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第五話 『襲撃』

木全遷杜(きまたせんど)視点》


 人混みを掻き分けながら、俺たち四人は例の研究所へと向かっていた。まったく、何で今日はこんなに人が多いんだ。さすがの俺でも、いい加減に疲れてきた。おそらく、俺以外の三人も疲れ始めている頃だろう。


 今、俺と行動を共にしているのは、地曳、土館妹、仮暮先生の三人だ。女三人の中に男一人というのは、正直言ってかなり気まずい。あの施設での生活もこんな感じではあるが、それとこれとでは色々と状況が違う。せめて冥加か水科でもいてくれれば、こんな思いをしなくて済んだのだが。


 本音を言ってしまえば、この場に霰華がいてくれたらどんなに助かるか。いや、助かるとか助からないとかそういうこと以前に、霰華が近くにいてくれるだけで心が落ち着く。それほどまでに、俺は霰華のことを好いていた。


 霰華とは、お互いが幼少期に出会っていたことを思い出し、お互いの想いを伝え合ってから、早半年以上が経過している。やっと意思疎通ができ、ようやく恋人になれたことは嬉しかった。無論、今では俺の唯一の生きがいと言っても過言ではない。


 ただ、その恋人関係に一切の進展がないということだけは、どうしても不満を感じざるをえない。


 一応、手を繋いだり、キスをしたことはあるが、どうにもそこから先に進める気配がない。というか、俺にその気はあるのだが、霰華の方にその気がないような印象を受ける。


 俺たちよりも遥か昔に恋人関係になっていた水科と火狭や、俺たちよりも少し前に恋人関係になった冥加と土館姉に比べてみても、その差は広がるばかりだ。もはや、その差が埋まるのは夢のまた夢だ。


 霰華が清く正しい年齢相応の付き合いをしようとしているのは分かる。霰華自身がそういう性格なのは重々理解しているし、それを理解した上で俺は彼女と恋人になろうと決めたのだから。


 だが、だからといって、いくらなんでもこの進展のなさは放っておけない。他の二つのカップルが肉体関係にまで進展しているにも関わらず、俺はまだ霰華の裸体を見たことがないどころか、胸とかそういう部分に触れたことすらない。


 俺だって、思春期真っ盛りの男子高校生だ。そういう欲望がないといえば嘘になるし、周りがアレな雰囲気になっていることも影響して、この我慢がいつまで続くのか心配でならない。自分で言うのも何だが、俺はそれなりの精神力を持っているつもりなので、奇行に走ることはないはずだ。


 一応弁解しておくが、以前に二回ほど、そういうことに関して話し合っておこうと思い、俺から霰華に話を持ちかけたことがある。ただ、一度目は俺が話した直後に霰華が硬直し、次の瞬間には顔を真っ赤にしてどこかに走り去っていってしまった。そして、二度目は一度目と同様の状況の後、話してから一週間くらい口を聞いてくれなかった。


 嫌われているわけではないだろうし、倦怠期が来るには早すぎると思うのだが、果たしてどうするべきか。冥加や水科にも相談を持ちかけたことがあるが、大した参考にならなかった。


 というか、その場の雰囲気でアレコレして、気づいたらそんな関係になっていたとか言われても、参考になるわけがない。俺と霰華の間に『その場の雰囲気』で『アレコレ』できる状況があっただろうか。いや、おそらくなかっただろうし、これ以降それが訪れるとは思えない。


 何はともあれ、俺は霰華と恋人関係になれたことについては満足しているが、その先に進めていない現実については満足できていないのだった。


 さて、俺はいったい、何の話をしていたのだろうか……まぁいい。


 仮暮先生が先頭を歩き、道案内をしている後ろについていきながらそんなことを考えていると、いつの間にか例の研究所に着いていた。俺自身、この研究所に来るのは今回が始めてだが、白を基調とした清潔感のある外観に、異様な雰囲気が漂う大きな建物を前にすれば、例の研究所なんだろうということは容易に想像できた。


 そういえば、仮暮先生は以前は科学者だったが、あるきっかけでその免許を剥奪され、それから教師の道に進んだと聞いている。それが具体的にいつの話なのか、科学者の頃は何を研究していたのかは一切聞かされていないが、それはさておきとして。今は科学者ではない仮暮先生が、この研究所に入ることなんてできるのだろうか。


