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黄昏の世界で黄金の蝶は夢を見る

 


 つっまらない、本当につっまらない。

 どいつもこいつも私を殺しに来て馬鹿みたいだぁ!

 シャルロットは宣言する、上層に位置する敵の一団を吹き飛ばし叫び散らす。


「おーいシャルゥー」

「うっさい!お前もだまれ!」


 目の前に現れた少年すら頭を叩いて踏みつける


「うぐぁ!やめろやめろ!」

「やめない!ストレスが溜まってるんだぁ!晴らさせろ!」


 彼女が怒っているのも無理はない、今日を入れて一週間も何処の誰かもしれない勢力に追い掛け回されているのだ。

 手に汗握って激情のまま、今日まで生き延びてきたのだ。


「ふんっ!いくよぉ!ボンクラのゴミクズ」

「おお、付いて行くよ」


 そうやって黒髪黒目の平凡そうな少年をつれて歩く金髪碧眼の少女がどこかに歩いていく。



 廃屋についた、そこで少年を縛り付けると軽い拷問に近い事をしてイビリ倒す。


「うがぁ!!!うぃだああああああああああああ」

「はっははははっはぁ!!!愉快だわ、本当にその顔は愉快!もっと楽しませなさい!」


 彼女は悦に入った表情で少年を擽り倒す、それはもう痛いレベルで少年は泣き叫びながら痙攣を繰り返す。


「ふっふ、今日はもう楽しんだわ、ほれ、開放してあげる」

「うがぁは、はぁはぁ」


 少年は虫の息である、既に事切れる寸前かもしれないが、全く彼女は労わる風がない、至極どうでもよさげだ。

 テレビを付けて、ニュース番組を眺める。


「ちぃ!まったく使えない番組ばっか、面白さの欠片もないゴミの様な娯楽して転がってないわね」

 

 少年が仰向けでピクンピクンしている、まさにその真横で赤のワインを傾けながら悪い口をペラペラさせる。


「ちょっとぉ、貴方、さっさと復活してよ、遊びましょうよ」

「、、、、むぅ、、、、りぃ、、、、、だ」

「はぁ、ほんと使えない、つまらない癖に面倒事だけは山のように転がっている、もうホント死のうかしら」


 世を儚んだ老女のように、彼女は憂鬱な表情で呟くのだった。




 ある世界が終る、かもしれなかった、それは数日前のこと。


 超科学世界は追い詰められていた、首都アトランティックまで電撃的強襲で攻め込まれているのだ。

 ここを抜かれたら、既にアトランティックには何もなくなる。

 逆に言えばここさえ守り抜けば、無限に進撃を繰り返し全てを取り返せる、それだけの全てが揃っている。


 しかし、今現在を守り通し、都市内部の生産施設をフル稼働させ全ての領域を取り戻させなければ終るだけだ。

 そんな訳でその世界は最終決戦の前日、何か町全体、都市全体が静寂につつまれ嵐の前の静けさを呈していた。


「なにここ、こんなに辛気臭い場所だった? ほんと詰まんない、つかえない町」

「シャル、そんな風に物事言っちゃだめだよ、たまたま今日がそういう日なのかもしれないし」

「うっさい、餓鬼をあやすような口利くな、ころされたいか!」


 そういって少年をサッカボールのように蹴飛ばす、少年は蹴飛ばされた勢いで前のめりに倒れてしまう。


「ふん、雑魚が、屑以下のゴミね、貴方は」

「うわいでぇー、何するんだい、そんなに悪いこと言ったかな~?」

「ああゴミが喋ってるわ、へえ珍しいモノもいるのか面白い、やっぱりちゃんと息の根止めてやらないとな」


 そして少年に近づきマウントポジション。さてどう料理してやるかと拳を握って、震える少年を美味しそうに見つめる少女。

 

 しかし、その少女にとって甘美な時間は中断された、町の中が一斉に騒がしくなったからだ。


「なになに、せっかく面白いショウの始まりだったのに」

「た、たすかった、、」

「は?なに安心してんの? 後で廃屋で続きするし、寸止めされた分の怒り上乗せですから」

 

