3-2 盗賊退治
鬱蒼と茂る森が陽の光を軽減し、薄暗さを引き立てる。
木漏れ日が樹々の隙間から射しているが、視界は良好とは決して言えず、自然にはない変化を気を逸らしてしまえば見逃してしまうようだった。
エリオス達は先頭に立ち、罠がないか気を尖らせながら慎重に足を進めていた。
いい機会なので、エリオスは弟子の成長の為に自分の監視の下、彼らに罠を探らせていた。
「しかし……神経が滅入るな、これは」
アーブは怪しいポイントを衝撃の弓矢で射りながら、一向に進まない進軍を愚痴っていた。流れる汗は、肉体的な疲労よりも精神的なそれの方が大きい。
「仕方がないだろう。罠にかかるよりはましなんだから」
「その通りだ。愚痴る気持ちもわかるが、これも修行だ。耐えるしかあるまい」
「分かっているけどよ……」
森に入って一時間。時間的には少ないが、森の随所に張り巡らされている罠の存在が、予想よりも彼らの集中をじわじわと削っていた。
罠がありそうな所には、彼らはアーブがしたようにエイドスで攻撃し、直接は触れないようにしていた。また、それだけをしていれば消耗が激しいので、迂回する事もある。
方位は見失ってはいないが、罠にばかりかまっていると、すくにでも迷ってしまいそうほど森は深い。
「気になる事があるのですが、宜しいでしょうか?」
疲れた神経を癒すデュナミスを一行に掛けながら、マーテルは疑問に思ったことを一行に問いかける。
「どうしたんだ?」
「ここに入ってまだ一度も襲われていないのですが……」
「そういえば、そうだね」
アタルもそれが気になった。捕獲用の罠は頻繁にあるのだが、肝心の盗賊の姿は一度も目にしていない。
「――作戦かもしれんな」
「作戦ですか?」
「ああ。こちらの疲労を促してから襲うというのはよくある手だ。現に――」
エリオスが衝撃のエイドスを前方にある樹へと放つと、硬質な物が壊れる音と共に、映像を記録する魔導器が落ちた。
「監視をしている。こちらの行動は奴らに筒抜けというわけだ」
その言葉にアーブは気が滅入る思いだった。
「はぁ……あっちは楽な思いをしているんだろうな」
「ははは……敵陣に乗り込むんだからそれは仕方がないよ」
元気出せと、アタルはアーブを慰める。彼としても同じ気持ちではあるのだが、張り詰めた緊張を解す意味も兼ねて軽口を言う。
「これもいい機会だ。気を抜くことと気を張ることのペースの配分を学べ」
『はい』
「兄様、どうなされたのですか?」
シヴァは気合を入れ直す彼らを尻目に天を仰ぐ。樹々の葉の隙間から垣間見る空は、灰色の雲が支配し始めていた。これからの天候を教えるかのように冷たさを含む風が肌を刺していく。
「もしかすると……」
「ああ――雨が降りそうだ」
吉兆か、それとも凶兆か。
雨は彼らに何を齎すのか――。
** *
「ち! 壊しやがったか」
粗暴な雰囲気を持つ男が、映像が途切れたのを苛立ちげに舌打ちする。映像機を壊されるのはこれが初めてではない。相手はこちらが見ている映像を見ているのではないかと思えるほど悉くそれを破壊していくのだ。
「奴ら慎重ですね。罠にかかりませんぜ」
「ああ、女を傷つけるわけにはいかないからな。どうしても手が限られてきちまう」
手段を選ばなければ、もうとっくにどうにかしていたに違いないのだ。それだけの実績を彼らはこの国の軍を相手に築き上げてきたのだ。
だが、男達が離れない限り奇襲はできない。間違って女を殺してしまっては意味がないのだ。
「しかし……あれ程の美人なかなかいませんぜ。できれば俺達が奴隷にしたいくらいですぜ」
「駄目だ。あれほどの上玉だ。これまで以上に高額で売りつけられる。他ので我慢しろ」
「あの中の一人ぐらいは俺達の好きにしてもいいでやんすか?」
「頭にも許可は取ってある。だから、傷つけないようにしろ」
「了解でやんす」
もう一人の男は下卑た表情を浮かべている。凌辱する様でも思い浮かべているのか、男の股間は盛り上がっている。
