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序章

熊本出身で現在東京で活動してるインディーズアーチスト山作戦。彼の音楽の世界にはその一瞬一瞬の情景を切り取り、誰の心の中にでもある傷の痕や引っかかり、あま噛みのような痛みを伴う心象風景を見事に表現しています。山作戦の代表的な楽曲『メロウ』はリスナーの大きな支持を得ていますが、その詞の世界は少しばかり難解で、様々な解釈ができる楽曲です。その山作戦に「めけめけさん『メロウ』を題材に小説を書いてみては?」と無茶振りをされ、笑って済ませていたのですが、この際、この無茶振りに挑戦をしてみよと、この作品を書き始めました。が、やはり無茶振りです。あまりのハードルの高さに、僕はすっかりとまいってしまいました。ところが雨の日、ふと窓から外を見ると、そこには色とりどりの傘が……なかったのですが、でも僕には見えたんです。だから、ちょっと書いてみようと……投げ出さずに最後までできたら、そしてこの曲のイメージを壊さないように精進します。

 螺旋階段――立ち並ぶビルの、少し奥まったところ。或いは人が行き交うメインストリートにむき出しになっているそれは、人の気に止まることはなく……それでも僕の注意を引きつけて止まない。雨の日となればなおさらだ。空が流した涙は、まっすぐに地面に叩きつけられるのならば潔いが、螺旋階段に引っかかった雨は、無意味な抵抗を繰り返し、それでもやはり地面に向かって螺旋を描き、落ちていかなければならない。まるであの日の僕のように。


 坂道を登り、ふと後ろを振り返れば、灰色に曇る空から降る雨は、街中の彩りを曇らせている。歩道橋の階段には色とりどりの傘が並んでいるが、僕は少しも楽しくなれないし、あなたのように雨の日に唄ったりはしない。



 「雨は、憂鬱にならない?」と僕は問いかける

 「憂鬱はきらい?」あなたは聞き返す

 そして僕は同意を求める「好きな人なんか、いないんじゃない?」

 「でも、好きになってもいいんじゃない?」 あなたは拒んだ

 「好きなの?」僕は答えを求めてみる

 「……きらいに決まっているわ」


 あなたは僕を、引き込んだ。少年が太陽の陽射しを受けて成長するように、青年が星の空にロマンを感じたように、月のようなあなたは、僕を魅了し続ける。あなたに会うことができる日は、いつも限られていた。時には場所が、時には時間が、そして時には人目が。


 いつか、あなたを自分だけのものにしたい。


 それを愛だとは知らずに、愛だとは言えずに、愛ともわからずに。


 あなたは何でも僕の望みをかなえてくれた。僕が望んだのは、あなたの細い指先、短い髪、白い肌、熱い息。でも、それ以上のものを望んだとき、不意に時間は止まってしまった。まるで鋭利なナイフで痛みを感じないほど鮮やかに僕の心を切り裂く……


 僕が痛みを感じたときには、あなたの姿はどこにもなかった。


「あのね……もう、会えないかも……うん、会えないの」

 たった一本の電話で、あなたは僕の世界の時計を止めてしまった。外は雨。景色が曇って見えたのは、雨だけのせいじゃないと気付いたのは、聞いた事もないような嗚咽が、僕の耳に聞こえてきたからだった。


 僕は、泣いた。


 螺旋階段――雨の日、二人はそこで愛し合った。場所も、時間も、人目も気にしながらも互いの求めに応じることをやめなかった。二人の思いが絡み合い、螺旋を駆け上がるような高揚感に悶え、深い湖底に沈んでいくような感覚に溺れる。漏れる声も雨音がかき消してくれた。


 身体が燃え尽き、心が沈む前に、僕はその場所を後にする。螺旋階段を登り、部屋に戻るあなたを見送らず、気がつけば雨は止み、静寂が町を支配する。そのまま家に帰れずに、華やぐ町を彷徨ってみても、そこにあなたの姿はない。あなたは、もしかしたらどこにもいないのかもしれない。


 ふと、細い路地の先に、小さな公園を見つける。運良く雨に濡れていないベンチをみつけ、そこに座って空を見上げると、そこにあなたはいた。キラキラと輝く夜空の星は、雨に洗い流された空気に激しく瞬き、年甲斐もなく僕を激しい衝動に駆り立てる。


 いますぐ駆け戻って、あの螺旋階段を登り、あなたの部屋の前まで行って、行って……僕にはその先がわからなかった。答えがないと知りつつも、難解な数式を何度も読み返しては、解けない自分を責め立てる。生爪を剥ぐような痛みを伴うのなら、いっそう狂ってしまったほうがいいとさえ思えたのに……


 僕だけが積み重ねた時は、あなたの少ない言葉で断ち切られ、行くことも戻ることもできないままに、僕の心の中にいつまでも淀んでいる。あなたを追い詰め、悲しませたことも、仕組まれた偶然が、あなたの影を落としていくことも、僕にはすべて肯定できる。


 すべてが愛という言葉に集約できるような、そういうものではなかったことが、あなたと、そして僕の間にはあったのだし、今でもまだ、それが続いているような錯覚に陥る事がある。それでも僕はここまで歩いてきたし、これからも歩いていく。この坂道から見下ろす風景がもっと小さくなるように。


 僕は再び前を向き、終わる事のない坂道を登り続ける。あの螺旋階段を登りきったところから見える景色と、同じ景色が、見えるまで。


 あさぼやけ――あなたの部屋から出るとき、あなたは部屋の中からそっと外を覗いて、人気を気にする素振りを見せながら、僕にささやく。

「明け方の月はどこか儚げね。きらいよ、わたし」

 次にいつ会えるかと、聞こうとして、いつもはぐらかされる。でも、たしかにあなたの言うとおり、明るみだした空に溶けていく月を眺めていると、満月の狂おうしさのほうが、まだ、ましに見える。僕は惨めだ。でも、登ったことのないこの階段をあがったところから見た景色は、すこし違っているよな気がしていた。

 もしかしたら、あなたはその景色を見たのかもしれない。そして行ってしまったのかも知れない。


 もう、あなたが僕の耳元で囁く声を聞くこともなければ、あなたの後ろ姿を街中に追いかけたり、すれ違いざまに香るあなたの色香に心を鷲づかみにされたりすることもないけど、雨の日、螺旋階段を見つけると、僕はあなたの姿を探してしまう。もう、どこにもいるはずものないのに


 もう、会えるはずもないのに……


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