 少年は絶望の表情をする、少女はお気に入りのそれを観察できてニッコリ、どうもこの二人は仲が良いのか悪いのかわからない。


 そんな夫婦漫才っぽいナニかを展開させながらも、町は沸騰し次々街路を軍服や物々しい格好の戦士が溢れかえる。


「うっわ、人口密度高!バチカンなんですかぁ!ここわ」

「うぅ~、多分何か非常事態なんだよ、僕達も逃げたほうが、、」

「はぁ?なに詰まらない事言ってるの?ありえないっしょ?何が起きるのか確認でしょ」


 そう言い捨てるように言うと、勝手に少年の腕を片方掴んで警察が連行するように乱暴に街路を連れまわす。

 彼女の向かっている先は、この街路を突き進む都市中心、アトランティックの最強にして最終防衛線、超大規模要塞群。

 全長120km、ほとんど都市の中央部を占領している形で構成される、視界に比喩でなく広がるそれら無機物の集合体に彼女は一切の恐れもなく近づいていく。


 第一の巨大な検問らしきところに付く。


「ほれ、コレ見せれば中に入れるんでしょ?早く通せ、断れば無理にでも突破するよ」


 そんな一言とともに、水戸黄門の印籠よろしく何かのパスポートらしきものを提示する。


「しゃ!シャルロット副総帥!!!どうぞ!!お通りください!戦時ですので貴方の力を総帥も期待しているでしょう!」


 そんな門番の慌てた声に全く耳を貸さないどころか、既に喧騒の一つくらいにしか思ってないのかそのまま門を越える。

 その後は全ての門で同様に近い、畏敬も多分に交じったあいさつをされながら彼女は中央の巨大な門までたどり着いた。


「さて、貴方、ここで待ってる ?それとも私とともに来る? 答えによっては私がキレるけど」

「も、もちろん!行くよ!僕はシャルとなら何処にでも、何処までも行きたいんだ!」


 そんな少年の忠誠の宣言に多少気を良くしたのか、少女は少年の頬っぺたを思いっきり叩いてそれに答える。


「痛すぎる、貴方はもっと慎みを持つべきだわ、、、まあその事は後であなたの体に刻むとして、行くわよ」


 そんな自己の全てを棚に上げた言も、少年にとっては日常茶飯事のようで、もう何も言わない蝋人形のように少年は歩く機械と化していた。

 



 内部空間は外部よりも物々しくはなかった、宇宙戦艦の通路に近い、どこまでも鋭角的な雰囲気が支配する研究所のようだ。


「はあ、いつ来ても息の詰まる場所、生物災害でも起こりそうな胡散臭い研究所だわ」

「あれ?ここって研究所なの?」

「どうでもいいでしょ、貴方は頭空っぽにして私の気を引いたり媚びへつらってればいいの、うるさいと大脳取り出すよ」


 そんなブラックジョークにならない怖い事を言う彼女に、少年はビクビクして涙目になる。

 またも少年が少女の一言一言に怯えてくれるので、どうやらそういうのが嬉しいらしい少女は少年をなでなでしつつ歩くという奇特な事をしだした。


「うぅ、シャル?今日は機嫌がいいの?」

「うん?悪いわよ、良いわけないでしょ?私って常にどんな時でも不機嫌がモットーですから」

「はぁ、ちょっと僕には分からないかも」

 

 少女の虚言癖は何時もの事、いちいち深いモノを読み取ろうとするのは無駄でしかない、少年の判断は至極正しい。

 しかしそんな少年の態度を、この意地悪に過ぎる彼女は許さないのだった。



「なんで?わたしの全てを理解してくれるんじゃなかったの?あれは嘘でしたかぁ?裏切りには最大の罰で答えるけど?」

 

 そんな感じで剣呑な声と瞳を向けてくるものだから、可哀想に少年は失禁してしまうほど震え上がってしまう。


「あらあら、そんなに震えてどうしたの、まさかとは思うけど、わたしが怖いの?」


 この質問は、答えを間違えれば確実にゲームオーバ、それもデッドエンドになる類の質問だ。少年はそれを一瞬で察した。


「僕は、僕はシャルの事が好きだ、だから怖いなんて思わない!ぜったいに!」


 少年の純粋な好意、しかしそんなモノは食べ飽きた風情の少女は、飽きたモノを見る目でそんな茶番いらないといった感じだ。

 

「だから?それで?わたしが満たされると勘違いでもしてるの?めざわり、すっごくめざわり、偽善者にしかなれない無力の分際で何様?」

「ぼ、僕は、ただ、」



 と少年が何も言えず押し黙ってしまうと、目の前に誰かが走り込むように現れた。


「シャルロット殿!よいところに!是非とも力をお貸ししていただきたい!この国は存亡の危機に瀕している」

「ああ、委細了解している、そしてわたしのやるべき事もな、もちろん見返りは要求するが異存はないだろうな?」

「当たり前だ、貴方がこれまでどれ程過剰な利益をわが国に与えてくれたのか!他ならない私が保証する!」

 

 少女はならばいいとだけ言うと、少年を連れて彼の後を早歩き、でなく走るくらいの勢いで通路を闊歩する。


「シャル、これからどうなるの?」

「多くの人間が死ぬでしょうね、とても面白い、そうでなくては何もかも真剣にはなれない、戦争こそが最高の悦楽、ふっふっふはぁーっはっはっは!!!」


 少女がこの先の結末を予測し盛大に高笑いをする、それを横で見つめる少年の目はもちろん虚ろだ。


「これからはもっとこの世界は楽しくなる、四つの勢力がしっかりとその基盤を整えて均衡した戦いを起せば、世界はより強者だけが生き残る洗練されたモノになるのよ」


 少女が今まで胸に秘めていた夢の理想を語る、世界を構築種族だけにまとめ上げ、修羅の道を邁進したい、その彼女の本質だ。



「くだらない、くだらないよ!そんなの!いくらなんでも、例えシャルの願いだったとしてもくだらなすぎるよ!そんなの!」


 少年の、これまたいつも通りの反論、絶対に相容れないその点だけは致命的に乖離していた、認められないのだそのような考えは。

 善良すぎるわけではない、人として至極当然の考えだ。

 彼女の方が異端で邪道、ゲーム脳の末期的症状を併発した中二病の極地を恥ずかしげもなく邁進しているから、そのような当たり前の事にも気づかず気にせず、自己の悦楽の為だけに生きるのだ。

 

「別にいいでしょうがぁ!策謀を巡らしてたら勝手に世界がそうなった、ただそれだけの事。それより何だぁその口の聞き方は、お前が先に死ぬかぁ?弱者の癖に生きられてるのは誰のお陰だと思ってるんだぁ!」


