うつくしヶ丘高校特殊学習棟B二階の古道具愛好会部室(下)
「お二人さん。――うん。ちょっとだけ、良いかな?」
そこまで黙って、器用にシャープペンを回しながら話を聞いていた柊先輩が、そのシャープペンを捕まえ、持ったままの右手を挙げる。
「先輩、お話に何か気が付く事でもありまして?」
「部長、今までの話で疑問な点がありましたか?」
お姉様のみならず百合先輩にまで。いきなり二人に見つめられてあからさまに柊先輩は怯んだ。……ただ今回はがんばって引かない。
体術と魔法を組み合わせて戦う体育会系超攻撃的魔法使い、カキツバタさんに修行の名目ではあったが、半分は本気で“潰しに行った”、と周り中から言われているくらいにしごかれた(具体的には、技を見切れ。と言われて一方的にパンチとキックを浴びサンドバッグ状態になったり、山の中に置き去りにされたりしたらしい。魔法には一つも関係がないような気がする)のだが、それでも潰れなかった精神力は伊達では無いらしい。
「当然、月夜野さんや谷合さんはわかっているだろうけど、あからさまに怪しいのが2年に居るよね?」
「どなたの事を仰って居ますの?」
「それは誰を想定していますか?」
「軽く平均を超える身長、銀髪碧眼、明らかに白人、でありながら日本語を流暢に話し、女子から大人気。アイルランドからの留学生。……普通課のカエサル・オルドリッジ」
明らかに要らない情報が一部混ざっていた気がするが。――会話を盛り上げるというのはこうするものなんだろうか。
『会話ならともかく、別に会議は盛り上げる必要、無いんじゃ無いかな……』
桜が正しい、と私も思う……。
「谷合さん、彼の身元って洗ってる? ホントにイギリス人じゃ無くてアイルランド人?」
「いえ、此所まで完全にノーマークです」
アジア人以外の人間はノーマーク。人海戦術が使えない以上、対象を切り捨てる方法論としては正しいだろう。相手からしても、見かけで目立っては逆効果だ。
この日本では、“少し”髪の色が明るくて、“少し”肌が黒くて、“少し”背が高いだけ。その私の見かけでさえ目立つのだ。
大事なことなので何回でも繰り返す、本当に少しなのだ。――間違った。もとい。
……日本は基本、単民族で形成される国家。だから瞳の色に髪の色。見かけ上にほんの少しの差違があればそれだけで目立つ。
背が高く明らかに白人で青い目、極めつけは金髪ですら無く銀髪。これで目立たない方がどうかしている。
「ガイジンだから、と言う話では無いんですよね? 先輩」
だから一応釘を刺しておかないと。また空気を変える為に言ってみただけ、みたいな事だったら。
今度こそは、柊先輩だけで無くお姉様と百合先輩以外の私達全員。この部屋にいたたまれなくなる。
「大事なことなのでもう一度言います。根拠はあるんですか?」
――別にウケ狙いじゃ無い。簡単だけど示せる根拠ならあるよ、サフランさん。意外にも柊先輩は、私に真面目な顔でそう返した。
「ねぇ、谷合さん。――今さっきの話、トランプ騎士団で絵札、なんだよね?」
「まぁ、……そうです」
「数字が大きい程エラい?」
「マークと数字で呼び合うのだそうです。ハート十三人で一部隊、の様な感じなしょうか。エースが一番ですけれど、現場に出てはこないですから十二名中キングが事実上のトップとみて良いでしょう。よその組織ですから詳細にわかるわけではありませんが、――それが何か? 部長」
「だったら彼はカエサルだもの。ダイヤのキング。……可能性があるとは思わない?」
「分かり易すぎる気もするけれど。そう言う可能性は否定出来ない、か……」
百合先輩は考え込む。柊先輩の意見だというのに、思うところがあった。と言う事なのか。
「……どう言うことですの? 柊先輩。百合さんはおわかりのようですが、わたくしにも、もう少し具体的に教えて頂けませんか?」
「えーと月夜野さん。あの、あくまで可能性の話、だからね? 違ってても文句言わないでよ? お仕置きも嫌みも無しだからね? ……んーとさ。振興会内部だとコードネームと、通常名乗る名前って。なんていうか、揃えてあるよね」
「揃えて……? まぁ、そうですわね」
私が一番気に食わない部分なのではあるが、話のその部分は今は置く。
振興会内部ではコードネームは草花や木の名前である事が多い。
そして通り名もそれをもじって付けるのが普通だ。
お姉様のように考えるのが面倒くさい。と言うのも当然あるのだが、コレについては腹の立つことに建前上の理由はきちんとあるのだ。
例えばお姉様が私の事を何気なく「華さん」、ではなく「クロッカス」。と呼んだのを第三者が聞いたとする。その場合、どうして? と聞かれた場合に、――クロッカスの和名がハナサフラン。そう言う言葉遊びなのですよ。と誤魔化す事が出来る。
