先日までは。



「最近は華ちゃんが包丁使ってるのみてても怖くないしね」

「ふ、普通に見ていた気がするのだけれど、ホントは怖かったの……?」



 だが今、目の前で冷凍ケースから鶏肉を選ぶ神代かみしろさくら。彼女に出合ったことで生活は大きく変わった。

 無自覚ではあるが特殊な能力を持つ彼女、桜の護衛の任務を受け。

 私のコードネーム、クロッカスから連想したと思われる、如何にもおざなりなはな・サフランという名前を貰って彼女のアパートに押しかけ、同じ学校に通うこととなった、その時から。



「お料理、実は嫌いじゃ無いでしょ?」

「あの、……はい」



 とにかく、彼女。桜の護衛に付いた事で。

 食べるものと、寝るところさえ確保出来ているならば、それ以上の事は考える必要は無い。

 と言う私の主義と生活は一変した。


 対象は、学校法人実法学院じっぽうがくいんうつくしヶ丘高等学校普通科一年B組神代桜。

 彼女を二十四時間護衛、監視しろ。とは言われたものの。

 それまでの一五年間、学校など当然通った事の無かった私である。

 野良魔法使いを捕まえる。それを仕事としていた私自身が、そもそも人間として野良だった、と言う事だ。


 制服を着せられ、それなりの進学校であるうつくしヶ丘高校に無理矢理編入された私は。

 みんなとお弁当を食べ、休み時間にはおしゃべりをして、帰りには桜とコンビニで買い食い、クラスの友人達と夕飯後もメッセージのやりとりをして。

 ノートの取り方さえ知らなかったところから試験を受けて、その後当然補習も受けて。


 学校に潜り込むに当たって、振興会は女子高生としておかしくないように周囲に溶け込んでそのように振る舞え。と言う以外は当然なにも言わなかった。

 だが、桜は普通の女の子として“ちゃんとしろ”。と言った。


 そして、彼女の言う“ちゃんと”。は必ずしも平均的では無い場合も多いし、品行方正とはかけ離れている場合だってあった。あくまで基準は彼女の目線の高さであるからだ。


 そして以前の私では考えられなかった事だが、私は桜にしたがった。

 制服のスカートの長さや、蝶タイの緩み具合、下着の種類まで。

「うん、可愛いよ。華ちゃん!」

 彼女にそう言ってもらいたくて。



「牛乳買ったし、みりんもまだある……。タマゴってまだあったっけ?」

「親子丼を作ると何個使うの? ――なら、二個残るわ」

「じゃあ、お弁当分は残るか。今日は良いかな。……あ、あと納豆だ」

「納豆は、無くても困らない……」

「好き嫌いするとおっぱい大きくならないってよ?」

「……関係、ないのでは」



 学校に潜り込む為に適当に付けられたはずの“はな”という名前。

 これは私を表す記号では無く、私の名前だ。最近はそう思う。

 具体的にどう違うのかと問われれば、間違い無く答えに窮するのではあるけれど。

 でもこれは、華と言う名前は。


「華ちゃん。あと食べたいの、無い? お菓子とか要らない?」

「まだこないだのお煎餅とクッキーが開けないで残っているわ」

「ならお会計で良いね。――並んでるなぁ、……華ちゃん、人払いかけて?」

「ダメよ。そう言う使い方はダメだと何回も……」

「冗談だってば、華ちゃん。そんな怒んないでよ」

「べ、別に怒っているわけでは……」



 そう、彼女が華ちゃん、と呼んでくれる限り。

 私は魔法使いクロッカスでは無く、少し頭と要領の悪い日系人帰国子女、華・サフランで居られる。記号では無い、大事な、桜が呼んでくれる名前なのだ。


 今でも覚えている。桜とあったあの日。着の身着のままで桜のアパートに転がり込んだ、素性もわからない私に自分の部屋着を着せて、一緒のベッドに入れてくれた桜は、どうして良いか戸惑う私の手をなにも言わずに眠りにつくまで。ただ握っていてくれた。

 生まれて初めて感じた。あの手から伝わってくる、温度では無い温かさ。あれだけは絶対に忘れない。

 あの日、あの時から、私は女子高生、華・サフランになったのだ。だから……。



「華ちゃん。私、袋に入れとく。カート、他の人の邪魔になるから返して来ちゃって」

「入り口の、あそこで良かったのよね? ――わかった」



 護衛は確かに任務だ。それはソーサラークラスB+のプライドにかけて絶対に遂行する。

 でも、桜はこんな私を友達だと言ってくれたのだ。ならば友達は守るのが筋のはず。

 なにしろ、私にはそれを実現するだけの力がこの手にあるのだから。

 自分が高位魔法使いハイランカー、そして高位結界師ハイグレーダーで良かったと、こんなに思ったことはない。

 

 私は、だから。

 命に代えても、桜に対してだけは。

 絶対に筋を通す、人としての道を貫くと。そう決めた。


 人に言われたのでは無く、周りに流されたのでも無く。

 自身の意思をもって、自らそう決めたのだ、

 あの日、私が、生まれて初めて自分で。そう決めたのだ。

 だから、この気持ちだけは……。



「ん? どうかした? ……帰るよ、華ちゃん」

「あ、……ごめんなさい。重い方の袋は私が持つわ」

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