change4 私にとって、大切なもの。
『こんにちは。そこで何をしてるの?』
同じ年くらいの少年が私に問う。
何をしているんだろう?
『なんていう名前?』
何だろう…私の、名前…。
『もしかして、名前ないの?』
私は無言で頷く。
『じゃあ、僕が名前をつけてあげる』
私が驚いて、顔をあげると少年は微笑んでいた。
『あなた…誰?』
少年ははじめて口を開いた私を見て、再び微笑む。
『僕は、悠。―――――――あ!決めたよ!君の…君にぴったりな、名前!』
名前?
私にぴったり…?
『うん。春に鳴く小鳥みたいに可愛い声だから、【春音】でどうかな?』
はるね…春音…。
私の名前…。
『春音…名前…』
『うん、そうだよ!君の名前は、春音!』
『悠くーん。時間よー』
『母さんが呼んでいるから、もう行くね。――――――――またね、春音!』
そう言い残すと、少年は去っていった。
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「悠がくれた名前だもん…絶対に、それだけは忘れないよ」
これは嘘じゃない。
今でも、悠に感謝している。人形のように何を見ても動かなかった私に名前を与えてくれ、しかも、仲良くしてくれた。
「春音…。俺は、お前がどんな姿になろうが、必ず護ってやる」
「じゃあ、約束ね。―――――――指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った!」
私は悠の右手の小指に、自分の左手の小指を絡めた。
「…嘘ついたら、ホントに呑んでもらうよ?」
「………呑むのか?」
「大丈夫、悠は約束を守ってくれるって信じてるから!」
「あぁ。必ず護ってみせる」
悠は再び私の額に唇を落とす。
その感触がくすぐったくて、私は首を縮める。
「春音」
「何?」
「…なんでもない」
そういうと、悠は私を抱いたまま、再び眠りに落ちた。
「おやすみ、悠」
私も、悠につられるように、再び眠りについた。
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次に私が目を覚ますと、悠が隣で身支度を始めていた。
「おはよう、春音」
「…おはよぉ…。悠、早いね…」
眠い、眠すぎる…。
「まぁな。―――――――――体の調子はどうだ?」
「うーん…動くのに、支障はなさそうだから、問題ないと思うよー」
いつもこんな感じだしね。
こんな生活に慣れてしまった自分が少し怖い。
「じゃ、俺は先に学校に行くぞ」
「あれ?朝ごはん、どうするの?」
「コンビニで買って食う」
悠が、ここに泊る羽目になったのは、私のせいだし…。
「朝ごはん、うちで食べていきなよ」
悠が驚いた顔をしている。
そんなに驚くようなことかなー…。
「……お前…自覚あるのか?」
「何が?」
悠が黙り込む。というより、何か考えているように見える。
「はぁ…」
悠の短いため息とともに、悠に手首を握られ強く引っ張られる。
「わっ」
勢いに任せるまま、私の体は悠の体にすっぽりと包み込まれた。
「ゆ、悠?」
「お前、性質悪いわ」
「はい?」
悠の言っている言葉の意味が分からない。
そうこうしているうちに、私の首の後ろあたりに感じる痛み。
「痛っ!悠!!」
悠から離れようとあがくが、男の悠に力で敵うはずがない。
「春音。お前、俺がなんでコンビニで買って食うって言ったか分かってるか?」
「私のご飯は不味そうだから?」
悠がおなかを抱えて笑う。
ひどいっ…、私をバカにしてるだろ!!
「そこまで笑わなくても…」
なぜ笑われているのか、分かんないけど。
さすがに、傷つく。
「お前の飯は、おいしそうだよ。だけど、それを食べたりしているうちに、余計なものまで食べてしまいそうになるからな」
「余計なもの?」
「少なくとも、今はまだ食べるべきではないもの、だ」
うーん…さっぱり分からん。
悠は昔から何を考えているのかイマイチ読み取りにくい。
「じゃ、そういうことだから」
悠は私をそっと放すと、玄関へと向かっていく。
そして、次の瞬間。
私はとんでもない行動に出た。