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前後篇、でございます。

アドレア川


 これはある手記に記されていることである。

 この手記をしたためたのはある吟遊詩人だった。

 アドレア川には異国情緒あふれる行商人がたまに川を下ってやってくる。

 その船は舳先に奇妙な怪獣が彫り込まれ。その形も通常の船よりやや細身だ。

 絹でできた帯を頭に巻き。そこに鳥の羽や動物の毛皮。きらきらと光る頸飾りをつけた屈強な男たちが、見慣れぬ物品を扱っている。

 見たこともない色鮮やかな衣装をまとった女達が、一言すら聞き取れない不思議な歌を歌っている。

 商人たちは金を使わない。物品と物品を交換する物々交換で取引をする。

 彼らは川上からやってきて再び川上へと帰っていく。

 かつてその吟遊詩人はアドレア川を訪れる異国の船に乗り込んだのだそうだ。

 手記にはこう記されている。


 私はある土地に行く用があった。その土地は自分の頭の地図を思い起こせばアドレア川の上流にあたるはずだと思い至る。

 そして、川上へと進むあの商人たちの船が目に入った。

 船を使えば馬を駆るより早く楽に目的地に行きつくことができる。

 商人の中には言葉のわからないものも多いが、幸い船長は言葉が通じるので、少々無理を言って頼みこんだ。

 幸いあっさりと了承された。

 私は、商売道具のジタールを片手に船に乗り込んだ。

 船賃の代償は私の歌だ。数時間ごとに私が歌えば、彼らは手をたたいて喜んだ。

 どうやら私の歌は彼らにとってとても珍しいものらしい。

 彼らが故郷から持ってきたと思しい荷物が着々と減り、新たに見慣れた物品がいささか脈絡もなく積み上げられる。

 食べ物や織物、小物など、周囲の店で普通に売っているものだが、こんなものを仕入れて商売になるのだろうか。

 そんなことを思いつつ、私は船に身体を落ち着かせた。


 船は帆を張って風を受け、川上へと登っていく。

 見慣れた町の風景も、視点が変わればまるで新しい街を見ているようだ。

 しばらく行けば、川は山間の渓谷の中へとはいっていく。

 この川に沿って進む道は山を大きく迂回するように作られている。だから私の計算では川を船で行けば、通常の数分の一の日数で目的地に着けるはずだ。

 私は時折、ジタールの胴を抱え小曲をつま弾いた。

 若い娘が物珍しげにジタールを見ている。

 ジタールは胴と棹からなる楽器だ。言うまでもなく珍しくもなんともない。

 吟遊詩人の中には異国の奇抜な楽器を奏でるものも多いが、ジタールはほとんどの吟遊詩人が抱えているものだ。

 娘は、長い髪をなびかせて、歌い始めた。

 曲は先ほど私が引いた小曲。しかし、歌詞はひと言たりとも聞き取ることができなかった。

 船は静々と進む。不思議なことに、川というものは川上に進めば進むほど、細くなるものだが、この川はまったくそうしたことはなかった。

 船べりから川の中を覗き込めば、見慣れた魚が泳いでいるのが見える。町でも、食卓によく供される魚だ。

 木々の醸し出すさわやかな空気を私は胸いっぱいに吸い込んだ。

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