1-2 遠巻きに眺める者達
シヴァ達が現在いるのは、スターリア王国に最も近いフレイス王国の首都パリスにあるウォードの宿舎に滞在している。ここはまるで教育機関施設、学校のような用途も兼ね備えている。学校との違いは授業はなく、与えられた指示に従い、救援を要請されたところへ直行することだろう。言い方は悪いが、基本的には傭兵の真似事だ。
シヴァ達が居る所の様な施設は各所にあり、ウォードに所属する者はそこを利用することになる。一箇所に固まりすぎないように調整はしているようだが、シヴァ達がここを訪れることは旅立つ前から分かっていたため、同行しようとする者は後を絶たなかったとされている。黎明衆の親族や各国の実力者の子は、数は少ないがウォードに所属している。現に一人、シヴァ達と同じ施設を利用している。
だが、決定的に異なる点が一つある。――それは実績だ。
仕方がない事ではあるが、ウォードに所属している者達は全員ではないが、穢魔との戦闘は経験している。だが、コロニーを陥落したことは当然ながらない。国際規約で独断によるコロニー攻略を公に禁じられている事もあるが、いずれのコロニーも自国の軍だけでは手に余る戦力を有している。だから将来性はあるが、経験不足の若者がコロニーを陥落などできるのは夢のまた夢だろう。
しかし、それを覆す者がいた。――それがシヴァだ。
既に各国の噂にはなっているが、シヴァはフレイス王国に旅立つ際、スターリア王国が滅びの淵に立たされない為に、小規模ながらもコロニーを単身で陥落した。
故に現在、スターリア王国は自軍のみで対処できる状態――つまりコロニーが存在せず、穢魔が疎らにしか存在していない状態にある。
シヴァ達はフレイス王国を困窮させている大規模なコロニーを陥落した後、各国の情勢を顧みて、救援を要請しなければならない激戦地に足を運ぶ手はずになっている。
そして、今現在シヴァ達が宿舎にいるのは、フレイス王国のどのコロニーを陥落させるのかを審議しているからであり、一時の休息を得ているのだった。
「お腹が減ったぞ~」
そう言ったのは、身長が約二十センチメートルの灰色の長髪を背に流している少女だ。物語の妖精が抜け出したような姿は非常に愛らしく、どんな強面の人間であろうと頬を緩ませずにはいられないだろう。その少女はシヴァの周りを飛び回りながら、空腹だと主に訴えている。
「食べなくても問題ないだろ、サティ」
シヴァは鬱陶しそうに飛び回るサティを見ている。
「そういう問題ではないのだ。食べなくても問題はないのだが、食事は日々摂らなくてはいけないものだ。故に、そこに快楽を見出すのは生物として当然だ」
サティはシヴァの目の前に止まると、踏ん反り返って反論した。
シヴァは肩を竦めると、肩を指でトン、と叩く。
サティは嬉しそうに、そこが定位置と言わんばかりにすぐさま座る。
「では、行きましょうか?」
フラウは髪をいつもの髪型に結んでいた。長髪を先の方で結んでいるため、まるで尻尾のようにゆらゆらと揺れている。
扉を開けるとセミロングの翆緑の髪を持つ、針のように鋭利な雰囲気を持つ少女が、不届き者が部屋に入るのを防ぐかのように佇んでいた。その彫像のような美貌も相俟ってか、近寄りがたい雰囲気を発している。
「セレナ、待たせたな」
シヴァは浴室から出た直後から感じていた気配に声を掛ける。彼女が部屋に入ることはフラウの護衛であるため何も問題はないのだが、部屋の中にはシヴァが居た為、彼女は部屋の外で待機することにしたのだ。
「ごめんなさい、セレナ。待たせてしまったわね」
「気にする必要はない。これが私の役目だから」
待たせてしまったことにフラウは友人であり、護衛でもあるセレナ=ニルヴェリア詫びるが、セレナは待たされることも護衛の一環と思っている節があるので、特に気にしてはいなかった。
「では、朝食に行くぞ!」
サティが号令をかけ、足を運んで間もない食堂に向かうこととなった。
シヴァ、フラウ、セレナの三人はスターリア王国で今最も知名度が高い三人で、セレナは二人に正式に供と認められている人物だ。
二人に供にしたいと認められれば、道中を共にすることはできる。
サティを含めた四人はスターリア王国での昔からの馴染みで、彼らに与えられた柵からか数多くの苦難を共にしたといえよう。
スターリア王国からは三人以外に国力からか、それとも国柄の為かウォードに加入している者はいない。四人にとっても煩わしいだけなので、彼らに加わろうとする者がいないことは有難くはあるが、同時にウォードに加入しようとする気概がある者がいないことは嘆かわしい事ではあった。
食堂に足を運ぶと、遠巻きから彼らに注目する視線があるのを察する。シヴァ達がここに到着したことは昨日の内に知れ渡っていたことなので、今のような状態になることは容易に予想することはできた。
シヴァ達にとってみれば、このような視線に晒されることは珍しい事ではなく日常茶飯事だった。できることならば、そのままずっと遠巻きに見ていてほしいのがシヴァ達の偽らざる本音だった。スターリア王国のように『穢魔を殺してほしい』という殺戮の声も『今世界が絶望に包まれているのはお前達のせいだ』という怨嗟の声も最早耳が腐るほどに聞き慣れている。羨望も嫉妬も怨嗟も慣れ親しんだものではあるが、鬱陶しいことにかわりはないので、有象無象の輩には近づいてほしくはなかった。
