君に伝えたいこと。
「……また来ちゃった」
もう来ないって、そう決意していたはずなのに。苦しいことがあると、どうしても君のそばに居たくなってしまう。
「ねえ、元気だった? 私はね……失敗ばかり繰り返してみんなに呆れられてるんだ。……ほんと、昔っから私ってだめだめだったね」
君と出会ってどのぐらいの月日が流れていったんだろう。まるで川のせせらぎをずっと聞いているかのように、その流れは綺麗で輝いていて、それからずっとずっと心地よかった。
「ねえ? 覚えてる? 中学時代の長山くん。この前たまたま久しぶりに会ったんだけどね、太ってた。それがあまりにも愛嬌があって、男の子なのに可愛くて、私笑っちゃった」
中学時代はほんとうに色々あったね。部活とか勉強とか将来のためだって打ち込んでいた。私はあんまり真面目じゃなかったけど、君は委員長に立候補したりなんかしたりして、私とは全然違ったね。
文化祭や体育祭でも積極的に動いて、なんだかすごく距離を感じて……。ああ、なんかこういうのを何かを持っている人っていうのかなあって思って、ただずっと遠いところで眺めていた。眩しく見えた君に、声をかける勇気すら持ってなかった。
「でも、長山くん結婚したんだって。幸せ太りってやつで、奥さんにはダイエットしなさい! って叱られてるんだって。……なんていうかさー、凄く嬉しそうな顔してるの、丸山くん。尻に敷かれてるって愚痴こぼしてたけど、あれって絶対にノロケよね」
でも、長山くんのこと、私はあんまり言えない。真っ赤な顔して告白してくれた君と心重ねることができたとき、友達に散々自慢しちゃったから。
どれだけ挙げていっても、君のいいところが尽きることなんてなくて、友達にあんたたちはやく結婚でもしたら? なんてからかわれたりもした。
「実は私さ、君に謝りたいことがあるんだ」
あの時、君は言ったよね、早く結婚してくれって。でもそんなことできないって、私は突っぱねって。ずっと喧嘩ばかりしていた。そのことをずっと私は後悔してたんだよ。
どうしてもっとうまくできなかったんだろうって。どうしてもっと君と過ごしたあの時間を楽しむことができなかったんだろうって。
もしも時計の針を戻すことができるのなら、手遅れになる前にもっと素直になれることができたはずなのに。
「……ごめん、あの時の約束守れそうにもないや」
冷たい手を取って、涙を流していた時約束したよね。もう、俺なんかのことは忘れて、幸せになってくれって。でもさ、やっぱりむりだったよ。君のことを忘れることなんてできなかった。
なんでだろうね。君とずっと一緒にいれたあのかけがえのない時よりも、今君と話せない時のほうが、君のことを考えているような気がするんだ。
「でもさ、もう一つの約束は守れてるよ」
ただの強がりだって人は言うかもしれないけれど、私はいまでも幸せなんだって思う。だって、君は遠いところに旅立ってしまう前に、大切なものを残してくれたから。
「おかーさん? まだぁ?」
どうしてこんなところにいるのかも分かっていない、私の子ども。君はこの子の姿を見ることもできなかったよね。最後まで君は出産には反対してたけど、私と君の宝物はこれだけ立派に育ってくれたよ。
「今行くから、ちょっと待ってて」
あれだけ辛いことがあって、どうして笑えるんだって私だって思う。どうしてまだ前を向けるのかって疑問に思うこともある。でも、確かに私は今、この小さな幸福を噛み締めていられる。
君を失った悲しみは時々、濁流のように胸の中で渦巻くこともあるけれど。それでも私は子どもといっしょにおなじ時を刻み続けたい。それぐらいしか私にはできないから。それぐらいしか君のためにできることってないから。
「……それじゃあね」
私が一生分愛した君に、また会いに来るよ。