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最後の英雄譚  作者: 陽無陰
第二楽章 水の都
19/21

2-3 つかの間の休息と作戦会議

 アーブは懲りていないのか、またもやコロッセオに行くと言い張り、監視役としてレイアが抜擢された。マーテルもそれについていくこととなった。

 シヴァ達は市内からあまり離れるわけにはいかないから、日帰りできる範囲で周囲の穢魔を暇つぶしに倒すために出掛けた。

 アタルとエリオスはコロニーの攻略が二週間後になることから、ウォードにある依頼を受けることにした。

 少しばかり距離が遠かったが、攻略までは半分程度の日数が残ることから受けることにしたのである。

 


 これはその依頼の最中。

 商人の荷物の運搬の護衛がアタル達の仕事になる。

 


 アタルは剣を炎で纏った炎剣ではなく、炎そのものを剣にする炎剣を取得しようと思っていた。コロッセオで水の変化を富む状態を見て、自分にもできはしないかと考えた結果だった。

 それには、父の影響も大きかった。伝え聞くところによると、父はガンブレードの刀身に鋼鉄を具現化する事もあれば、刀身を炎そのものにしたとも聞いている。

 原理自体は簡単である。炎のエイドスに切断のエイドスを重ねるだけ。

 だが、これが上手くいかない。

 剣を炎で纏った状態までは維持できるのだが、それ以上が上手くいかない。

 炎が気体である特性を生かし、射程を延ばそうとするも、手元から遠ざかるほどに霧散してしまう。

 また、上手くいったとしてもヒュレーの密度が薄い状態になってしまう。

 射程を自在に伸ばせる剣といえば耳触りは良いが、デュナミスの性質上、相手のヒュレーを浸蝕できる程の力を込めねば意味がない。

 理想としては他の部分は薄く、相手に当たる部分だけ濃くできればよいのだ。

 全てに均等にヒュレーを巡らせてしまえば、莫大な量のヒュレーを消費することになるので、それは現実的ではない。

 ならば、別の形を取るか。

 例えば――


「《獅吼爆炎(レオ・インパクト)》!」


 野獣の咆哮の様な轟音が、爆炎と共に豪獣種に叩きつけられる。

 エリオスが使うデュナミスは、得意とする炎と衝撃――爆炎のエネルゲイア。

 炎と衝撃を複合させ、指定させた方向に爆炎を叩きつけ、対象を焼き飛ばす。

 だが、未熟なアタルには、これは未だ使えない。

 爆炎自体は使えるのだが、肝心の方向の指定ができないのだ。

 方向を指定できねば、爆炎は全周囲に撒き散らされ、接近戦では術者をも巻き込んでしまう。エリオスのように近距離技は使いこなせないのだ。

 ノエシスを纏い、駆竜種を袈裟斬りにする。

 水棲種を細かな炎の刃で切り刻む。

(まだまだ遠いな……)