 俺の心配をよそに、仮暮先生は見ているだけで暑くなってくる白衣のポケットから一枚のカードキーを取り出した。そして、研究所の玄関口でそれをスキャンさせると、そのドアがスライドして通り道を作った。どうやら、俺の心配は必要なかったらしい。


 この研究所に来て、一つだけ分かったことがある。それは、人が少ないということだ。


 具体的にどういうことかというと、ついさっきまで街中は大勢の人で溢れ返っていた。それなのに、この研究所の周辺ではそれほど大勢の人を見かけることはなかった。特に混雑している地域から離れたということも関係しているだろうが、やはり研究所は人通りの少ない場所に作られているということなのかもしれない。


 それはそうと、仮暮先生は土館妹の肉体を維持させている薬品を入手するためにこの研究所に来る必要があると言っていたが、どうして仮暮先生がそのことを知っているのだろうか。


 いや、土館妹が人造人間のような存在であることは、あの施設に住んでいる俺たちからすれば周知の事実であり、監督役として仮暮先生もそのことを知っていることは分かっている。俺が言いたいのは、仮暮先生は俺たちよりも前にそのことを知っていたような気がする、ということだ。具体的には、俺たちがあの施設に来るよりも前、つまり二年前の春よりももっと前から。


 もしかして、仮暮先生は土館妹を手術した医者と知り合いか何かなのだろうか。それで、そのときに作った薬品がこの研究所に残っていると知っていたから、この研究所に来る必要があると言ったのかもしれない。まさか、仮暮先生自身が土館妹を手術した張本人であるはずが……と思っていたが、その可能性がないとは言い切れない。


 以前、土館妹の体の事情について本人から聞かされた俺たちは、それ以来そのことについてあまり口にしないようにしてきた。俺も含めて、俺たちはそれぞれ思い出したくない過去を抱えている。だから、それを掘り返すわけにはいかないと考えたからだ。そのため、土館妹が手術を受けた時期も、それを行った人物も、一切聞かされていない。


 仮暮先生は現役時代は相当優秀な科学者だったという話だし、医学面に関しても秀でていた可能性がある。まぁ、これらはあくまで全てただの推測で、確証があるわけではない。それに、その真実を知ったところで、どうこうするわけでもない。忘れよう。


「何だか……異様な雰囲気がしますね……」

「確かに、さっきから人を見かけないからかもしれませんけど、嫌な感じがします」


 仮暮先生の呟きに地曳が答える。俺は二人の受け答えを聞いた後、ぐるっと研究所内を見回した。


 何メートルあるか分からない天井には、一応電灯が取り付けられているのが分かる。しかし、その電灯に明かりは点っておらず、見回した限りで全ての窓にカーテンのようなものが被せられていることも相まって、幅の広い通路全体が薄暗くなっている。


 研究所に入ってから約数分。俺たちは仮暮先生の後に続いて、研究所内を探索した。しかし、そのどこにも人っ子一人見当たらない。ここは本当に仮暮先生が言っていた研究所なのだろうか。俺たちはラビリンスにでも迷い込んでしまったのではないだろうか。何だかそんな風に思えてきた。


 俺にそんな風に思わせた原因の一つに、仮暮先生が言ったような異様な雰囲気が影響している。異様な雰囲気について説明を求められたら少々困る。ただ、この俺から一つ言えるとすればそれは、この先に見てはならないものがあるのではないかということだった。その正体が何なのか、このときの俺たちはまだ知る由もない。


 それから約十分間研究所内を探索したが、結局誰にも会うことなく、最初に来た入り口まで戻ってきてしまった。仮暮先生も途中からは当初の目的を忘れたのか、薬品を入手するよりも、この異様な雰囲気の正体を解明しようとしていた。まぁ、言うまでもなく、それが解明されることはなかったわけだが。


 各々が考え事をしていると、不意に仮暮先生が口を開いた。


「どうやら、今この研究所には私たち四人以外はいないようです。一週間前、私からあらかじめ、例の薬品を取りに来ると連絡しておいたはずですが、あちら側が日にちを間違ったのかもしれません。相変わらず連絡は取れませんし。ただ、薬品がどこに保存されているのかは知っているので、その部屋に行ってみようと思います。おそらく、戻ってくるまでに十分もかからないと思うので、みなさんはここで待っていて下さい」

