5.王都の既視感
朝の鐘が鳴る。
王都グランセイルは、光の中で目を覚ます。
石畳を洗う水音。
露店の仕込み。
子どもたちの笑い声。
戦時下とは思えない、穏やかな朝。
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「本日は市街視察となります」
王城保護区画の前。
レオンが淡々と告げる。
公務用の簡素な外套。
記録端末を携えた姿は、いかにも文官だ。
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「視察?」
「勇者の存在は民心に影響します」
「隠すことも、見せることも政治です」
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勇者。
その言葉に、まだ実感が伴わない。
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城門を抜ける。
王都の空気が流れ込む。
香辛料の匂い。
焼きたてのパン。
行き交う声。
生きている街の温度。
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視線が集まる。
恐れ。
期待。
好奇。
“勇者を見る目”。
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老婆が深々と頭を下げる。
「どうか、お救いください」
震える声。
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胸が重くなる。
(俺は……)
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「気負う必要はありません」
レオンが小さく言う。
「人は“象徴”に願いを預けます」
「それで救われるなら、意味はある」
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「レオンは平気なのか」
思わず聞いていた。
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彼は少しだけ視線を遠くへ向ける。
「慣れています」
短い答え。
だが——
その言葉は妙に重い。
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広場中央。
子どもたちが木剣を振っている。
「勇者ごっこ」
無邪気な声。
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その動きを見た瞬間。
心臓が跳ねた。
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踏み込み。
間合い。
刃筋。
“知っている動き”。
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(まただ)
既視感。
見覚えのない記憶。
身体の奥がざわつく。
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「顔色が悪いですね」
「……いや、大丈夫」
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本当は違う。
夢と現実の境界が曖昧になる。
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レオンはその様子を静かに記録する。
表情変化。
視線移動。
反応遅延。
観察者の目。
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だが端末を持つ指が、わずかに止まる。
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(周期反応……?)
思考がよぎる。
すぐに打ち消す。
それは“深層側”の用語だ。
軽々しく結びつけていい話じゃない。
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「昼食を取りましょう」
話題を切り替える声。
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市場の喧騒。
湯気。
笑い声。
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青年は思う。
守りたい、と。
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だが同時に。
この光景を“失った記憶”が疼く。
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(俺は何度、この景色を見た?)
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空を見上げる。
青い。
どこまでも、青い。
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その遥か上空。
誰も知らない高みで。
観測は続いている。




