わからぬ人の歪んだ声
「…………言っても、お前に得はないぞ?損するだけだ。
…それでもいいのか?」
けんとが、いつもより少し低い声で言った気がした。
もっとも、気がしただけだけれど。
「あんたと一緒にいて、得なんかないじゃない。」
少し怒ったような口調。
あぁ、そうか。
俺といても得なんかないか。
だったら、今更だろう。
「俺が知っているのはその記憶の断片だ。
なぜそれが歪んだ記憶なのか、というのはわからない。ただ…、」
「ただ?」
何なのよ、と返す。
少し戸惑いながらも、けんとは答える。
「お前がそいつと話した場所が、
時の歪みの中であることは確かだ。
そして、そいつが歪んだ人間であることも…。
でも、なぜ歪んだ記憶になってしまったのかは…。」
「歪んだ空間だから…、じゃないの?」
「どんな場所であれ、記憶が正しく蓄積されていれば歪んだ記憶にはならない。」
沈黙。
ただひたすら考えるだけの沈黙。
『なんでけんとはあの歌をピアノで?』
『なんであたしは時の歪みに?』
『何故俺はこの曲を弾いていた?』
『何故俺はりゆの歪んだ記憶に触った?』
そうすればそうするほど、闇の中に消えていくようで…。
「…もう夕方。
集中してるときは早いわね、時が過ぎるのは。」
「そうだな…。それにもう秋だから、少し肌寒い。
…今日は帰るか?」
そうしましょう、そう言い
音楽室を出ようとしたら。
『気づいてよ!僕は、僕はまだ一緒に……!!!』
「だ、誰!?」
反射でりゆが振り返る。
しかしそこにいるのはけんと、ただ一人で。
「…わかった、どうして歪んだ記憶になったのか。」
けんとがつぶやく。
「なっ…、どういうことよ?」
「ややこしいことになりそうだ。
…時の歪みに来い、話はそれからだ。」