うつくしヶ丘駅前の市道
2017.01.21
台詞を一部手直ししました。
2017.01.25
地の文の一部を加筆訂正しました。
「華ちゃん。乾燥じゃないわかめってまだあったっけ?」
「袋に1/3ほど。冷蔵庫の左側の奥に」
「スーパー行かなくて良いか。……じゃあそれと、昨日買ったお豆腐でシンプルなお味噌汁を作ろう!」
「……そう、なるよね」
駅前の道をアパートに向かって、私と桜は歩いている。
今日のお味噌汁の具が決まった理由は、もちろん桜が手にしている紙袋の、その中身。
例のお椀が、二つ。
「ねぇ華ちゃん、今までのお椀はインスタント専用にしよう。あ、豚汁とかは今までのヤツでも良いかも。どう思う?」
「どう、と言われても。桜の良い様にするのが良いのでは?」
テンションの上がった桜はどうにも扱いにくい。
約一時間半ほど前。漸くランプの法則がわかった私は、インターバルを詰めて塵の弾丸を撃っていた。
もうコンボ数を見ている余裕はない。
とにかく撃てば、ピンポン♪ とチャイムが鳴る、と言うところまでは来た。
一二連続になる前にマエストロが上がってきたら、この苦労は水の泡。だから私は考えるのを止め、的を撃ち抜くことのみに集中していた、
「華ちゃん、どうしたの! 顔色が真っ青! ……大丈夫!?」
桜か駆け寄ってきて肩に手をかけてくれる。
「桜……。はぁはぁ。お、……おかえり」
普通に返事をしたつもりだったが、さっき自分で申告した上限を一〇発以上超え、インターバルを詰めたのは想像以上に効いたようだ。
自分が肩で息をしている事に気が付かなかった。
「エラくたまったなぁ。しかも一七連、てえしたもんだぜ、クロ。……で? 何が欲しいんだ?」
「わ、私は……」
「なんか欲しいもんがあったから無理したんだろうがよぉ。ションベンたれのガキのくせに素直じゃねぇヤツだ」
「そうなの? 華ちゃん」
「べ、別に無理なんか。――では、その。さっきの、お椀を……」
「……華ちゃん、まさか」
かっかっかっか……。突然マエストロが笑い出す。
「あ、あの。師匠?」
「……マエストロ?」
「お前らにゃ負けたよ。なんで、――女子高生が二つ組で欲しいって言わなきゃ売らねぇ、なんてロリコン爺が言ってたのを知ってやがる」
「師匠。あの、ロリコンって……?」
「女子中高生が好きなんだ。だから嫁さんの来手が無かったんだろうよ、あの爺ぃ」
今になってやっと気が付いた。桜のマエストロの呼称が“先生”から“師匠”に変わっている。
つまり、桜は弟子入りを許された、と言う事なのだろうか。
もっともその辺は桜なので、勝手に師匠、と呼んでいるだけなのかも知れないが、気難しいマエストロが意に介していないところを見れば。
まずは色々な意味で第一関門クリア。
桜には適性があり。
マエストロはその適性と彼女のやる気を認め。
桜も魔法道具職人として立つつもりになってくれた。
と。
ちょっと肩の荷が下りた感じだ。
桜と正式にバディを組む日が一歩近づいた。
私の生まれて初めての小さな野望は、確実に一歩前進したのである。
「師匠、次はいつ来たら良いですか?」
「そうだな。明日。と言いてぇトコだが、明日はそのロリコン爺のところに行かなきゃいけなくてな」
――江戸漆器の職人の癖に、埼玉の山ん中に住んでやがんのさ。そう言って桜の頭にポン、と手をやる。本物のお爺さんと孫のようである。
「明後日、同じ時間に来い。さっき言った素材はもし持ってこれるならもってこい」
「はい、わかりました!」
「桜はちょっと、その辺見ててくんな。――クロ、振興会にけぇるか?」
