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学校の魔法使い =華・サフランの人間観察=  作者: 弐逸 玖
雑居ビル一階の魔法道具職人
17/36

雑居ビル一階の民芸品店

 “自動”と書かれたドアを手で開く。電源が切れた自動ドア、普通の引き戸より数倍重い。

 但しカギがかかっていないところを見ると一応、私達が来る事は想定してくれているようだ。

 ドアの周りにはインターホンの類は無いし、この建物に裏口や通用口のようなものは無い。


 そのドアには『和風民芸工房 あかまつ 本日休館日』と書かれた木の板が吸盤でぶら下がっている。

「華ちゃん、お休みになってるけど……」

「ここに住んでいるのだから、休みの日に自動ドアの電源を切ればこうなるわ」


 重たい引き戸を自分が通れる分だけ開け、桜が通ったら中に入って閉める。開

 ければ当然閉めなければいけない。この重たいドアを必要以上に開ける必要性は無い。

 扉をくぐると、古めかしい棚や家具が並び、ぱっと見売り物と調度の区別が付かない。

 木工細工の他、陶芸、金属、織物、半紙に至るまであらゆる工芸品が並ぶその店内。


 そしてわざと古く見せている店の内装にそぐわない

 ピロリロリン、ピロリロリン♪

 と言う電子音のチャイム。当然、防犯カメラも私達二人を捉えて記録しているはず。

 古くさく見えるのは見かけだけ、と言う事だ。



「ごめんください。マエストロはいらっしゃいますか?」

 振興会ではバイヤーを装って入店し、彼の事は先生。

 と呼ぶ。但し。私はどうも、そう呼ぶには抵抗がある。


 もちろんマエストロは英語では無いが、英語のアルティザンやマスター。

 これも彼を呼ぶにはしっくりこない。

 そして私の語彙ではそれらに対応する日本語は全く浮かばない。

 師匠も匠もピンとこない。



 そしての人が私がそう呼ぶのを好まないのは知っているが、他の呼び方では失礼に当たる気がする。

 彼の事は人間的に得意では無いのは事実だが、一方でリスペクトしているのもまた本当。

 失礼に当たるような、そんな呼び方をするわけには行かない。


 ちなみにお姉様はおじいさま。と呼ぶのだが。

 あの人の場合は普段からして何でもありなのであり。

 なので、こう言う場合はまるで参考にはならない。



「失礼します、あのぉ。……あやめの妹、華なのですが。どなたかいらっしゃいませんかぁ?」

 お店がお休みでも、偶に職人さん達が作業をしている場合がある。

 変なところで何かを感づかれると不都合だから、関係者以外誰も居ない。

 と言うのを確認出来るまではあやめの妹、でなければならない。



 地下の工房に居るのだろうか。

 私がこの時間に来る事は伝わっているはずだし、ドアのカギも開いていた。

 ならば不在というのはおかしい。

 確かに、作業に没頭すると時計やカメラを見るのを忘れるような人ではあるのだが……。




 店の中にはマエストロ自身やお弟子さんが作ったものの他、知り合いの職人さんや作家の作品、――茶器であったり、おもちゃであったり、がずらりと並んでいる。

 木工職人の店の中に陶芸や織物、和紙の工芸品なども飾ってある所以ゆえんだ。

「わぁ、なんかかわいいお椀……」


 そして今、桜が見ている棚だけには値札が無い。確かに売り物では有るのだが、自分の自信作や、知り合いから基本的には展示目的で預かった作品の並ぶ棚である。

 値札が無い、と言う事は当然、購入しようと思えば値段は直接マエストロと交渉して決める。と言う事である。


 正直、私には価値がわからないのだが、その棚に並んだ箸が一膳6,000円で売れたのを見た事がある。つまるところその棚に並ぶ品は全てが職人手ずからの逸品もの。単純に言って“お高い”のだ。


