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第七話 成長

 自分が未熟な人間であると、謙虚に受け止めることは出来ても、素直に受け入れることもしなければ、それを悔いることもなかった。僕は自分のことを未熟だとは思っていなかった。同世代、同年齢の友人知人と比べて、未熟さを卑下しなければならないほど幼稚でも稚拙でもないと思っていた。高校を卒業して、大学に進学したのは男子では自分を含めてクラスで3人しかいなかった。あとは浪人か専門学校か。卒業してそれぞれがそれぞれの道を歩む中、久しぶりに会おうということになったのは1月の終わりだった。少し遅めの新年会。


 卒業してから1年もたっていないが、それでもその間にどれだけの濃い時間を過ごしてきたのか、人目で違いがわかる。


 大学を目指し、浪人しているメンバーは、あの頃と何一つ代わっていないという雰囲気だ。大学に進学したほかの二人は、少し垢抜けたようにも見える。何より浪人している連中に比べ、話す話題の幅に差がある。どんな遊びをし、どんな女と付き合い、どんな車に乗り、どんなバカをやってきたのか。専門学校に進んだ連中は、退屈さにへきへきし、中には中退を考えているやつもいた。


「風間はどうなの?」

「バンド始めたよ。まだ、ライブはやってないけど、4月に横浜のライブハウスでやるのが決まってるんだ」

「ついに夢がかなったって感じ?」

「うーん。どうだろう。夢というか、ほら、俺はぜんぜん楽器できないじゃん。ドラムを少しやったけど、今回の編成では俺、ヴォーカルだから」

「へぇ、そうなんだ。いいなぁ。なんか充実してて。俺なんか高校の延長っていうか、本当につまらないんだ。授業」

 藤田の実家は大工で、本人的には、大工を継ぐつもりはあるらしい。しかし、高校卒業してすぐ就職というのも、何か違うような気がして、大学は受験せずに、ビジネス系の専門学校への進学を早くから決めていた。大学受験を進める担任の教師に、行く気もない大学を受験するだけ金の無駄だと言い切った。僕は藤田がそこまではっきりとものを言える人間だとは思っていなかったから、そのときはとても意外に思った。藤田の身長は170センチない僕の身長よりも低かったから、どことなく子供っぽく思っていたのだが、案外とこういうやつのほうが、考えに芯があり、行動がシンプルで頼もしいということを僕は知った。


「で、どんな曲をやるの?」

「それがさ。まだ、決まってないんだよ。リードギターはヘビメタでザクザク刻むし、サイドギターはフォーク崩れでシャカシャカ弾くし、ベースはフュージョンでチョッパーバリバリ。みんな趣味がバラバラだから、おとしどころがなくてさ」

「風間は昔から何でも聞くからね。たしかインストもヘビメタも聴くよね」

「いっそ、ビートルズとかやったらどうかなって、提案したんだけど……」

「ビートルズだったら、いろんな曲があるよね」

「そう、で、それはいいアイデアだって、ビートルズの中から曲を選ぼうとしたら、こんどはその中で意見が合わなくて」

「そりゃ大変だ」


「風間はすっかりバンドマンだね」

「そんなんじゃないよ」

 中田が会話に割り込んできた。中田はクラッシクギターのクラブに所属し、演劇や映画に造詣が深かった。大学受験に失敗し、現在浪人中だ。受験ときは、かなり自信があり、対策は完璧だと豪語していたが、人生ままならないものである。まったく受かる自信がない自分がマークシートの恩恵を受けて合格し、誰もが受かるだろうと思ったやつが今は浪人生活である。