 アタルは気合を入れ、残りの穢魔を片づけることにした。



 そよ風が近くにある海から匂いをアタル達に運んでくる。

 フレイス王国とは違う夜風に、アタルは旅をしているのだと実感させられる。


「先生、父さんはエンテレケイアに至っていたのですよね?」


 いま思い出すのは、父の背中。

 父と同じように旅をしているだけに、その違いが実力差として露わになっている。


「ああ」


「どうすれば、父さんの様に至れるのでしょうか?」


 目標を失ったアタルが次の目標として立てたのは、エンテレケイア。

 これほど明確な目標もないと、アタルは思っている。


「こればっかりは俺にもわからん。俺も至ってないからな。もう少しだと思うのだが……」


「そうですか……」


 意気消沈しているアタルに、エリオスはかつて師に同じ質問をしたと思いだす。

 自分も同じように意気消沈したのだと懐かしむ。


「俺も師に問うたことがあるのだが、返ってきた答えは『世界を感じ、己を知ること』だと返されたよ」


「『世界を感じ、己を知ること』ですか……」


「ああ。俺もそれが何であるかは問うたが、答えは教えてくれなかった。というよりも、これは己の感覚でしかないので、上手く伝授できないと実感しているよ」


「先生は答えが何だかわかるのですか!?」


「ああ。アタル、自分のヒュレーを意識できるか?」


 アタルは己のヒュレーを改めて自覚する。


「はい」


 かつて師が教えてくれたように、エリオスもアタルに伝授する。


「では、俺のヒュレーは?」


 エリオスがアタルの腕を掴むと、エリオスのヒュレーがアタルのヒュレーを浸蝕する。

 アタルはこれが師のヒュレーだと感知した。


「わかります」


 エリオスはアタルの腕を離す。


「では、世界にヒュレーが流れている事がわかるか?」


 そういわれ、アタルは自身のそれとは違うヒュレーを探そうと、意識を広げるが、先ほどまでの鮮明なものとは異なり、茫洋として実体を掴めない。


「流れている事は分かりますが、実体が掴めません」


 エリオスは頷く。

 それは、かつてエリオスも通った道だった。

 エリオスも実体を掴めるようになるまで長い時を過ごしたのだ。


「流れの実体を掴み、受け入れられるようになる事が『世界を感じる』ことだ。俺ができるのはここまでだ。実体を掴めるようになることも『己を知ること』も助けにはなれない。寧ろ、邪魔になるだけだ」


