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最後の英雄譚  作者: 陽無陰
第一楽章 至高の存在とそれに群がる者達 
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1-1 英雄の子

 闇に包まれ、ただ一人佇んでいる。

 闇の中にいる自分の身は何も聞こえず、何も触れず、何も感じない。

 ただ見えるのは細く、今にも消えてしまいそうな一筋の道だけ。

 後ろに戻ることはできない。他の道に逸れることもできない。ただ血塗られた、呪われた道を歩くだけ。

 一歩歩くごとに慣れ親しんだ粘性がある、錆びついた鉄のような味がする血が足に纏わりつく。自分のものか、他人のものか分からないほどに混ざり合った血が自身から零れていく。

 痛みを感じようとも立ち止まることはできない。

 恐ろしくとも逃げ出すことはできない。

 闇の中を只管歩き続ける。いつかこの身が砕け散るその時まで。

 ――怨嗟と絶望の道を歩き続ける。


   * * * 


(……朝か)

 夢を見ていた。内容は先ほどまで見ていたからかろうじて思い出せる。先ほどの悪夢は、自分がこれから歩む道程を暗示しているようだ。

 例え、先ほどの悪夢のような道程を歩むとしても自分としてはなんら不都合はない。

 なぜならその道を歩むためだけに自分は用意された(・・・・・)のだから。

 悪夢を見ていたせいか、汗が寝巻のシャツに吸いこんでしまっていて、シャツが身体にべったりと張り付いている。気持ち悪さを感じて、すぐにでも脱ぎ去りたい衝動に駆られるが、夢見が悪かったこともあって、汗と一緒にそれを流してしまおうと浴室に向かうことにした。


「兄様?」


 シヴァが浴室に向かう気配を察したのか、シヴァの妹であるフラウ=トリムールが寝惚け眼を擦りながら身体を起こす。雪よりも透き通った純白の長髪が零れ落ちる様は、本人の聖女の様な美貌もあってか幻想の一部が現実に飛び出してきたようだった。シトリンのような寝惚け眼が、開いたり閉じたりしながらシヴァを捉える。


「すまない。起こしてしまったか?」


「大丈夫です……」


 シヴァは寝惚けているフラウに近寄り、謝罪の意味を込めて頭を優しく髪を梳くように撫でる。

 フラウはシヴァが撫でるのを陶然とした様子で受け入れている。

 気持ちよさそうに受け入れてくれるフラウには悪いが、汗が張り付いたままなのもあまりいい気分はしないので、シヴァはフラウにその事を告げる。


「これからシャワーを浴びてくるよ」


 フラウは兄が朝にシャワーを浴びることは滅多にないことなので、訝しく思い聞こうとしたが、シヴァのシャツが汗で張り付いているのに気付く。


「では、お背中を流させてもらえませんか?」


 妹のこのような発言は珍しくなく、シヴァは自分が兄としては出来損ないであると自覚しているので、妹からお願いがあればできるだけ叶えることにしていた。

 また、妹の精神の安定(・・・・・)の為にもできる限り世話を任せていた。

 だが、シヴァは今までの境遇から人の情動に疎いが、さすがにこれはまずいのではないかと知識として、一応知識としてある一般常識から断ろうとした。


「それはさすがに……」


「お願いします! 兄様のお世話ができる機会はなかなか得られないのですから……」


 妹の必死の懇願とこれから自分のこれまでの負い目もあってか、シヴァには断れそうもなかった。


「はぁ……わかったよ」


「精一杯お世話しますね!」


 願いが叶ったこともあってかフラウは本当に嬉しそうな表情を見せた。 


   * * *


 シヴァが寝巻のシャツを脱ぐと、そこには鍛え抜かれたせいか極限にまで引き締まった無駄の無い筋肉が覗かせる。そして、そこには数えきれないほどの薄らとした傷跡と全身を覆う複雑な紋様を描く刻印が刻まれている。

 フラウはそのことに胸が引き裂かれそうなほど痛みを覚えてしまうが、彼女には何も言うことはできなかった。フラウ達はそういう立場に立っており、そしてこうなった原因の一部はフラウにもあるのだから……。

 こうしてゆっくりとシヴァの世話ができるのは、フラウにとってこれまで数少ない機会だった。これまでフラウはともかくシヴァは鍛錬だけにその身を費やしてきており、なかなか接する機会は得られなかった。これからフラウ達は、いつ命を落とすかもしれない身の上である。だからこそ、今までの分も込めて積極的にお世話するべきと、フラウは誓う。

 フラウはシヴァの艶やかに黒く光る髪が少しばかり羨ましく思う。フラウは母譲りの白髪であり、シヴァは父譲りの黒髪ということは他人から口伝えに耳にしている。幼い時に両親は亡くなったことを耳にし、それ故に両親については人伝にしか知りえない。それはシヴァも同様だった。フラウ達に両親が残したものといえば、傍迷惑な称号と負の遺産だけ。フラウ達には逃げ道はなく、ただ与えられた称号の示すとおりに役割を果たすだけ。

