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最後の英雄譚  作者: 陽無陰
第一楽章 至高の存在とそれに群がる者達 
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1-3 フレイス王国

 フレイス王国の首都パリスは『華の都』として有名だ。数々の芸術家達を輩出したこともそうだが、聖堂などの人々の目に留まりやすい建築物には匠の意匠を凝らし、人々の芸術に対する感性を高めていることがそう呼ばれている所以の一つだろう。

 街を一望すると、建物の高さがさほど差がなく、同じ様式であることもその一因だ。街そのものが一つの芸術作品と言えるだろう。

 その街並みをフラウはシヴァとまるで恋人のように腕を組んで歩いている。サティはシヴァの肩に留まり、セレナは護衛として彼らの後ろに付いてまわっていた。

 街ゆく人々がフラウを見て、恍惚とした溜息をついている。

 フラウは見る者を虜にする並外れた美貌を持っている。上機嫌な為、幸せそうにしていることも人々を魅了している原因となっている。

 だが、そんな彼女に声を掛けようとする(つわもの)はいない。気後れしてしまう美貌であることもその一助となっているが、主な原因はシヴァとセレナだ。フラウに近づこうとする者は二人の殺伐とした視線の集中砲火を受けてしまい、結果誰も近づけずにいた。



 余計な横槍が入らず、実に有意義な観光をしていたシヴァ達は、パリスで最も有名な大聖堂――チャートレス大聖堂を訪れた。

 夕暮れ時なためか、大聖堂を訪れようとする者はシヴァ達の他に目に付く限りはいなかった。

 二つの尖塔を持つゴシック様式の聖堂の重厚な扉を開けると、そこには神秘的な光景が広がっていた。

 外は夕焼けの為、朱陽が外の色を支配している。にもかかわらず、聖堂の中は清浄な蒼が染め上げていた。意匠を凝らしたステンドグラスが、この場を神聖で荘厳な場に仕立て上げていた。その中において、今一際神秘性を高めているのが、この世界で崇められている神の一人、女神パーバティの像に跪く様に膝を折り、その双眸を閉じ、両手を組んで祈りを一心に捧げている司祭服を着た少女だ。

 バラ窓から射し入る色鮮やかな光が、洗礼の如く降り注ぐ。少女の金砂の髪が神々しい光を受け、闇の中で煌めく星の如く輝いていた。

 シヴァ達はこの光景を崩すことを憚れ、ゆっくりと音もなく扉を閉めた。



 短くはない時間、祈りを捧げる金砂の少女に痺れを切らしたのか、少女の傍らにある木製の古ぼけた長椅子に座る薄桃色のショートカットを持つ少女は声を掛ける。


「相変わらず祈るのが好きだな。あたしはこういった場所もそうだが、じっとしてるのが苦手なんだけどな」


 そうぼやく古くから馴染みある友人に、金砂の少女はくすりと笑った。


「貴女はやんちゃな性格だものね。おばさん達が、貴方を神学校にいれて矯正させようとしたほどだもの」


「あんな生活、もう真っ平御免だ」


 窮屈だった学校生活を思い出したのか、薄桃の少女は頭を掻きながら顔を顰めている。そんな友人を金砂の少女はおかしそうに笑っている。


「しかし……本当におまえも行くつもりなのか? 正直に言ってしまうと、おまえは全然向いてないと思うけど……」


「ええ……神の使徒としてできる限り多くの人に癒しを与えたいの」


 金砂の少女は昔から信仰心が人並み外れて高かったからか、事あるごとに『神の使徒として』という言葉を使う。その事に薄桃の少女は思うところはあったが、今まで何も言わないでいた。

 しかし、今回は別だ。旅には危険が付き纏う。目の前の友人は癒しの術には長けているが、荒事に向いてはいない。生来の性格もあるのだが、何かある度に友人を護ってきたため、薄桃の少女は荒事は自分の専門だと思っている。

 だが、今回ばかりは護りきれる自信はなかった。危険だと、反対したとしても頑固なところがある友人だ。きっと彼女は激戦地でも信仰心から震えながらも足を運ぶだろう。


「それに、あなただって世界を何とかしたいからウォードに所属して、同行の許可を申請したのでしょう? 私達にその許可が下りたのも、神の御加護に違いないのだから、謹んで任務を全うしましょう?」


「いや、神の御加護というか、私達以外に申請する人がいなかったから選ばれたのであって……」


 フレイス王国で勇者の同行を申し出る者は、少女達以外にいなかった。なぜなら、勇者たちの同行には非常に危険が付き纏うことが原因だ。勇者たちが請け負う任務は常に最前線。

 しかも、旅を続けられる最低限の保証は約束されるものの、任務の褒賞などについてはほとんど得られる機会がなく、名誉だけしか同行する者は得られないのだ。その事から実利を優先する者は自国の兵になるか、もしくはウォードに依頼される仕事をこなすのだ。

 よって、仕事の危険度にもかかわらず割に合わない勇者の同行を申請する者は、フレイス王国には少女達以外にいないのが現状であった。

(仕方ない。『勇者様』にでも頼ってみるか……)