 しかしそれゆえ何物よりも、そして誰よりも強い。

 最初から本質的に強者だった彼女は世界の全てを利用するものとしか思えないのだ、一切の感情を挟まず、感情すら考慮に入れて全てを計算する事が出来る。

 感謝も感情移入の念も一切ない、底無しで抜けているだけの欲望を抱え続けている、そこには自分の感情しか詰め込めないのだから当然満たされるものでもない。


「くっ!!きっとシャルは後悔するんだぁ!!自分のやった事に対する罪の意識で!僕はそんな君を見たくないんだぁ!!」


 少年の声はどこまでも悲痛だ、きっと全て本心で語っても届かないと分かりきっている、だが言わずにはいられないのだ。

 あまりに、そうあまりにも彼女が可哀想だからだ、そのような生き方しかできない、そんな唯一の道に追い詰められて可能性がゼロになり、その最後の果てに未来の全くない絶望に染まって、邪悪に魔性に生きるしかない魔的な彼女が。


「あなたに、わたしの何がわかるの?私の一割もその脳髄で理解も感情移入も出来ない使えない木偶の坊の癖に、ホント生意気、わたしの感情を1%でも動かせると思っているの?くっだらない、見ていて笑えるくらいだわ」


 そう話す間にも目的の場所は近づいてきた、この大規模要塞の最上階から都市周辺が全て見渡せる広大なテラスだ。


「だいたいね、わたしが手を貸さなければ、確実に一つの世界が、その内に内包される文化も生命も永遠に失われるの、歴史が破壊されるの。そんな娯楽を著しくそこなう破滅的な戦争、私が望む理想の形ではないの、だから阻止する、その結果私の利益も拡大するし、おまけに戦争も大きくなるってだけのこと。私悪いことしてないでしょ、貴方ムカつくわ、こういう全体像を眺めず、私がなんか悪い事してるっぽいからって子供みたいに怒って泣いて、変に私の調子を狂わす、マジで後で調教しまくって私への愛を増大させてやるんだからぁ」


 その言を最後に、彼女はテラスから眼下に広がる景色に目をやる。

 そこには決戦を前に集まる兵士達、彼ら全ての視線は比喩でなく全て彼女の方を向いている。


「今回、貴方達に施すのは神の慈悲ではない、これより来る世界の終焉に立ち向かう為の更に辛い試練の道。それでも明日を望むのなら、

わたし自らが神の絶対の意志に反してでも貴方達を生かす!今日の全てを神への絶対の反攻の狼煙として心に刻みなさい!」


 そして彼女は、世界が軋みを上げて、何か世界のコトワリを改竄するかのような、歪に過ぎるが美しい、そんな歌を歌い出した。


 その効果は直ぐに現れた、全ての魔術師の魔力が格段に上がり、中には根本的な覚醒やクラスアップをする者までいる。

 その他の魔道具にも最大級の加護がつき、科学兵器を運用する普通の人間の精神も最大限活性化され強化された。


「ふっふ、精々わたしの為に闘いなさい、その血が新たな世界と真理の扉を開ける最大級の原動力になるのだから」

「やっぱり悪巧みしてるじゃないかぁ!」


 少年が非難の声を上げるが聞く耳持たない、もう用は済んだとテラスから姿をなくし、通路を戻っていく彼女。


「なんとか言ったらどうなんだぁ!さっきのはなんなんだぁ!」

「もう!うっさいうっさい!私が楽しんでるのがそんなに疎いの?もうなんなのよ!やる事成すことうだうだ文句たれて!ちょっとは見守るって事もしてみれば?!」

 

 後ろを首だけ振り向けて、言い放つように言う彼女、少年は肩を怒らせてツカツカ歩み寄ると、彼女と向き合う。


「なによ!あんたなんて後で私に超絶に泣かされて惨めが確定してるゴミ屑の癖に!なにを男っぽくカッコいい所見せつけようとしてるの?今までどれだけカッコ悪いところ、私に見られてるか忘れた?下らない茶番だったらやめなさいよ」


 ちょっと少年の圧力に怯みっぽいモノを晒す彼女、少年はそんな風袋を確認しながらも、もう足がもたないのかその場でペタンと座り込んでしまった。

 それを何かの好機ととったか、途端彼女は座り込んだ少年を蹴り飛ばすように連打する。

 

「なによなによ!意気地なしで私になんの益も与えられない弱虫の分際で!よくもよくも!私を一時でも圧してくれたわね!このこの!」


 つま先を盛大に鳩尾に叩き込むように捻りいれる、少年はあまりの激痛に飛び上がってそのまま一時動かなくなった。



「ぐがぁ!!この悪女!!鬼畜!!なんて事してくれたんだぁ!もう許さない!!もう絶交だぁ!!もうシャルなんて嫌いだぁ!!!」


 少年はその場で即座に復活すると、言葉とは裏腹に彼女の方にチラチラ目線をやりながら、なかなかその場を立ち去らない。


「ん?なによぉ?さっさと去れば? 絶交結構、私も貴方のようなゴミクズ畜生とかかずらわないで済むと思うと清清するわ、もう嫌いなんでしょ? もう行っちゃいなさいよ」


 少女は少年の態度に物凄いアドバンテージを見出したようだ、挑発系のサディスティックな瞳を復活させ煽るような口上を立てる。


「な、なんだ、本当に僕は怒って怒って、もうヤになったんだぞぉ!」

「で? どうするんだっけ? ああ、さっき聞いていたわね私と絶交、うんいいわよ、私の方は貴方に未練もなにも一向にないし、それでいいんでしょう?」


 そんな酷い事を言われたので、案の定少年は涙を流して体全体震わせ捨てられた犬のような顔を晒す、惨めなことこの上ない。

 おまけに手汗を掻いて、体中が心底熱くなったり冷えたりして発熱と発汗が止まらず、気持ち悪くなったのか目をその場でぐるぐる回してしまう。

 