その願いが叶ったかどうかは定かではないが、幸いにしてシヴァ達に近づく者はおらず、静かな環境の元食事を摂ることができた。
シヴァ達は通達があるまでは待機することになっている。故に訓練にあてる事にしたのだが、他の三人はともかくシヴァは訓練か休息しか時間の潰し方を知らないので、観光ではなく訓練になってしまったのはある意味当然といえよう。
シヴァ達は訓練のために訓練場を借りることにした。自分達の他にも借りている者がいるため、少し離れて訓練することとなっている。
フラウは遠距離から攻撃するタイプの為、最低限の護身しか身に付けてはいない。もっとも下手な腕前では彼女には及ばない程度ではあるが。それに彼女の傍にはセレナが常に護衛している為、セレナを越えない限り彼女には近づくことはできない。
よって、シヴァとセレナは一定の距離を空けて対峙している。その二人をフラウとサティが遠巻きに観戦している。二人は稽古ではデュナミスを使わないことにしている。使うこともあるのだが、それはもっぱら誰も見ていない時だけ。己の手札を晒すような愚を冒さないためだ。この場には四人以外に人がいる。よって、二人はデュナミスは使わず、己の技量だけで訓練するつもりであった。
シヴァとセレナ、二人は共に同じ構えを取っている。剣を握っているだけで、自然体のままだ。長く時を共有したこともあって、お互いの手は知り尽くしている。その為か、無闇に動かず、静止したままで二人は互いに隙を窺っている。
張り詰めた空気が訓練場に浸透していく。いつの間にか訓練場の剣戟が止み、耳鳴りがするほどの静寂だけが場を支配している。
埒があかないと思ったのか、シヴァは消失してしまったと見紛うほどの神速で間合いを詰める。
セレナはシヴァの神速から繰り広げられる上段からの一撃に慌てることなく、横からあて、逸らすことでシヴァの剣閃を回避し、その勢いのまま一回転し、シヴァに横薙ぎの一閃を繰り出す。
シヴァは逸らされることを前提にしていたのか、逸らされた剣速を損なうことなく、淀みなく身体を回転させ、下段から雷光の如き一閃がセレナに迫る。
ギィィンと、金属音が大気を奮わせるほどの轟音を奏でる。
セレナよりもシヴァの方が男女の差の為か膂力がある。しかし、セレナが押し負けることはなかった。シヴァの剣が力を発揮できる位置に先んじて、セレナが風さえも切り裂いてしまうような剣閃を繰り出せたからだ。
二人はぶつかった衝撃を利用して距離をとる。
手には痺れが残っていたが、それにかまわず二人は相手に疾走する。
二人の剣の操る姿は似ていた。寒気がするほど鋭すぎる剣閃も、一切の表情も見せない冷徹な無表情も……。違いがあるとすれば、セレナが清流を思わせる流麗な動きであるならば、シヴァは奔流を思わせる荒々しくも躍動感ある動きであることだろう。
元々勝敗を気にしていなかった為か、決着を気にせず適当なところで稽古を切り上げた。二人が稽古を終えるとすぐにフラウは二人に駆けつけ、タオルと水を渡す。
「二人ともお疲れ様です」
フラウはシヴァにはタオルを渡さず、自分でシヴァから出ている汗を拭きとる。ここにいる三人ともフラウの行動には何ら口を挿まず、いつものことと好きにさせていた。
フラウは鼻歌交じりに上機嫌にシヴァから出てくる汗を丹念に拭き取る。
「いつまでかかると思う?」
やや言葉が抜けているが、シヴァと付き合いが長い三人は問題なく意味が通じていた。
「そうだな……着いたばかりである事を考慮し、明日以降ではないか?」
「そうね。それが妥当でしょう」
「では今日は何をしますか?」
「観光でよいのではないか? 出歩いてはいけないという通達はされてはおらんし、問題はなかろう」
「ではそうしましょう」
シヴァは女性陣に口を挿まず、会話も盛り上げようとはしなかった。シヴァは無口な方ではあるし、最低限の事以外は声もかけない。四人の中では会話は只管受け身だった。それ故か――。
「では、シヴァも行くのだぞ」
「……行かなくては駄目か?」
『駄目』
否応なく女性陣に振り回されるのであった。
四人が去った後、シヴァとセレナ二人の稽古にあてられたのか、一人の青年が今だに熱に浮かされていた。
「あれが『勇者』か……」
「あれで俺達より年下なのか……」
憧憬の目でシヴァ達を見ている青年に対して、もう一人の青年は唸りをあげて二人の稽古を何度も頭の中で二人の動きを思い返していた。
そんな二人を見て、二人の師に当たる熟年の男性は二人に喝を入れる。
「感心するのもいいが、触発されたのであれば、自分達の内に受け入れ、どうすれば昇華できるか考えろ! いいな!」
『はい!』
すぐさま二人の青年は二人の動きを参考にし、自分に昇華できないか稽古を再開する。
「――あいつらがあの人達の子供か……」
口腔で呟いた声は誰の耳にも届かず、虚空に消えていった。