うつくしヶ丘高校特殊学習棟B二階の古道具愛好会部室(上)
「入部届はこれで良いかしら?」
「結構ですわ。百合さん、ようこそ古道具愛好会へ。……富良野君もよろしくお願い致します。――柊先輩。後で、で結構ですので生徒会執行部への提出をお願い致しますね」
部長代理、と書かれた黒光りする三角形の柱が立つデスク。
そこに座るお姉様と、その後ろ、腕組みで窓際にもたれ、窓の外を見る百合先輩。
全く目を合わせないで会話をする二人。
この二人が揃うと当たり前の会話が、どうしてこうも、すこぶる恐ろしいものに聞こえるものか。
「順調に部員も集まって、部活に格上げも考えなくちゃいけないね、月夜野さん」
空気を変えようとでもするかのように、柊先輩がお姉様に明るく声をかける。
「魔法使いと結界師以外は、扉に触れると入部意欲を失って扉を開けずにそのまま帰る。と言うお呪いをかけてありますから中々部員は増えないと思いますわよ、柊先輩」
「いつの間にそんな術式張ってたの! 気が付かなかった……」
部室の雰囲気を空気を変えよう。と言う試みは見事に失敗、柊先輩だけが大ダメージを受けた。
初めからわかっている。お姉様が好んでこの空気を作っている以上、柊先輩如きが口先で何かしようが変わるはずが無いのだ。
放課後、予定通りに百合先輩と富良野君は部室へとやってきて、入部届をその場で書いた。
ちなみに富良野君は、当然のように入り口に一番近いパイプ椅子に“おずおずと”と言う表現が相応しく思える感じで腰を下ろした。
非常の際の最短脱出ルートを確保してるかのような感じではある。
……多分立場が逆なら私もそうする。
大葉さんが重たい空気に耐えられなくなったのか、口を開く。
「どうにも部活じゃなくて、学級会で無くなった給食費問題を話し合ってるような雰囲気なんだが? ……アヤメちゃん、俺は戻っても良いか?」
「時間の許す限りで結構ですから、同席をお願い致しますわ」
ちなみに大葉さんも“実法学院 施設管理部”と刺繍された用務員の作業服でこの場に居るのだが、彼は入り口のドアにもたれて立ってる。
格好を付けているようにも、いつでも逃げ出せる体制を整えているようにも見える。
……後者の公算が強いと思う。
「さて、あやめさん。……まずはそのお二人。神代サンと南光クン、お二人がどうして振興会に関わりを持つようになったのか、具体的にお話しを願えないかしら。あなたたち数名以外、振興会内部でもほんの数行のテキストでしか知らないのだけれども」
「よろしいでしょう。――あら、柊先輩。何処に行かれるのですか? 全員揃った状態でないと情報の共有という面で問題がありますわ。どうしても緊急でお手洗いに、と言う様な事で無ければまずは座って下さいな」
「いや、あの……、はい」
部長で先輩なのに、ほぼお姉様が柊先輩を虐めているようにしか見えない。
まぁ、彼が居なければ。私は桜や仁史君と出会う事は無かったのだけれど、一方。
大騒ぎになった原因は彼なのである。
その顛末を話そうというのだから、逃げたくもなるだろう。
そしてこっちをチラチラと見るのは、私が怒りだすのでは無いか。
と言う疑念を持っているからに違いない。
そして彼の心配通りに私は話の途中で怒り出し、桜になだめられるのだ。……きっと。
「話の発端は、通常業務の野良魔法使い狩りでしたの……」
つい先日。新興住宅地うつくしヶ丘の中央にある公園に、私と大葉さんが野良魔法使いを追い込んだ。
……補則しておけばその野良魔法使いは、振興会に所属していない、いわゆる“野良”としては最強クラス。
だから振興会も、私と大葉さんの最強クラスのコンビを派遣することにしたのである。
だが彼は後に改心し、マゾヒスティックな性癖が無ければ耐えられない。とまで言われる振興会一のスパルタ教育で有名な、体術もこなせる超攻撃的魔法使い、カキツバタさんの修行をたった数週間で納め、見事クラスDの炎使いとして振興会入りとなった。
コードネームヒイラギ。今、目の前に決まり悪そうに座る柊先輩その人である。
ともあれ、一般人はもちろん、魔法使いや結界師でさえ完全にシャットアウトした公園内でまもなく捕り物を始める、と言う直前。
見る事はもちろん感じる事も、結界師であってもアイテムや術式無しでは壊す事はおろか、触れる事も感じることさえ出来ないはずの結界。
そこにごく普通に仁史君を連れた桜が生身で入り込んだ。
それだけでも既に話はおかしいのである。
その上、後の検査でも二人共魔法適性は一切無く、完全に一般人。
そうで有るにもかかわらず、桜は世界でも公式には私しか張れないはずの複雑な結界をアイテム、術式。何も無しで見破り、進入したあげくに、その結界内で時間と空間を歪めて見せた。