「うぅ、、、うぅぐすぅはぁはぁは、うぅううん、ぐす、、、やだぁ!!」

「なにがぁ?言葉にしてくれないと、わたしわかんないんだけどぉ?」

「シャルと離れるのなんてやだよぉ!!どんなに君が変な事してても傍にいたいんだよぉ!!」


 またも恥ずかしげもなく痛い台詞を絶叫に近い形で宣言、もとい既に告白をしている事に本人は気づいていない、完全な天然でここまでする少年はある意味見上げたものである。

 そんな少年にご褒美を与えるかのように、少女はツカツカする足音を立てながら接近、頬をこれまでにない程に叩き倒す。


「うざいのよ!目障りだからそういうのやめて!私と恋愛でもしたいの?いやなんだけど!汚らわしい!そういうのわたし嫌い!恋愛とか好きだとか愛だとか!そういうの全般大っ嫌い!絶対に誰ともそんな風になるつもりないし!うざいだけだからそういうのこれから一生禁止だからぁ!いい!!??」


 潔癖で完璧完全主義者の彼女は、自分も含めて不完全な人間が大嫌いだ、みんな嫌いなのだ。

 だからこういう風な恋愛価値観みたいなものを歪に持ち、例え少年がなに言おうが絶対に心ときめかせない、彼女の心を真に溶かせるのは戦場での熱い抱擁だけなのだ。

 少なくとも彼女はそんな風で常にありたいと願う、だから少年のそういう発言は自分を否定されてるようで拒絶反応に近い生理的嫌悪を催すのだ。


「わ、わかったよ、うぅ、シャルぅ、、」


 少年は惨めが過ぎた、そこで視界に映るそんな少年に今さら気づいたかのように、少女は喜びに近い表情で機嫌良さそうに近寄ってきた。


「やっぱ貴方はペットにするには適格、なんかそういう風に変になってるの面白いし、薬漬けにして軟禁して貴方を飼う事にするわ、光栄に思いなさい」

「、、、、思えるかぁああああああああああああ!!!!!」


 少年は溜まりに溜まったフラストレイションを声量一杯にして吐き出すように絶叫した、普段から考えられない大音響の咆哮に彼女は耳を押さえる。

 次の瞬間には少年を踏み倒して、上から何度も踏みつけて、その後は横腹を蹴りつけそれに飽きたら引き立てて壁に押し付ける。


「うっさい!!って何度言えば分かる!お前は私に従順に隷属するしか生きる道がない人生の寄生虫だろうが!何をいっぱしに自我を持った人間気取ってる!?? 私がいなければ人生に何も見出せないそんな分際で、なんでもっと私に誠心誠意尽くさない!お前のやるべき事はもっと違うことだろうがぁ!覚醒しろぉ!!」


 そんな傍若無人が過ぎて、もう自分勝手の権化である。

 少年はそんな彼女をもう諦めた感情で眺める。

 キラキラして美しい金髪と空色の瞳の蒼い目も、どこか激怒してる彼女を彩っているなとか、そんな目の保養に移行してしまう。


「なに?もう落ちた?わたしの魅力に屈したなら明日からもっと私が望むような生き方を心がけなさいよ!」


 そう少年の顔目掛けて何の躊躇いもなく言葉をぶちかます、彼女は誰よりも堂々と生きてる恥かしげの全くない人間だ。


 そういう顛末がアトランティックの存亡時にあっただけの事、そういう話は誰も知らないが二人も特に深い思い出にしてないのだった。


 

「それで、なぜにアトランティックなんてどうでもいい国に裏切られてんのよ!」

「知らんがな、もう僕はどうでもよくなったんだ、ほっといてよ」


 少年がナイーブを拗らせ、なんか良く分からないクールキャラを気取っている。

 少女に頭ポカンされて涙目、いつものキャラに戻る、これまたいつもの流れだ本当に夫婦漫才を見ているようだ。


「ムカつく腹立つ、ちょっと見返りのハードルを上げたくらいで何をキレてんだか、ほんっっとくっだらないゴミのような国だわ、次行くときは全部ぶっ飛ばしてやるんだからぁ!」

