3-1 錯綜する思惑
シヴァ達は度々襲われながらも、誰一人欠けることなく盗賊の拠点に近い街に辿りつく事ができた。
道中、シヴァ達は最初を除き、戦ってはいない。レイアの実力の向上に努めた方がいいと判断されたので、それを阻害する実力者達の加勢は控えたのだ。
「ん~~~! やっと着いたようだな」
腕を天に伸ばし、身体を解すのは街に着く日数の間、両の手の指には到底収まらないほどの回数の戦闘をこなしたレイア。
彼女は順調に実力を付け、足手纏いにはならない程度には成長した。
今、彼らが向かっているのは、指定された宿舎。街への出入りを管理している役人に身分を証明し、魔導車を預けたところ、係の者から案内をして貰っているのだ。
「今日は皆さん、街に着いたばかりでお疲れでしょうから、明日市長と会談して貰います。その時に今現在判明している盗賊に対しての情報をお渡しします」
係員である彼女が足を止めたのは、街の中央に位置している宿舎。彼女が言うには、ここから市長のところまでそう遠くはないとのことだ。
「何かあれば中にいる係の者にお伺いしてください」
彼女は一礼して、ここから去っていった。
彼らに割り当てられた部屋は四つ。男四人、女四人と切りのいいことから二人ずつと分かれたが、シヴァはフラウ達のところで寝泊まりするので、あまり意味はなかった。
その彼らは、今二手に分かれている。
シヴァ達は街で消耗品の買い出し、エリオス達は訓練となっている。
消耗品の買い出しについては、パーティで使う物全般、個人で使う物は個人で後ほどとなっている。
「はぁあああああ!!」
裂帛の気合と共に、アタルはエリオスに斬りかかる。
「ふん!」
エリオスは斬りかかるアタルを彼の懐に入れまいと、ハルバードを薙ぎ払う。
アタルはそれを防御するも、重量と遠心力からくる重い一撃で足を止めざるをえず、懐へと飛び込む算段を立て直す。
本来ならば、稽古事ではデュナミスは使用しない。
周囲の環境へのダメージを考慮すれば、余り得策ではないからだ。
だが、今はそういったものを考慮しなくてもいい専用の訓練場を借りている。故に、レイアへの訓練も兼ねてデュナミスの使用は許可している。
「炎よ! 彼の者を焼き貫け! 《炎槍》」
アタルから発せられた炎槍は空気を貪りながら、狙い定めた者を焼き貫こうと直進する。
「《炎槍》」
エリオスが発した力ある言葉は具現化し、同じ形を持ち、向かってくる炎槍と衝突し、相殺する。
デュナミスには通常、詠唱を以て術者の思惑を反映する。これは、言葉を発する事によってイメージを固め、具現化する意思を固めるためだ。
だが、必ずしも詠唱は必要とはしない。デュナミスに必要なのは確固たるイメージとヒュレーのみ。この二つさえ揃っていれば、後のものは二つを補う為のものでしかない。
また、デュナミスには自然法則は当て嵌まらない。同量の水と同量の火がぶつかり合えば、水が克つのは自明の理なのだが、デュナミスの場合、多少はそれも反映されるが、大抵において先ほどあげた二つの要素がその優劣を決める。
故に、まだまだ未熟であるアタルと洗練されているエリオスのデュナミスでは注がれたヒュレーはアタルの方が多くとも、エリオスの方が使いなれている為に確固たるイメージを持っていることから互角となったのだ。
アタルは懐に入ろうと、エイドスを用いて隙を作ろうと画策し、時にはノエシスを纏って突撃を繰り返し、時には得意とする炎を用いたり、銃で遠距離から牽制したりとエリオスを翻弄する。
だが、エリオスも師である意地と戦士である誇りから、訓練であるため防御が主体であろうとも、アタルよりも一歩も二歩も先を歩んでいた。
レイアはそんな二人を見物しながらも、与えられた課題をこなす為に、エイドスの訓練を行っていた。
レイアは今まで師が居なかった為ノエシスのみを用いて、穢魔と対峙していた。だが、師を得られた今は、手札を増やす為エイドスの修行に励んでいた。
マーテルは攻撃用のエイドスを身に付ける為、アーブは魔導師の特性故に二人の修行を見ていた。
「エイドスを修行する際、もっとも効率がいいのは、自身の特性を見極め、一つのエイドスを極めることだ」
「どういうことだ?」