(兄様、私達はいつまでこの宿業を抱えればいいんでしょうね――)

 嘆いても仕方がないと知りつつも、嘆かずにはいられなかった。


   * * *


 シヴァとフラウは浴室を出ると、普段着に着替え、朝食を取るべく施設内にある食堂に向かうことにした。

 シヴァは衣服を着る際、黒色系の服を好む。なぜなら、自分が返り血を浴びることや自分が血塗れになることは既に前提条件なので、黒色系の衣服であった方が何かと都合がいいのだ。

 逆にフラウは白髪ということもあってか、明るい染色の服を好む。今朝着たのは白の体のラインを隠すローブ。髪の色と同色の為か、全身がほとんど白一色に染まっている。

 シヴァは苦笑する。まるで自分達の役目の様であるからだ。

 シヴァは今厄介になっている部屋を見渡す。

 部屋の中は殺風景と言っても過言ではなかった。あるのは机とクローゼットとベットだけ。それ以外には何もなかった。他の者が見れば寂しいと思うのだろうが、シヴァにはそのような感性は備わることはなかった。というよりも、彼にとっては親しんだものだからだ。――この部屋は彼の生きざまを表しているようだからだ。

 この部屋は、シヴァ達の故国にあるシヴァの自室と全く同じだった。ここには一時的にいるだけだから最低限の物しか置いていない。ここにはいつまでいるかは見当はつかない。滞在期間によってはフラウの私物は増えるかもしれないが、シヴァの私物は増えることはないだろう。

 妹やその友人はシヴァの自室に何かと飾りでも入れたがっていたようだが、その都度シヴァは断っていた。――自分には必要ないと。この部屋で過ごすこともあまりないと。

 シヴァ達が故国を離れ、世界防衛機構(ウォードと呼ばれる各地に人材を派遣する施設に足を運んでいるのは訳がある。

 

   * * *


 シヴァ達の住む世界はエイコーンと呼ばれているが、いくつかこの世界には不可解な点がある。

 その一つが、各地に必ずと言っていいほど点在している小さい灯台のような魔水晶(ルート)だ。

 そして、全ての魔水晶ではないが、その魔水晶から穢魔と呼ばれる異形の怪異が出現することだ。

 世界防衛機構が結成されることになったそもそもの始まりは、この世界に広く、そして数多く存在している壊すことも削ることもできない材質不明な魔水晶から突如穢魔が出現したことに由来している。

 その魔水晶はこれまで掘り出すことも動かすこともできなかったので、国が保護し、旅人の目印に、研究にと利用されてきた。

 だが、いつからかその魔水晶から凶悪な穢魔が出現した。

 各地に点在している魔水晶からは疎らしか出現しないが、穢魔が大軍勢を伴って出現し、それを守護するように滞在しているのが世界に五つあり、まるで門を潜り抜けるかのように穢魔が出現することから魔晶門(ペンタグラム)とその五つの巨大な魔水晶は呼ばれている。

 穢魔が尽きることを知らぬかのように圧倒的なまでに数が多く、力を有していたことも拍車を掛けていただろう。最初は僅かながらも抵抗していたものの、次第にその物量に押され、人々の抵抗は空しくも散っていった。人々の理解が届かぬ異常気象が相次いだことも関係しているだろう。無慈悲すぎる災害の前には、人々は震える身体で祈ることでしか自分を慰める手段はなかった。

 だが、人々の祈願を嘲笑うかのように穢魔は数を増すばかりか、大小問わずコロニーと呼ばれる巣をつくり、人々の支配地を少しずつ削り取っていった。

 誰もが絶望に包まれ、滅びを待つばかりとなったが、ある王国から希望の象徴として二人の人物が立ち上がったことにより、その斜陽の時を免れることとなった。

 その二人こそが、後に『勇者』と『聖女』と呼ばれる英雄の原点である。

二人は魔導の種(デュナミス)と呼ばれることになる魔導術を駆使し、獅子奮迅の働きで穢魔の軍勢を悉く退けていった。希望の象徴となった二人は絶望に喘ぐ人々の視線を背に、人々の悲嘆の元凶である穢魔を滅ぼし、穢魔の脅威に悲嘆する民を慰撫し、世界に蔓延る暗雲をまるで雲の隙間から洩れる陽光のように打ち払っていった。

 人々が望んだ英雄譚を目の当たりにした人々は、俯いていた顔を上げ、二人の活躍に呼応するようにかつての活気を取り戻していき、小さな火種が大火となりて太陽の如く世界を照らし始めた。