「やめときなよ、他の国に取り入ればいいだけの話でもあるんだし」


 そういう二人がいるのは、四大国の一つルナルティアである。

 不思議で摩訶不思議なメルヘンチックな良い感じの雰囲気を、紫色の光と銀と白色系統の高層ビルや西洋風の建物とかで彩る。

 一番風景芸術的に優れていると謳われる、そんな綺麗な町で二人はこんな感じなのだ、まったく風流がない。


「あーあ、めんど、なんでこの私が下らない奴らに、あーもう!」

「シャル、何かしたいことない? 折角こんな綺麗な町に着いたんだし、その、あの」


 何をかいわんや、少年がどういう事を期待しているのか少女は百も承知だ、期待の眼差しを向ける少年を純粋にうざったいと思う。


「なに? この町で何かしたい事でもあるの? こんな綺麗なだけでなんの取り得もないゴミ町どうでもいいでしょ、要件だけ済ませて先に行くわよ」


 そんな全く持ってつれない態度の少女に少年はなんだか不満そうな表情。


「なによ、貴方何かしたい事でもあるの?ないっしょ? この町で個人的にやりたい事でもあった?」


 そういう風にあくまで少年の方から言質を取ろうとする、自分の方から言うつもりはないし、言われても即刻断って少年を困惑させる腹積もりだ、酷い少女である。


「あの、あのね、もしシャルが良ければなんだけど、、」

「はい、そこまで、先約が入ったわ、そもそも貴方とどっか行くつもりもないし、一生黙ってなさい」


 ちょっとそれはあんまりだと誰もが認めるそんな内容、少年はもちろん乙女のように傷ついてしまう。

 純粋で彼女に対しては色々と真剣な少年なのだ、だからこそ少女も虐めが酷くなりがちになってしまう、全く後悔なんて一度もした事はないのだけれど。


「貴方がかの、話は聞いています、私が誰だかわかりますか?」

「ええ、貴方は確かこの都市でも有数の、お互い紹介は不要のようですね」

「そうですか、では付いて来てくださいますか?」


 彼女はもちろん喜んで、と外行きの割と愛想良い感じで返す、少年は頬を膨らませて不公平感とちょっとした嫉妬を内心募らせる。


 左右の煌びやかで、どこかPCゲームやヴィジュアルノベルとかで出てきそうなファンタジー感溢るる建築物にうっとりする、そんな二人ではない。

 お互いにお互いを気にするように、何か殺伐とした空気を纏って無言で歩く。

 

 そこで空気を読まず、露天の店員が二人の若いカップルだとでも思ったか、霜降り肉の切り身を進めてきた。

 もちろん食い気が強く、そして血の気も多い彼女はこういう料理が大好きだ。

 一人で食べきれないほど買って、全部一口だけ一番美味しそうな所を摘むと全部捨てる。

 あまりに行儀が悪い、というレベルを超えて人としての何か禁忌すら犯しているような彼女に少年は嘆息する。


「ちょっとちょっと、何してるのさぁーそれはないよー」

「いいのいいの、私が楽しむのが第一、それがたぶん世界の人の為にもなるしね、経済回していかないと♪」


 そう言いながら霜降り肉を消化していく、食べたモノを少年の持つお皿っぽいモノにぽいぽい戻していく。


「貴方も食べれば? 私の食べかけって言うか、食べた後食べたいでしょ? まあそんな事すれば一生見下すけどさ」

「そんな事しないよ、これだけあるんだ、手をつけてない奴食べていいかな?」

「駄目に決まってるでしょ、わたしが手をつける前に食べるとか、やっぱりまだまだ貴方は目上のモノに対する態度がなってない、やっぱりキッチリ教育もとい調教しないと駄目みたいね、ホントペットって手がかかって仕方ないわ」