「これは本人の願望や性格等、本人を形作るあらゆる要素から言える事なんだが、エイドスはノエシスと違い、得意不得意がはっきり分かれる。基本的には得意なエイドスを極めた方がいいんだ」
アーブは少し集中すると、水の塊を掌に現出させた。
「俺なら水、あの二人なら炎といったところだな」
エリオスは師であるアタルの父が炎も得意としていたことと、同時に衝撃も得意としていたことから炎と衝撃を多用する傾向にある。
アタルは父に対する憧れと血筋によるものか、炎を得意としている。当然彼の戦術は父の模倣であり、エリオスからの見聞と稽古によって、己の血肉とすべく日々修行に励んでいる。
「どうすれば分かるんだ?」
「こればっかりは一通りやってみるしかねぇ。得意とするものならば、他のよりやりやすいはずだ」
肩を竦め、やってみろとレイアを促す。
指南書をレイアに渡してはいるが、当の本人であるレイアは本を読むことは苦手なのか、頭を悩ませながら読んでいる。
「不得意なものはやらないほうがいいの?」
マーテルは自身が癒しの術を得意としているのを把握している。だからこそ、今まで攻撃系のエイドスには手を出さず、治療系や補助系に手を出してきたのだ。
「得意なものをやった方がいいっていったのは、その方が習熟の時間がかからないからだ。得意なものと不得意なものでは、習熟の速度の差がはっきり出る。時間もないことだし、こいつにとってはその方がいいと思ってな」
「不得意なものでも得意なものと同じようにできるのか?」
指南書から目を上げて疑問を上げたのは、レイア。彼女としては得意なものが気に入らなかった場合、不得意なものでも気に入ったものに手を出したいのだ。
「できるといえばできるぜ。ただ……」
「「ただ?」」
「時間が物凄くかかる。基本的にデュナミスは触れれば触れるほどヒュレーとの侵蝕度を増す。例えば、使用したり、その特定のエイドスで攻撃されたりな。形はどうあれ、慣れる機会があればあるほどいいんだ。もしも、不得意なものを得意なもの並に使えるとしたらそれは……それだけ無駄ともいっていいほどの時間を費やしたということだな」
「ふ~ん」
レイアは己の得意なものは何かを探るべく、指南書どおりにエイドスを使った。
** *
大人数で行くのも無駄が多いので、市長との面談には、シヴァとフラウ、セレナだけで行くことになり、エリオス達は引き続き、訓練を行うことにした。
「トゥローズ市長、『勇者様』方がおいでになられました」
「入りたまえ」
「失礼いたします」
部屋へと入室を果たすと、宝石をこれでもかとばかりに豪奢に指に着飾った、でっぷりと太った禿頭の男がいた。
「これはこれは『勇者様』。よくぞ、おいでなられました」
嫌味なまでに笑顔を張りつかせた禿頭の男がシヴァ達に歓迎の挨拶を告げる。
「私はピピン=トゥローズ。ここ、コルドーの市長を務めさせてもらっております。ささ、どうぞお掛けになってください」
彼の勧めに従い、シヴァ達は見るからに座り心地のよさそうなソファにゆっくりと腰がける。
シヴァ達が座るのを確認しながら市長が呼び鈴を鳴らす。鈴の音が響くと、従者と思われる服装の女性が入室し、紅茶を用意する。
彼女が一礼し、退室すると、市長はシヴァ達へのお世辞もそこそこに、本題である盗賊達についての情報を提供した。
「君、例の資料を」
「はい」
秘書であろうか、先ほどまで案内してくれていた女性が、地図などの資料をシヴァ達に提供する。
「盗賊団は山岳地帯の麓にある砦を根城としております。ここは元々、隣国のエスタード王国を監視、または防衛ラインとして機能させる為に建造されたもので、穢魔がコロニーを築き上げた際、防衛ラインを維持できず放置されてしまったのです」
秘書であろう彼女は、はきはきと、怜悧な女性であることを示す様に淀みなく説明する。
「盗賊団の規模は約五十名程度ではないかと、度々派遣された軍や自衛団から推測されています」
「今まで討伐できなかった理由は?」
「コロニーが近くにある為、あまり大規模な派遣ができなかったことと、砦の周囲の地形が盗賊団にとって非常に有利に働いてしまい、彼らを討伐することが非常に困難とされております」
「周囲の地形?」
