side:監視塔
魔国領・北部辺境。
黒曜石のような岩山を貫く監視塔。
空は常に薄暗い。
大気に漂う濃密な魔素。
ここは国境監視と魔力観測を兼ねた前線拠点。
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「波形、乱れました」
水晶観測盤を操作する魔族の青年が声を上げる。
角は短く、まだ若い。
だが目は鋭い。
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「方角は」
低く響く声。
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背後に立つ女。
長身。
漆黒の外套。
紫紺の瞳。
魔国軍・戦略監察官
ヴェルグリム=ノクス
前線に立ちながら戦場全体を読む“観る将”。
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「人族領、レグナス方面」
「高出力魔力反応……断続的」
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ヴェルグリムは黙って観測盤を見る。
光の波形が跳ねる。
異質。
規則性があるのに、分類不能。
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「……勇者か」
誰に向けたわけでもない呟き。
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副官が息を呑む。
「召喚、確認されていたのですか」
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「噂はあった」
「だがこの出力は想定外だ」
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波形が再び跳ねる。
戦闘由来の魔力振動。
解析式が自動展開される。
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「戦術演算型の挙動……?」
「本能反応ではない」
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ヴェルグリムの目が細まる。
「“使われている力”だ」
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「鍛えられた兵の動きに近い」
「だが波長が若すぎる」
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矛盾。
経験値と存在年数が一致しない。
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「面白い」
わずかに口角が上がる。
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「監視対象に追加」
「継続観測」
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副官が躊躇する。
「……侵攻準備は」
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「不要だ」
即答。
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「勇者が現れた直後の王国は最も警戒が強い」
「動けば消耗するのはこちらだ」
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合理的判断。
感情ではなく盤面を見る思考。
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「今は観る」
「力の質を見る」
「戦い方を見る」
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窓の外。
魔国の荒野に雷光が走る。
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「周期が動き出したなら——」
小さな独白。
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「こちらも備えるだけだ」
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水晶盤の光が明滅する。
王都での戦闘記録が遠隔投影される。
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映るのは青年の戦闘。
迷い。
躊躇。
それでも守ろうとする姿勢。
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ヴェルグリムは静かに目を閉じる。
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「英雄の目ではないな」
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「……だが」
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「厄介だ」
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(Side:了)