 人々の心に光と希望を齎していき、世界が二人を中心に纏まっていったことに敬意を称し、『勇者』と『聖女』と二人は広く認識されたのである。

そして、人々は穢魔を駆逐し、世界は平穏を得たのである。

 圧倒的な程の数の穢魔が存在していたにもかかわらず、最早穢魔は疎らにしか存在せず、人々はこれまでの反動なのか、今までの遅れを取り返すかのように栄華を極めた。

 人々の栄華は長きに渡る繁栄を齎したものの、盛者必衰という理から逃れる事は叶わず、再び斜陽の時を迎える事となったのだ。

 再び穢魔が多数出現し、過去の再現をするかのように世界を侵略し始めたのだ。

 穢魔が自分達でも対処は可能ではあることが既に証明されていたので、人々は――いや、各国は功を競うかのように国の象徴となる『英雄』を輩出していった。

 穢魔が前回と違い、世界中ではなく各国で対処できるような規模の軍勢でしか現れなかった事もあるだろう。

 世界共通の英雄である『勇者』と『聖女』ではなく、国の象徴となる『英雄』を輩出するのがいつしか通例となったのだ。

 その慣習が変わる事になったのは、約十六年前。

 数多くの英雄が輩出される中、『英雄』の原点である『勇者』『聖女』と認められる事となる二人の英雄が、原点である二人と同じ国から輩出される事となる。それがシヴァとフラウの両親、ルドラ=トリムールとラクス=トリムールだ。

 二人の祖国――スターリア王国は島国だ。大半の穢魔は海を渡って上陸することはなく、魔水晶から出現することでその数を増す。スターリア王国は幸運にも他の大陸に比べ面積が狭く、穢魔が出現する元となる魔水晶の総数が少ない為か、それとも他に理由があるのか、穢魔は他の大陸に比べ遥かに少なかった。それ故か、穢魔の支配からは縁遠かったが、突如としたこれまでにない穢魔の大規模な侵攻が世界中で一斉に起こり、世界中が窮地に立たされることになった。その時、人々の中心に立って穢魔の大群に抗うことになったのが、スターリア王国で屈指の腕前を誇っていたルドラとラクスだったのだ。

 今までスターリア王国からは、『英雄』と人々から称賛される程の功績を挙げる優秀な人材は輩出されなかった。他国で度々起こっていた穢魔の侵攻がなかったのも一つの理由だろう。

 ――だからだろうか? スターリア王国の人々は二人を挙って二人を奉り、古の英雄譚の再来とばかりに二人を救世の旅へと誘ったのだ――生まれたばかりの子供二人を残して。

 その後の二人の功績は、各地に語り継がれるほど伝説的な活躍だったという。国の代表とされる『英雄』は各国に存在していたにもかかわらず、それらが霞んで見えるほどに目まぐるしく活躍することとなった。

 そんな二人が提唱することになったのが、国の象徴である『英雄』ではなく、世界共通の象徴である『勇者』と『聖女』を旗頭とした世界統一軍の誕生である。

 二人が提唱した案は、二人のこれまでの功績もあって実現する事となり、各国は二人をサポートすべく各々の英雄と軍隊を二人の旗下に加えることにしたのだ。

 その軍は、元々二人の旅に加わっており人々が特に称賛していた主な英雄達八人の総称で呼ばれる事となったのだ。闇に覆われた世界を希望の光で照らし、新たな時代を築くために先駆する集団――黎明衆(セフィロト)――と。

 だが、世界統一軍を指揮下に加え、穢魔のほとんどを大陸から駆逐した彼らの偉業も世界に五つしかない魔晶門の最後の一つで途切れることとなる。詳細は定かではないが、彼らからの連絡はそこで途絶え、その後の姿も確認されていないことから全滅したのではないかと噂されている。さらに、封印されたはずの魔晶門から再び多数の穢魔が出現されたことがその噂に拍車を掛けた。

 人々の希望の象徴であった黎明衆の訃報に人々は意気消沈し、追い討ちとばかりに黎明衆の招集によって低下していた各国の軍事力低下の隙を突くように穢魔の軍勢が国土を侵略され、悪夢の再来とばかりに世界中の情勢は元の木阿弥となった。

 そんな絶望に沈む人々に希望の光を射すことになったのが、稀代の英雄であるルドラ=トリムールとラクス=トリムールの子供である――シヴァとフラウが二人の代わりに(・・・・・・・)『勇者』と『聖女』になるというスターリア王国の発布だった。暗澹としていた人々にとって、その発布はまさしく救世の光だった。人々はその発布を受け入れ、二人をサポート――いや、二人に世界を救わせる(・・・・・・・・・・・)ために各地に人材を派遣することを目的とした世界防衛機構を設立。そして、今後の国際情勢でイニシアチブを取らせまいと、自国の軍事力が激減しない範囲で二人の出立に合わせた人材を育成し、あわよくば『勇者』と『聖女』の称号も掠めようと画策した。

 そのような事情もあってか、世界防衛機構には戦力の加算もそうだが、復興を目的とした様々な人材が、主に若い芽ではあるが集結することになったのである。


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