うつくしヶ丘高校特殊学習棟B二階の古道具愛好会部室(中)
「いずれにしろ、執行部で情報制限のかかっている事項はこれくらいですわね」
「結構です。では次は総務部諜報課。……と言う事かしら」
「そう願いますわ、百合さん」
後から編入した私は当然その辺の事は知らないが、桜や仁史君は入学式の日から委員長を知っている。
つまり催眠術か何かで強引に記憶を操作したのでも無い限り。
公園での野良魔法使い狩りの前から、既に諜報課は学校に潜り込んでいた事になる。
ならばその理由があるはずだ、と言う話である。
ついでに言えば学校全体、教職員まで含めて1,500人以上。
そんな大規模な記憶操作などもちろんできない。
ちなみに催眠術の使い手は魔法関連の組織なら必ず複数人抱えている。
関係の無い目撃者や、魔法を封印した野良魔法使いなどに対して記憶操作が必要になるからだ。
そして魔法では人体に直接変異を与える事が出来ないから。
肉体のみならず、記憶にも当然その縛りはかかる、と言う事でもある。
「話は例の“呪いの書”。これが流出し日本へ入り込んだらしい、とイングランドの協会から振興会に連絡があったところからです。……これが今年の三月初め」
「ちょっと待て,スズラン。総務から執行部に情報が上がったのが事件の数日前、現場の俺達に連絡があったのは当日だぞ!」
大葉さんが不満の声を上げる。
まぁ、当然だろう。早期に探し当てれば魔力の落とし穴を応用した魔力電池を作られる前に対処出来た可能性がある。
それにその件では、大葉さんの幼なじみでもある執行課長、カキツバタさんが結構な怪我をした。
……当人がお腹に包帯を巻いたまま、手術から数えること三日目に病院から逃げてしまった。
と言うのは、それはまた別の話。
“呪いの書”関連の事件で大怪我をした、それ自体は本当である。
「話は国家間の機密に関わる事象です。むやみに一般職員が知れば、それだけでも命に係わる問題ですよ? 大葉監理課長」
「話はわかるが納得出来るかっ! それに一般職員じゃ無い、俺は管理職だっ!」
「だから秘密になっていたのです。……当然、あなたのように納得出来ない人も居るでしょうからね」
そう言うと百合先輩は、大葉さんから視線を外して窓の外を見る。
――それに。窓の外を見たまま百合先輩は続ける。
「情報は呪いの書だけではありませんでした」
「他にも何か知ってたのか?」
「大葉さんに直接関わる話ではありません、ただ……」
言いよどんだ百合さんに対して、お姉様は特になにを言うでも無くそのまま言葉が紡がれるのを待つ。
……こう言う間が、凄く恐怖を感じる部分なのだな。と実感する。
見る限り、少なくとも大葉さんと、そして富良野君は私と同じ感情を共有してくれているようだ。
私も標準的な反応をしている、と思って良いのだろう。……多分。
「このうつくしヶ丘高校に協会の人間が入り込んでいる。入ってきたのはそう言う情報でした。なので急遽、私の転入手続きと富良野君の入学手続きを取りました」
「……なるほど、わたくし達執行部が“呪いの書事件”に別の角度から関わるのは五月の連休明け。諜報課は一ヶ月以上前ですのね。――それで、協会のエージェント、絞り込みは如何です?」
「生徒である、と言うところまではわかったのだけれど。……そこまでね」
おおよそ感情というものを感じさせない、喋り方だけでは出た言葉以外何も伺えない。
そういう話し方で百合先輩が答える。
……国際外語課には当然白人の先生方も複数人在籍しているが、生徒だ。と言うならば見た目は最低、アジア人、と言うよりは日本人でなければ目立つ。
多少色が黒いだけである私でさえ、かなり目立っているくらいだ。
もっともコレについては元々色白の桜やお姉様、彼女達と何時も一緒に居るので必要以上に目立っている。とも言えるのだけれど。
とは言え外語課に限らず生徒にも当然複数人、外国籍や私(は、そう言う“設定”なのではあるのだが)のような帰国子女である人間は居る。
だが、一方。イングランドの組織だとは言え、極秘任務で行動するなら明らかな外国人では目立って仕方が無い。
うつくしヶ丘高は日本の普通の進学校。
確かに外語科だってあるのだが、そこまでワールドワイドな感じでは無い。
「百合さんが直接関わって居るのに絞りきれない……。高校生でありながら、かなり凄腕のエージェントが入っていますのね」
同じ様な話し方でも、お姉様に関して言えば私には微妙な強弱やイントネーションでわかる。
これは嫌みでは無く本当に驚いている。
つまり百合先輩は、お姉様が素直に認める程に諜報員として優秀だと言う事だ。
「振興会では執行部にあたるトランプ騎士団、わけても絵札達と呼ばれるエリ-トエージェント集団です。簡単では無いでしょう」
恐らくは魔法使いとしては最低クラスC、かつ情報収集能力にも優れたエージェントを送り込んできているものらしい。
「ちなみにUS.S.S.C.に関して言えば、ハイティーンの日本語が出来るアジア人。この条件に合うエージェントを揃えられずに学校への潜入は断念した。……これは確定情報よ」
「校内に関して言えば協会に絞って良い、と言う訳ですわね」
この話、アメリカのエージェントが学校には入っていない。と言う事が確定しただけ。
むしろこれでは、うつくしヶ丘を歩く外人全てが怪しく見えてしまう。
公園の件については町内で観測していたのは間違い無いのだから。
……敵か味方か、それさえわからない。
もちろん実際の国家間だけでなく、魔法使い同士としても友好条約を締結しているアメリカとイギリスの組織である以上、振興会としてみればもちろん、そう言う意味では敵では無いのだけれど。
「誰であるのか、も当然大事ではあるのですけれど。もっとも重要なのは何の為に、と言う部分ですわね」
「引き続き調査は続行する、それで良いわね? あやめさん」
「むしろお願いします。……それに外部の方がこの校内で、わたくし達に内緒で動いていらっしゃる。と言うのは単純に面白くありませんわ。調査については、我が振興会うつくしヶ丘分室として総力を挙げる事とします」
お姉様、この集まりは古道具愛好会だったはずでは? いつの間に分室に……。
「ついてはわたくしも直接、調査に参加致しましょう。他の方はあえて静観、直接の行動はしないで何か気が付く事があったなら、わたくしか百合さんに連絡して頂く。と言う事でどうかしら。……百合さん、よろしくて?」
「人手が多い分には助かるわ。とは言え、誰でも良いというわけにはいかないし、あやめさんならば歓迎します」
『この二人。仲が良いのか悪いのか、どっち?』
桜に脇腹を小突かれ耳打ちされる。
この会話を聞いていれば当然そう言う疑問は持つだろう。
……私だって知りたい。
『魔法使いや振興会幹部としてはお互いリスペクトしているのだと思う。その他のことについての私の意見は……、ノーコメントで』
『まぁ、ね。……華ちゃんの意見は聞くまでも無く、顔に書いてあるけどね』
少なくとも私がどう思っているかについては、言わずとも桜にはわかって貰えたらしい。
……うかつに口に出せない感情をわかって貰える。桜の存在は私にとって非常にありがたい。
以前の私なら情報部分以外は全く興味を持たずに、空気など読もうともしなかっただろう。
彼女のお陰で
「一応、執行部統括なので」
と言い訳臭く答えるくらいには一般常識がついた。
良い事か悪い事かはこの際置く。
だって、女子高生の華としては間違い無く人間くさくて良い事だと思う。
が、こと、この場にあってはあまり良い事では無いように思うから。