「はい。こちらから砦に向かうには、森林地帯を抜ける必要があります。森林地帯には盗賊団が仕掛けた罠や、彼らの奇襲によりどうしてもこちら側が不利になってしまいます。まずはこれが第一の理由です。二つ目は、仮に森林地帯を抜けたとしても、砦までへの道が細くなっており、高低差もあることから大規模な進軍は不可能で、さらに奇襲も一方的にやられてしまいます。攻めるには難き、守りには易い地形なのが、今まで彼らを討伐できなかった理由になります。元々、この場所はエスタード王国への奇襲や相手側からのそれを防ぐために建造された砦なのです」
シヴァは考えを纏める為に、紅茶を一口飲む。彼には紅茶の味は分からないが、芳醇な香りが口腔内に広がった気がした。
資料を見る。そこには、砦周辺の地形が詳細に描かれていた。防衛拠点として砦が機能していた頃の資料なのか、それとも盗賊団が根付いた頃のものかシヴァには判断できなかった。
「この資料は最近のものですか? それとも昔のものですか?」
言葉を少し省いてしまったが、何を意味するのか分かったのだろう。秘書の女性は直ぐに答える。
「昔のものになります。最近のものを手に入れたいとは思ってはいますが、盗賊団が邪魔してしまい、詳細なところは不明です。しかし、それほど変わっている訳ではないので、そこはご安心ください」
シヴァは少し考えると、
「では、盗賊団がこれまで使用してきた罠は分かりますか?」
シヴァがそう言うと、秘書の女性は笑みを深め、手元にあったもう一枚の資料を手渡した。
「こちらが、彼らが使用してきたとされる罠の詳細になります」
秘書の女性が罠の詳細を渡した時、一瞬不愉快そうな顔を市長がしたのをセレナは目撃したが、何も言わなかった。
シヴァが目を通すと、かなりの数の罠がそこには記されている。
「他には、ご質問はありますか?」
「……最後に一つだけ」
「何でしょうか?」
「奴らへの処遇は?」
「お好きなように」
それを聞くと、シヴァ達は場を辞す事を告げた。
「何かお必要なものがあれば、お申し付けください。ご用意させてもらいます」
優雅に一礼する彼女を背に、シヴァ達は去っていった。
秘書であるアメリア=ロックフェリアはシヴァ達を見送ると、市長室に戻った。
彼女が戻ると待っていたのは、いかにも不機嫌な市長であった。ピピンがアメリアを酷く不機嫌そうな顔で睨みつけている。
「どうして罠の事を教えたのだね?」
「何か不都合でも?」
「なに、先入観を持たせてしまえば、『勇者』の邪魔になるのではないかと思っただけだよ」
顔には出さないが、罠の事を教えたのを不服に思っているのは明らかだ。市長は罠の事を教えずに、最低限の事だけを教えて『勇者』に盗賊団の討伐に向かわせるつもりだったのだ。アメリアが罠の事を教えたのは彼女の独断であり、彼の予定にはなかったことなのだ。
「質問されたから罠に関する資料をお渡ししただけです。先入観を持たせてしまって邪魔になるかとも思いますが、やはり対抗手段を持てた方がよいのではないでしょうか?」
「しかしだね……」
ピピンが苛立ちと共に反論しようとしたところ、ドアがノックされ、屋敷で働く従者が姿を現した。
「ピピン様、お客様がお見えになられました」
「わかった。通せ」
「かしこまりました」
一礼して去る。
ピピンとアメリアの睨みあいは少し続いたが、
「下がれ」
退室を促す声を聞き、アメリアは一礼して部屋を出た。
彼女が部屋を出ると、来客らしき人物がこちらに向かって廊下を歩く姿が見えた。
来客は金髪を綺麗にセットしており、洒落たスーツを着こなしていたが、底知れぬ何かを腹の中に飼っているようでもあった。
アメリアは脇に退き、丁寧に頭を下げる。
来客も頭を下げ、市長室の中に入っていった。
市長室を辞し、暫く歩くとフラウが不安を紛らわせるようにシヴァの腕を抱え込んだ。
「どうした?」
「いえ……少し甘えたくなっただけです」
「……そうか」
セレナは市長室で感じた事を己が直感に従って報告する。
「正直に言ってしまうと、市長が豚の様な顔で私達の事を美術品を見定めるかのようなねちっこい視線で見ていたから気持ち悪い事この上なかったわ」
「ええ。正直に言ってしまいますと、焼き豚にしたいほどでした」