男は下卑た想像をしている男を無視して、彼らの信望を集めている頭領の元に向かう。
彼が頭領が居る部屋に入ると、頭領の他に参謀役として抜擢されている人物がそこにはいた。
「どうした?」
「森の半分は突破されました。こちらに着くのも時間の問題かと」
「そうか」
嗅ぎ慣れた性臭の臭いがする。女が一人後ろから小突かれ、口に逸物を突っ込まれている。女が苦しそうに喘いでいるが、男にはどうでもいいことだ。
「『聖女』は来ていますか?」
「はい。同行しています」
「それはよかった。どうしてもあれは入荷しなくてはいけませんからね」
女の舌使いを不快に思ったのか、一度自身の逸物を離し、頬を殴りつける。
「ごほっ!」
女の口腔内が切れ、涎と共に血が出ている。怯えた目をしているが、泣き喚くことはない。数日前に連れて来られた女ではあるが、男を含め何人もの男が代わり代わりに調教した結果である。
参謀役であり、彼らと友誼を結んでいる市長との交渉役でもある男は、もう一度女の口に突っ込む。女が咳きこんでいるが、参謀役はまったくおかまいなしだ。
「砦内で待ち伏せでよろしいでしょうか?」
「ああ。数もこちらが圧倒的に多いし、人質もいる。善良な『勇者様』なんだ。いくら強かろうとどうとでもなる」
頭領である男は腰を激しく打ちつけ、女の中に精を吐きだす。
「お前も休憩の時間だろう? この女を好きに使っていいぞ」
「ありがとうございます」
興味を失ったのか、頭領は部屋をさっさと出て行った。
「……助けて、お姉ちゃん」
女の助けを求めるか細い声は、誰にも届く事はなかった。
** *
「ようやく出られたぜ」
シヴァ達は気分まで滅入ってしまいそうな薄暗い森を抜け、山の麓まで来ていた。
空は既に灰色の姿を晒し、いつ雫が零れてもおかしくはない様子だった。
「でも……結局は罠だけで、盗賊の奇襲はなかったね」
罠の数は多かったが、盗賊は一度も姿を現さなかった。神経をすり減らすのが目的だったのだろうか。そうであると仮定すると、これからが本番となる事になる。
アタルがそこまで考えを巡らせていると、エリオスがシヴァに相談を持ちかけていた。
「どうする? 天気は崩れそうでもあるし、ここからは相手からの攻撃も考えられる。しかも、こちらは随分と疲れている。休憩を取るか?」
「その方がいいだろう。幸い、ここは見晴らしもいい。その間に、俺は砦周辺を偵察してくる」
「それならば俺も行く。では、二手に分かれて調べよう」
「ああ」
偵察に行く事を一行に告げ、シヴァとエリオスは単身で偵察に出かけた。
改めて偵察をしてみると、攻略するのは困難だと思われる砦だった。
砦はいくつもの防壁に囲まれている。砦を建設する際に築かれる防壁は、訓練場によく用いられるエイドスを霧散させる防壁よりも上等である。防衛目的で築かれる防壁は、防壁に近寄る程デュナミスの使用を妨げる仕掛けが仕掛けられており、術強度が高いノエシスでさえも使用は困難となる。さらに、砦に近づくほど高度があがっており、砦の背後や側面の数割は崖に沿っているため正面以外からの侵入は難しい。普通であれば、一方的に攻撃されるだけだろう。
(救いがあるとすれば……)
盗賊団は五十名ほどだということだ。広大な敷地をカバーできる人数ではない。そうであるならば、少人数で時々奇襲を仕掛け、砦内にて大多数で待ち伏せするのが相手側の定石だと推し量る。
彼らがどのような手を打ってこようと、正面から突破するよりないのだ。ならば、どの作戦を立てるか。
シヴァは何の感情も載らない無機質な漆黒の瞳で煉瓦で出来た砦を見据え、辿るべきルートの算段を立てた。
体を揺さぶり、どこか落ち着かない様子のレイアに、マーテルは声を掛ける。
「どうしたの? そんなに落ち着かない様子で……」
「ん? ああ、盗賊と戦うのは初めてだから、どうしても緊張してしまうんだ」
「情けないぞ。俺なんかは落ち着いているだろう」
アーブの足は、傍目から見ても分かるほどにガクガクと震えている。
「足を震わせておいて何を言っているんだ」
