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銀狼と軍師

また、あの人が拾ってきた。


獣人に人権などないこの国で、主は獣人を助けて匿う。


「主。また拾ってきたのですか?」


「まぁまぁ銀時」


へらへらと笑って、いなす。この主人に仕えてからいつもそうだ。

僕はもともと体が弱く騎士にはなれなかった。

だから、宰相だった父の後を追い、学問の道に進んだ。


自分が10、主が8歳になったばかりの歳に主にであった。

父には「この方を支えてさしあげろ」と言われたが

主は武芸も学問も何でもできる人で、自分はいつも振り回されていた。


「で、今度は何が気に入ったんですか?」


「見ろよ、このフサフサの尻尾!」


主は「なんでここに連れてこられているんだ」と怯え顔の獣人の尻尾に頬ずりしていた。


「はぁぁ…」


ため息しか出てこない。


「あなた名前は?」


されるままになっている、獣人に名前を聞くと、横からご機嫌な口調で口を挟む。


「景虎」


言われた獣人も目を丸くしていた。きっと、主が勝手につけたのだろう。

景虎——“景”は光。“虎”は猛獣。

年の頃は自分と同じ14,5歳。やせ細ってはいるが、引き締まった体をしていた。

あまりにも、この銀狼には不似合いなほど立派な名だった。

だがその名を聞いた瞬間、不思議と違和感がなかった。

まるで最初から、その名で呼ばれる運命だったみたいに。


犬のようにピンっと立った銀の耳にフサフサしている銀の尾…?

