日常と非日常の逆転
登場人物は『魔法少女☽りこ』と同一で、性格も根っこのところは同じです。環境や境遇が全く違うので、職業が変わっていたり、性格が全然違うように思える人もいます。
「悪の魔法使いエルンロスト! あなたの思い通りにはさせないわ!」
わたしは春咲りこ、悪と戦う魔法少女! 悪い奴らをばったばったとなぎ倒す! 今は最強の敵、悪の魔法使いエルンロストと対決しています。彼の周りには怪しい黒タイツの部下が数え切れないほどいて、これからすごいことになりそう!
「魔法少女りこよ、このわたしを倒し、この世界をなんとする」
妙な仮面の魔法使いエルンロストがわたしに聞く。わたしは……
「この魔法少女りこがいる限り、あなたの好きにはさせない!」
ここでくるくるっとかっこよく回転して!
「さあ、どこからでもかかってきなさい!」
魔法の杖を敵に向けて、可愛らしくウィンク! 完璧っ!
りこは楽しい夢の世界にどっぷりと浸かっていた。
「お姉ちゃん、起きろーっ! 学校に遅刻するよ!」
妹のくるみが枕を持って、それで姉のりこのを何度も叩くが、少し寝返りを打つくらいで起きる気配はない。妹くるみは無視して先に学校に行こうかと思ったが、後で「何で起こしてくれなかったの!」と言われるのが面倒なので、奥の手にでた。棚にずらりと並んでいる姉秘蔵のブルーレイディスクを一枚取り出し、両手で持ってぐっと力を入れる。
「お姉ちゃん起きないと大変だよ~、宝物が壊れちゃう~、そりゃ、バックブリーカーだ!」
アニメの絵が入った丸いディスクがくるみの手によって弓型にしなっている。
「ウキャーッ、やめてぇーーーっ!?」
りこはアニメディスクの危険を察知するセンサーでもあるのか、急に飛び起きて妹の手からディスクをもぎ取った。
魔法少女たちの悲痛な悲鳴が、わたしには確かに聞こえた。起きたら妹が、わたしの大切な大切な魔法少女アニメのブルーレイディスクを壊そうとしていた! 間一髪で救ったけど、本当に酷い妹! 今までだって、何度もわたしの宝物を破壊しようとしてるし!
「もう、止めてよね! 何でこういう事するの!」
「お姉ちゃんが全然起きないからだよ! すぐに着替えて降りてきてよ、早くしないと学校に遅れちゃうからね!」
くるみはわたしの宝物が並んでる棚を見て、ものすごく大きなため息をつく。すごくむかつく、魔法少女に憧れるのがそんなに悪いっていうの!?
とにかく気を取り直して、わたしは部屋にある大きな鏡台の前に座った。起きてすぐにやるのが自慢の黒髪の手入れ、わたしの髪は友達も羨むくらいのすんなりストレート、櫛の通りも良い。だから髪は変に形をつけないように、後ろで二つに分けてピンクのゴム紐で止めるだけ。後は薄ピンクのブラウスの上にホットピンクのジャケットを着て、青のジーンズスカートとピンクのハイソックスをはいて出来上がり、後は鞄の中身をチェックして。
「よし、完璧! 今日のわたしはいけてるよ!」
わたしは鏡の前でくるっと回って自分的に魔法少女っぽいと思うポーズになってみた。妹が見ていたら、白い目で見られるなと思いながら。
二階の自分の部屋から一階のキッチンと居間がいっしょになってるリビングにおりていくと、お父さんが難しい顔でテレビを見ていた。丁度わたしが住んでる稲穂市の話題がニュースでやっている。
『稲穂ゴールデンタワーは稲穂市の象徴であります! 観光スポットとして高い期待が寄せられており、隣接するS遊園地と共に……』
禿げ頭の市長が何か偉そうに言ってる。稲穂ゴールデンタワーねぇ。
「お父さん、もうご飯になるんですから、そんなニュースは消して下さい!」
お父さんがお母さんに怒られてリモコンでテレビを消した。確かにそんなって感じのニュースだね。自分が住んでる市の事だけど、正直どうでもいい。
「りこはもう少し早く起きなさい。くるみは早起きして、朝ご飯の作るの手伝ってくれてるのよ。あなたも食器くらいは出しなさい」
「はぁい」とわたしは言った。「よく出来た妹を持つと苦労するよ」
わたしは小声で言ったのに、くるみはしっかりそれを聞いていた。
「駄目な姉を持つと苦労するよ~」
わたしは何も言い返せなかった。妹は学校の成績も優秀だしクラス委員長だし、誰からも好かれる良い子。一方わたしは成績は下から数えた方が早い。最近までは魔法少女のアニメばっかり見ていたし、悔しいけれど、駄目姉と言われても仕方がないと思う。
「今日からわたしとお父さんは結婚記念日の旅行だけれど、本当に二人だけで大丈夫かしら?」
「大丈夫、大丈夫! 二人でゆっくりしてきてよ!」
わたしはお母さんに言った。お父さんとお母さんはとっても仲が良くって、今でも結婚記念日に長い休みを取って二人で旅行に行ってる。いつもはお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが来て家の事をやってくれるんだけど、今回はわたしとくるみだけでお留守番。何故なら、わたしが留守番できると言ったからなのです。
わたしは自分の部屋にランドセルを取りに行く。部屋に入ったら絨毯に寝っ転がって、嬉しくて右とか左にゴロゴロ転がっちゃう。