「いえ、ありがとうございます」


 アタルは感謝していた。

 道に迷いそうになると、師は道を示してくれる。

 ならば、弟子としてそれには応えねばならない。


「今度からはこの流れを掴めるように瞑想するのがいいだろう」


「はい!」


 夜風がアタルの身体を冷やそうとするが、アタルの身体に宿った情熱は冷えそうにもなかった。


  ** *


 アーブは熱狂渦巻くコロッセオを肩を落として後にした。

 賭博に負けたのもそうだが、レイアに元金を取り返そうと、次の賭博に大量の賭け金を賭ける度に小突かれるのだ。

 散財をすることはなかったが、アーブとしては不完全燃焼だった。

 彼としてはでかいのを一発賭けて、一発で取り戻したかったのだ。

 今は二人の買い物に付き合い、その小休止として、カプチーノを飲んでいる。

 何気なく周囲を見渡すと、観光客なのか、壁と一体化している三人の像が特徴的な泉に後ろ向きにコインを投げ入れている。

 耳に挟んだところ、一枚でここに帰ることができ、二枚で大切な人と永遠に一緒にいる事ができ、三枚だと恋人や夫、妻と別れる事ができるらしい。

 なんだそれはと思ったが、アーブにとっては投げ入れられるコインの方が気にかかった。

 もったいないと思うのだが、これも願掛けかと思いそれ以上泉について考えるのをやめた。

 アーブは今回のロマーナ王国の決定について思いを馳せた。

 アーブとしてはロマーナ王国の決定に万万歳だった。

 なにしろ、今回は無用な危険を冒さずに済む。

 親友はこのことに不満を持っているようだが、自分はそうではない。

 一般人としては、無茶はあまりしたくないのだ。

 酒場に行き、噂話を聞いたところ、今回の決定はフレイス王国との確執にあるらしい。

 ロマーナ王国の威信を見せつける行為だと耳に挟んだ。

 馬鹿らしいとも思うが、そんなものかとも思う。

 アーブ達の祖国、ユナティア連合国は世界に対する野心が強い。

 自分達こそが世界の覇者であり、世界をリードするのだと息巻いている。

 親友はそんなところが嫌いでウォードに所属したのだと思う。――一因でしかないだろうが。

 目を閉じると、群衆のざわめきが耳を澄まさなくともアーブの聴覚を刺激する。

 その中に聞き慣れた粗い足音が混ざる。

 どうやらレイア達が戻ってきたらしい。

 まだ付き合わされるのかと気が重くなり、アーブは溜息をついた。


  ** *


 周囲の穢魔を一掃し、シヴァは一息をついた。

 彼の力は白の欠片を取りこんだ事により、以前よりは力を増している。

 使いこなしているというわけではないが、馴染んではきている。

 彼のヒュレーに対する感覚は鋭敏さを増し、世界のヒュレーの流れが手に取るように分かる。

 だが、彼はロマーナ王国に入った時から、フレイス王国とは異なる大地のヒュレーの流れに違和感があった。

 フレイス王国が温暖、寒冷入り混じっているのであれば、ロマーナ王国は寒冷のみだけだった。

 感覚的なものなので、言語化できないが、一方に偏っている。

 そんな違和感を抱いている。

 だが、いくら考えようとも違和感の正体が判明しないので、彼は海が一望できる丘に向かった。

 そこでフラウ達が待っている。



「シヴァ、あーんだ」


 サティがフラウがした事を羨ましがり、今度はサティがシヴァに食べさせていた。

 食事はパニーノに似ているが、少し違う。

 パンが表面を焼かれ、口を閉じている。

 ホットサンドと呼ばれているらしい。

 噛んだところから溶けたチーズが零れ、シヴァの口元に垂れる。

 サティはすかさず、溶けたチーズを舐め取る。

 フラウが羨ましそうに見ているが、誰も気にしていない。

 ホットサンドの具はロマーナ王国では定番の物であり、トマトの瑞々しい歯ごたえや魚介類の海の風味がシヴァ達の口内に広がる。

 サティはシヴァの膝に乗り、ホットサンドを食べさせてもらっている。

 シヴァは丁度いいので、サティ達に先ほど感じた違和感を聞いてみる事にした。


「兄様もですか?」


「確かに、偏っている気はするわね」


「冷水に浸っている様な感覚だな」


 誰もがシヴァが感じた違和感を感じ取っている。

 フレイス王国という比較対象があったので、余計にそう感じるのだ。


「『知識(ダァト)』から引き出せないのですか?」


 こう言った事に関してはエンテレケイアに記されているので、フラウはそう尋ねたのだが、


「駄目だな。あと一歩というところで、靄がかかる」


 もどかしくはあるが、事実だった。


「この地の欠片を取り入れればわかるかもしれんな」


 ホットサンドを食べ終わったサティは小さくなり、シヴァの肩に止まった。


「今後このような事が起こるかもしれないから、ある意味丁度よかったのかもしれないわね」


 そうだなと、シヴァ達は頷き、この話を打ち切った。


「ところで兄様……」


 フラウが太腿をポンポンと叩いていることから、シヴァはフラウが何を言いたいのか理解した。


「最近甘えてくるな」


 フラウの膝に頭を載せながら、ロマーナ王国に入ってからのフラウの行動を振り返ると、甘える回数が増えてきていると思った。


「暇な時間は貴重ですからね。存分に甘えなくては」


「我も甘えるぞ!」


 シヴァの腹でサティはゴロゴロと転がっている。

 セレナはやれやれと肩を竦めた。

 これが彼女達のシヴァとのコミュニケーションだと、セレナは理解している。

 シヴァは常に全力投球で接しなくては、絶対に人の意を解しはしない。

 人の機微な感情などシヴァが察する筈はないのだ。

 セレナも穏やかな時間は旅に出てからしか心から味わっていない。

 だから、彼女達を止めはしない。

 自分達は絶望の道を歩むのだ。

 決まりきった結末を演じるのだ。

 これくらいは許してもらわねば困ると切に願った。


 四人の穏やかな時間を邪魔する無粋な穢魔がいたが、その穢魔達は例外なくフラウの視線一つで撃退していた。


  ** *


 ロマーナ軍上層部は一堂に会し、南部の攻略についての話し合いを進めていた。


「コロニーは沿岸部にその牙城を構え、その周りを屯する穢魔は、万は確実に上回っているといわれている。さらに……」


 作戦の説明を行っていた男は、コロニーとそこに生息する穢魔を映していた画像を切り換える。

 この魔導器はカメラと呼ばれており、当時の事を写真及び、動画で記録する魔導器だ。

 そのカメラに映されていた画像をスクリーンに映し出し、室内にいる者達全員に見えるようにしていた。

 カメラに映し出された画像はここ最近のものであるが、次に映し出されたのは最近のものではなく、以前コロニーを攻略しようとした時に撮られたものだった。

 その画像を見て室内にいる何人かは歯噛みした。

 そこにはロマーナ王国において天敵とされる厭魔が映し出されていた。

 厭魔の名は、カクス。

 身の丈が十メートルを超える巨人で、人型をしているが下半身は毛皮で覆われている。首が三つあるが、人型の頭部ではなく獅子の頭部を持っている。

 約十年前、独自にコロニー攻略をしたロマーナ王国は、このカクスに軍を蹂躙されてしまった。

 その後、フレイス王国南部のコロニー建設もあってかコロニー攻略に乗り出せなかったのだが、虎視眈々とその機会を窺っていた。


「厭魔カクスが我らの攻略の行く手を阻む。だが、我らとて足踏みなどしていない。奴を倒すべく、力を蓄えてきた!」


「その通り!」


「今度こそ倒してくれる!」


「奴など我らの敵ではない!」


 次々と奮起の声が上がる。

 敗戦していたにもかかわらず、誰も士気を衰えさせていない。寧ろ、燃え上がる炎の様に勢いを増すばかりだった。

 そんな彼らの雄姿を見て、説明していた男は力強く頷く。

 コロッセオという一大事業が彼らにとって功を成した。

 コロッセオは元々、過去の遺産としてロマーナ王国は取り扱っていた。そして、穢魔の出現時から穢魔との戦で人々が臆さぬように、戦場に慣れるための舞台として闘技場を修復し、今の事業を築き上げたのだ。