「やっぱりさぁ、滑り止めで引っかかったところに行けばよかったんじゃない?」

「やだよ。そんなところに行くくらいなら、死んだほうがましだよ」

 人それぞれ守るべきプライドがある。一見なよなよした優男に見える中田も、絶対に譲れないものがあるようだ。


「お前よく来たよな。こんな時期に」

「息抜きも大事だから。それにほら。もうここまでくれば、やることはやったわけだし、あとは体調管理だけだよ」

「そっか。で、今度はどのあたりを狙ってるのさ?」

「おしえない」

「なんだよ。それ」

「前回はそれが失敗だったんだよ。みんなに志望校を言いふらしたのが敗因」

「え?」

「俺はプレッシャーに弱い」

「は……はい?」

「だから、みんなに注目されるとダメなの」

「そ、そういう問題なのか」

 藤田が突っ込む。


「中田は風間がしれっと合格しちゃったのをみて、すごく頭にきてたみたいよ」

 松山がちゃちゃを入れる。松山は現役で合格した一人で、中田とはライバルだった。互いに認め合い、相手の成功を祝福し、失敗を慰めた。戦友のような関係といってもいい。しかし、僕はそれほど熱心に受験勉強をしている様子もなく、どこの大学を受験するのかほとんど口にしていなかった。それは中田にとって、だまし討ちのようなものだったようだ。僕にはそういう感覚がまったくわからなかった。


「受験の日、俺の運気は最高潮だったのさ。前の週にマージャンでバカ勝ちしそうな勢いだったのを、わざと抑えてツキをとっておいたのが勝因だね。だって他の大学の試験はぜんぜんダメだったけど、受かった大学の試験は苦手だった英語にヤマを張っていた内容がばっちりでたからね。で、今回の傾向と対策はばっちりなのか?」

「そりゃあ、もう、ばっちりさ!」

 中田はいつもの調子でおどけてみせた。が、少しばかり無理をしているような感じもした。飲めないやつじゃないが、今日はまだ、アルコールを一滴も口にしていない。受験前なのだから当然は当然なのかもしれないが、ほかの浪人組みはすっかりほろ酔い気分になっていた。


「ふん、未熟者め。こんなところでアルコールなんか飲んだら、脳細胞が死滅してせっかく覚えた単語を忘れちゃうだろう」

「そんなの関係ねぇよ」

「お前こそビビってんじゃねーよ」


 楽しい酒の席、仲間がいて、馬鹿をやって……

 でも、僕は……僕はどこか乗り切れないでいた。


 僕らはこんなにも未熟だ。それはそれでいい。そういうことを楽しむ時間はあっていいはずだ。だけど、僕が抱えている問題はそれとは違う。


 それとは違う未熟さなんだ。


「じゃあ、これで帰るね」

「えっ?もう帰るのかよ」

「帰って勉強しないと」

「今日ぐらいいじゃんかよ」

「そうだよ。俺たちもまだいるんだし」

 中田はまるで話を聴いていないかのように身支度をし、財布からお金を取り出して僕に渡した。

「そっか。がんばれよ」

「もーう、プレッシャーかけないでくれる?」

 そういいながら中田は僕にVサインを出した。

「バンドがんばりなよ」

「あぁ。じゃあ、また」


 中田は今日までの間、それなりに濃い時間をすごしてきたのだろう。受験に失敗したというひとつの挫折が、中田をひとまわり大人にしたように僕には思えた。それはここにいるほかの連中にはない――もしかしたら、僕がほしいと思っている人間としての成長を、中田の中に垣間見たのかもしれない。


「大丈夫かな。あいつ。そうとう苦しんでいたみたいだけど……」

 面と向かっては、必ず憎まれ口をたたく松山は心配そうに中田のことを語った。

「何回か電話で話したけど、そうとう自分を追い込んでたみたいで」

「そうなんだ」


『挫折を経験したほうがいいとか言うけど、あれはうそだな』

 ふと、大学で同級の大迫さん――彼は2年浪人している――の言葉を思い出した。


 挫折をしたほうがいいなんて、都合のいい言い訳さ。だって一度も挫折なんかしなくたって、楽しくやっているやつは山ほどいるんだ。挫折した後、人は強くなるっていうけど、それも人によってだからな。結局のところ、うまくやれるやつは最初から最後までうまくやるし、挫折して這い上がるやつは、そもそも挫折しなくてもうまくやれるやつなんだよ。


 そんなことを考えているうちに、僕はどうしてもあなたに会いたくなってしまった。なぜなら僕は――


 僕は未熟者だから


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