「いやったーっ! 十日もお父さんもお母さんもいない! 宿題やらなくても怒られないし、休みの日はゆっくり寝られるーっ! この家の支配者はわたしだーっ!」
わたしが転がるのを止めて仰向けのまま上を見たら、入り口のところで妹に見下ろしてた、ものすごく白い目で。
「あ……」
「何が支配者よ、わたしもいるんだからね!」
朝は妹と一緒に登校する。それにしても、最近キンキラキンが目に入って痛い。
「お姉ちゃん、早く行くよ!」
くるみはとっても素早くって、朝はいつもわたしを玄関で待ってる。妹もわたしと同じすんなりストレートの黒髪だけれど、髪型にこだわりがあるみたいで、右側でサイドテールを作ってそれをピンクのリボンで止めている。薄ピンクの上着と赤いプリーツスカートがとっても可愛い。ハイソックスはわたしと同じピンク、姉妹揃ってピンクが好きなのです。さすがは我が妹、ルックスのレベルは高い、わたし程じゃないけどね。
登校の時の待ち合わせ場所に、もう皆集まっていた。その中にわたしの大親友の向日葵ちゃんと百合ちゃんもいる。二人は幼稚園の頃からの付き合いだ。
「おはようございます、りこちゃん」
おしとやかな二条城百合ちゃん、とってもお金持ちのお嬢様。長いストレートの黒髪、長袖の上着とロングスカートはどっちも紺色で教会のシスターさんみたいにも見える。とっても大人し目な感じ。本当にいい子なんだけれど、すごく困った癖をもっている。
「いよう、りこ! 相変わらず妹を困らせてるんか」
「何それ、わたしがすごく駄目なお姉さんみたいじゃん」
「正にその通りだろ」
「酷いよ 向日葵ちゃん!」
伊菜向日葵ちゃんはいつも明るくて元気一杯の女の子、自慢の栗色の髪を後ろで二つに分けてゴム紐でまとめてる。わたしと同じような髪型なんだけれど、向日葵ちゃんの髪は短めだし硬くて癖があるせいで、習字の筆みたいな形になってる。着ているのは赤い上着にジーンズのジャケットと短パン、見るからに飛んだり跳ねたりが得意そうな女の子だ。
「もう、お姉ちゃんのせいでいつも時間ギリギリだよぉ」
くるみがぶつくさ言っていると、百合ちゃんが素早く反応する。
「それならば、わたくしの妹になりませんか? わたくしはりこちゃんのようにお馬鹿でルーズではありませんし、わたくしの妹になったあかつきには、毎日のようにくるみちゃんの大好きなご飯を食べさせて差し上げますわ」
百合ちゃんは顔を赤くして、息も荒くして、なんだか危ない感じで妹に迫っている。その上、何気に酷いことも言われてるし。
「おお! それはいいなぁ! 本当に百合さんの妹になろうかなぁ」
「では早速、今夜家に来てくださいな! 一緒にお風呂に入りましょう、背中を流して差し上げます。いえ、背中だけとは言わずに、全身くまなくじっくりと流して差し上げますわ~」
百合ちゃんは今にもよだれを垂らしそうなふやけた顔で言った。妹は危険を感じたらしくて、すごく微妙な顔をしている。
「……いえ、やっぱりいいです、遠慮します」
「そんなぁ、残念ですわ……」
百合ちゃんは妹に拒絶されて半泣きしていた。わたしと向日葵ちゃんはそれを見て苦い笑いを浮かべている。見慣れた光景とは言え、百合ちゃんの困った癖には開いた口が塞がらない。百合ちゃんは、可愛い女の子や綺麗なお姉さんが大好きなのです。名前も百合だし洒落になってない。百合ちゃんのお母さんは、百合ちゃんが生まれた時にこんな女の子になるって知っていたのかもしれない。
それからわたし達は、近所のお母さんに引率されて学校に向かった。わたしの家は学区内で遠いほうにあるから、学校まで歩いて二十分くらいかかる。登校の途中、わたし達は何度も上を見ていた。
「相変わらず目立つよな、あれ」
「うん、そうだねぇ、キンキラキンだねぇ」
キンキラキンの正体は、朝もニュースでやってた稲穂ゴールデンタワーだ。割と近くの山にS遊園地があって、そこの観覧車が見えるんだけれど、そこから少し離れた山の上に全体が金色っていう冗談みたいな鉄塔が立ってる。わたしが小学一年生の頃に工事が始まって、五年もかけた割に高さ一九九メートルっていう、凄いんだか凄くないんだか良く分からない謎の物が出来上がった。エレベーターも付いてて展望台もあるんだけど、あれが観光スポットになるのかとっても疑問です。金色だからすごく目立つし、天辺には何故か金色の優勝トロフィーみたいなのが付いててださいし。
「噂じゃ、宇宙人と交信するために建てたって話だぜ」
と向日葵ちゃんが言う。わたしはそんなのつまらないと思う。
「宇宙人じゃなくて、魔法の国と交信できたらいいのに」
「魔法の国って、お前は相変わらずだな」
「りこちゃんの夢は、小学五年生にもなって魔法少女になることですものね」
百合ちゃんの言い方に棘がある。わざわざ小学五年生なんて言わなくてもいいじゃん。
「別にいいでしょ! 魔法少女になるのが夢で何が悪いのよ!」
「悪いよ! いい加減に現実に目覚めてよ!」
「くるみの言う通りだぜ。小学五年生の夢が魔法少女なんて、親は呆れを通り越して絶望するよ」
「あまりに無残ですわ~」
くるみと向日葵ちゃんと百合ちゃんが順番に言う。負けるものか、もう三人にいじられるのなんて慣れてるんだから!