 闘技場で戦えるのは、軍の中でも誉れの高いものであり、強き者として扱われる。なので、兵士達はそこに出場できるように己を磨きあげた。

 闘技士という場に似あわぬ存在がいたが、彼らは所詮騎士の決闘のための余興にすぎないと、彼らは認識していた。


「その厭魔を倒すために今一度、奴を検証する」


 そして、画像が切り替わる。


「奴の攻撃手段は、まずその巨体を活かした踏みつけが一つ」


 映し出された画像は、カクスがその幅三メートルを超える巨大な足で踏みつける姿だ。


「この踏みつけはただの踏みつけではない。ノエシスによる強化と振動のエイドスを周囲に撒き散らし、近くにいた兵士達の動きを止めてしまう」


 足元からの振動で立てなくなるだけではなく、伝播する空気の振動が兵士達に叩きつけられるのだ。過去、何人もの兵士達が振動に動きを封じられたことかと、男達は腹を立てる。


「次に奴の棍棒だ」


 画像が切り替わり、カクスが手に持った先の方の幅が極端に広い棍棒を振り下ろす姿が映し出された。


「踏みつけで動きを止め、棍棒で止めを刺す。これが奴の持つ攻撃パターンの一つだ。しかも、こちらにもノエシスによる強化と振動のエイドスを付加している。これをどうにかしない限り、我らに勝ち目はない」


 過去の敗戦で大敗を喫したのは、厭魔に対する情報が不足していたからだと睨んでいた。

 だからこそ、明らかになったカクスの攻撃を防ぐために十年もの間、彼らは力を磨いたのだ。


「最後に、奴の三つの頭部から吐き出されるエイドスの炎だ」


 画像が切り替わり、三つの頭部から火が吐き出され、周囲の兵士達を焼き殺す姿が映し出された。

 室内に怒気が満ちる。拳を握りしめる音が室内に僅かに響く。

 かつて、同胞を厭魔に殺された事を思い出し、当時の自分の無力さと仇を取って見せるという義憤が彼らの心に芽生える。


「このエイドスの厄介さは、その攻撃の範囲の広さと込められたヒュレーの多さだ。単独で防げたものはおらず、複数で協力し合ってやっとのことで防いだのだが、その直後に棍棒による圧殺が死因となってしまう」