仁史君も野良魔法使いの放った三千度を超える火の玉を、ほぼ完全に反作用無しで相殺して見せた。
この二人は、桜の言葉を借りずとも完全に、何から何まで“おかしい”のだ。
……話を一旦、野良魔法使い狩りに戻す。
その対峙した魔法使いは、野良としてはあまりにも力が強すぎる。
と判断した私は、襟に付けた魔力封印の赤いピンズを吹き飛ばし、結果的に這々(ほうほう)の体ではあったが野良魔法使いの無力化、確保と、桜と仁史君の二人を保護する事に成功した。
ちなみにその後。魔力封印を飛ばした件で、封印を作ってくれたお姉様にはこってりとお説教を頂いたあげく、執行部統括課長の肩書きは取り上げられずに済んだものの、執行時の行動に問題があったのでは無いかと疑われ査問会にかけられた。
百歩譲って。私のちっぽけなプライドを傷つけた事は良い。
良く々々考えれば、多少大きな力を使えるだけの私がそんなものを持っていた。
その事実の方がおこがましい。
むしろ、意味も無く延びた鼻っ柱をへし折ってくれてありがとう。
と、感謝しなければいけないのかも知れない。
但し、桜を危ない目に遭わせ、仁史君に怪我をさせた事。
それについては何度も謝られたし、当人達も
「逆にその後、助けて貰ったのだし、もう気にしないで良い」
と言ってはいるが、私はそれについてだけは今でも許していない。
だから柊先輩を捕縛した話を聞く度、私が不愉快さを散じるのは当然なのだ。
桜とお姉様は許してくれないだろうが、機会があれば今でも。
この男のあばらの二,三本くらいは貰っても良い、そう言う権利はだから私にある。
と思って居る…………。
『華ちゃん華ちゃん、眉毛がちょっと怒ってるよ……?』
桜がそっと耳打ちしてくる。既に表情に出てしまっていたようだ。
柊先輩はと向かいを見れば、こちらから目をそらし、狭いパイプ椅子の上でも、出来る限り私から距離を取ろうとしているのがわかる。――全く。
『だ、大丈夫。怒っていない。……も、元からこんな顔だったはず』
『普段はもっと可愛いよ? ……華ちゃん、落ち着いて』
『大丈夫、本当に。怒ってないから……』
怒っては居ない、面白くないことを思い出して不愉快なだけなのだと思う。
彼のあばらを三本ももらえればこの気持ちも落ちつく様な気もするが……。
「なるほど。柊先輩の振興会入りの経緯も含めて、確かに秘匿しておかないと問題が出そうな話ね。特にお二人は 魔法使いでは無い。力の発動条件さえ判れば振興会における大きなアドバンテージになるわ」
腕組みで窓枠にもたれていた百合先輩は、お姉様の話に納得したのかしないのか。
リアクションだけでは良く分からない。
「そういう事ですわ。いずれ他国の干渉は出来れば避けたいところですしね。当然百合さんはご存じでしょうけれど、アメリカの合衆国特殊技術調査委員会は桜さんの起こした時空間の捻れが時空魔法では無い、と看破した様ですし、イングランドの伝統技術監理協会も仁史君の相殺の波動を検知したらしく、問い合わせに対してこちらが“好意で”供出した、華さんが相殺した。とする資料に、今でも疑念を抱いている模様ですから」
今のお姉様の話で気になる事。
……外国の振興会にあたる組織のエージェント、それが結構この付近にいると言う事。
今回資料の提出を求めてきているのは、世界で初めて魔法を体系化し魔法使い二百年の歴史を作ったイギリス、わけても自身の組織の来歴と伝統に誇りを持つイングランド。
そして魔法の使用方法については研究に余念が無く、防御も攻撃も、どの国よりも精鋭化し、振興会での監理課にあたる部署の情報収集能力も、当然精度の高いアメリカ。
魔法使い在籍数世界ナンバーワンを誇るロシアが絡んでいないのが不思議なくらいだ。
桜の力が時空魔法では無い、として認識出来るなら都内に居るくらいでは足りない。
少なくても半径五キロ以内に、大葉さんクラスのかなり優秀なレコーダーが詳細に記録を取って、それを検証しなければそこまで詳細にはわからないはず。
SSCはかなり強力なレコーダを、公園の事件の時点でうつくしヶ丘に派遣していた、と言う事になる。
仁史君の波動に関して言うならば、そもそも私の魔法で相殺したのだ。と言うデータに異を唱えられるわけが無い。
但しこれには仁史君の相殺能力発動時にうつくしヶ丘の町内に居なければ。と注釈がつく。
ならば協会の関係者も、既にその時点でうつくしヶ丘に入り込んでいた事になる。
ただの新興住宅地であるはずの、このうつくしヶ丘に、いったい。
彼らを引きつけるような“なにか”がある様には私には思えないが。