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最後の英雄譚  作者: 陽無陰
第一楽章 至高の存在とそれに群がる者達 
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1-4 集う者達

 翌日、シヴァ達に今後の行動の指針が詳細に記された通達書が届けられた。そこには、明日の朝にある街へ出発。そしてその街を拠点にし、その街の近くにいる盗賊を対処した後、軍に合流し、コロニーを攻略することが任務となっていた。また、希望があるならば、直属の者を同行者として付けることも可能とのことだった。

 フラウ達にも通達書を見せると、言葉を濁してあるが、便利な捨て駒として、便利屋として使われていることが明白である。一瞬顔を顰めたが、元々こうなることは『勇者』であるならば自明の理だったので、文句を口に出さず、たた嘆息しただけだった。


「兄様、同行者を付けることが可能とありますがどうなさいますか?」


「必要ない」


 間、髪も容れず拒絶の意を示す。ここにいる誰もがシヴァがそう答えるのは分かりきっていたことなので、それに異を唱えることはない。

 しかし――


「付いてこようとする者は必ずいると思います。そう言った者達はどうなさいますか?」


「好きにさせればいい……セレナにでも任せればいいだろう?」


 シヴァがセレナの方を見ると、肩を竦め、心底面倒だといわんばかりの表情だった。


「私としても邪魔なだけなんですが……まぁ、私の役目は護衛ですし、その人達にも手伝ってもらうとしましょう」


 そう言って、もうこれに関しては興味を失ったといわんばかりに瞑想に勤しんだ。


「兄様、サティはどうしていますか?」


 いつもシヴァの周りをウロチョロしている小人は、今姿を見せていない。彼女がシヴァから離れることは絶対ありえない。


「ああ……サティなら今は寝てるよ。顕現しすぎたためにヒュレーを多く消費したからな。今は回復中」


「昨日サティは大はしゃぎでしたからね」


「違いない」


 二人が共に思い浮かべたのが、昨日の観光の時、あっちに行きたい、こっちに行きたいというサティのわがまま。情動が乏しい三人なので、サティに付き合うのは気疲れしてしまうが、同時に心地良くもあった。三人の事情もあってか、サティは昔からフラウとセレナを振り回していたのだ。



 サティは守護聖霊と呼ばれる存在だ。守護聖霊はデュナミスの最上界層である創世の詠(エンテレケイア)の第八位階に到達した時に、術者の特性・性格など本人を形成するあらゆる要素から自動的に創られることがある存在である。エンテレケイア自体至れる存在は稀であり、守護聖霊は通常何らかの獣の形をとるものであるが、サティはとある事情(・・・・・)から人型となっている。

 デュナミスは元々、生活の術として人々の間で重宝されていた。この世界のありとあらゆるものを構成するヒュレーを人体に取り入れ、人々の知識やイメージからヒュレーを加工し、現象を起こすことで人々の暮らしを豊かにしていた。

 だが、人の必然か――暮らしを豊かにしていたデュナミスは人々の争いに使われ、生活の術としてではなく、戦闘用の術として用いられることが一般的になってきた。

 その戦闘用の強力なデュナミスこそが、今穢魔達との戦闘で使われている魔導戦術(エネルゲイア)だ。(エネルゲイアはデュナミスの発展形である。そのことから、人々はエネルゲイアとデュナミスを混同している節がある。そのため、基本であるデュナミスと発展形であるエネルゲイアを纏めてデュナミスと人々は称している。つまり、エネルゲイア=デュナミスと認識してよい)

 エネルゲイアは大別すれば二種類に分けられ、一つが身体能力の向上、武装強化に使われるノエシス。もう一つが自然現象、物理現象を起こすエイドスに二分される。

 エネルゲイアは遺伝によるところもあるのだが、基本的にデュナミスを多く使えば使うほど、その効力を増す。

 火を例に持ちあげるならば、デュナミスが種火とするならば、エネルゲイアはその種火を元に燃え上がった焚火といえよう。もちろん、規模に差はあるが、デュナミスとエネルゲイアの差は歴然としている。