「これは武者ぶるいというやつだよ、レイア君」
尚も屁理屈を言うアーブにレイアは呆れ、先ほどから黙ったままで、一見落ち着いて見えるアタルに話しかける。
「どうしたんだ? さっきから黙ったまま地面を見つめて」
「……正直に言うと、怖いんだ。穢魔とは何度か戦ったけど、人と殺し合いをするのかと思うと怖くてね」
アタルはどこか怯え、今にも逃げ出したそうでもあった。
「何言ってんだ。お前は『英雄』の子だろ」
アタルを励ますアーブだが、彼もまた怯えているようだった。声音の震えを隠せていない。
「そうだ。悪人共を見逃すわけにはいかないんだ。あたしはあいつらを絶対に法の元で裁きを与えてやるんだ」
意気込むレイアだが、彼女もまた、虚勢を張っている事は一目瞭然だった。握りこむ拳が微かに震えている。
マーテルも怯えていた。彼女は縋る様に辺りを見渡し、慰めてほしいのか、勇気づけてほしいのか、それとも仲間が欲しいのか、どの気持ちか分からないまま、『聖女』であるフラウに声を掛ける。
「フラウさん達はどう思っているんですか?」
マーテルにそう問われ、フラウはなんら気負いの態度でこう返答した。
「特に、何も」
「そうね。この程度の事で怯えるようでは、これから先が思いやられるわ」
二人は彼らが何に怯えているのか理解はしている。
だが、その路は彼女達が幼い頃にとっくに進んだ路なのだ。
彼らがどうするかは彼らに任せる。
戦うのならばそれでいいし、逃げたいのであれば、そうすればいい。自分達にはそれができなかったのだから。
彼らの選択に関係なく、彼女達は歩み続けるのだ。命果てるその時まで――。
フラウ達の言葉にどう思ったのか、各々の顔に生気が戻り、気合を入れだした。
フラウは未来に思いを馳せる。
――きっと兄様は。
シヴァがどうするかは、分かっている。
それしか彼には許されていなかった。それしかできない。
だから、彼女はシヴァの鞘でありたい。光でありたい。癒したい。肯定する者でありたい。慰める者でありたい。全てを受け止めたい。
――ただ、兄様に安息の時を。
それだけが、彼女の願いだった。
「師匠どうでしたか?」
今まで落ち込んでいた様を見せずに、アタルは偵察の詳細を尋ねる。
エリオスは首を横に振り、穴はなかったと告げる。
それはシヴァも同じであり、やはり正面突破するしかないというのは、共通した見解だった。
「正面突破するにしてもいつ突入するかだが……」
「もうすぐ雨が降る。その時に突入する」
シヴァの突然の提案に誰もが驚いた。
確かに雨が降れば視界は狭まり、こちらに有利に働くかもしれないが、敵は待ち伏せしている可能性が高い。
ならば、こちらに不利に働くのではないか。
「そんなことは分かっている。だから……」
シヴァの提案にエリオス達は事の成否と危険性を指摘するが、シヴァは断固として考えを変えず、シヴァの策を実行することにしたのであった。
** *
ぽつり、ぽつりと降っていた雨が勢いを増し、豪雨と化す。
豪雨はシャワーのように絶え間なく降り注ぎ、先ほどまでよく見えていた周囲の視界を遮る。
顔も体型も隠すほどの厚手の黒色のローブが身体をずぶ濡れになるのを防ぐが、それでも刻一刻と体温を奪っていく。
砦の入口に辿りつくまで襲撃はなかった。
不気味なまでに静けさを保っている。
エリオス達五人は砦からの攻撃に備え、デュナミスの発動準備を怠ることはしなかった。
来訪者の登場を待ち侘びていたかのように、砦に入る門が獲物を噛み砕く顎のようにゆっくりと開いていく。
どうやら敵はエリオス達を招き寄せているようだ。
歓迎されているのであれば招待に与かるしかあるまいと、彼らは覚悟を決める。
エリオス達は決して警戒を緩めず、慎重な足取りで開かれた肉食獣の口腔内に入っていく。
緊迫の場面が一変したのは、エリオス達が侵入した背後の扉が閉められた時だった。
姿を見せていなかった盗賊が一斉に姿を現し、エリオス達を取り囲む。