悪辣な彼女達の評価であったが、シヴァは肩を竦めただけで何も言わなかった。
「もしかすると……盗賊団と手を組んでいるかもしれませんね」
「根拠は?」
「女の勘です」
きっぱりと断定するフラウ。
彼女の勘だけでは根拠とは到底言えないが、組んでいると仮定した方がこちらの安全にも繋がるので、警戒することにした。
** *
市長室に入った男は丁寧な物腰ではあるものの、どこか慇懃無礼でもあった。
「『勇者』が盗賊団の討伐に乗り出したそうですね」
「ええ。全く子供のくせに生意気と言わざるをえんな」
ピピンはそんな男の態度に何ら構うことなく、『勇者』と崇められる生意気な子供であるシヴァを扱き下ろした。
「全くですな。……で、『聖女』の方はどうでしたか?」
「あれは実に素晴らしい。できれば手元に置いておきたいほどでしたな」
『聖女』であるフラウを思い出す。あの類を見ないほどの美貌を持つ小娘を自分専用の雌奴隷に仕立て上げたかった。『聖女』と呼ばれる神聖な存在を自分の手で堕落させたかった。それを想像するだけで性欲が掻き立てられる。他の雌などあれの前では霞む。いくらかかってもいい。絶対に手に入れたい。
「ほう……実は近々、新製品を入荷しようと思いましてね。できれば貴方に買っていただきたいのですがね」
ピピンは欲に塗れた顔で哂う。
「それは、それは……貴方方の新製品とあれば是非とも買いたいですな」
「ありがとうございます。私共としても大切なお客様のお期待に応えられるように、常日頃誠心誠意頑張っておりますので……ところで」
「何ですかな?」
「その新製品の他にも入荷する予定なのですが……いかがなさいますか?」
「ふむ、そうですな……今回は見送らさせてもらいます。私としてはその新製品を是非とも欲しいので」
「では、期待に添えるよう入荷しますので、今後とも私達の商品を御贔屓願います」
「もちろんですとも。では、宜しくお願いしますぞ」
「はい、もちろんです」
腹の底を窺わせない笑顔で男は嗤う。
ピピンは盗賊団と手を組んでいる。正確にいえば、彼らが攫った女性を買っているのだ。盗賊団としても、顧客であるピピンと彼が齎す討伐者の情報、コロニーの近くでもある故に大量に仕入れてもおかしくないほどの武器。
持ちつ持たれつの関係で彼らは手を組んできた。
そして、今回彼らが狙っているのは勇者一行。
ピピンとしても盗賊団としてもどうにか彼らを対処したい。そして、あわよくば『聖女』を手にしたいのだ。同行している女性陣も『聖女』には劣るものの上等の部類に入る。性処理としても、商品としても上等だ。暫くは安泰であろう。
彼らは夢を見る。今までの討伐者と同じように『勇者』を殺す夢を。『聖女』を組み伏せる夢を。極上の女を手に入れ、犯し、商品にする夢を。
男達は嗤う。欲望が成就する時を夢見て。
** *
「中々厄介だな……」
盗賊団をどう攻略するかを話し合う為にシヴァは資料を渡したのだが、エリオスは地形の厄介さに頭を痛めていた。
「街中で盗賊団についての情報を集めたんだけど、統率力も優れているみたいだし、隙が見当たらないんだ。一人一人の練磨も優れているみたいだし、何人かは国のトップにも引けを取らない実力だとの噂も流れている」
「嘆かわしいことだ。その実力は世の中の為に使うべきだというのに……」
アタルが街中で聞きつけた噂にレイアは酷く憤っていた。彼女にしてみれば、力というのは、弱者を守る為に使うべきものだろう。盗賊達はそれを間違った使い方をしていると、彼女の価値観から見れば、そう思うのも無理はない。
「神の使徒としても見過ごすわけにはいきません。しかし、どうしたものでしょう?」
実際、彼らは巧者なのだ。彼らの被害にあったほとんどが罠の被害にあっている。罠を潜り抜けたとしても、相当の実力者と敵対しなくてはならない。卓越した頭脳と他者を制する武力。盗賊でなければ、名立たる者となっていたに違いないだろう。――もっとも別の意味で彼らの名は広まっているが。
「俺としてもさっぱり妙案が思い浮かばねぇ」
アーブとしても対処療法でしか対応策は思い浮かばない。まさしくお手上げだ。
「どうする?」
エリオスはリーダーたるシヴァを見る。誰もが注目する中、シヴァはゆっくりと口を開く。