 そして、エネルゲイアの先にあるのが、エンテレケイアである。エンテレケイアはエネルゲイアをさらに先鋭強化し、術者にその恩恵を与えるものだ。

 これに至る正確な条件は未だ解明されていない。英雄と呼ばれていた存在は、高い確率で身に付けていた。しかし、彼らにも正確な理由は分かっていない。彼らが共通して言っていたことは、エネルゲイアを一つでも極め、己を知ることで至れるのではないかと憶測をたてていた。

 サティはシヴァの守護聖霊である。それ故シヴァ自身、エンテレケイアに至っている存在ではあるが、本人は至っているとは微塵も思っていない。

――至らされた(・・・・・)とは思ってはいるが……。



「ところで兄様……」


「ん?」


 フラウは顔を赤らめ、何かを言いにくそうに、何度も口を開いては閉じ、挙動もそわそわしていた。

 シヴァにはフラウがそのような態度をとる時に、何を行うのかを知っていた。定期的に行っていることなので、シヴァにとっては慣れたものである。いや、感情がほとんどないシヴァだからこそ何の感慨を生まないのであろう。


「例のあれか?」


 そうシヴァが告げた途端、フラウはその一片のシミもない白皙の肌を赤く染め上げ、こくりと頷いた。


「おいで」


 おずおずと――しかし確かな足取りでフラウはシヴァの傍に寄り、そしてシヴァの懐の中に入り込んだ。

 瞳を潤ませ、緊張から息が少し荒れている様は、人のものだとは思えない美貌も相俟って、犯し難い神聖さとそれ故に堕としてみたくなる劣情を感じさせた。

 シヴァはそんなフラウに何の感情も齎すことはない。彼の感情はとうの昔に擦り切れ、摩耗し、壊され、捨てたのだから。

 シヴァの瞳にフラウが映る。

 フラウの瞳にはシヴァの顔しか映していない。

 フラウの視界が徐々に昼から夜に変わる様に闇に包まれていき、何も映さなくなった時、フラウの唇にはフラウのものではない誰かの温もりが与えられた。

 フラウがわずかに口を開くと、舌がフラウを犯す様に捻じ込まれていく。 フラウはシヴァから送られてくる唾液を一滴残らず漏らさぬように啜る。

 フラウは暫くシヴァの唇を、舌を、唾液を味わうと、同じことをシヴァに繰り返した。

 二人の接点がなくなろうとすると、二人を繋ごうと銀橋ができていたが、やがてそれもぷつりと途切れた。

 フラウは行為の余韻を味わうかのように、シヴァの胸にその身を預ける。

 シヴァはフラウを抱き寄せ、優しく髪を梳く。

 この行為は二人を繋ぐ絆でもあり呪いでもあった。

 二人は世界を救うという偉業を達成するための弊害を克服するために、本人達のある特性や魔導術を利用して強制的に繋げられている。この繋がりを維持するには定期的に相手の体液を必要とし、二人には解除する術を持たない。

 二人がキスをするようになったのは、これが効率が良かった点もある。血液でも代用はできるが、フラウは幼少時のトラウマからシヴァを傷つけることを激しく嫌う。それはフラウが常日頃から『兄様が少しでも気が晴れるならば、どのような責めも喜んで受け入れます。犯してくださってもかまいません』という言動からも窺える。――シヴァにはフラウを責める気など毛頭なく、また護るべき者であるので傷つけることなどする筈もない。よって、体液の交換がキスになったのはある意味当然の結末と言えよう。


「…………はぁ…………いいけどね」


 彼らの情事を見たせいで、溜息をつきながら呟いたセレナの哀愁を誘う言葉は誰にも届かなかった。


  ** *


 冷たさを含む風がシヴァ達の頬を撫でる。涼しげな風ではなく、冷たさを感じるのは、曇天であるため陽光を雲が遮っているからだろう。数日後には雨が降るかもしれない。そんな予感をシヴァは見上げた空から予測を立てていた。