 かつてその場にいた者達は目を閉じ、過去の光景を思い出す。

 彼らが助かったのは、単にカクスから遠く離れていたという幸運でしかなかった。

 カクスの傍にいた者は例外なく殺されており、生き残った者も敗戦の事実と敵の圧倒的なまでの強さに戦意を失ったものだ。

 あれから時を経て、彼らの心に残ったのは、敗戦の惨めさと戦意の喪失ではなく、勝利への渇望と戦意の高揚だ。

 再び目を開けると、次は周囲にいる穢魔への説明に入っていた。


「周囲の穢魔の大半を占めているのは、屍骨種と水棲種との報告が入っている。屍骨種の方は問題ないのだが……水棲種の方は我らと少し相性が悪い」


 その言葉に一同は返す言葉はなかった。

 ロマーナ王国では水のエイドスを多用する兵士が大半だ。

 その事を誇りに思っており、これからも変えるつもりはないのだ。

 だからこそ、水棲種は彼らにとって厄介な存在なのだ。

 水棲種には水のエイドスが効きにくいので、水のエイドスは使えない。

 よって、他の穢魔に比べ、水棲種は戦いにくいのだ。


「だが、多少相性が悪いからといって、引く我らではない! そうだろう、皆の集!」


『おう!』


 ここに相性が悪いからといって、臆病になる者など何処にもいなかった。

 彼らの表情は自信に充ち溢れ、負ける気などさらさらないと言わんばかりだった。


「では、作戦の内容に入る」


 次に出された画像はコロニー周辺の地図だった。


「コロニーは沿岸部にあるため、実質的に攻められるのは三方向のみといってもよい」


「海側からは攻められないのですか?」


「戦艦による遠距離攻撃による穢魔の殲滅を意味するのだな?」


「はい」


「それは不可能だ。なぜなら――」


 言葉を区切り、画像と共に説明が入る。


「海皇種がコロニーの海側からの攻略を不可能にしている」


 巨大な尾らしきものが戦艦を真っ二つに折り、海の底へと沈めている姿が映し出されている。



 海皇種とは大海に王者の如く君臨している穢魔である。五十メートルは優に超える巨体なので、何もない海原で攻撃されてしまえば、撃沈されるだけの末路を辿ってしまう。

 通常、海皇種は自ら攻撃を仕掛けることはなく、彼の真上を船が通り過ぎたとしても無視してしまうため、穢魔の中では安全な部類に入る。

 だが、コロニーの近くにいる海皇種は別だ。

 彼らはそれまでの行動が嘘のように積極的に船を沈める。小舟程度であれば見逃されることはあるが、戦艦クラスほどの巨大な船ともなれば、絶対に沈められてしまうのだ。

 だから、コロニー近くを通る時は、迂回するのが通例となっている。



「よって、陸地からしか攻めることはできないのだ」


 質問した男も納得し、次の言葉を待った。


「まず、部隊は三つに分ける。各方面から攻めることが目的だ。次に……」


 カクスが映し出される。


「カクスを攻略するには大人数では不向きだ。よって精鋭部隊を配置し、彼らにはカクスの全面から攻めてもらい、カクスを撃破して貰う。カクスを撃破しなければ我らに勝利はない。この精鋭部隊が鍵を握る。他の兵士達にやってもらうことは、この精鋭部隊をできるだけ消耗させずにカクスの元まで辿りつかせること。そして、他の穢魔の殲滅だ」


 反対の声はあがらなかった。

 彼らもカクスを倒さなければ勝利はない事を過去の敗戦で学んでおり、数を頼んだところで蹂躙された経緯もあるので、有効だという事が理解できているのだ。


「次に、精鋭部隊の人員と各三方面から攻める部隊の指揮と部隊の配置についての説明に入る」


 作戦会議は連日に及び、コロニー攻略への士気を高めていった。


  ** *


 寄せては返す漣が男の聴覚を刺激する。一定の間隔で響く音は、まるで子守唄の様に眠りの園へと誘うかのようだった。

 潮風が男の髪を靡かせる。

横たわっている叢もまた男の髪と同じように靡かせ、さらさらと音を立てる。

 海の恵みの匂いを運んでくる海風が男の鼻腔を擽る。

 海面に映る月が男の視覚を楽しませ、風情を感じさせる。

 枕にしている巨体を丸ませている狼の体温が、冷たい夜風で下がった男の体温を温めている。


「世界はこんなにも美しいのに、世界はこんなにも醜い」


 男の眼には、今映し出されている光景ともう一つの光景が交互に映し出されている。

 男はこんなにも美しい世界を、醜い世界に変える人間に憎悪を抱くも、憎悪は直ぐに下火になり、男の任務に対する責任感が代わりに芽生えた。


「ジェヴォーダン」


 名を呼ばれた狼は伏せていた耳をたて、片目だけ開けて男の話を聞く態度を作る。


「頼んだぞ」


 狼はオン、と一声啼いた。 


「我らが主のためとはいえ、心が痛むね」


 微かに哀愁の念を声に込めるが、それはすぐさま消え去った。

 この道は、彼らが選んだ路。

 ならば、悲しむべきは自らの所業で犠牲になる者達にではなく、自らの目的が果たせない事を悲しむべきだ。


「僕には見えるよ、聞こえるよ。人々の自らの境遇を嘆く声が。それを齎した者に怨嗟の声を嘆く声が。家族を、友を、恋人を失い呪詛の声をあげ、呪い殺すかのような目で睨みつける人々が。日常が崩され、茫然と立ち尽くす人々が。造り上げて見せよう、地獄を! 我らが主のために。過去に誓った誓約のために」


 男は役を演じているかのように謳い上げる。


「『勇者』よ。君はその地獄を見て何を思う? 何を感じる? どんな呪詛をその身に受ける? どんな重い荷物を背負わされる? どれほどの願いを振り切る? 自らが起こした所業に立ち止まるかい? 齎される不幸を嘆くかい? 己が境遇に耐えきれず呪うかい? 己の罪の重さに死にたいかい? きっと、君は立ち止まらずに進むんだろうね、頂を目指して。多くのものを切り捨てて。早く来れるといいね、煉獄へ――。聞かせてもらおう。読ませてもらおう。君達の作り出す物語を」


 男は幼子の様な無垢な笑みを浮かべて、遥か天空に浮かぶ星海を見上げた。


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