「帰るというか顔は出します」
「なら、これを大葉に渡しておいてくれ」
茶色の紙袋を渡される。触った感じはあまり長くない棒が二本。
「例の指揮棒、ですか」
「そうだ。――一応あんちゃんに言われて調べてみたが」
はぁ。マエストロは結構な深いため息を吐く。
「何か問題が?」
「まさかこんなもんがおいらの街にでてくるたぁな」
「それは一体」
――最大に突っ込めば、さっきお前が撃ってたヤツの四発分は詰め込める。マエストロはそう言うと額の皺を深くする。
「かなりの精度だ。木工ベースでこんなもん作れンのは、自慢じゃねぇが日本じゃ、おいらくらいなもんだ」
「それは、つまり……」
「舶来品だな。お前もあやめも気をつけるこった」
私が手に持つこれは、別に危険物や爆発物、武器というわけではない。
先日の“呪いの書”だって見た目はただの本だったが。
これだって指揮棒なのだから、日本に持ち込もうと思えばいくらでも持ち込める。
協会。こうなると、動悸はどうでも関与を疑うところである。
お姉様の指揮するメンバーの絞り込み。それは進んでいるのだろうか。
「“充電”は素人でも出来るものなのでしょうか?」
「完全な素人じゃ無理だが、多少なりとも魔法の知識があるならそう難しいことじゃねぇ」
「魔力の補充が出来る、……と?」
「ん? あぁ、例の呪いの書みてぇことになるか、ってな話か? それは心配要らねぇや。アレと比べりゃ一〇〇分の一にもなりゃしねぇ」
呪いの書は完全に鑑定され、“充電”された魔力をすべて解放。綺麗に復元した上で協会に引き継ぎされた。
その鑑定と修復の作業を行ったのがマエストロとその仲間の、魔法道具職人でも国内最高峰グループ。
表の職業は陶芸や紙細工、美術品修復などを手がける人も多い、表も裏も職人の集団である。
「但し、使い勝手はこっちのが百倍良いが、な。……外国が絡んでんのか?」
「その辺まだなにも」
「もう一度言う、気ぃつけんだぜ?」
「はい……」
「クロ。……桜の嬢ちゃんを、守ってやってくれよ? 二〇年ぶりのおいらの弟子だ」
そう言いながらマエストロは、新聞紙でお椀を二つ包むと茶色の紙袋へとしまい、袋の上をぐるぐると絞ると、そのまま店の名前の書かれた紙袋へと入れる。
「ほれよ、クロ。持ってけ」
「……しかし、マエストロ。これは」
「良いってこった」
「しかし約束では一つと……」
「くどい! ……二人暮らしの女子高生が持っていったと聞いたら、あのロリコン爺、泣いて喜ぶだろうよ。金なんざ要らん」
「師匠、あの、貰っておいてなんなんですけど。その、お値段っておいくら万円くらいなんですか?」
「まぁ一個三、〇〇〇円ってトコだろうかな」
「マエストロ、いくら何でもそんなに安いわけは……!」
「材料費と手間賃、そんくらいは貰わなきゃ困るって話よ。そして流通に乗れば“名前代”として誰かが後二〇万くらい乗せるだけだ。クロが心配してんのはその名前代だろうよ? ……要らん。そんなもん」
と言う経緯をたどり、お椀は二つ揃って今、桜の手元にあるのだ。
「おかずは焼き魚なんて良いよね? やっぱ和食だよ、和食」
「さっきアイリスからもらった、かす漬けの鱈、とか……」
「いつ貰ったの!? うん、決まり! あとたくあん!」
人間国宝でロリコン爺の職人さんが漆を塗ったお椀。
これをベースに晩ご飯のメニューが決まっていく。
そう、ロリコン爺、の部分を抜けば。なにも問題は発生しないではないか。
桜がとても嬉しそうなので、私にしては珍しく。作った人の性癖はこの際、無視することにした。