「仮暮先生。念のため、俺もついていきます」

「え、そうですか? でも、重いものではありませんし……」

「いえ、そういうことじゃないんです。仮暮先生もさっき言っていたじゃないですか。異様な雰囲気がするって。さすがに大事にはならないと思いますけど、念には念を入れて、一人で行動しない方がいい。そう考えたんです」

「……それもそうですね。それでは、四人全員で行くことにしましょう。ただでさえ七人とはぐれているのに、ここで二組に分かれたら元も子もないですから」


 仮暮先生がそう締め括り、俺たち四人は再び研究所内を歩き進めることになった。


 それにしても、雰囲気だけで全てを判断するのは得策ではないが、どうしてもその感覚に頼ってしまう。そして、その嫌な感じが、歩き進めるごとに少しずつ増しているような気さえする。


 さっきは研究所の一階部分のみを探索したが、仮暮先生は迷うことなく階段を上って二階へと向かった。俺たち三人も、その後に続いた。


 研究所の外観からして最低でも二階以上はあると思っていたが、本当に二階以上があるのなら先に言ってほしかった。というか、俺たち以外で一階に誰もいなかったのは、研究員全員が二階以上にいたからとは考えなかったのだろうか。


 まったく、相変わらずこの先生はよく分からない人だ。そこら辺の大人たちと比べることがおこがましい行為に思えるほど頭は良いはずなのに、どこか抜けている。だからこそ、俺たちみたいな異常者の監督役を任されて、その上すぐに打ち解けることができたのだろう。そこまで歳が離れていないということもあるが、初めて会ったときから、みんなそれなりに親近感を持っていたらしいからな。


 二階に上がってからさらに歩き進むこと約一分。相変わらず人の気配がしない薄暗い研究所の中、不意に仮暮先生が足を止めた。そして、先ほどこの研究所に入る際にスキャンしていたカードキーを再び取り出し、今度は目の前にあるドアを開けるのに使った。


 仮暮先生がドアが開いた部屋の中に入り、それに続いて地曳と土館妹が順に部屋の中に入っていく。しかし、そんな三人の行動に反して、俺は別のことが気になり、部屋の中に入ろうとしなかった。


 三人が入っていった部屋から数えて、三部屋分離れた別の部屋のドアが中途半端に開いているように見える。さっき一階を歩き回ったときもそうだったが、二階に来てからも、あんな風にドアが開いていたことはなかった。加えて、仮暮先生の行動を見ても分かる通り、ドアを開けるにはカードキーが必要なはずだ。それなのに、何でそのドアだけは中途半端に開いているのか。


 俺はそれを確認しようと考えた。無論、俺たち四人以外に誰かがいるのであれば、それはそれで納得できるし、大した問題もなく一件落着できる。


「どこに行くんですか?」


 俺がその部屋に行こうと体の向きを変えると、背後から土館妹の声が聞こえてきた。俺が仮暮先生に続いてさっきの部屋に入ってこないことを不審に思って、その部屋から戻ってきたのだろう。


「いや、何でもない。ただ、少し気になることがあってな」

「気になること……それなら、ボクもついていきます」

「そうか」

「単独行動が危険って言ったのは、木全さんでしょ?」

「まぁな」


 正直、土館妹が俺について来ようと来まいとどちらでもよかった。今俺がいる二階には地曳と仮暮先生もいるし、単独行動ではあるが、はぐれるわけではない。というか、こんな人気のない場所で何かが起きるとは思えなかった。


 土館妹がついてきているかどうかを確認することなく、俺はその部屋へと向かった。そして、その部屋の前に立つと静かに扉を開けた。部屋の中は黒一色といっても差し支えないほど真っ暗であり、明かりを点けなければ何も見えない状態だった。


 部屋の内側、ドアのすぐ近くにあるであろうスイッチを手探りで見つけようとする。それらしいものが手に触れ、俺はそのスイッチを押した。天井にある電灯に明かりが点き、部屋全体が白く明るくなる。


 次の瞬間、俺と土館妹は、その部屋の中央に広がっている惨状に驚愕することになる。


「何だ……これは……」


 そこには、白衣を着た見ず知らずの男性が一人、見るに耐えない凄惨な状態で、真っ赤な鮮血を部屋中に撒き散らして死亡していた。

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