change3 何を私は言ったのでしょうか?
私、宇佐美春音は、どうやらとんでもないことを言ってしまったようです。
曖昧な記憶の中で、覚えているのは悠に聞かれた質問に、イエス、と答えたということだけなのだが、どうやらその質問が今回の件の発端らしい…。
記憶が曖昧なため、何があったのか詳しくは覚えていない…。
アホすぎるだろ…私。
「一人では無理だな」
「あい…」
「仕方ない」
悠は、私を再びお姫様だっこする。
何!?
え、私何の質問にイエス、って答えたの!?
「ほら、力抜け。運びづらい」
「うぅ…私だけ恥ずかしいって……馬鹿みたいじゃん…」
「何か言ったか?」
「べ、別に。な、なななな何もないよ!!」
こいつの頭の中の辞書に、「恥ずかしい」という単語はないのか!?
「言いたいことがあるなら、はっきり言え。俺、耳悪いからあんまり小さい声で言われると、マジで聞こえない」
「あぁ…ベースのせいで、耳悪くなったんだっけ…?」
前に聞いたような気がする。
確か、弾いているうちに、まわりの音が聞こえなくなっていって、気がついたら、音が聞こえにくくなった、って…。
「ううん…。なんでもないから、大丈夫」
「そうか。ならいい」
そう言うと、無言で私を運ぶ悠。
で。
結局、私は今どこに向かって運ばれているわけですか?
たどり着いた先そこは…
「……え」
湯気がたちこめるお風呂場でした★
いやいやいや…!ちょいと待ちんしゃいっ!!
これはマズイだろう、色々とっ!!
「………俺だって、コレは避けたいが…お前、一人じゃ入れないだろう?」
ごもっともである。
が、だからといって、受け入れられるような問題ではない。
どうやら、私は「一人でお風呂に入れるか?」という質問に結果として「ノウ」と答えたらしい。
「ま、服を着た状態くらいなら、問題ねぇだろう?」
悠…!
頭いいなー!!
私が、あほすぎなだけか…。
まぁ、服着たままだと体はさすがに洗えないけど、頭だけでも洗ってもらおう、うん。
「痒いとこねぇか?」
「うーん、ないよー」
悠頭洗うのうまいなー。
気持ちー。眠くなってきた。
てか、今日は本当に疲れた。
男から女になるのに、朝から夕方まで引っ張ったの、超久しぶりだ…。
おかげ様で、ヘトヘトです…。
「ふぁー…眠」
私の意識は、そのまま闇の中へと落ちていきました。
「春音!?――――――――大丈夫か!?しっかりしろ!!春音!!!」
落ちる寸前に、悠が何か言ってた気もしなくもないけど、眠いので、今日は寝よう、うん。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
私が目を覚ますと、隣で悠が寝ていました。
「…ッ…え……」
しかも、がっちり抱っこされていて、私、動けません。
「ゆ、悠?朝だよ…?」
軽く揺すってみるけど、反応なし。
うーむ…私、動けないんですけど…?
「仕方ない…もう一回寝よう」
…って、寝れるかぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!
え!?
何、この状況!?
なんで、私悠に抱っこされてるの?
「落ち着け、自分!」
私は昨日、お風呂に入りました…?
悠が入れてくれて、頭を洗ってくれて…それで………。
そのあと…どうなったんだっけ?
と、そんなこんなで、昨日の記憶を呼び覚ましているうちに、悠が起きた。
「…おはよ、悠」
悠は一瞬目を瞠ったが、どうやら何か思い出したらしい。
これは、好都合だ。聞こう、昨日あのあとどうなったのかを。
「あの、悠…きの―――――――――」
私が言い切る前に、悠は私を強く抱いてきた。
え?え!?えぇぇぇぇぇええええええ!?
「ちょ、悠!?」
悠は私を抱く腕の力を緩めるどころか、一層強く抱いてくる。
「…春音。……どうして…が………いけないんだ…?」
所々、聞こえなかった。
「悠?」
「お前は、十分苦しんだのに……どうして…これ以上………」
「悠……」
悠は私の耳元で、そう呟く。
そう、私は悠が言うとおり、十分すぎるほど苦しんだ。
両親は、私が物心ついた頃にはいなかった。その時点で、私は既に施設にいた。
両親の記憶など、あるわけがないし、正直…名前も分からなかった。
そんな私も、晴れて高校生となり、一人暮らしをはじめた矢先だった…。
マジョ子が私の元へとやってきたのは。
おかげ様で、3日に一度激痛を伴いながら、性別がコロコロ変わり、それに伴う形で色々体に影響が出るようになってしまった。
「お前にこれ以上、苦しんでほしくない…」
悠の言葉が、私の心の奥底深くに響く。
悠は、私が施設にいた頃からの、幼馴染だ。悠は施設出身ではないが、何かと困っていた私を助けてくれたことがきっかけで、仲良くなった。
「悠、私は――――――――――」
続きを言う前に、悠の唇が私の額にあてられた。
「春音…。お前のことは、俺が必ず護ってやる」
悠の唇は、私の額から頬を通り、鎖骨へと移動していく。
そして、チクリ、と痛みが鎖骨に走った。
「痛っ」
「春音。―――――――名前をつけたのは、誰か…忘れていないよな…?」
悠が確かめるように、耳元でささやく。
忘れるはずがない。
施設の前で、名前もなくただ座っていたときに、たまたま通った少年がつけてくれた名前。
忘れられる、はずがない。
生まれて初めてもらった、大切な贈り物。