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第三話 『歓喜』

海鉾矩玖璃(かいほこくくり)視点》


 みんなとはぐれたことで、わたしは冥加くんや沙祈ちゃんと一緒にみんなを捜すことになった。自力で捜し出さないといけない理由は割愛させてもらうとして、さっきから冥加くんと沙祈ちゃんは真剣に考え込んでいるのが伺える。冥加くんは折言ちゃんのことが、沙祈ちゃんは水科くんのことが心配で、だからこそ一刻も早く見つけ出さないといけないと思っているのだろう。


 でも、本音を言ってしまうと、わたしはこのままでもいいんじゃないかって思ったりしている。みんなと合流するのは夜になってホテルに泊まるときでも遅くはないし、捜し人がおらず、意中の相手がすぐ傍にいるわたしからしてみれば、みんなを捜す理由もない。


 沙祈ちゃんが水科くん以外の人に興味を示すことは滅多にないし、ましてや冥加くんと沙祈ちゃんが二人きりで楽しげに談笑している光景なんて見たことがない。というか、想像できない。


 ということは、沙祈ちゃんはライバルとかそういう存在以前の問題というわけだ。ようは、沙祈ちゃんなど、敵ではない。それらから導き出される結論はズバリ、今わたしと冥加くんは二人きりに限りなく近い状況にあるということだ。


 ふふっ、わたしたちを捜しているみんなには申し訳ないけど、わたしだけはこの状況を楽しませてもらうことにしよう。これといってライバルがおらず、冥加くんの恋人である折言ちゃんがいない今こそ、冥加くんにアピールする絶好のチャンスに他ならない。


 一年くらい前に冥加くんが仲介者となってわたしと折言ちゃんが和解したこともあったけど、あれはあれ、これはこれだ。そもそも、折言ちゃんがわたしに冥加くんを勝ち取らせるチャンスをくれたわけだし、宣戦布告を受けてしまった以上、受けないわけにはいかない。


 だから、わたしはこのチャンスを生かして、絶対に冥加くんのハートを射抜くのだー!


「……海鉾、どうしたんだ?」

「にゃ……!?」


 不意に、冥加くんに顔を覗き込まれるようにして、そんな風に尋ねられた。あまりにも突然のことだったため、『にゃ』とか言っちゃった。うわぁ……鏡とか見てないのに、自分の顔がどんどん赤く火照っていくのが分かる……恥ずかしい……。


「にゃ、にゃんでもないよ!?」

「……そうか? それにしては、普段と口調が違う気が――」

「気のせいだよ! いや、気のせいじゃないわけがないわけがないわけがなななないよ!」

「……えっ?」


 うわああああ! 慌て過ぎたとはいえ、わたしはいったい何を言っているんだああああ! 何かもう色々と言い間違い過ぎて、自分でも何を言いたかったのか分からなくなっちゃったよおおおお! ほら、冥加くんの頭上にも『?』が大量にあるしいいいい!


 落ち着け、落ち着けわたし。とにもかくにも、予期せぬラッキーが舞い降りた以上、このチャンスを生かさないわけにはいかないのは前述した通り。でも、それを二人に……特に冥加くんに悟らせるわけにはいかない。


 このわたしが意図的に今の状況を作り出したわけじゃないけど、少しでもそんな風に思われるのは嫌だし、やっぱり冥加くんには嫌われたくないからね。まぁ、たとえこのわたしが意図的に今の状況を作り出していても、冥加くんはわたしを嫌いになったりはしないだろう。


 何となく、前にもそんなことがあったような気がして、そう思えた。


 そもそも、わたしがみんなに便乗して街に行きたいって言ったのは、冥加くんと二人きりの時間を作りたかったという思いがあったからだし。もちろん、月守御散(つきもりみちる)ちゃんのコンサートに行きたいっていうのも本音だけど、真の目的はそれじゃない。


 だってさ、施設だとさ、みんなの目があるじゃん? というか、施設では冥加くんは恋人の折言ちゃんといつもずっと一緒だし、いざ一人になったところに声をかけようと思っても、赴稀ちゃんとか午言ちゃんとかが先に声をかけちゃうし。何だか、ここ最近、冥加くんとまともに話した記憶がない。


 うがー! 赴稀ちゃんは葵聖ちゃんとレズレズしておきなさい! 午言ちゃんは冥加くんじゃなくて、実姉の折言ちゃんと遊んでなさい! そしてわたしに、冥加くんと話す時間を頂戴!