「インスタントだってこれで飲んだらすごくおいしそうだよ!」

 桜の部屋に転がり込んだ翌日、取りあえず百円ショップで購入してきたお椀だって。

 味噌汁を飲む。と言うその一点においては、ここまでなんら問題は発生していない。

「見た目も大事、と言うのはわからないでも無いけれど……」


 他の棚では無くて、いきなりその棚に目を付ける桜の目ももすごいが、その棚は何よりお値段がすごいのだ。

 少なくとも値段的に、朝に慌てながらインスタント味噌汁を入れてポットからお湯を注ぐ、そんな使い方をするお椀では絶対無いはず。


「ちょうど二個あるし!」

 何がちょうどなのか、既に私の理解の幅を超えている。

 箸で6,000円、しかも買った人は、――安く手に入った! と喜んでいたのだ。


 桜が気に入って眺めているのは箸では無くお椀、明らかに箸より大きい。

 ならばどう考えても万単位。

 私達の自由に出来るお金で購入出来るような、そんな価格設定では絶対に無いはずだ。


 棚に気を取られた私達の後ろに人の気配を感じ、慌てて振り返る。

 ピ。シャコン。電子音が鳴ると同時、自動ドアにオートロックの錠が下りる

 私より若干低い上背、がっしりした体格に藍色の作務衣さむえを着込み、四角い顔にごま塩頭を短く揃えたいかにも職人、と言う風体の老人。

 いつの間にかこの店の店主、マエストロこと赤松老師が立っていた。



「久しぶりだなクロ。……あやめが来るって話だったが?」

 親しみを込めているのか面倒くさいのか。日本でも指折りのアイテムクラフタはだいぶ前から私の事をクロッカスだから。と言ってクロ、と呼ぶ。


 肌の色の事もあるし、名前からクロを取ってしまったら残りはカス……。

 いくら親しみを込めて貰おうとも。そう言う諸事情あって、私はこの呼ばれ方は好きでは無い。



「その呼び方は止めて欲しいと以前から……。いえ、失礼しました。ご無沙汰致しております、マエストロ」

「おめぇもおいらの事をそう呼ぶんじゃねぇ! ジジィで良い、つってんだろうがっ! ……あやめはどうしたぃ?」

「お姉様は急遽所用が出来まして、なので私が代理でまいりました」


「あやめにも用事はあったんだが、まぁそりゃ今度でいいやな。――それはそうとクロ、あやめの言ってた嬢ちゃんってなぁ、そいつか?」


「……は、初めまして。か、神代です、 神代桜と言います。華ちゃんと同い年です!」

「ほぉ。……目は確かなようだな、嬢ちゃん」

「あの、先生。……色々やりずらいんで桜って呼んで貰って良いですか?」

「はっはっは……。おいらは先生なんて高尚なもんじゃねぇや」

 マエストロを前にしても桜は全く気圧されない。たいした胆力ではある。それはそれとして。


「あの、マエストロ。――桜の目が良い、とは。それはどう言う……?」

「嬢ちゃん、桜か、……気にしていたその腕だ。そいつぁ、若手では最近一番の職人が作って、人間国宝のジジィが漆を塗ったもんだ」

 桜が気に入っていたのは、ほぼ値段の付けようが無い、とんでもない品物だった。


「両方とも女子高生をイメージしたんだそうでな」

 ……もう意味がわからない。ただのお椀にしか見えないがそんな人達が作ったのであれば、そのお値段は軽く一個100、000円を超えるだろう。 

 制作時のイメージをどうしようとそれは勝手だが、一方女子高生には絶対に買えないではないか。


「うん、なんかわかります。……これ、すごくかわいいですっ!」

「技術を知らずとも、ものの善し悪しを見抜く。……いい目ぇしてやがる」

 ……わからない。一般的な女子高生ならわかる感覚なんだろうか、これは。



「クロ、ちょっとお嬢ちゃんを借りんぜ? 下行って、小一時間くれぇだな」

 ――その間、暇だろうからよぉ。ちょっと魔力を貰っておこうか。そう言うとマエストロは木の箱に9分割されたガラスが付いたような良く分からないものを取り出す。


 大きさこそ一抱えしか無いが、見た目はTVで先日見た、サッカーボールや野球のボールをぶつけるアレのようだ。

 ご丁寧に1~9までの数字まで書いてある。

 マエストロが横に付いたスイッチを入れると、壁にかけられたディスプレイにも灯が入り黒い背景に【Hit 0:Combo 0 :Cap 0.7/500】の白い数字。



 この辺がこの人をリスペクトする理由である。

 木工職人でありながら、電子工作にも詳しく、お店のHPを自分で作り、SNSで情報発信するのもお弟子さんでは無くほぼ自分自身。

