古道具愛好会部室の平部員用長机
「二人共お疲れさん。今日は出かけなくて良いのかい?」
「お疲れ様です。……はい。今日は先方の都合が悪くて」
「えっと。……あの、柊先輩。その紙の束はもしかすると」
「桜ちゃん。……もしかしなくてもうつくしヶ丘高校、全生徒、教職員の名簿だよ」
マエストロに会った次の日。
部室へと顔を出した私と桜の前には、コピー用紙に埋もれようとしている柊先輩の姿があった。
なにやら自分で書いて整理したらしいコピー用紙の束と、やたらに整備された分厚いファイルが四冊ほど。
その他、何かを書き殴ったようなメモ用紙が散乱し、1枚増えたモニターにも沢山の情報が表示されている。
「お陰でカードの絵札についてはやたらに詳しくなったよ……」
「この先、使い道の無さそうな知識ですね……」
「先輩以外の方はどうしたのですか?」
「白黒お嬢様は現在コンビで校外を調査中。富良野君は重要参考人を尾行中だ」
白いお嬢様はお姉様、黒いお嬢様は百合先輩か。
小物の色が違うくらいで、実はあの二人、ほぼ同じ格好をしているし。
しかし。富良野君はともかく、
「あの二人が、コンビで。動いている……?」
想像するだけで寒気がする。近所に近づきたくない。
「うーむ、そのコンビは流石に少し嫌かも……。単品なら二人共、良い人なのにねぇ」
桜でさえそう思う、と。
「二人と同じ感想を持つに至ったことに、少し安堵を覚えてしまったよ。――ねぇ、サフランさん。あの二人、別に仲が悪いわけでは無いんだろ?」
「百合先輩を良く知らないので、あまり私が言うことはないのだけれど。……仲良し。と言うほどでは無い、と言う程度の感情では無いかと」
コードネームスズランこと百合先輩。
彼女がお姉様の配下になったことで、直属の私も彼女のプロフィールの一部が閲覧可能になった。
結界師としては認知障害系の結界を得意とするグレード3のはずだが、本気で気配を消すと桜にも認知出来ない。
風使いとしてのランクはクラスCなのだが、炎使いでもあり他二つの属性も普通に使える。知る限り魔法の精度と破壊力も最高レベル。と言う部分はプロフィールには載っていない。
これでクラスCはおかしい。クラスBはおろか、クラスAを名乗っても文句のある人はいない。
恐らくは任務上、クラスもグレードも詐称しているのだと思われる。
本来はクラスA+。今まで表舞台に出てこなかっただけで、国内屈指と言って言いレベルの魔法使い。
多分それが谷合百合、と言う人の本当のプロフィールだ。
一方。何処かのお姉様も、桜の目を欺く程の隠遁術を得意とする風使い。
精度と破壊力では定評があるクラスA+。当然フルエレメンタラーで土の魔法も得意にしている。
事実上の日本最強魔法使い。
そして女子高生としての日常。
お姉様に関して言えば、普通課のお嬢様として全学年から支持を集め、ある意味教祖のようになっている。
国際外語課の細かい事情など知らないが、百合先輩も状況は似たようなものだろうとは考えるまでも無い。
そして二人共、卵形の輪郭に白い肌、流れる碧の黒髪。制服に皺などよっていたことはなく、その所作もどこからどう見てもお嬢様。
お姉様の極端なお嬢様言葉も、百合先輩の突き放すようなちょっと冷たい言動も。
二人共タイプは違えど“お嬢様”。としてのキャラ立てに一役買っている。
仲の悪そうな理由が見えてくる。
風使いで結界師でお嬢様キャラ。
『ねぇ、華ちゃん。もしかするとこの二人。キャラがかぶってる……』
あぁ、なるほど。桜の第一印象そのままと言うことか……。
同族嫌悪、と言うほどでは無いにしろ。
二人とも相手のキャラが、自分にかぶっているのが気にくわない、とか。
真似をしたとかそういう事でも無いだろう。
魔法の属性なんか真似しようとしたってできるものでは無いのだし。
垂れ目ののんびりキャラと、切れ長の瞳で見るものを射貫くようなクールビューティ。
もちろん顔が似てるわけでも無く。ただなんとなく全体的に似ている。
それがイヤだ、と。
性格は意外に似ている気がするのだけれど。――もちろん、悪い意味で。
「校内双璧のお嬢様二人と同じ部活だ、なんて言われて。クラスの連中からうらやましがられちゃってね」
「……それは災難ですね」
いくら柊先輩の言葉とは言え、それは同情せざるを得なかった私である。
「ところで例の絞り込み、進んでいますか?」
「もじりとか駄洒落とか和訳しただけとか。方向性がわかんないからねぇ。今んところ十名前後ってところかな。お嬢様コンビには、実はその裏を取りに行って貰ったんだ」
――校内には絵札が三人。ここまでは確定情報と言って居たし。そう言うと彼は、コピー用紙の束を取り上げる。
協会のエージェント絵札部隊のパーソナルデータが十二人分。
「パーソナルデータ、暗記しちゃったよ……」