「これから何があるかなんて誰にも分からないよ! 謎の小動物が来て、わたしを魔法少女にしてくれるかもしれないでしょ!」
『ないない』
くるみと向日葵ちゃんと百合ちゃんが同時に手を振って言った。わたしの純粋な夢を分かってくれる人も味方もいない。これはちょっと悲しいかも。
その日もいつもと同じ一日だった。学校に行って勉強してお友達とお喋りして、居眠りして先生に怒られて、なんてつまらないんだろう。いつになった謎の小動物が来て、わたしを魔法少女にしてくれるのかな? そろそろ来てもいい頃だと思うんだけどな。
いつも百合ちゃんと向日葵ちゃんとわたしの三人で下校してる。わたしたちは幼稚園の頃からの付き合いだし、いつも一緒にいるのが当たり前になってる。周りの人たちからは姉妹みたいだねって言われているよ。
「今日も一日、平和だなぁ」と向日葵ちゃん。
わたしたちはいつも通る陸橋から下を流れる多摩川を見つめてる。川とか丸い石がたくさん転がってる岸とか近くにある運動場とかが見える。岸辺のサイクリングロードには、いつもランニングしてる人や自転車に乗ってる人がいる。
「今日は家でお茶をしませんか? お母様が美味しいケーキを買って下さったのです」
「やった~、百合ちゃん家でケーキだ!」わたしは万歳して喜ぶ。
「よし、早く行こうぜ!」
わたしが「行こう行こう」って言って歩き出したら、横の方で何か光った気がした。
「え?」
横向いたら、川岸のところにまん丸の光が現れてた。それが凄く見慣れてるもんだから、わたしは超びっくりした。
「あああ!!? あれ知ってる!!! 魔法円だよ、アニメで同じようなの何回も見たもん!!」
「ななな、なんじゃあれは!? かなりでかいぞ!!」
「まあ、綺麗なものですわね~」
向日葵ちゃんも超びっくりしてるけど、百合ちゃんは反応がちょっと変だ。とにかく、わたしはもう興奮が止まらない!!
「ついに来たんだよ! 魔法使いが、わたしをお迎えに!」
わたしが言ったら、魔法円から物凄く大きいものが飛び出してきた。それは魔法使いなんかじゃなかった。わたしたちは目をまん丸にして、空に舞い上がるそれを見つめる。
「空飛ぶ狼だ!?」
「違うよ、魔法界から来た一角獣だよ!!」
「空に舞う美しい乙女ですわ~」
百合ちゃんだけ変な事言ってる。乙女なんてあり得ない。一角獣の大きさは像の三倍くらいあるかも。灰色の毛並みに見た目は狼で大きな翼があって、目が赤くてユニコーンみたいな角が付いてる。
「おい、百合、乙女って何だよ!?」
思わず突っ込む向日葵ちゃん。百合ちゃんは何故か赤面して、目の前にご馳走でもあるみたいな物欲しそうな顔になってる。これは綺麗な女の人か、可愛い女の子を見る時の顔だ。
「確かに乙女ですわ、女神さまのように美しい人です。角の先にくっ付いてます」
えっと思って、目の前で円を描いて飛んでる一角獣をよくよく見ると、本当だ、角に人がくっついてる! 一角獣の飛ぶ勢いが凄いから、風でバタバタ泳ぐ旗みたいになっちゃってる。
「女の人なの? ここからじゃ全然分からないよ……」
「間違いなく美しい女性です」きっぱり言う百合ちゃん。
「百合は綺麗な女を見る時は視力が五倍くらいになるからな……」
百合ちゃんの変な特殊能力がちょっとだけ凄いと思った。その時、一角獣が頭をぶんって振ったら、角の先に付いてた人が上の方にふっ飛ばされちゃった。
「あー」って言ったわたしは、凄く間抜けな顔をしていたと思う。
一角獣がすごく高く上がって飛んで行っちゃうのかなと思ったら、急に降りてきてわたし達の目の前で地上に着地、その瞬間にものすごい音と衝撃があって、わたしたちは宙に浮いた。