蟻一匹逃さぬとばかりに取り囲む一糸乱れぬ統率は、彼らの練磨が高い証拠であり、一片の隙も見当たらなかった。
やがて、門が開かれるかのように彼らに隙間ができ、そこから一人の男が悠々と歩いてきた。
頭領であるフランシスは、馬鹿正直に正面から入ってきた彼らを嘲笑していた。
そうするしかないように仕掛けているとはいえ、もう少し悪足掻きをすると思ったのだ。今回、自分達は捕獲という面倒な仕事を受けているのだ。必然的に手は限定されている。
そのことを分かっているのか。
それとも分かっていないのか。
自分達など軽く一蹴出来るとでも思っているのか。
疑問は尽きる事を知らないが、自分達の領域に入れてしまえばどうとでもなる。ここには、数々の侵入者迎撃用の道具がある。それに人質もいる。多少の手傷を覚悟しなければならないだろうが、自分達の勝利は確実だろう。
「何人か足りないようだが、どうしたのだ?」
「貴様らにそれを言うと思うか?」
フランシスの問いに、エリオスは当然の事だと吐き捨てる。
確かに、自分達の情報を漏らすのは愚か者のすることだ。中には自分達の優位を信じ、ぺらぺらと喋る者がいるが、目の前の男はそうでないらしい。
だが、大方の予測はつく。
おそらく別行動をしている三人は退路を確保しているのだろう。今頃、門を壊そうと躍起になっている事だろう。他にも手はあるかもしれないが、こちらしか把握していない秘密の抜け道から十名程をこちらに向かわせている。
砦までの道はほぼ一本道。挟み撃ちにあい、奴らは逃げ失せることが困難になる。
奴らはもう袋の鼠だ。煮るなり、焼くなり好きにできる。
雨が降っていることと、奴らが厚手のローブを着ている為、どいつが女かは判断しにくいが、背の高い人物を狙えば良い。男は別に殺してもいいのだ。躊躇する必要はどこにもない。
「やれ」
頭領の指示を受けた部下は、一斉に矢やデュナミスを放った。
背後には門がエリオス達を守る様に、そして逃げる事を阻むように聳え立っているので背後からの攻撃はない。
しかし、前方と側方からは視界を埋め尽くす様に矢とデュナミスが迫ってくる。
前方はエリオスが、側方はアタルとレイアが各々の武器と吸収・緩衝・硬化・反射のデュナミスを駆使して、防壁を築き上げる。
幸いにして、致死性のあるデュナミスは行使されていないが、圧倒的なまでの数の暴力にエリオス達は晒され、蹂躙されるのも時間の問題だった。
「ぐぅうう!」
レイアは歯を食いしばり、豪雨にも劣らない面とさえいえる敵の暴力に屈さぬように精神を奮い立たせて耐え忍ぶ。
アタルもそれは同じだった。何とか隙を見て攻撃用のデュナミスを盗賊達に放つが、敵に届く前に敵のデュナミスに浸蝕されて、霧散する。
エリオスもそれは同様だった。彼は他の二人よりも多くの範囲を受け持っている。にもかかわらず、彼は防衛をこなしながらも、敵に攻撃を届かせている。
それは、彼の実力の賜物か。確かに敵には届いている。
――だが、それだけだ。
相手を気絶させるには至らず、生身で一発殴った程度しかダメージを与えられない。
マーテルは擦り減っていく精神を、時々掠めていく攻撃からできる傷を癒したりと、戦線が保てるように、彼女は戦意を保っている。それが、自分ができる唯一の役割だといわんばかりに――。
唯一この場で戦局を変えられる存在がいるとすれば、それはアーブだ。
彼は今にも逃げ出したくなる衝動を抑え、必死に己が心と戦っている。
逃げられないという戦局も彼に味方したのだろう。彼は精神を集中させ、自身が持つ攻撃力が高いエネルゲイアを発動させた。
「汝は姿を自在に変える物。集い、圧縮し、我が意に従い、彼の者に鉄槌を下せ! 《水激の戦鎚》!」
アーブの頭上に突如として表れた今もなお降り注ぐ豪雨とは違う直径五メートル程の水球。
敵の誰もが現れた水球に目を奪われ、それが脅威に値する物だと判断し攻撃を加える。
だが、水球は攻撃を受けても消え去ることなく、悠然とその姿を見せている。
水球から突如針の様な物が発射される。
「ぐわぁ!」