 ……今、ふと思いついちゃったんだけど、もしかして、わたしって冥加くんの眼中にない? いや、でも、そんなはずは……ほら、冥加くんが好きな女の子のタイプは折言ちゃんみたいな子だっていうのは知ってるけど、それなら、同じくらい胸が大きいわたしだって……もしや、胸の大きさだけじゃない……?


  顔……顔か!? だけど、実はこんなわたしだって『可愛い』とか言われたことがあるし(もちろん顔について)、みんなには内緒にしていたけど同級生から告白されたこともあるし(もちろん断ったけど)、自分で鏡を見てみても、そこまで悪いようには思えない。むしろ、上中下上中下の六段階評価なら上の下から上の中くらいには入ってくれるはず。


 胸の大きさは関係なくて、顔が問題なわけじゃないのが分かったとして、あとは何だろう。冥加くんのことを好きになってからずっと、わたしは冥加くんのことを知るために施設中に監視カメラと盗聴器を仕掛け、少しでも冥加くんが理想とする女の子になろうとしてきたのに――、


 あれ、もしかして、それが原因? わたしが冥加くんにストーカーまがいのことをしていることが? そういえば、監視カメラや盗聴器を仕掛ける度、次の日の朝にはそれらが全て外されてわたしの部屋の前に置かれているのは、そのせい?


 …………少し頭を冷やして、冷静になろう。うん、そうしよう。きっと、暑さのせいで元から何本か外れている頭のネジがさらに何本か飛んで行っちゃったんだ。世の中には頭のネジは足りているのに建造に失敗したっていう人もいるらしいし、そういうことにしておこう。


 心の中で水浴びを済ませると、少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。すると、不意に冥加くんがわたしと沙祈ちゃんに聞いてきた。


「さて、これからどこに行こうか。二人はどこか行きたい場所はあるか?」

「みんなを捜すって、さっき冥加自身が言ってたじゃない」

「あー、いや、とりあえず、一旦はみんなを捜すのは諦めようと思う」

「え、どうして?」

「もちろん、みんなを捜し出して合流したいのは山々だ。でも、連絡が取れない状況で、街中がこんな状態だ。そう簡単に見つけられるとも思えない。だったら、できる限り広範囲に渡って行動して、自然に合流できるのを待った方がいいんじゃないかって考えたんだ。きっと、みんなもそうしているだろうし」

「なるほど……わたしは冥加くんの意見に賛成だね。沙祈ちゃんは?」

「まぁ……必死に捜し回るよりは、自由行動を楽しむ方がいいっていう理屈は分かるけど……」

「んじゃ、決定! レッツゴー!」

「ちょ、ちょっと待っ――」


 よしよし、予定よりも遥かに順調に事が進んでいる気がする。冥加くんがみんなを捜すのを諦めて楽しむことを優先しようみたいなことを言ってくれた以上、わたしが冥加くんとのひと時のみを楽しもうとしている事実が悟られる可能性は低くなった。


 あとは、適当に冥加くんの腕に抱き付いて、胸を押し当てて、少しずつ誘惑していけば……ふふっ。


「二人に賛成してもらえたところで、改めまして。二人はどこか行きたい場所はあるか?」

「あたしは逸弛とデートをしに来ただけだから、今は特別行きたい場所はないわ。この場に逸弛がいれば、何件も行きたいお店があったんだけど」

「海鉾は――」

「わたしは冥加くんが行きたい場所に行きたいなっ!」


 わたしは冥加くんの腕に抱き付こうとしながら、満面の笑みでそう言った。


 しかし、冥加くんの腕に抱き付く直前、不意に冥加くんの体の向きが少し変わったことでそれは失敗した。おぉう、無念なり。再挑戦には勇気のチャージが必要なため、しばらくはできそうにない。


「そ、そうか。俺も火狭同様に特別行きたい場所はなかったんだけど……あ、そうだ。海鉾、確かコンサートを見に行くって言ってたよな? そのライブ会場に行ってみるっていうのはどうだ?」

「別に行ってみてもいいけど、わたしのお目当てのアイドルが出演するのは明日だよ?」

「え、そうなのか?」

「うん。ライブ会場っていうのはここから西の方にある野外音楽堂のことなんだけど、結構な人数が入れるようになってるんだよ。それでほら、今は夏休みだからってことで、今回のコンサートは何十組ものアーティストが参加している大型のものに仕上がってるんだよ。そういうこともあって、コンサート自体は一週間くらい続くみたいだよ」

「そのうち、海鉾が行く予定なのは明日ってことか」

「そうそう。まぁ、もしかすると特別ゲストとかで明日以外の日も出演してるかもしれないけど、そっちはあんまり興味ないかな。わたしは最初の目的に向かって突っ走ることしかできないからね!」


 冥加くんを追いかけるみたいに! 冥加くんを追いかけるみたいに!!