 そうやって、手をヒラヒラさせてやれやれといった風に呆れた顔を向けてくる。少年はこの世の不合理に頭が可笑しくなりかけていた。


「お二人とも、心底仲がよろしいようですね、私は多少貴方がたを他人と見れないほど気に入ってしまいそうです」


 道のちょっと先を歩く彼女が、実は先程から二人のやりとりをつぶさに見ていた感想をこぼす。

 シャルは嬉しそうに、たぶん内心本当に喜んでいるのだ、こういう少年が困惑する事は大好きだ。

 そしてこういう一風変わった奇特な考えや、自由の気風を持つ物の見方は彼女の望むところだ、むしろこちらの方が多少彼女を気に入ったくらいなのだ。


「それ程でもありません事よ、この人とは多少縁が合って今も仲良くしているだけの事、明日には他人になっているかもしれません、そんな程度の中ですよ」


 そんな事は宇宙が終ってしまっても心底嫌な少年は不安げな面持ちでシャルを見てくる、そんな顔は予想済みなので視界にすら入れてくれない彼女。

 彼の事よりも街路の端、何かメルヘンな感じのするパン屋を見る、彼女は甘い匂いも好きな方だ。


 そこでまたも目の前の露天で売り子をする女性に話しかけられる彼女、これからも分かるとおり彼女の見た目は凄く社交的で優しく大らかな感じなのだ。

 そこでももちろん愛想よく、内心の正体からは信じられない聖女の微笑み、

 同姓なのにハットして頬を赤くする売り子の女性、ささやかな日常の幸福に嬉しそうにはにかんで何事かシャルに話している。

 手早く甘いパンとお金を交換して、こちらの方に戻ってくる。


「なにを買ったのさぁー」

「どうしたのよ?何か不満なことでもあった?このウスノロ」


 と、パンにパクつきながら言う彼女、隙あらば毒を吐くので隙を見せた彼が悪いのだ、と言うのは酷過ぎるだろう。


「ウスノロって、何でシャルは僕に対してそんななの?」

「当然でしょ人間じゃない犬畜生なんてそれで十分、構ってあげてるだけ感謝して欲しいくらいだわ」


 甘いパンの中身が美味しいのか心底幸せそうに微笑む彼女、言ってる事と表情のシンクロ率が低すぎて何か歪な感じがする。


「う、そうだとしてもだよ、ちょっと冷たいんじゃないかな?」

「あら不満? だったら犬としてもっと使えるようになったら? 所詮犬猫もゴミと同義だけど、多少はご褒美をあげたくなるかもよ」


 そしてパンの耳っぽいところを差し出すようにする、はいご褒美とだけ付け加えて彼に押し付ける。


「なんだよこれ、ただ食べたくないいらない所を渡しただけじゃないかぁー」

「いいじゃないの、私の食べ掛けを食べれるのよ、まあ本当に食べたら一生見下しますけどね」


 それもさっきの霜降り肉を入れていた紙袋に入れるしかない少年の表情は口惜しくしていたのだろうか、真相は誰にも知れない。


「そろそろです、お二人とも準備等はよろしいでしょうか? 早急ではありませんので、もし何かあればそちらを優先することも出来ますが」

「問題ありません、特に予定はありませんので、そちらのご随意にどうぞ」

「ありがとうございます、ではこの建物の敷地に入り、また少し歩きますがご容赦ください」


 そう言葉を発すると、目の前の幻想的な大豪邸、なんてレベルではなく天にも届く城、キャッスルと言った方がイメージに近いだろう、それに続く敷地内を仕切る門を開く。

 改めて前方を眺める少年、先程まで周囲が幻想的なテーマパークのように続いていたが、この先は周囲が森や泉、その他小さな小屋や不思議な現代オブジェクトしかない、果たしてここはなんなのだろうか? と疑問を持つ。


「そういえば貴方、ここがどこだか知っていた?」

「知らないよ、できれば教えてくれると助かるな」


 彼女は盛大に溜息を、これ見よがしについて何か煽るような挑発的な目つきをする。

 なんでいつもいつもこちらの心情を高ぶらせて熱くさせてくれるような事するのだろうか、と少年は内心憤慨しながらも平気な顔して続ける。


「だってしょうがないじゃないか、僕はあまり世界を回った事がなかったんだ」

「ふん、やはり典型的な駄目人間思考、見込みもなければ将来性もないか、自分の無知をなに正当化してるの? 素直に無知を恥じればまだ可愛げもあるのに、なに? その自分は悪くありません的口上は、正直見るに耐えない気持ち悪いわ」


 少年は拳を汗で湿らせる、顔は前方を歩く名前も知らない人を追ってしまう、ここで怒るのはあまりに不恰好で申し訳ない気持ちもする。

 ああだから彼女はこんなに積極攻勢なのか、と少年は今さら思い起こす、怒れない状況で怒らせるような事をして困らせたいのだ、少年は傍観に似た気持ちで考察した。


「ごめんねぇ、ただ無知なだけを恥ずかしくて正当化しようとしてたんだ」

「つまらない男だしもう貴方駄目駄目ね、すこしは気骨のある所見せなさいよ、根性もないしヒョロイしいいとこなしね、可哀想」


 そう言う彼女の顔は、もう少年自身見れたものではなかった、悔しくて悔しくて涙を必死で抑えないとぽろぽろ落ちてしまいそう。

 あまりの情けなさと、そしてそれを全力で押さえないといけないもどかしさ、少年はもうこの場からどうでもいいから逃げ出したい気持ちだった。

 

「なに? もしかして泣くの? この程度のことで? だっさ、貴方どこまで情けなくてグズな人なの、もう見てられないわ」


 言いたい放題にやりたい放題に、流石にここまでされて黙っていられるほど少年は大人ではないので、そろそろ自分を抑えられなくなってきた。


「シャルだって、シャルだって、、、」

「なに? 正当に批判されたからって怒るの? もうそれしちゃったら私は貴方を一生見下すけど、それで本当にいいの?」


 と、なんだか退路まで立たれたかのような気分、袋小路に追い詰められやりたい放題されるしかないような絶望的な気分、少年は目の前が真っ暗になる錯覚に陥る。


「シャル、もう許してよ、なんでそこまで酷い事を、、」

「いいじゃない、私は別になんとも思わないし、もちろん貴方もこのくらいで何かどうなるような、そんな弱い男じゃないんでしょ?」


 またも何か後詰め的セリフでこちらをどうにかしようと画策する少女。

 少年も期待を向けられた事と、男というワードでなんか意識したり、プライドを刺激されて、なんかムズムズした気持ちになって取りあえずの動きを封じられる。 


「はあ、ホント貴方って張り合いがない、つまらない、下らなくてどうしようもない人。虐めてどうにか変になってちょっと楽しめる程度、無芸な人ってこれだから一緒に居ても楽しくないのよね」


 そんな彼女の、精神に向けたダイレクトな無慈悲すぎる言葉で、率直に傷ついた少年は俯いてそのまま涙を落としてしまう。


「かっこわる、なにそれ? 泣けば何かが変わるの? ほんとどうしようもないくらい下らない人、詰まらなすぎてもう一緒にいるのやめたいくらい」


 少年は考える、なぜにここまで、そうここまでだ。いい募ってくるのだろうか?

 もしかしてと考える、実は反攻してくるのを待っているのでは? と、少年も極度の馬鹿や天然ではない、割と思考もするのだ。

 だからこう考えた、普段いつも下にしている自分に、偶には上に立たれて何かそういう屈辱的な気分を味わいたいのでは、と。

 またはこちらが単純に反攻したところを好機とばかりに、さらにこちらを痛めつけるような事を企んでいるのではと。

 

