第二話 人恋しくて
「やっぱりさ、女より男のほうがあとを引きずるよね」
「そうかぁ? 俺なんか別れた後すぐに他の女捜すけどな」
「田端さんは、本当に女好きなんですね」
「だって、ほら、横浜なんてちょっと声かけたらすぐについてくるじゃん、田舎じゃまず、声をかけようにも11時すぎたらみんな帰っちゃうからね」
「だれだよ、この人入学させたの。横浜の女の子はみんな田端さんに食べられちゃうよ」
大学に行って一番面白いと思ったのは同じ学年に違う年齢の人間がいることだ。それはたった一年や二年のことだけど、やはり2歳年上の人には「さん」をつけて呼ぶ。もちろん「俺のことは絶対に呼びすてにしてくれ、浪人している事がばれる」と拒絶するものもいた。浪人するってどういうことなんだろう?そういうことを実際に聞いてみてもした。
「まさに青春の暗黒時代、二度とやりたくない」
「そーか、俺なんかやりまくりだったけどな」
「だから二浪もするんですよ、田端さん」
「うるせー、昼間はちゃんと予備校通ってたよ」
「ナンパしに?」
「そうそう、ってオイ」
学生風情が横浜の関内のショットバーでこういう話をしながら盛り上がる。カウンターには友だちがアルバイトをしている。安く飲めるおしゃれな場所を確保することは、講義に出席しなくても単位が取れる授業と同じくらい大事だった。
「風間ちゃんはどうなの、女のほうは?」
「俺はぜんぜんですよ。昔のこと引きずっていてダメですね」
僕はみんなから「ちゃん」付けで呼ばれていた。小学生の頃はそうだったが、中、高は呼び捨てだっただけに、最初は少し抵抗があったが、その集団の中での力関係、役割、雰囲気など、人は実に絶妙なバランスで人の呼び方を決める。今は「ちゃん」で呼ばれることを悪いことだとは思わなくなった。
「へぇ、よっぽどいい女だったのかね」
「どんなタイプ?」
「あー、俺はその、どっちかっというとボーイッシュ系ですかね、好みは」
「あー、わかる、わかる。俺もそう」
「っていうか、菊田、風間のこと最初ボーイッシュなかわいい子がいるとか、俺に言っていただろう」
「ぐわぁーーー、それをまだ言うか、やめてぇー」
「なにそれ、やばいじゃん」
「こえー、菊田ってそっちの気があるのか」
「だからちがうって、だって後ろから見たらそう思わない」
「まぁ、たしかに、この前終電で酔っ払いに絡まれたよ。よう、姉ちゃんって、俺は振り向きざまに低い声で、『何か御用ですか?』っていってやったら、えらいおどろいた顔していた」
「はっはっはっ、俺なんか絶対に間違えないけどなぁ」
「だって田端さんは臭いで女をかぎ分けるんでしょう?」
「田端さん、合コンやってくださいよ、いろいろツテがあるんでしょう?」
「いいよ。なんなら明日くるか?」
「うわ! 行きたい、行きたい」
「風間ちゃんはどうする?」
「あ、俺、明日はバイトなんでパスで」
「付き合いわるいじゃん。合コンのとき、いつもいないよね」
「いや、まぁ、そういうの苦手っていうのもあるんで」
どんなにそれらしく振舞っても、やはり自分にはできないこともある。合コンというのは、どうにも性に合わなかった。あのバカ騒ぎもいやだが、互いの欲望を充たすために、あるいはもっと別の理由があるにせよ、僕にはそういう生き方はできない。しかし、事実、アルバイトの予定を簡単には変える気はなかった。そういうことは嫌いだった。だけどこのときばかりは、たまにはそういうこともいいかなと思うところもあった。人は変われる――だけど、どうしても譲れないところもある。しかしそれはもしかしたら、ただの言い逃れなのかもしれない。そんなことを悶々と考えながら、その日は朝まで飲み明かし、翌日は講義をサボって、昼過ぎにおきだし、学食で遅い昼食を食べてからバイトに向かった。
バイトに向かう電車の中、僕は昔付き合っていた彼女のこと、彼女の親友のこと、その親友とのいろいろ、別れ、すれ違い、友情、いろんなことを思い浮かべた。それらのことに気持ちの整理がつき始めている。昔は思い出すことすら、心が傷つき叫びだしたくなる衝動を抑えるのに必死だった。そのことも含めて思い出に変わろうとしている。思い出のほかに、何も残らないのか……急に人恋しくなる。今度、合コンに出てみようかな。そんな気持ちを引きずったまま、店に出たときに、あなたは現れた。それは10月の終わりの少し肌寒い日のことだった。