虎ではない…。

そして銀の毛並み。


——まさか。


「銀狼……!?」



銀狼の獣人!?一生出合わないかも知れないぐらいの価値のある獣人が目の前にいた。

主に尻尾を捕まれ動かれない状態で。


「どこで拾ってきたんですか!返してこないと大変なことになりますよ!?」


野良の銀狼の獣人なんてありえない。

誰かが所有していたものに違いない。

誰かの所有物でないとしても、

情報としては知っている大人たちが陰で行っている奴隷の闇市。


だが、そこから連れ出したとしたら事が大事になる。


「こいつはオレの仲間にする」


どうやって返そうか考えを巡らしていたが、

目がもう決定事項だと言っていた。


「ではまず・・・登録所で元の所有者を当たって…」



「オレは見つかった時点で死んだ物だ」



主に景虎と呼ばれ銀狼がボソリと呟いた、

「見つかる」「死んだ物」この二つで理解できた。

この獣人は刺客だったのだ。

そして、それを見つけて捕まえたのは主。

自ら刺客を捕まえて、自分の仲間にすると言っている。

頭が痛い。


銀狼は、獣人の中でも身体能力に長けていて、

刺客として育てられる事が多いと、どこかの書物で読んだ。

もし、本当に刺客として銀狼を雇える程の人間に

主は狙われたという事だ。


「私は反対です!主を殺しに来た刺客を同じ屋敷に住まわせるつもりですか!」


「人前に出せる程度でいいから、作法教えてやってくれ。銀時」


ダメだ、これは反対しても聞いてもらえない。

この主人はいつもそうだ、だがその直感的判断は間違ったことがなかった。

だから、いつも抗えないのだ。



「景虎!どこですか!!作法の時間だといったでしょ!」


屋敷中走り回り、景虎を探す。

やっと裏庭で見つけた。

見つけた景虎は主に剣術を教えていた。


『危ないことをさせない。』

屋敷の中にあった暗黙のルール


それは一つの「何もするな」と同じ意味を持った、拘束。

この屋敷は主を守るためにあるのではなく、

主を監視するために存在する。

父上が「支えろ」と言った言葉を理解するには十分なほどに。


幼少期にならう剣術も『危ない事』に含まれ

今まで剣を持った事すら無かった。


「くやしい」そう思ってしまった。


体の弱い自分には出来ない事を、

拾われたばかりの元刺客が教えていた。

悔しいが適任だったのだ。


頭を切り替えるしかない。

あの景虎は主の望む自衛の為の剣術を教えてくれている。

自分が出来ない事を。

裏切るか、裏切らないか今はまだわからない。

なら自分が監視すればいいのだ。


半年が過ぎた。景虎は屋敷の使用人に見つからないように

毎日のように主人に剣術をおしえていた。


それと同時に何故か現れる…


「貴方はドアの使い方から教育が必要ですか?」


ヒョイといつも通りに窓からやってくる。


「はぁ…疲れた」


何事もなかったように書面に目を向けたまま。


「主は?」


「連れていかれたよ、執事のヤツに。」


「貴方の事は?」


「バレてねぇ…剣術もな」


「それならいいです」


景虎を屋敷に留まらせているが、屋敷の中で景虎の事を知っているのは

主と自分だけだった。

自分が出来る事をすると決めた時から、

今や屋敷の経理を任せられている立場まで上り詰めた。

主を守るために。


景虎は銀時の執務室の備え付けのソファにゴロリと寝る。

最初こそは銀時も景虎に、『出ていけ』『行儀が悪い』『毛が散る』など

苦言を言っていたが、主に根気よく剣術や、体術などを教えている姿や、

主が言ったわけではないのに、景虎は意を読み取り、屋敷の中では景として存在を消した。


そして、主が用事で屋敷の者たちの対応をしている時は

自分の元にやってくる。

何をするでもなく、ただ時間つぶしのように。


「なぁ…」


不意に名前呼ばれて顔を上げると、ソファの上に居ると思った景虎が

窓の傍で外の様子をうかがっていた。


「主は…今日外出予定だったっけ?」


主の予定はすべて熟知している。今日…どこからも呼び出しなどない。

銀時の知っている限りは。

慌てて窓に駆け寄ると、景虎に手で制しされゆっくりと外を覗く。

そこには綺麗な外装に身を包み、豪華な馬車に乗り込む主の姿。

足元からぞわぞわとする悪寒。馬車の家紋。『三本の剣に突かれた蛇』

宰相の自分の父と対峙する貴族『ゼルベッタ侯爵家』


「景虎!」


初めて名前で呼んだ。


『景虎』と。


それだけで、緊急事態だと悟るには十分だった。

景虎の目が鋭く馬車を見据える。


「オレを雇ったのはあの家紋使いだ…」


走り去る馬車を声もなく動けずに居た。

いきなり強い力に引き寄せられた。


「お前が動けなくなってどうする!あいつの頭脳なんだろ考えて動け!銀時!」


強い力に、強い声に自分がなすべき事を理解した。

入り口に走り、傍に置いてあった外装を手にして振り返る。


「深追いしないで!拉致場所がわかったら戻って!行って景虎!」


体が弱い、走ると心臓が止まりそうに痛い。それでも走った。

乗馬もたしなむ程度しか出来ないくせに、

馬を全速力で走らせ父親の居る城を目指す。


「父上!」


父の執務室に、返事を待てと言う守衛を振り切り、扉を開ける。

病弱な息子の必死な顔を見て、すぐに緊急事態だとかけより、

途切れる意識の中伝えた。



「主が拉致られた…ゼルベッタ侯爵家に」




意識が戻って初めに見たのは、銀の尻尾。


「景虎?」


「目覚めたか?」


「主…は?」


気を失った銀時は父の仮眠室に寝かされていた。

そのベッドの縁にそっと腰かけた、景虎の手が汗で張り付いていた

銀時の前髪を梳く。


「今、お前の親父さんと、兄貴たちの騎士団が出発したばかりだ。」


「騎士団も?」


「あいつが連れ込まれたのは、ゼルベッタ侯爵家本宅だ…」


「そ…」


ゼルベッタ侯爵家に拉致られ、宰相みずからと、騎士団が動く事件。

それの中心が自分の主。自分も動かねばと体を起こしかけると、

景虎に制された。


「子供のオレたちにできるのはココまでだ」


体の弱い自分がこのフラフラ状態で行っても迷惑になる

景虎の言葉は正しかった。


「悔しい…」


ぼそりと景虎が言った。『悔しい』と。自分が守れない事を。

それは、銀時も同じだった。『悔しい』と。



その後知ったこと。

主は王の隠し子で、屋敷は王妃が管理する建物だった。

最初から父は知っていた、主の素性を…

その上で自分に主を守れといったのだ。


ゼルベッタ侯爵家は何故か、当主と数名の使用人が投獄されただけで済んだ。

王妃の庇護を受けたという噂もあるが、定かではない。


景虎も捕らえられた。刺客として主を狙った事、依頼主がゼルベッタ侯爵家だった事を

報告するために、自ら名乗り出た。必死に懇願する主を父上はノーと言い続けた。


主は今回の件で女王の庇護下から抜けだし、自分の力を試したいと王に直訴して

身分を隠したまま、一般人として過ごす事を選んだ。

主の目利きと直感と度胸で、立てた貿易商はすぐに名を国に届くほど大きくなった。

あれから数年たった。


もうこの国で名を知らないものが居ないほどの地位を手に入れた。

だが、主が望んでいるのは地位ではない…。

あの琥珀の瞳はもっと先を見据えている。


海風の通る執務室。ココが今の自分の居場所。

そして…部屋には、前の屋敷から持ってきたソファを置いた。

座ってくれる人を待つかのように、誰も座らないソファ。



風が運ぶ、潮風に混じる微かな匂い。


「貴方はドアの使い方から教育が必要ですか?」


その匂いに自然と言葉が出た。そして言葉を向けた主が窓からヒョイと現れる。


「あぁ…疲れた」


部屋を見渡し、見慣れたソファを優しく見つめて、ゴロリと寝る。

銀時の書類を確認する音が静かに流れる。


「ここの主は、用心棒を募集してないか?」


書類から目を上げずに答える。


「用心棒…ですか?」


静かに顔を上げて、こちらを見ている景時と目が合う。


「クビにした気はないんですけどね。景虎」




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