 パソコンやスマホを普通に操り、簡単なプログラムさえ自分で組む。


 何でも自分でやらないと気が済まない。

 どころか、やるからにはある程度は精通しないと納得出来ない、そう言う性格なのである。



「いったい……?」

「クロ、ガラスを叩き割る気で魔力をぶつけろ。――うだうだ抜かしてねぇで、とっとと6番を狙いやがれってんだ!」


 厚みは無いがきっと強化ガラスをベースにした魔法遮断ガラス、しかもマエストロ手ずから調整をしている以上は、かなりのパワーがないとこれは割れない。  

 ――割っても良いのですね? 私は人差し指を箱に向ける。

 必要は無いのだがこれで集中が高まり命中率も上がる。何でも形は大事だ。


塵の弾丸(ダスト・ブレッド)!』

 人差し指から、コンクリートさえ穿つ魔道の弾が6、と書かれたガラスに撃ち出される。

 割れというなら割ってみせるのみ。


 だが。


 ガラスの割れる音は聞こえず、6番のガラスに裏側から照明がともり。

 魔力は何処かへと飲み込まれ、箱からはピンポン♪ と脳天気な音が聞こえる。

「……これは」

 どうやらガラスを支える枠に、魔力吸収のギミックが仕込んであるらしい。


「安心しな。今の倍で撃っても壊れねぇ。誰が作ったと思ってやがるよ。――クロ、おめぇ。押さえて撃って一発で2弱かぃ。あやめ程じゃねぇがだいぶ強くなったな」

 ディスプレイは背景が朱くなって【Hit 1:Combo 1 Cap 2.5/500】の表示をだしている。


「魔力を黙ってフラスコに吸い取られる、っつうのもつまんねぇだろ? 真ん中をスタートして次の数字を予想して撃て。……今の倍で何回撃てる?」


 魔力の源は人の意思。街中は非常に効率良く魔力を吸い上げる事が出来る。

 今の倍なら。コンクリートの塀を打ち抜き立木をなぎ倒す程のパワーになる。

 当然消耗は激しいが、ここは街の真ん中、場所が良い。連射が効く。

 とはいえ、体力の限界は自ずとある。


「……インターバル30秒弱で85、6発。90まで撃てるかどうか」

 ――自分の限界を、感情抜きで機械的に計算出来るのがあなたのすごいところですのよ? かつて、修業時代にお姉様に言われたのを思い出す。


「クロが使えるんなら、あやめに用事はなくなったぜぃ。ランプはランダムじゃあねぇ。法則性を探して当てろ。12コンボ超えたら、値段関係無しにこの店のものだったらなんでも一つ、くれてやらぁ。――おい、桜。つったな? 着いて来な」


「……はい。――華ちゃん、あとでね」

 マエストロは、桜を従えてカウンターの奥の階段へと消える。




 そして箱と対峙した形で残される私。

 ――すぅ。右手の人差し指を伸ばす。


「次は……2番!」

 ピンポン♪ 2番の窓に明かりが点き、表示が

【Hit 2:Combo 2 :Cap 5.8/500】

 に変わる。


「ならば、……次、7番っ!」   

 ブブー♪ いかにも不愉快な音が鳴ると9番にランプが点きディスプレイは青い背景になって

【Hit 3:Combo 0 :Cap 8.7/500】に変わる。

 コンボ数が減ったのはいかにも精神的に負担である。



 何故どうでも良い事に負担を感じるか。答えは簡単。

 12コンボ。これで桜の気にしていたとんでもないお値段のお椀、これを手中にすることが出来る。  

 たった9枚のパネルだが、同じパネルが連続する可能性を排除するなら単純に1/8、それを引き当てただけ。

 まぐれでは絶対に続かない。


 力を弱くして回数を増やせば時間を減らして試行回数を増やせるが、表示のヒット数が増えるから、その時点でインチキは即バレる。

 12コンボと言ったからにはパターンがあるなら一周期は12。

 残りはどんなに頑張っても80回強。時間も魔法も。そんなに数多くは試せない。



 マエストロがランダムでは無い、と言いきった以上。

 なんとしてもこのロジックを解いて12コンボを!


 もはや、この時の私は桜にお椀をプレゼントする為、次のパネルはどこか。

 それ以外のことは考えていなかった。

私事により魔法使い本編の年内の投稿はこれで最期といたします。

年明けは第2週辺りから投稿を再開したいと思っていますので

来年も宜しくお願いします。


来週は登場人物紹介を投稿する予定です。

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