「何が目的なんだょ、、うぅぐぅ、、、はぁはぁひっくぅぅう」


 そんな風に様子見の言葉を吐く、彼女の真意が不明な以上、下手なやり方は賢くない、客観的に見て最良っぽい少年の言動。


「何が目的? 知りたい?」

「うん、ぅぅぅ」


 少女は少年のさまを楽しく鑑賞しながら嬉々として告げる。


「偶には、貴方に反攻してほしかった。でも駄目みたい、こんな歯牙すら全て抜け落ちた人間に、何を期待していたのかしら、やっぱ貴方って駄目駄目ね」

「なにがだよ、シャルだって、、、その、」


 と言いかけて止める、このまま本当に何か反攻して良いのか迷う、反攻するには追い詰められ度がいつもより足りなすぎて踏ん切りがつかないのだ。


「シャルだって、なに? そういう一歩踏み出せない勇気のなさ、前々から思っていたけど、わたし大嫌いなのよね」


 その一言は少年の背を押した、人の心を操り適宜最適な影響力を与える、そんな彼女の優秀な力は明らかに悪用されていた。


「そういう人の気持ちも考えず、酷い事いう所だよ、悪いところだと思う」


 ついに言ってしまった、少年はからだの、特にお腹辺りが熱くなってきた。

 パブロフの犬よろしく、こういう事を言うと絶対に彼女に蹴られる箇所が疼いてきたのだ、少年は自分の体の情けなさを改めて実感して悲しくなった。

 するとそんな少年の内心の心情をよそに、彼女は近寄ってきた、少年は怖くて怖くてどうしようもないって言うのに。


「言っちゃわね」

「う、うん」


 その一言を皮切りに、膝の辺りを横から蹴り飛ばされスッテンコロリン、少年は柔らかい地面に倒されてしまう。

 そしていつもの要領で鳩尾を靴先で抉られる、痛くて今度は泣いていた、どうしても慣れてくれない痛みだ、もう駄目になりそうなくらい痛いのに更に蹴りつけてくる。


「ぐわぁ!!や!やめて!ごがばぁ!!」

「私に楯突いて良い訳ないでしょうがぁ!!貴方の忠誠心を試していたのぃ!!よくも裏切ってくれたわねぇ!!!この!この!うらぎりものぉ!!」


 少女は怒って怒って顔を紅潮させている、その姿はなぜかとても楽しげで。

 それを傍から見ているもう一人の少女は、その滅多に見れない凄く微笑ましい光景をすこしでも目に焼き付けようとしていたのだった。




「付きました、ここが我が主の居城であります」

「ここまでの案内を感謝します、ここからの案内も貴方が?」


 シャルの質問に少女ははいとだけ答える、少年はお腹が痛くて痛くてもう涙目でずっとここまで付いてきた、なんだがもう懲り懲りだ、いろいろと懲り懲りだ。

 

「シャル、」

「どうしたのよ? 元気なさそうよ? 別にどうでもいいけど、うざいからそういうのやめなさいよ」


 本当にどうでもいい事のようにそれだけ言って、彼を残して前を歩いて言ってしまう。

 少年はなんか言葉を掛けてくれたり、それだけを望んで話しかけたのだ。

 悲しい事に少年は彼女の言葉を聞くだけで内容如何に関らず、なんだか元気が出てしまう体質なのだ、当初の予定通り彼女とのすこしの会話で気力が蘇った。

 それをなんだか誇りに思ってしまう彼は病気であろう、人類が永久に克服できないある不治に近い病だ。


「ここは町と比べても本当に綺麗ね、流石にこれほどの威容だと私も感じ入ずにはいられないわ」

 

 確かにその通りである。

 この城内はそこらじゅうにファンタジーの魔法が掛けられたように、キラキラ煌びやかに光り輝き彩色豊かに目を楽しませる。

 様々な装飾のドアや、等間隔で並べられている芸術作品や絵画、その他意匠の凝らされた建造物の紋様等、全体的調和の取れた美しさ。

 どれをとっても超一流を越えた神話の世界の体現のように思える、流石神話世界ルナルティアの都市に君臨する城である。


「どう?何か気の効いた感想があれば聞いてあげるけど」

「うん、凄く綺麗だと思う」


 ここで切れば小学生並みの感想で彼女に超馬鹿にされる事は確定だ、付け加える形で「、、、小並感コナミカン」といった所で大差ないだろう、むしろもっと失望や罵倒を受けるかも。

 だが少年も考えて話しているのだ、何か気の効いた感想をあまりよくない頭で一生懸命考えて捻くり出す。


「沢山の色が組み合わさっているのになぜか目に痛くないし、調度品と内装も最大限調和してるしね、そんな豪華絢爛な有り様なのに嫌味に見えない、これは本当に凄いと思うよ」


 少年は無意識に満足げな顔をしていて、それは彼女の視点から見ればどうみてもドヤ顔だ、または一仕事し終わった後の男の顔だ、腸煮えくりかえる思いだ。

 おまけにシャルの方を褒めて欲しそうな意地らしい顔で見てくる、もうほんと、どうしてこうも踏みにじり甲斐があるのだろう。しかも懲りずにこれを繰り返すのだ、もうああもう。

 彼女が内心で悶えていると、少年は何か不吉なものでも悟ったか、途端に先程までの全てを改めポーカーフェイスっぽい変な風にしだした、正直ちょっと滑稽な面白い挙動だ。


「なによ、言いたい事があるのなら言えば?」


 彼女は階段をトントン登りながらも、手すりに軽く手を掛け後方の彼を見て言う。

 彼も同じように階段を登っているが、彼女とすこし、というよりもちょっと普通でないかなりの距離を空けて付いてきている。

 大方何かの気紛れで階段から転がり落とされる事を警戒しているのだろう、そんな事しないのに、今の気分的な話でだが。

 そんな少年の予感どおりの、気紛れにそんなとんでもない事を平気で行なう彼女は悪魔以外の何者でもない、仮に地獄が存在したら百発百中落とされるだろう、そう彼女がだ。


「シャル、シャル、シャル、、、」


 少年は何かうわ言のように繰り返す、彼女は別にそんな彼の精神衰弱には興味がないので無視して階段を登りきってしまう。

 そして待ち構えるように、階段のフロアで手すりの先端、なんか丸っぽくなってる所に手を置いて待つ。

 少年が姿を現すと口を開く。


「どうしたの? 本当に元気なさそうよ?、、そうやって参った演技してれば、こうやって心配してもらえるって思ったんだ? あまりの卑屈な態度にもう私は貴方がどうしようもなくどうでもいい矮小な存在に思えてきたわ」