水の針が当たった男は、強烈な衝撃を受け気絶する。
次々と水の針が発射される。針は敵のデュナミスを受け、多少は減衰するものの、敵を気絶させるほどの威力は有している。
盗賊達が一人、また一人と気絶していく。
《水激の戦鎚》は巨大な水球を作りだし、術者のヒュレーが続く限り維持させる。そして、その水球を時には高速で射出させ、時にはその巨大な水球ごと敵にぶつけるエネルゲイアである。
アーブにとって、このエネルゲイアは自身の持つエネルゲイアの中で多数を相手でき、尚且つ高威力を持つ物だ。消耗が激しいのが難点だが、現状ではそうもいっていられず、多少は無理をしても継続させるつもりだった。
既に十人以上は気絶させている。このままいけば、なんとかなるのではないか。
アーブは希望の光が見えてきて、精神が高揚するのを抑えられなかった。
――だが、その希望は叶えられなかった。
凝縮された熱が水球に突き刺さり、まるで獲物を呑みこもうとする蛇のように絡み付き、水球を呆気なく霧散させた。
「ああ!!」
突如と消え去ったエネルゲイアに、アーブの中にあるヒュレーが力の行き場を失い荒れ狂う。
アーブは荒れる息のまま熱線が発射された軌跡を辿ると、右手を宙に向けたまま固まっているフランシスが居た。
奴が自身のエネルゲイアを食い破ったのだと理解すると、怒りがアーブの中で渦巻くが、同時にフランシスが自分よりも強力なエネルゲイアを放ったのだと理解させられる。
フランシスの傍にいる男が、筒状の物をエリオス達に投げつける。
エリオスはそれを宙で叩きつけるが、筒からは白色の煙が吐き出された。
豪雨で視界が悪かったのだが、煙は相手が見えなくなるほどに余計に悪化させる。
煙にまぎれて何かがやってくると判断し、さらに警戒するが、これまでとなんら変わらなかった。
雨のせいか直ぐに煙は晴れるが、影がエリオスの視界の片隅に降りてくる。
何事かと頭上を見上げると、エリオス達を捕えんとする網が降ってきている。
エリオスは自分達を捕えようとする網をどうにかしようと直ぐに切断のエイドスを放つ。
網が切り刻まれ、網はエリオス達を捕えることなく素通りする。
自分の頭上に影ができれば、人はそれに意識を移さずにはいあられない。レイアは前方だけに向けていた意識を上方にも向けざるをえなかったのだ。
――それが未熟なレイアにとっての失策だった。
今までにない強力なエネルゲイアがレイアの隙を突き襲ったのだ。
「あぁああああ!」
レイアを襲ったエネルゲイアは、レイアの意識を刈るには充分な威力だった。
「レイア!」
マーテルはすぐさま治療と意識覚醒のデュナミスをレイアに施すが、そこからエリオス達は窮地に陥った。
レイアの抜けたところをカバーしようとエリオスとアタルが防衛範囲を広げるが、今までの範囲でも苦しかったアタルにはカバーができず、相手のデュナミスが防御を抜けてアタルを襲っていく。
それはエリオスも同様であった。
アタルに比べれば少ないが、防衛の網を潜り抜ける盗賊達の攻撃は着実と傷を増やしていった。
彼らがその身を地面に横たえるのも、最早時間の問題だった。
フランシスは、エリオス達が苦戦している様を見て満足げな笑みを浮かべていた。
多少は手こずったが、それも時間の問題だ。
報告にあった『勇者』と『聖女』がいなかったのが気にかかるが、他の仲間が彼らを取り押さえるだろう。
上玉な女が手に入る。
彼はその邪な想像から舌舐めずりをする。
「くくくくく」
笑いが止まらなかった。自分達を止められる者は誰もいない。相手を容易く圧倒できるという万能感は、彼に酩酊に似た昂揚感をもたらす。
これからも自分達には弱者を凌辱する機会が与えられるし、勝者の理として当然の如く享受する。
弱者を平伏せる快感が彼を酔わせる。
――静かにその酔いは醒める。
ドサッと何かが、地に伏せた音がする。
何が起こったのかと、顔を向ける。
――黒き死神が断罪の刃を振り下ろしていた。
それが彼の認識していた最後の光景だった。