『勇者』に付いていけるのならば、自分の世界を見て回りたい衝動と混沌に染まってしまった世の中を正すことができる。

 さらに、友人の人々を助けたいという望みも満たせる。友人の護衛も場合によっては任せることができるだろう。一石三鳥であり、デメリットもない。

 あえていうならば、激戦地に足を運ぶことだろうが、目の前の友人ならば放っておけばそこに向かいかねない。ならば、優秀な護衛を付けることができる方がましだということだ。

(『勇者』ならきっと清廉潔白な人物だろうから、友人の願いを叶えてくれるだろう)

 彼女は『勇者』達に会った事がないが、世界を救うという大任を果たそうとしているのだ。ならば、それに相応しい品行方正で正義感溢れた人物だろうと見込む。

(でも、他の同行者はどうか知らないから、変な虫がつかないように気を付けよう)

 少女は友人の身を案じ、どうすれば虫がつきにくいか頭を悩ませる。


「どうしたの? 唸ったりして」


「ちょっと考え事をな……」


「ふふ……似あってないね」


「ほっとけ!」


 先ほどとは打って変わって、大聖堂に姦しい声が響き渡った。


   * * *



 フレイス王宮のある一室、議論が開かれる時に使われるこの大会議室では、王、大臣、軍団長、そして数人の文官と武官が一堂に会し、『勇者』をどこに派遣するかを話し合っていた。


「現状を確認します。今、フレイス王国で問題となっている大規模なコロニーは二つ。一つは南方、もう一つは西方にあります。南方は隣接しているロマーナ王国に近く、ロマーナ王国にも穢魔が流出するので現状において、危険度はさほど高くはありません。しかし、問題は西方です。こちらは山岳地帯に近い為、穢魔は隣接しているエスタード王国に流出する数は南方に比べ少なく、数多くの穢魔が蔓延っております。さらに、それを利用してか、盗賊共が山岳地帯を根城とし、派遣した軍、周辺の街に襲撃を加えております。盗賊共を根絶やしにしようとも穢魔の存在が邪魔になり、奴らを排除することが困難となっております」


 フレイス王国軍穢魔討伐最高責任者、ジャン=シルドレイはそう締めくくり、周囲の反応を待つ。

 誰も言葉を発しない中、最初に口を開いたのは、大臣のローカス=カロヴィングだった。


「仮に軍を二分したとして、一方を押さえることはできるかね?」


「押し止めることは可能です。……ですが、それも数に依ります。今までのような侵攻ならば可能ですが、それ以上となると困難と言わざるをえません」


 ジャンがそう言うと、何人かの文官は傍目には分からないほど微かな侮蔑の視線を向け、武官は拳を握り、自分達の不甲斐無さを悔いていた。


「ふむ……となると、『勇者』は西方に向けた方がよいか……」


 自分の考えを吟味するようにローカスが呟くと、疑問の声が湧きあがってきた。


「一つお聞きしたいのですが……あの『勇者』は役に立つのですか?」


「そうだ! 我らでさえ、手を焼いているのだ。たかだか十六程度の若造に何ができる!?」


「だが、コロニーを単身で陥落したと噂されているが……」


「ふん! そんなものは誇張にすぎぬよ! どうせ大方は排除してもらって最後だけ一人で片付けただけであろうよ!」


 一度野次が出ると、その勢いは止まらず、今までの静寂が嘘のように部屋に喧騒が満ちる。誰もかれもが騒ぎ立てる中、ローカスは自分の考えを纏めたのか、閉じていた目を開き、今だに騒ぎ立てている者達を一喝する。


「静まらぬか!!」


 ローカスの一喝に喧騒が止み、ローカスは自分の考えを聞かせようと、一言一句誰も聞き洩らさぬように静かに、しかし威厳を伴った声で話し始めた。


「『勇者』は西方に派遣する。軍は二分し、一方は南方を警戒、侵攻があれば防衛する。そして、もう一方はコロニーの陥落だ。ただし、我らが軍を主軸にするのではなく、かの『勇者』を主軸とする。といっても、『勇者』は穢魔の間引き、及び囮に使用するのであって、主力となるのはあくまで我らが軍だ。そして、『勇者』にはコロニー攻略の前に盗賊共を根絶やしにして貰う。盗賊共に横槍を入れられてはかなわんからな……。それまで軍はコロニーを攻略せず、準備を整え、『勇者』が合流した後、攻略することとする。反論はあるかね?」


 大臣の意見に皆、沈黙を保つ。といっても、何も言えないのではなく、大臣の意見に問題がないかを吟味しているだけであるので、大臣は彼らの意見が纏まるまで待った。

 反対意見が誰の口からも発せず、意見に従うことを示すかのようにローカスを仰ぎ見るのを確認すると、ローカスは最終決定をして貰うべく、王に裁定を窺う。


「皆の反対がないのであれば、大臣の意見を採用することとする。……『勇者』が役に立つかが、唯一の不確定要素ではあるが……あの『勇者』の狂信者であるスターリア王国が、そして世界中の魔導科学者達が叡智を集めて造り上げたのだ。精々、我らの役に立って貰うことにしよう」


 王はそう冷徹に嗤った。


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