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第三話 おとな

 当時、映画の情報やデートスポットを調べるツールは雑誌だった。映画や劇場、コンサートの情報はぴあという雑誌を読めば、2ヶ月先ぐらいの予定まで大体調べることができた。音楽もFM雑誌や楽器関連の雑誌を読めば、誰がいつどんな新譜を出すのか、世の中の評価はどうなのかが、載っていたし、そういうものを酒の肴に明け方まで語り合うこともしばしばあった。そういうことを男同士では共有できても、女性と話をしたことはなかった。大体が、意見が合わないのである。ルックス重視、タレント重視の彼女たちの会話は、まるで別の世界のことのように思えたし、そこでいまロスやニューヨークではこんな音楽が流行っているとか、最近のハリウッドの特撮技術はすごいとか、そんな話をしたところで、それは、どちらかといえば格好の悪いことだった。


 あなたは、僕を受け入れてくれた。僕はそう思った。そう、大事なことはあなたがどうかではなく、僕がどう思うかだった。あなたにだけは、僕の誰にも見せたことのない部分を見せてもいいような気がした。なにかに絡みとられて、思うように動く事ができなかった僕の手足は、まるで何かの力を得たように自由に動かせる気がした。心の迷いが薄れて行く。それまで怖いと思っていた事が、まるで嘘のようだった。僕は、何かの、力を得た。


 そんな僕をぴあはガッカリさせた。『ザ・フライ』の公開日は1月になっていたし、今、あなたと一緒に見たいと思うような映画は見つからなかった。がっかりはしたけど、なぜか不安はなかった。次の日、あなたからの電話を直接僕が取れずに、母が電話に出たことに比べれば、たいした問題ではなかった。


「あ、もしもし、あ、実は調べてみたんだけど――」

 僕は正確に、そして、正直に情報を伝えた。映画の公開が1月だということ、今見たい映画がないこと、そして、そのことについて、ぴあを見ながら、別のプランを一緒に考えよう。できれば、早いうちに会いたいと。


「いいわよ。それじゃあ、土曜日はバイト何時から何時までだっけ?」

 彼女は週休二日で土日が休み。僕は土曜の午前は絶対に出席しなければならない講義があったし、午後は6時から11時までバイト、日曜は朝11時から夕方6時、二人が週末に会える時間は限られる。


「土曜日の夜中か、日曜日の6時過ぎね……」

「たこ焼きの屋台が出るのはちょうどそのくらいの時間なんですよ、たこ焼き一緒に食べます?」

「あー、たこ焼き食べたいね。でも、どうする?たこ焼き買って、どこで食べる?」

「あ、そうですよね。土曜のバイト終わりの時間なら、店占めてから、たこ焼き食べることはできるけど」

「うーん、でも、それだとあまり落ち着いて話とかできないでしょう?」

「じゃ、この前のファミレスに、たこ焼き持ち込んでこっそり食べちゃいましょうか?」

「えー、それはまずいでしょう、それにうす~いコーヒーでお腹がたぷたぷになっちゃうわ。私の部屋ならもう少し美味しいコーヒー出せるわよ」

「あ、おいしいコーヒー、飲みたいですね」

「来る?」

「行きたいです」

「そのかわり、たこ焼きご馳走してね。私、6個は食べたいわ」

「えっと、じゃあ、バイト終わって、たこ焼き買っていきます。たぶんこの前と同じくらいの時間になると思います」

「じゃあ、6時半に、同じ場所で」

「わかりました。で、一応なんですけど、もし、何かでいけなくなったりしたら……」

「大丈夫よ、10分待ってこなかったら、諦めるわ」

「あ……わかりました。じゃあ、6時半で」


 電話を切った後、どうにも家族の顔が見れなくて、すぐに部屋に閉じこもる。小さな声で「よっしゃ!」とガッツポーズを決めるも、電話番号を聞けなかったことを少し残念に思った。それでも、あなたの部屋に招かれたことだし、あなたにもいろいろと事情があるのだろうから……僕とちがって、彼女は大人だ。


「大人って、大人の女のひとって、なんなんだ……」

 大人になること、大人になりたくないこと、こんな大人でありたいこと、そいうことは良く考えた。恋愛の対象としての大人は、僕にはまるで見当がつかない。年下にはあまり興味がなかったし、強いて言えば、憧れの先輩というのは確かにいた。でも、それは勝手に憧れる存在であって、決して手の届くものでも、手を出していいものでもなかった。僕にとって歳が上だというだけで、女性はなんとも神秘的なものだったのかもしれない。神秘的か、あるいは懐疑的か……つまりアンタッチャブルな存在だった。


 一人暮らしの女性の部屋に入るのは初めてじゃない。大学の同級生の部屋には何度か言った事がある。でもそれは、友だちであり、彼氏彼女の関係になりえない、残念な関係だ。そういうこととは、まるで違う意味を持っている。うきうきした気分と同時に、ちゃんとしないといけないという、かしこまった感情がわいてくるのは、なんとも滑稽だった。彼女に呆れられないように、しないといけない。


「だって、あの人は、大人なんだから……」

 


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