 国が魔導車を用意していたおかげで、街に着くまでの時間が大分短縮できるとシヴァ達は思っていた。人の集落を除き、野には穢魔が生息していた。コロニーほどではないにせよ数は決して少なくはない。後れをとることはないにせよ、厄介事はとっとと片付けておきたいシヴァ達にしてみれば、時間のロスにしかなりえないので移動速度が速いに越したことはないのであった。

 移動手段は魔導車だけではなく、魔導器の一つに《回廊門(ゲート)》と呼ばれる物がある。これは国内及び指定された場所にしか移動できはしないが、蓄積されたヒュレーを使用中はまるで門を潜り抜けるかのように人は言うに及ばず、物資を数多く運ぶことができる為、多くの国で採用されている。

 しかし、基本的に緊急用であるので、平時に使われることはあまりない。



 今回、盗賊団の壊滅及びコロニーの陥落の任務でシヴァ達に付いてくるのは五人。ウォードに所属している者は他にもいるのだが、同行を申請した者や戦闘要員が思ったより少なかったことと、軍は西方に力を注ぐので、南方が手薄になることを避けるためにそちらの方へウォードは人員を割いたのだ。『勇者』達への同行は、あくまで権利であって義務ではない。なので、今回のような事はシヴァ達にはこれからも起こり得るということなのだ。

今回少なかったのは、フレイス王国のウォードに所属している者達が不甲斐ない事もあったが、同行希望者の中に『黎明衆』の内の一人の一番弟子と一人息子が希望者の中に含まれていた為、人々が気遅れてしまった面もある。(さすがに不甲斐ない事が知られてしまうのはまずいので、表向きは少数精鋭と人々には話が通っている)



「初めまして、私の名はエリオス=レウクロス。ユナティア連合国の出身となる。こっちは……」


 始めに自己紹介したのは、茶髪を短く刈り込んだ偉丈夫だ。服の上からでもその盛り上がった筋肉がはちきれんばかりに主張している。また、泰然とした雰囲気と高身長もあってかどこか威圧的でもあった。


「は、はい! 僕はアタル=イグニードと言います! 十九歳です! 僕もユナティア連合国出身で先生とは師弟の関係にあります! ええと……それから」


 顔を赤らめ、茫然としていたところに声を掛けられ、軽くテンパっているのは赤みがかった金髪を持つ真面目そうな雰囲気を持つ青年だった。十九歳とのことだったが、彼の慌てた様と童顔からもっと幼く感じられた。

 彼のチラチラ見る視線の先にはフラウがいた。

 そんな彼を見て、こいつにも春が来たかと、にやにやとテンパる彼を落ち着けるように肩を抱くのは、見るからに軽薄そうな濃いめの青の色彩を持つ少し長めの髪を後ろに束ねた青年だった。


「まぁ、落ち着けよ……俺はアーブ=アームナート。こいつと同い年で同じ関係。よろしくな」


 そう言うと、アーブはアタルを連れて、少し離れた場所に行き、シヴァ達が何を話しているか分からない音量でアタルと話し込んでいた。アタルが喚き散らしているが、シヴァ達は誰も気にしてはいなかった。

 何もなかったようにシヴァ達に自己紹介するのは、後姿だけしか見かけていないが、チャートレス大聖堂で目にしたと思われる少女達。


「あたしの名前はレイア=アルキュール。それで、こっちがマーテル=ベレイーダ。ここの出身で親友。以上!」


 にかっと笑うのは活発そうな薄桃の少女。マーテルはぺこりと金砂の頭を下げると半歩下がった。

 お互い軽く自己紹介すると、魔導車に乗り込み、拠点となる街へと出発した。



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