「正面から行くしかないだろう。だが、奴らの傾向を見るに、大人数であれば殺傷力のある罠を用い、少人数の場合、捕獲性がある罠を用いる傾向にある」
シヴァはリーダーを自称した覚えはないが、『勇者』である以上仕方がない面があると自任している。よって、リーダーである事を否定せず、建設的な意見を述べることにした。
シヴァが行ったことをアタルは確認する。確かに記録では、そのような傾向が見られる。
「絶対ではないだろうが、今回もそのような傾向になる確率は高いだろう。森林に関してはそれで行くしかない。森を燃やすという手もあるが、他国においてはそれは面倒がやってくるから打てる手ではない」
シヴァの森を燃やすという乱暴な策に一同は苦笑せざるを得なかった。確かに有効的ではあるが、国公認の作戦でない限り、それは現実的ではない。他国である以上、あまり好き勝手することはできず、してしまえばどうなるかは想像にすることは難くないので、森を燃やすという策は使えない。よって、シヴァの言う通り、正面から行くしかないのだ。
「砦に関しては、資料が最新ではないからそれで対策を立てれば選択の幅を狭める可能性も否めない。実際に確認して対策を立てた方がいいだろう」
シヴァの言うことは尤もであり、盗賊達にしても隙を消す為に砦に何らかの対策をしている可能性は非常に高い。やはり、実際に確認してそれから対策を立てる方が対処法としてはいいだろう。
「やはり、それしかないか……」
エリオスも正面から行くしかないと考えており、シヴァの言うことも尤もなので、反論はしなかった。
欲を言えば、対処療法で行くのは避けたかったのだ。アタル達は人と殺し合いをした事はない。それ故に、何が起こるかが分からなかったのだ。師として過保護かもしれないが、できるだけの対処はしたかったのが本音だった。
「それと憶測でしかないけど、市長と盗賊団がグルの可能性があるわ」
セレナの言葉はエリオス達にとって寝耳の水だった。
「何を根拠に……」
「ただの勘よ」
「勘で人を疑うのか!?」
何の根拠もなく疑うセレナにレイアは噛みつく。
だが、セレナは柳に風とばかりにレイアの怒声を受け流す。
「ええ。疑ってかかった方がいいと思って」
「だが……」
何の根拠もなく人を疑うのは彼女の意に反するのか、セレナの言葉を受け入れられずに愚痴る。
「となると、この資料も疑ってみた方がいいか?」
エリオスは感情を挿まず、冷静に事を検分する。確かに彼女の言う通りになれば、罠に嵌められる可能性は高い。だが、仮にそうだとしても、正面から行くことには変わらないのだ。ならば、この事を考えても仕方がないか、それともと堂々巡りになりそうになったエリオスの思案に終止符を打ったのがシヴァの考えであった。
「その資料に関しては問題ない可能性は高い。市長の秘書に渡されたが、彼女は市長を敵視しているようでもあったからな」
「そうなのかい?」
「これも勘だがな」
シヴァとしてもその真雁はどちらでもいいのだ。どちらにしても正面から行く以上、背後を気にするのは当然の事だ。ならば、警戒する相手を一人増やしたところで何の問題もない。また、いかなる理由で市長と秘書が対立していようとも、自分がやることは盗賊の討伐。自分には関係のないことだとシヴァは割り切っている。
「どちらにせよ、やることは変わらない。各自、必要だと思う物を準備する事にしよう」
エリオスがそう締めくくり、会議は閉会した。
** *
薄い夜着を纏ったアメリアは、その豊満な身体から肌が零れるのを気にせず足を組み、寝酒を呷っていた。
彼女が酒を呷ると、グラスの中の氷がカランと聞き地よい音を立てる。
思い出すのは昼間の『勇者』との会合。彼女は待ち望んでいたのだ。盗賊団を滅する事が出来る存在を――。もしそれが叶うのであれば、悪魔にでも魂を捧げてもいいし、身体を好きなだけ捧げてもいい。
グラスの中の酒に映るのは、復讐に燃える醜い女の顔。
彼女が復讐に燃えるのは、三年前死んだ弟にその原因があった。
弟はこの街の自警団に勤めており、力はお世辞にも強いとは言えなかったが、勤労意欲に優れた真面目な普通の青年だった。