 こうやって何度も何度も精神を抉ってやると、そろそろ来てくれる筈だ、彼女は彼との熱いバトルがお好みなのだ。

 だってそんな風に彼女に真正面から立ち向かってくれる、そんな子供っぽい喧嘩してくれるのは彼だけなのだ、こちらも子供っぽく振舞って彼をぐちゃぐちゃにできる、それがあまりに楽しくて最近の彼女の病みつきなのだ。

 そろそろ来てくれないと彼女の我慢の臨界の方が先に参ってしまう、理不尽な彼女もそこまでの理不尽はできない。

 できればこちらが何か理のある感じで彼をコテンパンにしてこそだ、究極的勝利以外に基本彼女のような潔癖な完璧主義者は魅力を感じない。


「なんだよ、」

「なに? どうしたの? 聞こえないわよ?」

「なんで、、なんで、、なんでそんな酷い事ばっかり言うんだよぉ!!」


 きゃっ、ついにキレたっぽい少年に彼女は内心嬉しそうな声を出す、待ちわびた何かを得られたような幸福感溢れる達成感。

 

「なによ、貴方が情けない態度とってたから、私はそれを注意して直す為の手伝いをしてあげてたのにその言い草?」

「うそだぁ! だって、だって、シャルはなんか明らかに僕を馬鹿にして楽しんでたんだぁ!」

「あら?証拠はあるの? もし無かったら、、根拠もなく私を疑い、更に私の善意も裏切った、そういう最低野郎に貴方はなるんだけど? さすがにそこまでだと私も調教せざるを得ないわねー」


 そのやり取りだけで、獲物が巣に落ちるような、そんな絶望的感覚を少年に与えるには十分すぎた。

 少年は体を露骨に震わせ何か許しを請うような目、もちろん許すつもりなど端からない、なんとか舌戦で完全に制し彼を最大限惨めに落としたい、そんな歪んだ願望が溢れ出て止まらない。

 あまりのこの攻防の楽しさに自然彼女はニコッとしてしまう、それは肉食獣が草食獣を捕食する時のような何か凶暴なモノが見え隠れした。


「そ、そんなぁ! だってシャルが疑われような事もするのも悪くて、僕が一方的に悪いって言うのは可笑しいよ!」

「どこが?貴方がそう思っているだけで、私は最大限の親愛の情を込めて言っていたのだけれど? 悲しいわ、私の想いがそんな風に受け取られていたなんて、やっぱり貴方とはまだまだじっくり沢山の夜を共にしないといけないようね」


 なんだか色っぽい会話、では実のところ全然無い。

 正直に一切のそういうモノが欠片もなく、言葉の裏には言語化するのが困難、躊躇うほどのおぞましく凄惨な酷い事をする意味が含まれている。

 少年はもう恐怖と沢山の今まで経験してきた夜の実体験がフラッシュバックして、体が大きく振るえピクピク小刻みに、そして時折大きくビクンと震えたりしている。

 そんな少年の様子を植物学者のような冷静な瞳で観察する彼女、どうやら調教の成果は順調なようね、とか常人では決して考えないアブノーマル過ぎる思考をしていた。


「なんで、なんで、やだよぉ、、許してよぉぅぅ、シャルぅ、、ぅぐ」


 少年は縋るような目で見てくる、懇願の結果が分かりきっているのに、なぜ毎度毎度このような事をするのだろうか?

 誘い受け?っと彼女は一瞬疑うが、それならばこの少年は自分よりもやり手の人間である、それは流石にないなと判断、これが素であるという奇跡を改めて再確認する。

 彼女は彼女で数多沢山の偉大な奇跡を知っている、これはその中でも最上位、いや絶対に現実不可能なほど、例えるなら適当にパソコンを叩いていたら小説できましたってレベルの奇跡だ。


「許さない、だけど私が貴方に送る罰、その仕打ちに全て耐えて、それを乗り切った暁には許してあげる、それ以外では絶対に許さない、この意味が分かるはね?」


 その意味は単純。罰を、言い換えて調教を受けてそれに全て耐え切れなければ絶対に許してあげない、だ。

 少年が内心の葛藤を抱えながらも全て毎回受けて耐え切る所以だ。


「やだよぉ、やだよぉ、、シャルぅ、、、」


 最大限小さくなって怯えきっている少年、このように自分の手のひらに納まり、そして私の事だけで頭を一杯にしているこの時の少年だけは、なぜか素直に見れる。

 考えられる限りどこまでも歪んだ感情で思考回路だ、でもそれが彼女の本質である以上しかたがないのかもしれない。


 そんなどこまでも精神的にダウンした少年を連れて、ついにこの城の主が存在する場所にようやく着いた。

 予想以上に道程が長く感じられたのは、それくらいにこの二人の醸し出す空気や事象が他の現象よりも相対的に濃すぎる所為である。



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