大葉さん辺りは平素から私をクロッカス、と呼んでいるが、あの人の普段はこのところ用務員さんなのであり、校内では私との接点は表面上は無い。校内ですれ違っても結界の無い場所ではコンビを組んでいる私とさえ、話すどころか目も会わせない。
彼に関して言えば、お姉様の事をアヤメちゃん。とも確かに呼ぶのだが、音だけ聞く限り、アヤメちゃんとあやめちゃんの区別なんか無い。同じだ。
つまりこれは、内部の人間が混乱しないように。と言う意味合いの方が大きい。
本名の柊先輩や桜(ついでに仁史君も、である。彼の名字、南光も漢字は違うが音だけなら梅の品種にある。なんこううめ、というヤツだ。その実を使った梅干しは桜曰く、最高級品なのであるらしい)は別にして、カキツバタさんは燕子花裕未と言う通り名がある。大葉さんも本名では無いが、逆にこの人達は、他の名で呼ぶ人が居ない。
アイリスあたりは通り名もそのまま、イリス・ホランダリカだがこれは例外。一人だけあからさまにガイジンの見た目だし、振興会に彼女の存在を隠すつもりがそもそも無い。一応ホランダリカはアイリスの品種の一種。もちろん本名は別にある。
柊先輩の言うのは、協会内部での呼称もコレに倣っていたら、と言う話なんだろう。
でもトランプだとすると、どうなるのだろう……。私には数字の他にはジャック、クイーン、キング、A。あとはジョーカーくらいしか思いつかないが。
「月夜野さん、トランプの絵札4種12枚は、各々元になった人物が居る。と言う話は知ってる?」
「あら、そうなのですか?」
「実は各絵柄、顔の向きが違ったり持ってるモノが違ったりするんだよ」
「本当なんですの? わたくし、恥ずかしながら気にした事がありませんでした……」
「それはさておき。……向こうの偽名も振興会と似たような感じで作ってるなら、彼はダイヤのキング、と言う事になるんだよね」
――大葉さん、タブレット、持ってますよね? 暗にカードの由来を調べてくれという彼の要請は大葉さんにはすぐに伝わり、彼はタブレットを取り出す。
「どう言う、ことですの?」
「ダイヤのキングはその流れで行くとジュリアス・シーザーなんだよ。……と、ここまで言ったら。月夜野さんならもうわかっちゃうかな」
「なるほど、つまりはカエサル。……確かに、知っている人間にとっては分かり易いきらいはあるけれど、悪くないですわね」
お姉様はそれだけで本当に“わかっちゃった”らしいが、何故そこが「なるほど」になるのか私には全く分からない。隣で桜も首をひねっている。と大葉さんが声を潜めながらタブレットを持って近づいてくる。
『スズランやアヤメちゃんは言わずもがなってヤツだが、柊君も意外と物知りなんだな』
富良野君もこちらに顔を寄せる。彼もわかっていなかったらしい。
【◆K ダイヤのキング。モデルは古代ローマの皇帝である、かのジュリアス・シーザー(英語読みだとユリウス・カエサル。読みが違うだけで同一人物です。マイケルとミハエル、みたいな)であると言われています】
タブレットにはそう書かれたページが表示されていた。
「そういう事。怪しいだろ? 隊長クラスを日本語が堪能な日系人で用意出来ないなら、無理に見た目変えないでそのまま留学生にした方が、かえって目立たないんじゃないかな。って」
「……なるほど。あるかも知れませんわね」
お姉様が椅子の上で、ふぅ。とため息を吐くと、目線だけを送っていた柊先輩に向き直る。
「柊先輩らしからぬ冴え具合ですわ」
「……ひでぇ! 月夜野さん、ひでぇよ!」
いくら柊先輩とは言え、私もコレは非道いと思う。私が言うのも何だが、形だけでも褒めてあげて良いのでは。……しかし、お姉様はそんな柊先輩を完全に無視。後ろに立つ百合さんにそのまま椅子ごと振り返る。
「……調査の必要はあるようですわね」
「ふむ……。彼とは同じクラスでしたね、あやめさん」
事ここに居たって、初めて二人が目を合わせた。
「明日より通常授業の時はわたくし、時間外は百合さん。状況に応じて富良野君の体制で監視しましょう。大葉さんは柊先輩と組んで、生徒の名簿からトランプに関係ありそうな名前を抜粋して頂いて良いですか? ――もちろん名簿はわたくしが明日の放課後までに何とか致します」
「あやめさん、富良野クンの動き方ですが……」
てきぱきと打ち合わせを進めるお姉様と百合先輩の、張った声の下をくぐるように桜の声。
『ねぇ、華ちゃん。……あのさ。個人情報とか、どうなってるの?』
お姉様が全生徒、約一、〇〇〇人強の名簿を簡単に何とかする、とか。桜の疑問もそれはもう、ごもっとも。なのではあるけれど。
『振興会はあの……。一応だけど、政府系秘密諜報組織なので……』
『そうでなくて。……うん、まぁ。そうなんだろうけどさ』