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第六話 『終末』

火狭沙祈(ひさばさき)視点》


「つ、月守御散(つきもりみちる)……!?」


 通行人とぶつかって体勢を崩したかと思いきや、矩玖璃はそんな風に心底驚いた様子で声を上げた。何に対してそんなに驚いているのか、あたしにはよく分からなかった。一瞬だけ冥加の方も見てみたけど、その心境はどうやら今のあたしと大差なさそうに見えた。


 矩玖璃とぶつかった通行人は顔を俯けたまま黙っている。しかし、そんなことなどまるで気にしないで、矩玖璃は自分が思ったままのことを口に出し始めた。


「ひ、人違い、じゃないよね……? ほ、本当に本物の月守御散(つきもりみちる)……? 御散ちゃん……!?」

「矩玖璃、知り合い?」

「い、いや、知り合いとかそういうんじゃなくて、えーっと――」


 あ、そうだった、すっかり忘れてた。よく考えてみれば、あたしを含めて施設にいるみんなに知り合いなんているわけなかったんだった。元々、それぞれ友だちと呼べる人は一人もいなかったわけだし、ましてや施設に来てからかれこれ二年以上も経つ今、もし知り合いがいたとしてもその人はあたしたちのことを忘れていることだろう。


 矩玖璃の知り合いじゃないとすると、矩玖璃とこの人(男か女か分からない)の関係って何なんだろう。まぁ、そんなに興味もないけど、せっかくだから聞いておこうか。あたしがそんな風に考えていたとき、先に口を開いたのはまたしても矩玖璃だった。


「ほら、わたしが見に行きたいって言ってたコンサート、覚えてる? それに出演する予定の、とっっても有名な現役女子高校生アイドル、月守御散ちゃんだよ!」

「コンサート……あぁ、そういえばそんな話もあったような気がする」

「確かに、施設で話し合いをしたときやついさっきもそんな感じのことを言ってたな」


 アイドルとかコンサートとか、正直言ってあたしには縁もゆかりもない話だ。女子高校生にもなれば、今の矩玖璃みたいにそういうことに熱中したり遊んだりするのが一般的だっていう話を聞いたことがある。でも、どうしてもあたしはそういうことに興味が沸かない。そもそも、どこに惹かれるのか、その段階から理解できない。


 あたしは幼い頃からそういうことに近づかなかったし、近づこうともしなかった。加えて、施設に来るまで女友だちというものができたことがなかったことも関係しているのかもしれない。あたしの人生は今までも、そしてこれからも逸弛一色で染まっている。他の何かにうつつを抜かして、余計な斑紋を作るわけにはいかないのだ。


 あぁ、逸弛、今頃どうしてるかな……あたしとはぐれたからっていって、泣いたりしてなければいいんだけど……逸弛は普段はあんな感じだけど、本当は甘えん坊さんだし、あたしがいないと泣いちゃう男の子だから……とはいっても、その反動でなのか夜は積極的だし、あたしとしてはむしろそこに萌えるというか、ふふっ。


 って、何であたしはこんなことを考えていたんだっけ。まぁ、別にいいか、逸弛のことだし。逸弛のことなら、いつまでも考え続けられる。それほどまでに、あたしは逸弛のことを愛しているのだった。


 不意に、さっきからずっと俯いていた人(矩玖璃曰く、月守御散(つきもりみちる)という名前らしい)が顔を上げ、それまでフードとサングラスで隠れていた奥にある顔を覗かせた。


「い、いやー……あはは、参ったな……まさかこんな早くにバレちゃうなんて、思いもしませんでしたよ……」

「え!? それじゃあ、やっぱりあなたは御散ちゃんなの!? わたし、あなたの大ファンで――」

「あ、あの、すみません!」


 その人は矩玖璃の台詞を遮るかのように声を上げると、一瞬だけ黙り込んだ矩玖璃に静かに言った。


「……できれば、私がここにいるっていうことを他の人に知られないようにしては頂けませんか?」

「ん、うん? それはいいけど……って、そういえば、何でこんなところに御散ちゃんがいるの? 御散ちゃんが出演するコンサートは明日のはずじゃ――」

「えっと……はい、コンサート自体は明日なんですけど……今日はどうしても行かないといけない場所があって、こうして無断で外出しているんです。こんな変装をしているのも、私が月守御散(つきもりみちる)であることを悟られないようにするためなんです」

「あー、なるほどー」


 え、変装? 果たして、この人がサングラスをかけたりしているのは変装と呼べるのだろうか?