「今ふと思ったんだけど、辺り一帯が大勢の人でごった返しているのって――」

「たぶん、一昨日から始まってるコンサートのせいだと思うよ」

「やっぱりそうだよな」

「でも、それにしては、妙に混雑し過ぎてる気がするんだよね。ライブ以外にも、何かビッグなイベントでもあったのかな?」

「そういえば、リニア新幹線に乗ってるとき、近くの席に座っていた人がそれっぽいことを話していたような、話していなかったような」

「どっちやねん」


 おっと、うっかり妙な言葉を口走ってしまった。


 それはさておきとして、この人混みの大きな原因が例のコンサートのせいだというのは間違いないと思う。出演者数も観客収容数も破格の今回のコンサートでは、そうなっても不思議じゃない。むしろ、それくらいの活気があった方がいいくらいだ。まぁ、結果的にそれがわたしの思惑を手助けする形になったんだけどね。


 でも、やっぱり人が多過ぎる気がする。コンサートは一昨日から一週間、早朝から日が沈む時間帯まで行われるから、観客がそれぞれお目当てのアーティストが出演する時間帯直前に来るのは分かるし、一日中人通りが収まることを知らないのも何となく分かる。


 そういうことを踏まえても、やっぱり人が多過ぎる気がする。沙祈ちゃんが聞いたという、『リニア新幹線に乗ってるとき、近くの席の人がそれっぽいことを話していた』っていうのは何のことなんだろう。ネットで適当に検索したら出てくると思うけど、それはあとでにしておこう。


 今は、冥加くんとのひと時を楽しむ――、


「あっ……」


 不意に人混みの中から背中を押され、思わずわたしは体勢を崩しかけた。咄嗟の判断で冥加くんの腕を掴んだから尻餅をつくことはなかったけど、びっくりした。冥加くんに助けを求めるかのように抱きつきながら、わたしはわたしの背中を押した犯人の姿を一応確認しておくことにした。


 振り返ってみるとそこには、こんなに日が照っていて暑いというのに長袖長ズボンを着ていることに加えて、帽子を被ってサングラスをかけているという、どこからどう見ても怪しい人が尻餅をついていた。


 その人が目まぐるしく歩き去っていく人たちに蹴られたりしている姿を見て、ぶつかられた側のわたしの方が申し訳ない気持ちになってきた。わたしは冥加くんの左腕に抱きつきながら、その人に左手を差し出した。


「あの、大丈夫ですか?」

「す、すみません……」


 可愛らしい女の子の声だった……というか、この声どこかで聞いたことがあるような気がする。


 相手が女の子だということを知ったわたしが一安心していると、その女の子は差し出したわたしの左手を掴んで立ち上がろうとした。


 その女の子に手を握られた瞬間、今まで経験したことがない感覚がわたしを襲った。不快感だとか嫌悪感だとか、そういうものとはまったく違う。むしろ正反対の、快感とも呼べる何か。つまり、それほどまでにその女の子の手は滑々であり、触り心地の良いものだった。


 こんな感覚、今までで初めてだ。今は俯いていて顔が見えないけど、さぞかし可愛い女の子なんだろう。そんなことを思いつつ、わたしはその女の子の顔を覗き込み、サングラスの先にある顔を確認した。


「あれ、あなたはもしかして……」


 腰くらいまである美しい銀髪、日焼けを知らない真っ白の素肌、純粋無垢な瞳。そこに、さっき聞こえた可愛らしい声と、一瞬で快感を得られる滑々の手。


 たぶん、間違いない。


「つ、月守御散(つきもりみちる)……!?」


 わたしの手を握り、わたしの目の前に立っている女の子は、例のコンサートでわたしのお目当てのアーティストである、月守御散(つきもりみちる)という人気アイドルに他ならなかった。

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