彼は運が悪かった。時折、盗賊団はこの街に略奪しにくる。彼らの手口は鮮やかで、気付かれることなく盗みだけを働く。人が死ぬことはないことはないが、少ない方だった。だが、弟はその数少ない中に入ってしまった。
この御時世、アメリアの境遇に陥るのは珍しい事ではない。穢魔の出現から勢力圏を削られた人々が、絶望から盗賊に身を窶すのは珍しい事ではないのだ。
だが、珍しくないからといって、復讐に走らないというのは虫が良すぎるのだ。
復讐に身を焦がすのは、短絡的だ。――そうだろう。
だが、アメリアはそのようなことをほざく愚か者に同じ絶望を味合わせてやりたい。それでも、復讐に身を堕とさないのであれば、それはそれでよい。だが、アメリアはそれでは満足できない。盗賊共を滅ぼしたいという欲求はこの身に常に燻っている。
だが、アメリアには力がない。だから彼女は人を招き入れ、その者を使役することで、自分の代わりに復讐を果たしてもらう存在を求めていたのだ。
今の立場にいるのはそういう理由だ。
しかし、知ってしまった。この街の市長が盗賊団と手を組んでいる事を――。
証拠を掴み、引き摺り落とそうとしたが、探られているのを悟られてしまい、逆に縛られてしまったのが、数日前。
グラスがアメリアの掌の中で軋みをあげる。
証拠は揃っているのに、彼を吊るし上げることはできない。
人質を取られてしまったのだ。――妹を。
その事を思い出すだけで、ピピンを八つ裂きにして、その肥えた肉を踏み潰したくなる。
おそらく、妹は盗賊団のところにいるだろう。どのような目にあっているかは、想像もしたくない。
明日、『勇者』に接触を図り、妹の救出を頼んでみよう。
半分諦めているが、半分だけ諦めきれない。
(『勇者』ならば、少なくとも盗賊は殲滅してくださいよ)
盗賊団さえいなくなれば自分は、妹の生死はどうあれ、動く事ができる。
そうすれば、あの豚を監獄にぶち込む事が出来る。いや、処刑台に上がらせる。
グラスがアメリアの握力に負け、微塵に砕ける。
(あの豚――必ず挽肉にしてやる!)
彼女の瞳は復讐に燃えていた。
早朝、人目も少ない頃、アメリアがシヴァ達を訪れていた。
「朝早く申し訳ありません、『勇者様』。折り入って頼みたい事があるのですが……」
「……何ですか?」
日が出たばかりである早朝に訪れたアメリアにシヴァは不審に思っていたが、人目を避けたかったとの説明があったので、こうして部屋の中で話をしている。
「こちらを……」
そう言って出したのは、目の前のアメリアによく似ている一人の少女。アメリアがツリ目がちで怜悧な雰囲気を持つのだとすれば、写真の中の少女は温和な雰囲気をしているようだった。
「私の妹でございます。数日前、とある事情で盗賊団に攫われてしまい、できれば彼女も救出してほしいのです」
「……助けられる保証はありませんが」
「承知しております。できれば助かって欲しいのですが、攫われてしまった時点でどうなるかはある程度は予想がつきます。だからこそ――」
アメリアの瞳から一筋の涙が零れたが、シヴァはその事に一切感慨を生まなかった。ただ、本当ではあるが、何かを隠しているようだとも感じていた。
「……とある事情にはある豚が関わってますか?」
「――! はい。豚が他の豚と交配しているのを発見してしまい、監視員はそれを止めようとしたのですが、その監視の失敗を咎められてしまいました」
要するに、市長と盗賊団は繋がっており、秘書はその証拠を掴んでいると。
昨日の憶測が当たった形になるのだが、やる事は変わらなかった。
「それは災難ですね。こちらとしては、その事に関わる気はありませんから」
「それは残念です。できれば、他の豚が居なくなってしまえば、例の豚を処分できるのですが……」
「そうですか……では、他の豚は旅のついでに見かければ処分しましょう」
「はい。お願いします」
アメリアは愛想笑いを顔に張り付かせ、優雅にお辞儀をして、退室していった。
「繋がっていたようですね」
フラウも今の会話が何を意味するかは分かっている。
「ああ。盗賊団を片づけるのが俺達の役目だ。それ以上、ここのゴタゴタに関わる気はない」
「人質の少女はどうするのかしら?」
彼らの間では分かりきった事をセレナはシヴァに聞く。
「決まっているだろう。そいつは、ついででしかない」