「……これからの仕事上。悪い事でも無いかと思いますが」
「あ、ありがとうサフランさん。――うん。調べ物はあの二人が揃ってれば、学校だろうがお役所だろうが、ほぼ無敵だからね。まずは可能性の低いのを潰して貰おうと思ってさ」
「柊先輩としてはもう確定しているのですか?」
「キングを考えなければクイーンとジャック。多分向こうでも、こっちが探しているのは気が付いて居ると思ってるよ」
「こちらの動きが漏れていると?」
「むしろ彼女たちはある程度動きを見せていると思うんだ。……こっちはクラスDが一人で留守番してるわけだしさ。結界があるとは言え、敵対していない。と言う根拠が欲しいところだけどねぇ」
そう言うと柊先輩はコピー用紙をこちらに渡す。
「あえてベタな中でも一番ベタなのを二名拾った。僕は本名なんだけれど、サフランさんはどう思う?」
――スペードのクイーンは知恵と戦争の女神、パラスアテネ。
そこから先輩が連想したのが、国際外語課二年、戦場乙女だ。
書類上私と同じく帰国子女。生徒名簿の写真でもハッキリわかる明るいの茶髪も、私と同じく地毛である。
――クラブのジャックは円卓の騎士、ランスロット。
先輩は名簿の中から、普通課一年、円卓をピックアップした。
彼は戸籍上はクォーターの日本人と言う事になっていて、髪は黒いが目が若干灰色がかっている。1-Aなら隣のクラス。
能力を最優先するなら、容姿を無理に日本人に寄せないのでは無いか。
柊先輩が最期まで残したのは、自分で言っていた通りの人物である
「私が言うのもなんですが、いかにも偽名のようだとしか」
「その辺のさじ加減がもう一つ、わっかんないんだよなぁ」
「でもでも、トランプの括りがなかったら、それはそれで普通の名前っぽいですよね?」
「ウチの身内なら確定レベルなんだけどねぇ」
身内を見抜けるように。
偽名にはそう言う意味合いもあるので、あえてベタな名前にしていると言う事情もある。
「あ! ――べ、別にサフランさんをバカにしてるわけではないのでその……」
「わかっていますから、気にしないで良いです。……私がサフランなのは今更覆らないし」
確かに初めは気にくわなかったが。それでも、もう私は。華サフランで良いのだ。
桜が華ちゃん、と読んでくれる限りは。それで良い。
……そう言えば。
「先輩、仁史君の姿が見えませんがどうしました?」
「委員会の仕事でちょっと送れるそうだよ? 学校内に関しては桜ちゃんと仁史君、双方監視はしなくて良いとも言われているし」
確かに学校内に関しては24時間監視、護衛の命令は解除されている。
桜と仁史君には申し訳無く思っていたので、良かったはずなのだが。しかし。
「先輩、さっき自分で、こちらの動きがバレていると言ったばかりでは……」
「敵で無ければ問題はない。とは月夜野さんにも何回か言われた。……彼女は協会は敵では無いと判断した。僕はそう思っている」
……! 認識がずれている。仁史君に危機が迫っている可能性ありだ!
「華ちゃん、仁史さぁ。……探しに、行こっか?」
「桜はむしろここに居て! ――柊先輩、しばらくお願いします」
「良いけど、急に慌ててどうしたの? 君らしくも無い」
「今日の委員会活動は全てキャンセルになったはずでしょう! なんで知らないんですか!」
そうで無ければ。
真面目を絵に描いた様な富良野君が、クラス委員長の仕事を放りだして振興会の仕事に就くわけが無い。
「なんて事だ……! ゴメン、サフランさん。僕は午後から授業サボってずっとここに居たから、知らなかったんだ!」
部活動も自主練のみ。十六時までには切り上げて帰るよう勧告が出ている。
緊急の教職員会議があるらしいが、それはともかく。
「委員会がキャンセルに成ったのに連絡もなく、ここにも居ない。それは、つまり……」
誰かに、やっぱり委員会がある。と嘘を吐かれて呼び出されたりしたら。
そしてその誰か、が魔法使いだった場合。
「桜、大葉さんは今どこに居るか知ってる!?」
桜はついさっき、先生の用事で用務員室にお使いに行った。
大葉さんとも接触しているはずだ。
「教職員の全体会議だから、大葉さんも会議に出席するんだってさっき」
「月夜野さん達に大至急戻ってきて貰う!」
業界関係者から見れば、仁史君が振興会に関わりがあるのは明らかである。
彼の身が危ない。
「サフランさん、何処へ!?」
私の身体は考えるより前にはもう、走り出していた。
「心当たりを全部廻りますっ!」
「ここにはアイテムで封印を張る! 状況によっては、僕は良いから月夜野さんに電話して!」
「わかりました!」
トランプの絵柄、そのモデルについては諸説あり。です。
調べてみると面白いかもですよ。
まぁそれこそ、桜じゃありませんが
使い道の無い知識ってヤツなんでしょうけど。
でも、それが良い。
無駄な知識は無駄だから良いんですよ。