 何というか、あたしはそういうことに詳しくないから何とも言えないけど、少なくとも変装と呼べるものではないような気がする。この人の元々の素顔がどうなのかは知らないけど、たぶん今の状態と大差ないはずだ。あらかじめこの人のことを知っていた矩玖璃が近づいただけですぐに分かったように、よく知る人なら遠目に見てもすぐに分かってしまうことだろう。


 そう考えればそう考えるほど、この人が言う『変装』は随分と古典的なものだと思えてきた。何十年、何百年前の有名人が一般市民を装って街中を歩くアレに近いものを感じる。いや、あくまでテレビでそういうシーンが流れていたのを思い出したから言ってみたかっただけなんだけど。試しに心の中で言ってみたらあながち間違っていない気もしてきた。


 それはさておきとして、話を戻しまして、この人はどうしてそんな古典的な変装をしているんだろう。現代の変装技術はもっと進歩しているはずだし、ただサングラスをかけたり服装を変えるだけなんて方法は取らないはずだ。このあたしが深く考えることでもないような気がするけど、たぶん、急いで変装をする必要があったからこんなことになったんだろうということは想像に難くなかった。


 あたしと冥加を半ば置いてきぼりにしながら、矩玖璃とその人は話を続けていく。


「よし、分かったよ。御散ちゃんが外出してるっていうことはここにいる四人だけの秘密にしよう」

「ありがとうございます。えっと――」

「あ、わたしは海鉾矩玖璃(かいほこくくり)っていうの。んで、こっちが」

「自己紹介か? えっと、俺は冥加對(みょうがつい)だ、よろしくな」

「……火狭沙祈(ひさばさき)


 え、何で自己紹介する流れになってるの? というか、あたしはまだこの人がどういう人なのかまったく知らないんだけど。有名なアイドルらしいっていうのはさっき聞いたけど、それ以上のことはよく知らない。


 あたしがそんなことを考えている矢先、不意に嫌な視線を感じた。一瞬、その視線がどこから向けられているのか分からなかった。でも、それが月守御散(つきもりみちる)から向けられている負の感情が込められた視線だということを理解するのに、そう時間はかからなかった。


「火狭、沙祈……火狭……」

「御散ちゃん? どしたの?」

「……え? ……あ、いや、何でもないです」


 月守御散(つきもりみちる)は矩玖璃に話しかけられるとハッと我に返り、あたしに向けていた視線を解いた。あたしは彼女が何を思ってそんな視線をあたしに向けていたのか、結局のところ分からなかった。まぁ、気になったのなら本人に聞くのが一番手っ取り早いんだってことは分かっていたけど、ただでさえみんなとはぐれてゴタゴタしているのに、これ以上面倒事を増やすのも嫌なので聞かないでおいた。


 そんなことを考えつつ、今度はお返しとばかりにあたしの方から月守御散(つきもりみちる)へと視線を向けながら、矩玖璃と彼女の会話を聞き流すことにした。


「それで、その代わりって言ったらなんだけど……少しだけ、ほんの少しでいいから、わたしたちと一緒に街を回ってみない? お願い!」

「私と……ですか……?」

「一ファンとして過ぎるお願いをしてるのは分かってるけど、せっかくこうして会えたチャンスを逃すわけにはいかないっていうか……あ、ほら、その変装だとわたしたち以外の人たちにもすぐにバレちゃうと思うけど、わたしたちと一緒に行動していたらその心配も減るでしょ?」

「私の変装、そんなにバレバレでしたか……」


 変装が変装になってないっていう自覚、なかったのかな。


 深々と頭を下げ、手を合わせて月守御散(つきもりみちる)に頼み込む矩玖璃。その光景を見て、矩玖璃が月守御散(つきもりみちる)のことをファンとして相当の好意を抱いているのがよく分かった。


 とはいっても、あたしからしてみれば、矩玖璃がそこまでアイドルというものに興味を示していたとは知らなかったから、少し驚いたりしていた。たぶん、施設では一人でいることが多い故にテレビを見る時間が長くなって、そのせいでアイドルを見る機会が増えたせいでこうなったのだろうということは何となく予想できたけど。午言でも仮暮先生でも、相手なら作れそうなのに。


「えっと……すみません、お誘いは嬉しいのですが……実は私、少し急いでいるんです。さっきも言った通り、どうしても行かないといけない場所がありまして」

「えー……まぁ、そうだよね。ごめんね、無理なお願いしちゃって」

「い、いえ、お気になさらないで下さい」


 矩玖璃ががっくりと肩を落とし、その様子を見た月守御散(つきもりみちる)があたふたしながら慰めようとしている。テレビに出演するくらいのアイドルならそれなりに人付き合いも上手そうだけど、彼女はそうじゃないのだろうか。いや、ここまでの立ち振る舞いの全てが演技という可能性もあるけど。


 というか、あたし、ここまでほとんど喋ってないけど、もしかして存在忘れられてないかな?


「あ、そうだ。もうご存知かもしれませんけど、これから行く場所が決まっていないのでしたら、ぜひ足を運んだ方がいい場所をご紹介しましょうか?」

「これから行くアテはないけど……ぜひ足を運んだ方がいい場所って?」

「それはですね……」


 そして、月守御散(つきもりみちる)は小悪魔のような、不敵で不気味な笑みを浮かべて言った。ただし、その表情に僅かな嫌悪感を感じたのはあたしだけらしく、矩玖璃も冥加もそれには気づいていないみたいだった。


「世界終末時計って知ってますか?」


 その一言によって、物語はさらに複雑化していく。

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